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クランクイン! Ⅱ  作者: 雉
いつかのユーミリアス
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Chapter5-1

いつかのユーミリアス



 落ちている。

 そんな感覚に気付いたのは、意識が返って来た時だった。


 どこまでも垂直に繋がる穴中を、足先からまっすぐに、吸い込まれるかのように落ちている。辺りの世界は明暗を繰り返し、顔面には数多の水泡がばちばちとぶつかる。


 その時、足先にぎゅんと縮んだかのような痛みが走った。まるで身体の到底通らない小さな穴に吸引されているかのような、圧縮され、潰されていく痛みが走る。


 周囲の水を全て吸い込むような吸引力は、とうとう足先を吸い込んだ。めきりと音が鳴り、骨が捻じれる。


 その吸引は足だけでは飽き足らず、どんどんと呑みこみを始めた。

 脹脛を吸い込み、太ももにかぶりついていく。


 皮膚は裂け、筋肉はすり潰され、骨は砕かれていく。

 口を開いても叫び声は出ない。手を横に広げても、その動きを静止することはできない。

 激烈を伴う大口に、ただただ従うしかない。


 そしてとうとう、その口は腰にかぶりついた。


 身体は絞られた布の様に捻じれ、骨は割れ、臓器が握りつぶされようとしている。

 そしてとうとう、下腹部の一つの内臓が潰された刹那、その痛みは一挙として消えた。



「はあっ!?」


 ばねが仕込まれた起き上がり玩具のように、久は上半身を勢いよく起こした。

 口からあふれる熱い空気。肺が熱されたかのような空気は口内を抜けると、どこか冷たい外気に混ざって消えた。


「ここは――」


 どこだ? とは繋がらなかった。何故なら先ほどと場所が変わっていないからだ。


 独特の冷たい空気。ひんやりとした空間。地面はざらついた石材で、あたりを見ると岩石や石英がいくつも地面から生えてきている。


 どう自立しているのか分からない不思議な岩石。八角形の地面を覆う、清き水の流れ。

 そして、祭壇中央に鎮座したままの、桃姫の愛杖、迅雷輝星――


 ここは、聖神堂だ。


「タケ、おいタケ、起きてくれ」


 久は自身のすぐ横で、頬を地面に擦りつけているように倒れていたタケを揺り起した。


「うっ、ひさ……久っ!」


 久の意識の戻り方を再現したかのように、タケも勢いよく半身を起こした。眼鏡は顔の上で少し歪んでいるが、その他は大丈夫そうだ。見た感じ出血や怪我もない。


「ここは聖神堂……だよな」


 眼鏡を掛けなおし、周囲を見回すタケ。タケの目にも数分前と変わらない聖神堂の最深部が広がっている。


「分からんことだらけだが、ともかく全員起こしてからまとめよう。タケ、盗賊二人を起こしてやってくれないか」


 不明な点ばかりであるが、ともかくは全員を起こすのが先だ。

 久は自分より少し離れて倒れている盗賊二人を指差すと、自分は少し後ろで一人倒れていた織葉を揺り起した。



 ◇ ◇ ◇



「みんな、怪我はないか?」


 数分後、ジョゼ、ハチ、織葉の三人も目を覚まし、その落ち着きを取り戻していた。

 久は手早く全員の体調を訊ねたが、その問いに対し四人は少し体をまさぐったのち、首を横に振った。


「怪我はどこにも無いけど、あの転移、めちゃくちゃしんどくなかったか?」


 ハチは首を左右に振り、関節を鳴らして言った。


「やっぱハチも……と言うことは全員同じような感覚に襲われてたんだな?」


 ハチの発言に対し、久がすぐに口を開く。


 あの、転移魔術とは思えない衝撃。体を前後左右に激しくランダムに揺さぶられ、それを逃がすことも敵わない辛さ。

 暑いのか寒いのか分からない状況の中で体を捻じられ、その限界の末に目が覚めた。


 まるで病気の時に見る奇奇怪怪な悪夢を生々しく体験したかのような気持ちの悪さだ。気付けば五人の喉はからからに乾いている。


