Chapter8-1
清水の裏
「ちっくしょ……」
地面に深く埋まった根菜を引っ張り出すかのように、久たち三人は足をなんとか引き抜こうと必死だった。
未だ三人は、トウカに足を凍らせれたままの状態で、図書館棟の一室で動きを封じられていた。
三人の足を固める、透明度の高い氷の塊。体温で少しずつ解けてきてはいるが、自由に動くにはまだほど遠い。
「もうちょいで、ブーツから……」
体温が二人より高いのか、凍結が少し甘かったのか、久の右足は二人の両足に比べるとかなり動いている。久のブーツはがっちりと凍りついて動かないが、ブーツから足はもう少しで抜けそうだ。
「あぁよし! 抜け、たっ!」
足を動かし始めてどれほど経ったか分からないが、久はようやく、その呪縛から片足一本を解放させた。
足は溶けた氷の水で冷え切っているが、がっちりと凍り固められているよりから心地が良い。久は冷たく痺れた指を、ゆっくりと閉じ開きを繰り返した。
「よーし。これ、で……」
未だ凍りついた左足を軸足にして、久が目一杯股を割って解き放たれた右足を伸ばしていく。そのゆっくりと震えながら伸びていく足の先には、久の軽量槍、レジエラが床に落ちている。
凍りついた三人の作戦は、なんとかして床に落ちたレジエラを拾い上げ、それで氷を叩き割るというものだった。
「いけるぞ久、もう少しだ!」
徐々に徐々に伸びていく久の右足。タケはその動きを目で追いながら、自身の足もなんとか解放しようと必死に動かしている。
「よし、よぉし……」
久の両足はぴんと伸び、レジエラの近くまで伸びた右足の指は、遠くの物を拾い上げる手の動きの様に、それを掴まんとぴくぴくと動いている。
足の中の腱が痛いほど伸びている。
無理やり背中を押しこまれるストレッチのような尖った痛みを両足に感じる久のその指先が、こつんと堅いものに当たった。
レジエラだ。久の足の親指が、とうとう離れた場所に落ちたレジエラを捉えた。
「ふぅうっ……よぉぉし……」
久は極限状態で息を抜くと、足の親指と人差し指をどうにか開いた。足裏の腱がさらに伸び、吊った時の様な気持ち悪さが足の指に掛かる。
それでも久はその気持ち悪さを堪えると、目一杯開いた二本の指の間に、レジエラの柄を食い込ませた。
「掴んだ、掴んだぞぉ!」
「よし、いいぞいいぞ!」
手まで凍らされたハチが凍りついた籠手で地面を叩き、目一杯の拍手もどきを送る。
「久、ゆっくりいけよ」
「分かってる、分かってらぁ……」
よほど今の体勢が辛いのか、久はひいひいと息を抜いて槍を持ちあげようとする。
しかし、床に落ちたレジエラは軽量と言っても槍。中々指二本では持ち上がらない。そのまま掴んでこちらに寄せるのは大変に力がいる。
ましてや今の体勢と状況は最悪だ。よく冷えた指先に力を上手く入れられる訳もない。
「ちょっとこう、蹴るみたいに……」
そして久は、くいっと足首を曲げた。すると指で掴んでいたレジエラは思った以上に滑りが良く――
するんっ。
「あっ」
パリン。
なんと、レジエラは棒状手裏剣のように足から飛び出し、そのまま真っ直ぐ、久の足先が向いた先の窓に突き刺さったのだ。
「あっ、ちょっと、待っ――」
見るも無様な格好で今にも泣きそうな情けない声を出す久。
だが、レジエラはそれに応えることもなく、するりと割れた窓ガラスの間を抜け、次の瞬間には真っ黒の柄を残像を残して真下に落ちて行ってしまった。
「……。」
「嘘、だろ?」
「え、えぇ……」
三者三様。
落ちゆく槍と無様な久の姿を見ての反応。当の久はバレエの様に真横に真っ直ぐ足を伸ばしたまま、口と目を開いて風が入るようになった窓を愕然と見つめた。
「そんな、飛ぶなよ……」
ようやく浮かしたままの足を思い出したのか、久の右足は自重と引力に従い、その身をゆっくりと地面に広がる氷塊に落とさせた。
「いやこれ、どうするよ」
一番に我に返ったのはハチだった。ハチは愕然とする久にストレートな一言を投げた。
「これはもう、トウカさんの帰宅を待つべきなんじゃないか?」
答えたのはタケ。
タケはぐるりと首を回すが、先に落ちていたレジエラ以外の武器は、足を目一杯伸ばしても届く距離にない。ハチの籠手もがっちりと凍結したままだ。
「そう、だな。それしかないか……」
武器と気分を落とす久。こればかりはタケの提案に従うしかなく、それ以外に道もない。
久は必死に抜いた足をゆっくりと曲げ戻すと、未だ半分以上凍り付いて動かない自前のブーツへと戻した。