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クランクイン! Ⅱ  作者: 雉
泥水のトウカ
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Chapter6-4

「そんな、ばかな……」


 トウカの声色は、真実そのものに見えた。久の真実を否定したいその言葉が、空しく空中に溶けて消える。


「申し訳ないけれど、事実よ。私以外にも彼女の死を知る者がいるわ」

「そ、そんな! じゃあ、先生のあの魔術は何だったんだよ!?」


 思わずハチが立ち上がる。木箱の椅子が少し後ろに押し下げられ、椅子に似合わないクッションが床へと落ちた。


 自分たちが確かに桃姫から聞いた、未来の話と体験した転移魔術。

 過去の世界で見たゆいのシオンの輝きは、ゆいがまだ生きているとの強い証拠だと、桃姫は間違いなくそう説明してくれた。


「それは、私にも分からない。ただもう一つ、私から教えてあげられることがあるとすれば……」


 トウカはほんの少し、顔を伏せた。


「天凪先生も、ここにはいない。先生は数年前、ひとがげの元を断つために一人調査に出て以来、行方不明よ」


 トウカの私室が酷く静まり返る。

 三人は、瞬き一つも出来なかった。


「残念だけれど、この時代に貴方たちが探している人は、いない――」


 そしてトウカは、三人が時同じくして考えていたことを代弁して締めた。


「じゃ、じゃあやっぱり、未来への転移は失敗だったってこと、か……?」


 額から冷や汗が垂れた久が、静かにタケを見る。

 タケは片手で、皺をよせた眉間と額を擦っていた。


 その落ち込んだ空気の中、トウカのベッド脇に置かれている振り子時計が、低く響く小さな鐘の音を一度だけ鳴らした。

 久は音につられ時計を見ると、その針は四時を知らせようとしていた。


「落ち込んでいるところ、申し訳ないのだけれど」


 目的を無くし、そして思ったより近い未来だったことに衝撃を受け、多くの気力を無くしてしまった三人に、腰に手を当てながらトウカが席から立った。


「三人に会わせたい人がいる。その人なら、何か知ってるかもしれない」

「……それは、誰だ?」


 生気の消えた瞳をトウカに向けたタケが、ゆっくりと問う。


「私の上官で、属する軍団のトップ。軍団長よ」

「軍団、長?」


 ハチが顔を上げ、立ち上がっているトウカに視線を向ける。

 トウカははやり他人ごとなのか、大きなショックを受けている様子もなく、どこか視線で三人に出発の催促をしているようにすら見える。


「ほら、男でしょ。いつまでもくよくよしてないで――」


 ダンッ!


 刹那、室内に爆音にも似た音が鳴り、トウカの声を切ったかと思うと、部屋少しを揺らした。

 その音が勢いよく扉を開いた際の音と気づいたのは、直後に聞こえた男性の声が耳に入ってからだった。


「隊長! トウカ隊長!」


 見ると、額に汗を大量に滲ませた一人の男性が部屋の入り口に立ち、肩を揺らしている。その容姿はトウカと似ており、同じ砂色のマントを着用。両腰に一対の剣を指している。


「……この者たちは?」

「客人よ。構わないで。なにか火急の様ね」


 男は三人を不思議に思ったのかトウカに尋ねたが、客人との説明を受け、すぐさまトウカに視線を姿勢を戻し、からからに乾いた口を開いた。


「また、ひとかげの軍勢が現れました。出現数は先のものよりももっと多い!」

「……またか」


 焦る男の伝達内容は、影の大量出現だった。

 しかしトウカは声を荒げることもせず、一つ舌を打って椅子から立ち上がると、背後の窓から慎重に外部を覗いた。


「隊長、出現地域は学園の最奥、三十二号棟の付近です」

「三十二号棟? なんだってそんな場所に」


 トウカは淡々と室内を移動しながら、寝床横に移動し、その上に置いた武器を手に取って装備した。


「それが、二人の所属不明の女性が渦中にいまして、その二人を狙っているようです。詳細は不明ですが、出現数は分離した数も合わせ、数十は軽く超えている模様です」

「なっ!?」


 今度は三人が立ち上がり、一様に目を見開いた。


 男の報告の中にある、所属不明の二人の女性。その二人はもしや――


「おいあんた! そのうちの一人、真っ赤な髪のチビじゃなかったか!?」


 考えるより早く、ハチの大声が男を突いた。男は思わぬ方向からの声に少し驚きを見せたが、すぐにそれを直し真剣な面持ちに戻す。


「確か……そうだ。赤髪だった。遠目からの確認で、少女のようにも見えたが……」

「つッ……!」


 遠目からでも分かる目立つ赤髪。第三者からすれば少女にも見えるその小躯。

 

 間違いない。織葉だ。

 織葉がまたしても影に襲われている――!


「貴方、先に行きなさい。すぐ私も出るわ」

「りょ、了解しました!」


 バタン! 