「それよりこれ、あたしたち未来に今来てるのか? 成功したの?」


 織葉は胡坐を組みなおすと、一番の疑問を口にした。


「おそらくは、な。地面に書いたはずの魔方陣が消えてるだろ」

「うわ、ほんとだ。あんなに大きかったのに全然気づかなかった」


 久が地面を指差し言うと、織葉は思わず、座ったままの体勢で数センチ飛び上がった。


 桃姫の血液で書かれた、複雑な赤い魔方陣。

 それは今、跡形もなく消えている。


 魔方陣はただの落書きではない。意味や力のあるものだ。

 しかもここにあったはずのそれは、天凪桃姫が直々に構成したものだ。それをものの数分でここまで完璧に消すのは、この仲間内では不可能だ。


「それにみんな、杖を見てくれないか。土埃が溜まっている」


 すると今度はタケが、祭壇中央に鎮座したままの迅雷輝星を指差した。


「よっと、どれどれ」


 軽い身のこなしで立ち上がったジョゼはタケの指差す方向へ軽やかに進むと、顔を近づけて迅雷輝星を凝視した。


「……本当だわ。それに結構汚れてるわよ、これ」


 凝視した迅雷輝星は、タケの言う通り確かに汚れていた。  


 杖先の隙間や柄の凹み部分などに、黒っぽい微かな粉が溜まっている。試しに柄を指でなぞると、黒板を消した時のように、杖本来の姿が指に沿って現れた。


「何年か経ったものの汚れって感じだろ。――詳しいことはここから出ないことには分からないが、オレたちは最低でも数年は先の未来にいると考えていいと思う」

「だな。言われてみれば先生もいないもんね」


 未来に来たかもしれないという仮定に賛同しかけの織葉が、周りを見回した。

 何より、自分たちを未来に飛ばしてくれた先生の姿も見受けられない。


「みんな、これを見てくれ」


 各々があたりを見回す中、リーダーの久がポケットから時計を取り出し、掌の上に置いて見せた。 


「改めて確認するが、俺たちに大切なのは残りの時間だ」


 久の手の上で懐中時計は、午後二時過ぎを示している。

 それを見てハチも時計を取り出し確認したが、同じ時刻を示していた。


「俺たちが祭壇の台座に並ぶ前、ちょうど二時だった。その後すぐに転移が行われて、俺たちが数分間気を失っていたと考えると辻褄は合う」

「となると、オレたちの時計で明日午後二時がタイムリミットって訳か。こっちの時刻がこの時計と同期してるのかは不明だが、もし違うようなら惑わされないようにしないとだな」


 タケの時計も二人と同じく、午後二時過ぎを示している。

 秒針も一定のリズムで時を刻んでおり、故障や不具合は見受けられない。


「ともかく、ここから出るのが先決みたいね」


 するりとジョゼが立ち上がった。ジョゼは少し痛んだ篭手を嵌めなおすと、その感触を確かめた。

 長年の相棒はばっちりと腕に固定され、指を少しも固めることはない。


「そうだな、じゃあ早速ここから――」



 ズドォン!



 立ち上がろうと片足を立てた久は、いきなり体勢を崩した。


「な、なんだ!?」


 タケはよろめく久を支えながら立ち上がると、担う武器に手を掛けた。


 洞内に響いた爆音のような音。

 堅い地面は揺れ、天井からは石の欠片がパラパラと落ちてきている。


「爆発音、か?」


 ハチは腰を曲げ低く構えると、足にまだ感じる微かな揺れを頼りに、その原因を探った。


「ともかくここから出た方が良さそうだ。爆心地が近い地下にいるのは危険すぎるぜ」


 ハチは全神経を傾注させていた足から力を抜くと、振り向いて出発を促した。


「そうだな。全員急ぎ出発だ。ここを出る!」

「「了解!」」


 久の命令に対し、四人はすぐさま返答し、祭壇から飛び出た。


 五人はまたしても冷たい水に足を突っ込むと、入った時よりも乱雑な足取りでざぶざぶと水を越えた。


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