Chapter6-3
「ね、噛み合わないでしょう?」
予想通りの久の驚く顔を見て、トウカは手組みから腕組みに変えた。
腕組みする水の魔導師が偽を放っているとは思えない。だが、この時代が元いた時代より七年先の未来で、影が十年前から発生していると、トウカは確かに明言した。
今この時代は、現歴8019年。それは、久たちが元いた時代の七年先にあたる。
そして、あの分裂増殖する影の発生は、十年前だというのだ。それが確かであれば、自分たちもそれに遭遇している筈だ。
しかしながら、そういった経験は当然ながら一切ない。
久たちが最後に出会った影はライグラスの西の廃塔がおそらく最後であるし、それに、分裂して増殖などは一切なかった。対峙した影はすべて、一撃で葬ることの出来る、数だけが脅威な存在だった。
「噛み合わない……」
タケは指先で額を擦りながら、今一度計算し直す。しかし、今ここの現歴から七引くだけの計算など、間違うはずもなく、時間が掛かるわけもない。
何度やっても計算は同じ。答が変わることはない。
「タケ、久……どうなってんだ?」
「わからん……全くわからん……」
急に弱気になるハチの問いにも、誰も答えることができない。
「可能性としては、天凪先生の魔術の失敗だが……それはあまり考えたくないし、それに、それを裏付ける根拠もないもんな……」
「私もそれが一番可能性が高いとは思うけど、貴方と同じ考えね。そうと決めつけるには情報が少なすぎる」
一つの推測として、桃姫の魔術失敗を上げた久に、机を挟んだトウカも一理あると答える。決め手には大きく欠けるが、一つの推測としては筋が通っているとの見解だ。
「それはそうと、誰かを連れ戻しにここに来たって話だったわね。それは誰なの?」
繋がらない現在と、自分たちの過去に頭を悩ませていた空気をトウカが変えた。
すると三人はぴたりと悩む動きを止め、逡巡久と見合った後、リーダーが口を開いた。
「我らの大切な仲間の魔導師です。私たちがこの時代で探している人物は、霧島ゆいと言う、氷の魔導師です」
そして久は、久しくその名を呼んだ。
肩に少しかかる星色の銀髪と、そこに橋の様にかかる黒いカチューシャ。
白い学生服に身を包み、幾度もの危機を救ってくれた、自分たちの六人目の仲間。
三人の脳裏に浮かぶ、優しい笑みのゆい。それを思い出している最中、トウカは少し、目を見開いて驚いていたが、三人はそれに気づかなかった。
「霧島、ゆい。ね」
黄色の髪を肩から払いのけ、トウカが静かにつぶやく。
「トウカ、さん? あんた、もしかして――」
脳裏に浮かんでいたゆいの姿が、煙のように消えたハチが、少しまごつきながら口を開く。
その異様な二人に気づき、久とタケも我に返った。
「参ったわね……。知っているわ。彼女のこと」
トウカは組んでいた指を解くと、右手を頬に当てた。
「ゆいを、知ってるんですか!?」
久がバンと机をたたき、身を乗り出した。
タケは言葉を失ったのか、眼鏡の奥の目をただただ真ん丸に見開いている。
「ええ。でもそれは――困ったことになった、な」
トウカの顔半分を覆うその手の指の隙間から、群青の目が覗いている。
「トウカさん? それは、どういう――」
乗り出し固まったままの久に続き、タケが固まっていた口を開く。その発した声は確かにトウカに届いている。
トウカほんの少しの間、その返答を押し黙る。
そして、少し乾いた唇を、ゆっくりと開いた。
「――霧島ゆいは、数年前に死んだわ」
私の目の前で死んだのよ。と、トウカが静かに、そしてはっきりと、ゆいの最期を口にした。