Chapter1-1
再会、再開
熱波。
太陽の恵みはいつも強烈だ。数多の雲が徒党を組んで空に重なっても、その光を完全に遮ることは難しく、燦々と輝きを放つ。いつも一人で大陸全土を照らす力。それは本当にとてつもない。
じりりと照り付ける日射は、それもさることながら、地面からの照り返しがまた鬱陶しい。天高いところにある太陽がまるで、自慢の息子を地面に置いたかのようだ。上からも下からも、じっくりと焙られている感覚に苛まれる。
赤茶けた大地、無骨な岩山。太陽を目一杯に吸い込んだ大地は、靴越しにも伝わる熱を溜め込み、素足で踏めないような温度まで熱されている。空は青々と高く、大地は勇ましさを感じる岩山がいくつも切り立つ。地面には転々と、身を寄せ合うこともなく、多肉植物が根を下ろしている。
見渡せば雲一つない青空以外、暖色だらけ。この色合いがまた憎い。暑さを三割増しにしてお届けしてくれているのは間違いない。
ここは、ユーミリアスきっての砂岩地帯、ライグラス。お天気は今日も絶好調だ。乾いた大気が充満し、うんざりするほど辺り一面暑い、熱い。
そんな極限地帯の巨岩の陰に、二人の人物がいた。待ち構えるようにしゃがむ二人の顔には大量の汗。顔面に溜まる大粒の汗は顎先を伝って落ちていき、乾いた地面と熱された大気に溶け消えていく。すぐにでも拭いたくなるような量の汗が吹き出ている訳だが、二人はそんなことなど忘れたかのように、面持ち厳しく、それぞれの武器を構えて、何か待っている。
賑やかな空模様とは全く異なる、大気の静けさ。風に靡くものすら無いこの地では、時折小石が転がる音が聞こえるくらいで――。
ズドォォン……!
途端、大地を揺らす鈍い轟音と、重たい地響き。それは足踏みのように何度か続く。
連なる地響きは更に音と揺れを増し、赤茶けた大地を豪快に揺るがす。二人の男の額の汗も、振動に合わせてぽたぽたと垂れ落ちていくが、暑苦しいまでのこの場所で、二人の顔は涼しく、そして真剣そのもの――
ゴォァアアアン!
そして、その巨大な“何か”が二人が身を潜めていた巨岩を踏みつぶした。
辺りに飛び散る無数の岩片。巨岩そのものが爆破したかのようなその迫力を生み出したのは、背丈十メートルはゆうに超える、岩石の巨人。
ビズラリック。ここライグラスの砂岩地帯に時折現れる、その巨体を岩石で構成する原生種だ。
原生種と言っても動物の様な存在とは異なり、大気の魔力が大地に染み込んで結晶化したものや、地中の魔力石などが合わさり生まれる生物である。どちらかと言うと無機物に近い。
岩々が魔力で結びつき、のっしりと動き始めるそれは、岩の巨人そのもの。他に形容しようがない。
ビズラリックは積極的に何かを襲う性質ではないが、その大きさと硬さゆえ、集落付近で動きがあると、どうしても被害が出てしまう。その為、ビズラリックが人の住む付近に出た場合、討伐するのが常となっている。
そして今回、その任を託されたのが――
「ひぇー。今回のはデケェな!」
巻き上がる砂埃から飛び出る姿。小柄な人物は前髪を軽く片手で抑え、余裕の笑み。その片腕には黄金の篭手がきらり。
「中々の大物だ」
そしてワンテンポ遅れ飛び出るもう一人。こちらも砂埃をメガネから払う程に余裕だ。背負う大きな弩は、この地に合わせたかのように赤い。
ユーミリアス、ギルド支部セシリス。そこに属す二人の名手。
「タケ、援護頼むぜ」
手裏剣使い、緑千寺八朔。
「任せろ」
弩使い、来駕タケ。
遠距離に攻撃に秀でる二人は熱砂の大地を軽々と駆け抜けてビズラリックと距離を取ると、少ない言葉だけで動きを作る。
それを追いかけるビズラリック。声帯のないビズラリックは吠えることは無いながらも、まるで咆哮しているかのように胸を突き出して両腕を広げると、大振りな動きで左腕を肩上に振り上げた。腕部分の岩を投げるつもりだ。ビズラリックは腕を構成する岩を任意の所で切り離し、投げつけてくる。
攻撃としては単純極まりないが、その速度と威力は馬鹿げている。ましてやこの巨体だ。直撃すれば全身バラバラは間違いない。
「来るか! こっちも行くぜオラッ!」
狩り慣れたハチはその動きを見逃さない。見ずとも音で分かるくらいだ。ハチは俊敏に動く健脚を片脚で制動させたかと思うと、まだ後ろを向ききっていない状態で、一枚の手裏剣を流れるように放った。雑く、投げたかのような動きだ。
空を裂く手裏剣。一秒で何十回と回転しながら飛ぶそれは、見事なまでの投擲で振り上がった左腕を捉え、突き刺さった。
バン!!
