Chapter1-3
「そういや、村長がハチを気にかけてたぞ。元気にしてるのかって」
「けっ。毎度毎度、うるさいやつだぜ」
昨日の依頼報告を久にする最中、織葉がふと思い出してハチに話題を振った。それを聞くや否や、ハチは食卓にグラスをやや強く置き、一瞥する。手を伸ばして皿の上のソーセージパンを掴むと、むしゃむしゃと汚く頬ばった。
「ハチ、お前助けてもらっておいて……。ほんと、助け甲斐の無いヤツ」
「あん?」
織葉がトマトのスープを啜りながらハチを軽く煽る。
「あたしならもう絶対助けてやんないね。ちょっとは村長に感謝したらどうだよ」
(リン、リン)
「うるせぇな。もういいだろ! 何年前の話をする気だ」
「へっ、二年も意地張ってるからだ」
(リン、リン、リン)
グラスに注がれた牛乳をぐいと飲み干し、織葉が白い口髭を見せながらにやりと笑う。
「二年も身長変わらない奴に言われたくないぜ」
「あ? 身長は関係ないだろうがよ。やんのか?」
二年間で一センチ足りとも身長の伸びていない織葉。気の長さもそのままだ。
(リン、リン!)
「いいぜ買うぜ。こいやチビすけ」
「八朔くん? まさか私の教え子に手を出す気じゃないでしょうね?」
刹那、椅子から飛び上がるように立ち上がったハチが、その動きをピタリと止める。
この、優しい口調ながらも背筋を上から下まで貫くような声の持ち主と言えば、思い当たるのは一人しかいない。見ずとも分かる、声の主の特徴。きっとその人は全身藍色のローブに、特徴的な三角帽。帽子から見える髪はウェーブがかり、髪の毛は、桃色以外に形容しようがない筈だ――。
そんな、外見に特徴のありまくる人は、あの人以外に当然いない。
「「先生っ!?」」
セシリスのギルド支部。そのお昼休みに、タケと織葉の驚きの声が響いた。
ユーミリアス一の魔法学園、天凪魔法学園。それの現校長にして、数人しかいないとされる上級魔導師の一人。博識でユーモラスがあり、ギルドの面々が幾多にも世話になった、この大陸最強のお人。二つ名“白雷”で知られる上級魔導師、天凪桃姫校長ご本人が、いつもの無邪気な笑みを見せてそこに突っ立っていた。
「桃姫先生!? どうしてここに!?」
驚きの声を上げ、思わず立ち上がる久。皆が驚くのも無理はない。ここに今日訪ねるとも聞いていないし、そもそもこの場に現れた桃姫があまりにも現実味を帯びておらず、ただただ驚く。いきなりの来客はよくあることだが、これに驚かないのは無理があった。
「連絡とか無かったです、よね? とりあえず先生、どうぞ」
久は驚きながらも、空いている事務机から椅子を運ぶと、自分たちの机の端へと置いた。
久たちが桃姫と会うのは、実に二年ぶり。織葉の学園卒業式以来だ。新生ギルドの仕事にも追われ、連絡こそ取っていたが、直接は会えずにいた。
「ありがとう。お昼時に、急にごめんなさいね」
桃姫は席に着くと、もう一度五人に謝った。
「それで、今日はどうしたんですか?」
タケはコーヒーをカップに注ぐと、桃姫の前へと差し出した。
「ありがとう。ちょっと今日はね、みんなに依頼をお願いしたくて」
桃姫はコーヒーに手を付けずに、急に真剣な面持ちを作った。
「先生が依頼ですか? それは、どういう感じの?」
席に着いた織葉が桃姫に訊ねた。すると桃姫は、にっこりと笑みを作り、口を開いた。
「迎えに行ってほしい人がいるのよ」
「お出迎え、スか?」
思わぬ内容にワンテンポずれるハチ。先生の依頼にしては、随分と控えめに思えた。
「桃姫先生、それは、誰です?」
問うタケ。久も同じことを聞こうとしたのか、開きそうだった口を閉じ、桃姫に何度か頷いて見せた。
「この杖の、持ち主よ」
そう短く言うと、桃姫は自分の杖から素子化の呪文を解き、一つの物を取り出した。
五人は目をまん丸にした。本当に、それと会うのも久しぶりだった。
天凪校長が杖から取り出し、机に置いたもの。
それは、かつての仲間。この大陸の平穏を取り戻してくれた、他ならない彼女の杖。
霧島ゆいの愛杖、リューリカ・シオンだった。