 男は礼も敬礼も忘れて、部屋から飛ぶように去っていく。図書館の大階段を急ぎ足で降りていく音も、すぐに聞こえなくなった。


「おい! 二人はあんたの仲間が拾ってくれてるんじゃなかったのかよ! どうなってんだ!」

「知らないわよ。その後に出現した奴らに囲まれでもしたんでしょ。全く、なんであんなのに好かれるのかしらね」


 怒るハチの怒号に対しても、それに張り合うことのないトウカ。トウカはいつも通りのするりと抜けるような口調でハチの会話を遮りながら、素早く出撃準備を整えていく。


「ともかくトウカさん。その二人は仲間の可能性が高い。そこにオレたちも同行させてくれないか」


 ハチをなだめる様な口調で問うタケ。


 仲間の危機とあればこんな場所で突っ立っている訳にはいかないが、ここは自分たちの時代とはまるで勝手が違う。


 一方、眼前の魔導師は自分たちをも助けてくれた、実力のある術者。彼女に同行すれば、確実安全にジョゼと織葉の二人を救出できると考えたのだ。


「駄目よ。貴方たちを連れてはいけない」


 トウカの返答は、至極あっさりだった。

 タケの申し出に対し、トウカは準備する手を止めることもなく、拒否と答えた。


「な、なんでだ! 俺たちの仲間かもしれないんだぞ!」


 トウカの拒絶に感情が露わになる久。久は壁に立てかけていたレジエラを手にしようとしていた瞬間だった。


「仲間であろうとそうでなかろうと、貴方たち三人は純粋に足手まといよ」


 準備の手を止めるトウカ。

 トウカは抗議しようとする三人に対して真正面を向き、腕を組んだ。


「足手まとい、だと?」


 ハチの目が細く鋭く尖り、腕を組むトウカに突き刺さる。しかし刺された側のトウカは、微塵にもハチの恐怖を感じていなかった。


「じゃあ聞くけれど、貴方たちは奴らを倒せるの? 今、この時代に現れているひとかげに、有様な効果を得られる攻撃方法を知ってる訳?」

「い、いや、それは……」

「知らないわよね。だってそれで危機に陥っているところを、私が助けたんだから」


 トウカの的確な発言に逃げ場と勢いを失うハチの口。トウカは後ろ手で壁にかけた砂色のマントを手に取ると、それを一度バサッと振り拡げた。


「だからって、こんなところで待ってられるかよ……! 久、タケ、行くぞ!」

「ああ……!」

「行こう! すまない、トウカさん!」


 三人はそれぞれ持つ抜群の俊敏力で背後の壁に引き下がると、置いていた武器に手を伸ばし、それを拾い上げた。


「駄目。貴方たち三人は――」


 パキィイン!


「行かせない」

「なっ!? 氷!? 凍結魔法っ…!?」


 刹那、足に冷感を覚えたかと思うと、次の意識が追いついたころにはすでに、三人の膝下までの両足と、久とタケの武器が凍り付いていた。


「貴様! 何しやがる!」


 犬歯むき出しのハチは音速をも超えるような手さばきで手裏剣を一枚引く抜くと、残像も残さない速さで、トウカの喉元に手裏剣を放った。


「甘い」


 キィン!


「んなっ! マジかっ!?」


 放たれた手裏剣は、いつしかトウカの手に握られていた太刀により、それが直撃することはなかった。


 初見で見抜かれることのないハチの投擲は何と、それすらも早い抜刀により防ぎ、手裏剣を真っ二つに斬っていた。


「篭手も、凍らせてもらう」


ガチチッ!


「くっそ! やりやがったな! 女!」


 ハチの篭手、ドラゴンキリアが、いつの間にか氷で覆われ、その手と指をもがっちりと凍り付かせた。


 いつ呪文が行使されたのかすら分からない。

 トウカは杖を手にすることも詠唱することもなく、三人の足の自由と、ハチの利き手を凍り付かせたのだ。


「水と氷は魔法相性がいいからね。私が戻るまでここでおとなしくしてて」


 トウカは勝ち誇ることも、三人を一瞥することもなく、凍り付いて動けない久たちの前を通り過ぎると、部屋の扉に手を掛けた。

 ギィと音が鳴り、図書館への扉が開かれる。


「くそっ待ちやがれ! それがお前のやり口かよ! トウカ!」


 図書館にまで轟きそうなハチの大声が、今にも退室する、トウカの砂色のマントに突き刺さる。


 すると彼女の首をほんの少し、私室へと振り向かせると、またどこか不機嫌そうな面持ちで、横一文字に閉じていた口を開いた。


「そうよ。これが私のやり方。私はどんな卑怯な手だって使う」


 振り向いたトウカの砂色のマントが、私室からの空気の流れで、大きく図書館側になびいた。


 茶色い猛禽類が威嚇するかのようなマントの流れ。

 そして、薄暗い図書館で光りなびく黄色い長髪と、暗闇を刺し殺す群青の両眼――


「私は、泥水のトウカ。目的の為ならば手段は選ばない」

「待っ――」


 久による大声の静止は、勢いよく閉じた扉に遮られ、トウカに届くことはなかった。


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