直後、一発の爆発音が鳴ったかと思うと、ビズラリックの左腕が弾け飛んだ。ハチの放った特殊手裏剣、爆破手裏剣が、岩石の左腕を肩下から吹き飛ばしたのだ。
ぐらりと蹌踉めくビスラリックと、爆発で四方に飛び散る無数の石片。その飛散する石片の勢いは凄まじく、さながら散弾銃のようで――
スパン! スパァン!!
その岩石の散弾が気持ちいいまでのリズムで撃ち落とされる。次から次、四方八方へ飛び散る大小様々な石片は、全て無効化され、細かな砂片となって赤茶けた大地へ吹き流されていく。
気づけば一人、熱い大地で構えを取る弩使い。タケはハチや自分へと降り掛かる危険な石片を、持ち前の射撃で全て撃ち落とした。四散する方向も風向きも、彼の前では関係ない。正確無比な射撃で変化があるのは、彼の背負う矢筒から矢が減っていく所だけだ。
「足落とすぞ。あと頼んだ」
「了解」
またしても短い会話。タケの返答よりも早いのかとも思えるタイミングで、ハチはいつしか手裏剣を摘んでいる。
適当に持たれた手裏剣。それが一瞬光ったように見えたかと思うと、そのサイズは先程から大きく変わり、直径三、四十センチ程の物に変わっている。
ハチの十八番、アベレッタ。ハチは都合のよい大きさまで一瞬で仕上げると、重さも増した筈の手裏剣を、その摘んだままの所作で放り投げた。
またしても適当に見える投擲。しかし手裏剣はしっかりとした回転を作り、そのままカーブを描いて空を切る。
ギギンッ! っと、刃が当たる音が二つ。そして直後、上半身から倒れこむビズラリック。ハチの投げた手裏剣は、脚を構成する岩と岩の間を見事に切り抜け、ビズラリックのほぼ上半身、膝から上辺りを落とした。
巨岩が倒れ込み、揺れる大地。砂埃がまたも舞い上がり、二人とビズラリックの姿を一時隠し覆う。頭上からはぱらぱらと、舞い上がった土とビズラリックの小さな欠片が降り落ちる。それがひとしきり降り終わったかと思うと、途端に静寂が訪れた。
静寂のライグラスの中にゆっくり吹き込む、熱を含んだ風。それはカーテンを開けるかのような速度で、砂岩地帯の砂埃を晴らした。
そこに、倒れこんだ筈の巨人の姿はなかった。大地に転がるは、大小さまざまの岩石。どれ一つとして、動く気配はない。
そして大地に一つ、矢が突き刺さったままの岩が転がっている。大きさは、両手に乗せられる程のもの。他の岩と見ても何の違いもない。だが、それにだけ、タケの放った矢が貫通することもなく、その身に矢の半身を突き立てている。
「一撃かよ。流石だな」
どこからともなくひょいと現れたハチが、それを拾い上げて、突き刺さった矢をまじまじと見つめる。タケもいつしかハチの横に立っており、愛弩のアスロット・シャミルを担ぎなおした。
「勝負は一撃だ」
「『二度はなし』だろ。分かってるけど、真似出来んわ。さっぱりコアの見当がつかん」
タケが射抜き、ハチが手にしている岩は、ビズラリックの魔芯だ。コアとも呼ばれるそれが、岩石を繋ぎ合わせ、まるで意思を持っているかのように動き出させる根源である。これさえ不活性化すれば、ビズラリックはただの岩石に戻るという訳である。
「ハチのビズ捌きがあってこそだ。爆破、見事だった」
「へへ、あんがとな。ともかく戻るか。お疲れ」
手裏剣使いと弩使いはお互いの拳を軽くぶつけ合うと、互いを労う。コアを持ってライグラスへと届ければ依頼は完了だ。
空は相変わらずの晴天。大地はうだるほどの暑さ。
そこ行く二人の足取りは、軽かった。