Chapter5-6
バァン! バガァン!!
「ぐうおっ……!」
先程自分の顔があった高さの箇所では、小さな爆発が幾つも起きていた。
ほんの少し、タケの判断が遅ければ、今頃久の顔は首から上が吹き飛んでいたことだろう。
「いっててて!」
「「ハチ!?」」
倒れ込んで辛くも爆発を避けた二人に、爆音と砂埃の間からハチの悲痛な叫び声が響く。
「おい、ハチ!」
見ると倒れ込んだままの二人の直ぐそばに、先程の爆発で吹き飛ばされたのか、ジョゼの元から離れてしまったハチが飛んできていた。
「ハチ! 大丈夫か!?」
「ちっきしょー、脛やられたぜ」
タケのすぐ横に倒れ込んでいるハチは左足の脛を裂傷していた。血が流れている。
「三人とも、大丈――ぐぇあっ!?」
「なっ!? おりはっ!?」
地面に倒れ両目いっぱいに砂を受けた三人に声を掛けた織葉の声が、急におかしくなった。
「あぐっ! かはっ……!」
続くジョゼの声も―
「ジョゼっ!? おりはっ!!」
真っ赤に充血した眼鏡越しの両目を見開き、音を頼りに立ち上がったタケが、怒りの混ざる怒号を上げた。
視界に入る二人の仲間。その二人との距離は先程よりも数メートルは離れており、なんとその肩を組む二人の首に、鎖が絡み付いている。
二人の女性の首に巻きつく漆黒の鎖。それは遠目に見ても分かるほど、二人の細い首をぎゅうぎゅうと締め付けている。
二人はそれを到底片腕で払うことが出来ず、後ろへと引きずられていく。
(あいつ!)
霞みまだ痛む目で二人の背後を凝視すると、腕から二本の鎖を伸ばした影が、二人の首を捉えていたのだ。
影はまるで、竿をしゃくり上げながら釣りを楽しむアングラーかの様な手つきで、強弱をつけて二人を引っ張って行く。
「はなせ!」
タケは片目を閉じながらも、先程と同じく弩を構えた。
狙うは二人を繋ぐ二本の鎖。まだまだ必中距離だ。
(あせるな……)
まだ少し傷み涙の流れる目を何とか開きながら、タケは鍛え抜かれたその感覚で矢を射った。
カァン!
しかし、タケの矢は突如現れた盾持ちの影によって防がれ、正しい弾道を描く筈の矢は途中で折れて力尽きた。
「二人を離せ!」
タケは矢筒から四本もの矢を引き抜くと、同じく装填した。
数年前のオーディションでも披露した得意技、シュライブ。ここで外す訳にはいかない――!
シュゥパァン!
風を切る鋭利な音に続く、四本の矢。
それぞれの矢は二人を拘束する鎖へと真っ直ぐに飛び抜け、そこをまさに貫通する――
ぐさっ。
「……なっ!?」
ことはなかった。
何と、タケの放った矢は全て、鎖の直前で新たに現れた影に直撃し、その身をバラバラに砕いたのだ。
黒い紙きれを打ち抜いたかのように四散する影の身体。
それが意味するのは、ただ一つ。
気付けばその一瞬で、ジョゼと織葉は黒い影で姿が見えなくなっていた。
「くそっ! 待て!」
タケは弩を担ぐと腰から一対のナイフを抜き取り、持てるだけの脚力で地面を蹴った。
石のように固まった校庭の地面の衝撃が足底筋に響く。
タケに地面を蹴り、引きずられていく二人に追いつこうとするタケに襲い掛かる、沢山の斬撃、幾多の弾丸。
タケは時にそれらを体に受けながらも、ナイフの峰で影をいなし、時に正面に現れた影に対し、殴り蹴りを繰り出す。
しかし、それはあまりにも無勢だった。
三体の影が突如眼前に現れたかと思うと、それらは一糸も狂わぬ動きで飛び上がり、そのままタケに突撃、地面に背をついてしまうタケの上に乗りかかった。
