Chapter4-3
聖神堂の最奥に現れた、迅雷輝星の祭壇。その空間は今までの天然洞窟とはまるで異なっていた。
まず、祭壇の地面が異質だ。正八角形の形をしている。まるで巨大な八角形の岩石の台座が鎮座しているかのようだ。
巨大な八角形の地面は、直径が十メートルはあり、その八つの頂点には、不安定な形の岩石がそれぞれ鎮座している。
また、祭壇を囲むように堀のような溝があり、地下水が流れている。水幅は二メートル程あり、水流は強くないが、水は魔力を含んでいるのか仄かに青く光っている。
「不思議な場所だ……こんなのが学園の地下にあっただなんて」
石英に手を着いて祭壇を眺め見る織葉。数年前まで毎日通っていた学園の地下にこんな場所があるとは思いもしなかった。
「ほんとね。でもこの祭壇の形――リリオットだわ。似ていると思わない? こう、ぐるっと水が囲っている感じとか」
織葉の横に着いたジョゼは、今見ている祭壇にどこか既視感を覚えた。
それは、ユーミリアスの原生林のど真ん中。大麗樹の村、リリオット。リリオットは深い段差の下から逞しく根付く大麗樹のを中心に、その周りを川で囲むような立地をしていた。
原生林を抜けて見たあの美しい光景が、ジョゼの脳裏に思いだされる。
「ジョゼちゃん鋭いわね。強い魔力を持つものは、自身の周辺に水や空気の流れを作り出そうとするの。それで自身を清めたり、溢れた魔力を調節したりするのよ」
大麗樹も迅雷輝星も強大な魔力を持つ。そういった物は、自身を守るため、清めるためにこういった構造を取ることが多いのだと言う。
「ともかく、降りましょうか」
崖を下る桃姫に続く五人。次第に近づく眼下の祭壇は、どこか人を寄せ付けない空気を醸し出している。
「私もここまで来たのは久々だわ。さぁ、祭壇に中に入るわ」
桃姫は水流の前で一瞬立ち止まった後、濡れることも気にせず、靴のまま水に足を踏み入れた。
五人もそれに習い、靴を脱がずに水流に歩を進めた。
「うわ、凄く冷たい!」
靴に容赦なく入り込む水の水温に、ジョゼは思わず半歩下がりそうになった。
まるで氷の張った池の上を素足で歩いているかのようだ。針で刺されるような冷たい痛みが足裏から脛にまで瞬時に走る。
脚部の血管が凝縮し、骨が冷たさのあまり軋んでいる様な気さえした。
ざぶざぶと水を渡りきった六人は、とうとう祭壇の中へと足を踏み入れた。
今まで入り口からここまで全て天然洞窟だっただけに、祭壇内は見れば見るほど不思議だ。また、上からも見えていた頂点ごとに置かれている岩石は、逆三角形のような形でその身を固めており、どうやってバランスを保っているのか分からない。
分かっているのは、ここは人智の及ばない力が働いているという事だけだ。
そして六人は、祭壇の中央に辿り着いた。
そこには同じく八角形をした、一メートル程の岩石の台座が鎮座している。
台座は荒仕上げを施された石材の様で、手を触れなくとも撫でた感触が想像できる。小さな凹凸をざらざらと掌で撫でる感触が、五人の固く握られた手の内で再生された。
どこか気持ち悪いのか、久は指と指を擦り合わせて掌の感覚を他に分散させながら、こここそ、かつて迅雷輝星が安置されていた場所なのだと確信していた。
「本当に、久しぶりね」
誰に言った訳でもなく、一歩前にいる桃姫が呟いた。
「そうか――先生、迅雷輝星とも今日でお別れなんですね……」
久は眼前の桃姫が持っている、長杖を凝視した。
桃姫は今日、魔芯を消失する。
それは、魔法使い、魔導師でなくなるという事。
そしてそれは、魔道具を所持する必要がなくなると言うこと。
長きに渡り桃姫の手にあった魔道具とも別れる日なのだ。
「そう暗くならないで。いつかはここに返さなくちゃならないものよ。それが今か、まだ少し先なだけかよ。さぁ、準備を始めましょうか」
五人が俯いて暗くなっていた空気を、桃姫が手を叩いて変えた。
「そう、ですね。ここまで来て先生の覚悟を無下にはできません。それで、僕たちは何を?」
久は顔を上げると、自分を合わせた全員の気持ちを代弁した。
みんな満面の笑みとは当然いかないが、それでも桃姫に真剣で、優しい顔を送った。
「ありがとうね。それで準備なのだけど、みんなにお願いしたいのは、準備ができたら後ろの台座に全員立ってほしい。少し狭いとは思うけれど」
桃姫は五人のすぐ後ろのやや下部。迅雷輝星が安置されていた台座を指差した。