Chapter7-7
「た、助かった……」
嵐の中、絶壁の縁を掴みぶら下がっているような織葉は、大きく息を吐いた。
依然として足元ではざあざあと濁流が物欲しそうに声を荒げているが、確かな手掛かりを掴んだ織葉にとっては、今の状況はもう余裕であった。
「ジョゼさん、大丈夫?」
「えぇ、大丈夫よ。本当に、助かっちゃったわ」
織葉に抱えられているジョゼも大きく息を吐くと、織葉に改めて礼を言う。
それを見て織葉はにっこりといつものように歯を見せて笑いを見せると、
「上の屋根か雨どい、掴める?」
と、首を上に向けてジョゼに訊いた。
「えぇ、この距離なら――」
織葉の腕の中で包まれたままのジョゼが腕を伸ばし、その両手で屋根を掴んだ。
二人は少しその場所で揺れたが、自分一人分の体重を支えることなど他愛はない。
織葉はジョゼがしっかりとした箇所を掴んだのを確認すると、胴に回していた腕を解き、自身の身体を二本の腕で支えて、そのまま屋根へと上がった。
三十一号棟の屋根に上がる、二人の女性。先にいた場所よりも十メートルは高いその場所は、地面とは違う、また独特の肌触りを持つ風が流れていた。
「織葉ちゃん、その……」
「ん?」
赤い髪を風に靡かせて息を整えていた織葉に、足を引きずってジョゼが半歩近づく。
「その、ごめん。先に逃げてなんて言ったりして」
私が間違っていた。そして、言ってはいけないことを言ってしまったと、ジョゼは織葉に頭を垂れた。
校舎の下で怒号を上げる濁流と、頬と髪を吹き抜ける強風。
リリオット付近の断崖に酷似したその場所で、ジョゼは織葉に詫びた。
「ううん。全然いいよ。立場が逆だったら、きっとあたしもそうしてたと思う。ともかく、二人とも無事で何よりだよ」
織葉の行動が最善手だったのも結果論であった。本当に生存率を上げるのならば、そこから一人ででも遠く逃げるのが、悲しいけれどもセオリーである。
「ありがとう。そう言ってもらえると救われるわ。ともかく、少し足の手当てをしておくわ」
しばらくは安全と見たこの屋根の上に、ジョゼは腰をゆっくりと下ろすと、ポーチから包帯と痛み消しの薬草を取り出し、痛めている素足に薬草を揉んで貼り付けると、その上から包帯を巻きつけた。
「大丈夫? まだ痛む?」
出際よく包帯を巻いていくジョゼのすぐ横に同じく腰を下ろす織葉。
負傷部を見つめる赤い瞳が心配そうに揺れている。
「ええ。まだ痛みはあるけれど、これでしばらくは大丈夫、かな。それじゃ、このまま屋根を歩いて校庭の方までいきましょうか」
包帯の端を綺麗に折りこんで処理すると、心配そうに話しかけてくれる織葉に対し、ジョゼは固かった表情を崩して見せた。
織葉もそれを見て少し胸を撫でおろすと、にっかりと笑って応え、二人は屋根の上を慎重に進み始めた。
◇ ◇ ◇
「……。」
水を吸ってどろどろに水気の増した地面の上で、トウカは周囲に睨みを利かせていた。
(上手く逃げた、のか?)
振り返って三十二号棟へと振り向くと、靴に踏まれた地面がぐしゅっと音を立たせた。
鋭い群青色の瞳は見落としなく周囲を見回すが、目に入るのは配下の部下たち数人。他には荒んだ校舎以外何も目に入ってこない。
「隊長、異常はありませんでした」
「こちらもです。不審個所及び所属不明者、見当たりません」
目を光らせているトウカのもとに同時に戻る、トウカと同じローブを纏う二人の男性。二人の報告は想像通りだ。
「了解よ。少し進んだ先でもう少し捜査するわ」
手で顎を擦るトウカ。トウカを含めたその小隊は、歩を三十二号棟の奥へと進め出した。