Chapter4-2
「ここは見ての通り洞窟なのだけれど、かつて、この奥に迅雷輝星が安置されていたの」
そういうと、桃姫は利き手に持つ愛杖を左手で撫でて見せた。
「えっ? 先生の杖って、自分で作り上げたものではないのですか?」
久がそれに驚く。
魔導士は修行の一環として杖を自ら作り上げると聞く。ゆいのシオンも自ら作り上げたものであったように、同じ魔導師の桃姫の杖もそうであると思っていた。
「公にはそうしてあるのだけれど、実際は違うわ。本当のところ、この杖は私が作ったものじゃない」
「じゃあ、一体――」
久の問いかけに、桃姫がゆっくり口を開いた。
「あの、劫火煌月を元に、悪魔が作り出したものよ。ここ、聖神堂は魔法使いの祭壇と同じ、この杖を隠すために作られた場所よ」
「ちょっと待って。と言うことは、先生の血にも……?」
ジョゼが強引に割って入った。
腕のブレスレットが振れて動き、腕にぱちりと当たった。
「少しね。ゆいに比べればかなりの薄さよ」
桃姫にも、悪魔の血が流れていた。
ゆいのそれとは比べ物にならない血縁ではあるが、天凪桃姫も悪魔の血を微かに継ぐ者であった。
「この杖はね、ユーミルの月聖樹・劫火煌三明を模して、悪魔が作ったものよ。劫火煌月は元は神の持ち物だったから、いくら悪魔であったとしても、その全員が使いこなせるわけではなかったの」
絶句する四人に対し、桃姫は言葉を続けた。
劫火煌月はこの大陸の生みの親、女神ユーミルの杖だと聞かされている。
悪魔がこの地を乗っ取り、ユーミルを殺害してそれを奪ったが、元よりあまりにも強い魔力を持っていた劫火煌月は、例え悪魔であっても使用者が限られていたと言う。
純粋な神の力を持つ悪魔の杖は、誰しも扱える代物ではなかった。
「そこで、劫火煌月の杖の芯材を少し使って、同程度の力を持っていながらも、悪魔の誰しもが扱える杖を作り出すことにした。それがこれ、迅雷輝星って訳なの」
「それが聖神堂に隠されていたと?」
タケの問いに桃姫は、首を縦に振った。
「迅雷輝星は劫火煌月と違って、悪魔の血を僅かにでも引いていれば誰だって扱える。だから文献や言い伝えが多く残っていて、探す人が絶えなかったのよ。極めて強力な杖を持ちたいって人は、いつの時代にも多くてね」
暗い堂内で、桃姫が遠い目をした。
見かけからは全く想像できないが、この女性は二百年以上も生きている。
自分自身、悪魔の血を引いているという発言からしても、同族たちの醜い杖探しの様をありありと見てきたのであろう。
杖の所持者の殺害や拷問。盗みに隠蔽、密告や裏切り――
力を求め、欲の赴くままに生きる悪魔たちにとって迅雷輝星とは、喉から手が出るほど欲する対象だっただろう。
「私の祖父は、『悪魔は消えゆく存在だから、先の未来は人々に託すべきだ』って考えの人でね。杖が過激な悪魔崇拝を重んじる他の悪魔や崇拝者に渡ることをとても危惧していたの。私もそれに賛同していたけど、まぁ一族の中で私たち二人は異端扱いよーー特に父とは折り合いがすこぶる悪くてね」
その後は破門というか、喧嘩別れみたいなもの……かしら。と、少しばかり身の上話も挟み、遠い目をした。
「異端者扱いなのか。気に入らんな」
「みんないつだって、力がお好きなものよ」
足元に転がる小石を蹴飛ばし言うハチに、少し分が悪そうな笑みを向ける桃姫。
「だから先生が手にして、その存在を今日まで隠していたんですか?」
目の前を歩くリズムで揺れるその杖を見て、久が訊きかえした。
「そういうことになるわ。それで――百数十年は前の話かしらね。ようやくこの祭壇を見つけて、この杖を手にしたの」
もう数百年は前のことだ。
若き日の天凪桃姫は上級魔導師の称を得た後、ユーミリアス各地を飛び回り、祖父の願いを果たすべく、二本目の悪魔の杖を探す旅に出た。
当てのない、目的のみある数十年に渡る長き旅。
その末に、当時誰もまだ住んでいなかった海辺の山中で桃姫はようやく祭壇を見つけ、迅雷輝星を手にしたのだ。
「祖父の遺言が、『次期の世代を見守り、育ててほしい』ってこともあって、杖と聖神堂の存在を永遠に秘匿するために学園を立てた。そこで私自身が全てを守り、管理することにしたのよ。それが天凪魔法学園の設立という訳ね」
ちなみに迅雷輝星も偽名よ。と、桃姫は最後に付け足した。
幾多の人々が迅雷輝星を探し回った時代。
大陸全土をひっくり返すかのようなその時代であっても、その手が教育施設内にまで伸びることは無かった。
それを逆手に取った当時の桃姫は、自身の魔力で強化し作った堅牢な煉瓦で校舎を造り、聖神堂ごとその存在を長きに渡って秘匿することにしたのだ。
広大なユーミリアスでたった一人、誰の手も借りず、自身の命が尽きるまで、その身を持って迅雷輝星を秘匿することにした、たった一人の魔導師、天凪桃姫。
この大陸の未来を守るために選んだ彼女の行為は、語りつくせない程の勇気と決意を持った行動だった。
誰一人として語り継がれる事なく、自身の消滅と主に闇に葬り去るはずだった、ユーミリアスの遺物。迅雷輝星。
その大いなる行動に、タケは無言のまま、心から栄誉を讃えた。
「さぁ、着いたわ。ここが聖神堂の最深部。迅雷輝星の祭壇よ」
「ここが、最奥……」
数歩先を歩いていた桃姫が首を後ろへ向け、歩を止めた。
乱立する石英の向こう。そこは、数メートル掘り下げられた大きな空間。
この場所こそが、かつて迅雷輝星が収められていた祭壇だった。