「邪魔だぁ! どけぇええ!!」
タケは必死にナイフを刈ったが、それも間に合わなかった。
左右の影は両腕でタケの片手を押さえつけると、容易くそれを奪い、適当な位置に放り投げた。
マウントポジションを取られたタケはなす術もなく、乗りかかった三人の影に、好き放題胴体を殴られた。
「どけぇっ! タケから離れろ!」
刹那、タケの頬を殴っていた一人の影が、横に吹き飛んだ。そして目に入るは黒く細い木製の棒。
「タケっ! 無事か!?」
頬が腫れ、目から出血するタケに、レジエラを振った久が滑り込んだ。
久はなんとかハチを抱えると、その腕力だけを持ってレジエラを刈り、一方的なタケのもとへとようやく切り込んだのだ。
「す、すまん……」
久の手を取るタケは口も切っているのか、呂律の弱い言葉を、口元から血を流して答えた。
「久、俺はいい! タケに肩貸してやれ!」
腫れた片目を閉じ、口から血を流すタケを見て、久に担がれていたハチが背中から飛び降りた。
ハチは負傷した左足を一切使わずに、体を捌いて着地すると、ポーチから一枚の手裏剣を取り出し、篭手を嵌めた利き手の指に挟んで構える。
忍びの者のような構えのハチは、手裏剣をコイントスのように空中に軽く投げると、そのキャッチするまでの僅かな時間に、声を上げた。
「いくぜ! アベレッタ!」
そしてハチの手に回り収まる手裏剣。
その手裏剣はハチの言葉と篭手からの魔力供給に寸分の狂いなく反応すると、すぐさまその身を強く光らせた。
ハチの魔力で紫色に光る小さな手裏剣は一瞬のうちに一メートルほどにまで育ち、三人に直撃しようとしていた何本かの矢を跳ね返した。
「これで、しばらく!」
紫の光が落ち、いつも通りの鋼鉄に戻った手裏剣を睨んだハチは、その手裏剣の中心に開いている正円の穴に、腕を突っ込み力任せに持ち上げた。
一メートルにもなる鉄製の武器は想像通りの重さで、ハチの手首を押し付けるかのように締めてくる。
それでもハチはそれを持ち上げ、タケを抱えた久に振り下ろされようとしている影の腕に自身の腕を伸ばした。
ギィイン!
影の持つ剣と、ハチの手首に嵌められた手裏剣がぶつかった。
出来の悪い鈴を打ったような音を少し反響させて響かせると、ハチはそのまま影を押し込み、地面へと倒し崩した。
「はぁっ、はぁっ! さすがに、重いな」
震脚のようなしぐさで負傷した左足を伸ばし庇いながら、ハチは大粒の汗を垂らした。
ハチの額は冷や汗と汗が混じりあい、その幾つかが、米かみを通り過ぎて顎先へと伝っていく。
「戦況は最悪、だぜ」
手首に食い込む手裏剣と少し距離を離した影たちを見て、ハチが一瞥する。
見ると手首は真っ赤な線がいくつも出来ており、既にその何本かは内出血となり、赤黒く沈着している。
「ハチ、ほんの少しだが七時方向に空間の空きがある。そこに飛び込んで退却姿勢を取ろう」
ハチの手裏剣の傘の下から、久が素早く耳打ちした。
自分たちのほぼ真後ろには今、影が非常に手薄になっている箇所ができていた。
その幅は三人通ってもなお広く、その奥に影もいない。影は久たちの前方だけに強く集中している形となっていた。
「了解だ。いくぞ!」
ハチは腕から巨大手裏剣を引き抜くと、両腕で力任せにその手裏剣を掴み投げた。
回転動作もない重い鉄の塊は前方の地面に飛んでめり込むと、砂埃を舞わせた。