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クランクイン! Ⅱ  作者: 雉
廃屋を翳す嘘
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Chapter7-3

 背後の影は三人とも拳銃を持っており、その三人の真ん中の影の銃口からはすぅっと硝煙がのぼっている。

 ジョゼはその発砲に気づき、自らの体をお織葉にぶつけ、それを免れたのだ。


 正面を睨む織葉と、それに背をつけ銃持ちの三人に睨みを利かすジョゼ。目視できる限りでは敵は三体。今の時点でも十分に無勢だ。


「織葉ちゃんは近接三体をお願いできる? 私はここから銃を狙うわ」


 ジョゼはポーチから三枚の手裏剣を引き抜きながら、背中合わせの織葉に静かに言う。織葉はそれに対し頷いて答えると、もう一度愛刀を握りなおした。


 影の身体を狙ってはいけない。織葉は影たちが襲いくる斬撃を躱しながら、その手にしている武装を跳ね除ける必要がある。身体を切れば最後、敵戦力が更に増えることになる。


「じゃあ、いくよ!」


 ジョゼのよく通る声が、壊れた校舎にぶつかったその直後、ジョゼのテンペストがしなやかに腕に合わせ動き、流水の如く三枚の手裏剣を放った。


 乾いた空気を切り裂く鋭利な手裏剣は、その空気抵抗をも切り抜いて宙を一閃すると、離れ立つ影の手に直撃。ジョゼの正確無比な三撃は見事に銃だけに命中すると、影の手からそれを打ち放し、空中で銃を四散させた。


「おりはちゃん! お願い!」

「よっし! 今度はあたしが!」


 織葉の背中に掛かるジョゼの体重。そこから掛けられるその声に、織葉は強く反応した。


(うしろの遠距離はジョゼさんが叩いた。じゃあ目の前の奴らは!)


 織葉は紅迅を強く握りこむと、体を支えていた後ろ足に力をこめ、一気に前に踏み込んだ。


 背中から離れるジョゼの感触。少しばかりこちらにもたれ掛ったようにも思えたが、織葉は振り向くことなく、眼前十メートルほど前で武器を構える影に突っ込んでいく。


 長い三十一号棟の側道を、赤い風が切り抜ける。手にした刀は太陽光を目一杯吸い込み、この空間をも切り裂くような鮮烈な反射光を生み出している。


 小柄で小回りの利く織葉の脚力はまだまだ衰えを知らない。

 注視していなければ転移とも思えるその速度を持って、気づけば織葉は影の眼前二歩前に着いており、その逡巡とも須臾とも思える僅かな世界の中、三人の影の武器を細かく切り刻んだ。


 僅かな時間、宙に浮かぶ影の武器。その槍と斧は、柄も刃部も織葉の紅迅の前では紙切れに等しく、ばらばらに分裂した後、重力に従い地面に落下した。


 手から武器を無くし、後頭部まで開いた穴で、呆然と空手を見つめる三体の影。

 織葉は刀を手にしたまま自慢の脚を振り上げると、三の横腹に横蹴りを繰り出した。


「これでもっ、くらえ!」


 織葉の動きに少し遅れるスカートと赤き髪。織葉の小さくも逞しいその健脚が、三体の影を横に吹き飛ばした。


 足に掛かる衝撃が気持ち悪い。三体を蹴ったと思えない軽さだ。

 織葉はそれに違和感を強く覚えながらも、愛刀を納刀し、すぐさま背後のジョゼの元へと駆け戻った。


「ジョゼさん! 大丈夫!?」


 駆け寄る織葉。ジョゼは最初に二人背中を合わせていた地点で、尻もちをついていた。

 織葉がジョゼから離れる際に感じた背中を押すような感触は、脚の痛みでバランスを崩したジョゼによるものだった。


「あんまり、よくないわね」


 情けない。と、ジョゼはつぶやくと、織葉の手を取り立ち上がって顔をしかめた。


「私たちにあの影たちを排除する力が無いのが悔しいわ」


 小さな織葉の右肩にもたれ掛るジョゼが、篭手を嵌めた右手で織葉が蹴り飛ばした影を指差す。

 指の動きに合わせ少し音を立てた篭手の指先には、織葉が蹴飛ばして校舎の壁に半身を埋める、三体の影が天地を確かめ動く触手の様な動きをしている。


「うん……。ああやって蹴飛ばしながら、進んでいくしか――」


 一瞥する織葉。その鋭く赤い瞳が自ら蹴飛ばした影を捉えた刹那。視界の右上に小さな光が映りこんだ。


 それは、空を舞う埃か砂が反射したものだと、そう思った。

 天高きところにある太陽が、何かを光らせたのだと思った。


「きゃあっ!?」


 自分が息を飲むよりも早かった。織葉の顔のすぐ横で、ジョゼが驚きの声を甲高く上げた。織葉の肩を借りるジョゼは何かに強く驚き、あまりの事で目を閉じている。


「なっ!? どうしたの!?」


 なだれ込むように倒れていくジョゼを必死に抱き留める織葉。

 あまりのことで抱え込む力が負けそうになったが、織葉はその小さな身体でなんとかそれを持ちこたえ、元の体勢に戻す。


「くっ! 屋根の上よ……! やられたっ!」


 どこか苦しい声を上げ空を睨むジョゼ。織葉はそれに反応し両目を三十一号棟の上に向けようとしたが、突如視界がぐらつき、気づけば二人は校舎の壁に張りつくようにして倒れこんでいた。


「なっ、くそっ!」


 織葉は今の動きが、ジョゼの力を振り絞った跳躍だと理解していた。織葉はもう一度紅迅を鞘から引き抜くと、壁から半歩飛びのいて校舎の屋根を睨んだ。


 そこには、想像通りの者がいた。

 その姿が黒いのは逆光の所為ではない。


 空の青を映し出す一つの瞳の数は十。そして、弓矢の数は五。三十一号棟の屋根上に現れたのは、五体の弓もちの影だ。


 影は死角の壁から離れ飛んだ織葉を目視するや否や、矢筒より矢を引き抜き引き絞ると、それぞれがそれを放った。


 空間を貫通する五本の矢。

 屋根上から射られたその射撃武器は、その鏃を全て織葉に顔を向け、まっすぐに命を貫通するべく大気を突き進む。


(二回も、体に矢が突き刺さるのは――)


 強く握りこんだ織葉の紅迅が、ほんの少し、赤く光る。

 身体に矢が刺さる、重く鋭い感覚。河川敷で感じたそれは、もう、二度と――


「ごめんだっ!」


 織葉の腕は動いていないように見えた。だが、織葉の周囲には赤い残像が残り、その光の終着点はやはり紅迅に繋がっている。

 

 織葉に放たれた矢は全て、中心から真っ二つに斬られ、気づけば足元に十本のごみとなって転がっている。織葉は全ての矢を防ぎ切ったのだ。


「今度はこっちから行くぞ! ――紅迅!」


 織葉は言葉を認識するのかもわからない影に対して強く威嚇すると、刀を手にした右手を真横に掲げ、もう一度その刀身を光らせた。今度の光はもっと明るい。


「いくぞっ! 葉炎ッ!」


 赤い魔力、熱を纏う太刀、紅迅。

 織葉は自らの愛刀を、そのままの体勢で、強く左に振りぬいた。


 空に輝る、赤い一筋の閃光。

 空にたなびく赤い吹流しのような横凪一閃は、屋根上で二射目を構える五体の影の上に重なったかと思うと、手にしていた弓矢を焼き焦がし、そして影を反対側の天井の向こうへと吹き飛ばした。


「ふぅっ」


 チンと、音を立て、鞘に刀を仕舞う織葉。紅迅は鞘口からほんの少し煙を上げながら、その刀身を休ませるかのように鞘にぴったりとその姿を消していく。


「ジョゼさん、大丈夫!?」


 鞘に仕舞い込むや否や、織葉は飛ぶように壁際で座り込むジョゼに駆け寄ると、片膝を付けて顔色を窺った。


「やられたわ……」


 やはり痛むのか、ジョゼが覗き込んでくれた織葉を見返して、どこか悔しそうな面持ちを浮かべる。

 ジョゼは利き腕を腰に当てるようにしながら、脚を少し前に放り出して、楽な体勢を取っていた。


「相当、痛いみたいだね……ごめん、もっとあたしが早く気づいていれば――」

「ううん。織葉ちゃんは私を抱えてくれていたし、もっと早く気づくべきだったのは私の方よ」


 壁にもたれ掛るジョゼは悲しそうに、眉を下げて謝る。

 前に伸びた脚は外見からは分からないが、中には相当な痛みが走っているのだろう。織葉はジョゼの目から視線を脚に移した。


「……それに、やられたのは脚じゃなくて――」

「……え?」


 足に注視していた織葉に掛かる、不思議な言葉。


 織葉は眉を寄せて少し目を開き、視界をジョゼの顔に戻す。

 するとジョゼは、腰に当てていた利き腕を、ゆっくりと壁と背中の間から抜き出して見せた。


「なっ! 嘘、だろ……?」


 肩を上げ、肘を真左に折るジョゼ。

 そのジョゼの細くしなやかな腕に嵌められている篭手、テンペストは、見るも無残な姿に、ぼろぼろに壊れていたのだ。


「影の初射、私のテンペスト(これ)に直撃したの。幸い、矢が腕に刺さることは無かったけれど……」


 ジョゼの長年の相棒、白き篭手テンペストは、主人の片腕を矢撃から守り、それを最後の使命として、事切れていた。


 腕に嵌められたテンペストはもうその原型を留めていない。

 手の甲から指先まで覆っていた白い鱗は全て割れ落ち、腕に残るは一の腕中心に残る篭手の最後部と、そこから今にも取れそうにぶらぶらと揺れる、そこから手の甲までを覆っていたはずの数枚の鱗の欠片のみ。


 篭手を装備していたはずのジョゼの利き腕は、もはや生身の腕同然となってしまっていた。


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