Chapter4-1
力と未来
「先生! お久しぶりです!」
太陽が降り注ぐ砂浜広場に立つ桃姫を見つけるや否や、織葉は駆け出し、桃姫に抱きついた。
いつもと変わらない装いの桃姫は両腕で織葉を抱き留めると、それに応えるように小柄な織葉をぎゅっと抱きしめた。
「桃姫先生、ご無沙汰してます」
先に出た織葉にすぐ追いつく四人。タケは頭を下げると、恩師に挨拶する。
「こちらこそ。みんな元気そうで何よりだわ。今日は来てくれて本当にありがとうね」
織葉を抱きしめたまま桃姫はにっこりと微笑むと、依頼を受けてくれたことに対してもう一度礼を述べる。
織葉もようやく桃姫の胸から離れると、自分も今一度頭を下げた。織葉の活発さを具現化したかのような真っ赤な頭髪が、白い砂浜に向かって垂れた。
「さて、それじゃあ学園の方に移動しましょうか」
桃姫はもう一度五人の顔を見ると、全員に移動を促し、校舎の方へと体を向けた。
「あれ? 転移ってここからするんじゃないのか?」
砂浜広場から踵を返した桃姫を見て、ハチがその背中に尋ねた。ハチはてっきりこの場所に魔法陣を構成し、旅立つものだと思っていた。
「ここじゃちょっと人目もあるしね。学園の中で行うわ」
「あたしもここからだと思ってた。――それで先生、学園のどこで?」
織葉もハチと同じ考えだった。織葉は珍しくハチを視線を合わせると、続けて桃姫に問う。
「魔力が濃い場所を使うわ。学園の最深部よ」
桃姫がそう短く言った刹那、強い潮風が海から吹き込んだ。
砂が舞うことはなかったが、各々の襟や袖を激しくはためかせた。
「もしかして、そこって――」
どこか驚きの中に、恐怖のような声が入り混じるジョゼ。
桃姫が今から行こうとしている場所、転移を行う場所は、“あの”場所ではないのだろうか。
吐き気を催すほどの魔力が重圧となって襲いくる、ひんやりとした、あの空間――
「えぇ。聖神堂内で行うわ」
ひさしの深い濃紺の三角帽子の下では、桃姫の真剣そのものの目が光っており、桃色の髪の毛が潮風にしたがって吹き流れていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「また、ここに入ることになるとはな……」
桃姫が扉の開錠を行っている際、少し離れた五人はそんな話をしていた。久が扉に向かう桃姫を見てぽつりと呟く。
この場に良い思い出はない。思い出されるのは、誘拐に潜入、望まない戦闘と出血の記憶。
洞内を包んだ血の香りと各所で弾ける石英の甲高い音は、今でも鮮烈に五人の脳内にこびりついている。
「ある種トラウマだぜ、ここ」
ハチが、はぁとため息を一つつく。
両手を組んで頭の後ろに回すと、開錠作業を行っている桃姫の背中を見つめた。
「先生の話じゃ堂内の魔力は抑えて緩めてあるって話だけど、気乗りしねえなぁ。それでも気持ち悪いだろうし。……校長室じゃダメなんかな」
ここへ来る道中、桃姫は聖神堂の魔力を調節したと、五人に説明していた。強い吐き気や頭痛を催すほどの魔力の波は襲ってこないと聞かされたが、それでも入洞に乗り気にはなれない。
数年前、聖神堂に初めて入った時、ゆいが纏った堅牢な魔法障壁に最後の突きを入れたのはハチだ。
愛用のナイフを懐からもう一本出して突き立て、バランスを崩すのに一役買ったのは二年経っても記憶に新しい。
「そこじゃ駄目なんだろう。聖神堂は桃姫先生しか入れないから、秘匿性は抜群。それに、ここなら魔力が溢れているし、魔術も安定するんじゃないか?」
桃姫の後ろ姿から視線を外し、鼻眼鏡越しにハチと顔を合わせるタケ。
タケも魔術の類は相変わらず知識が浅く、仮定でしかものは言えないが、ここに多くの魔力が溢れていることは身を持って知っている。
桃姫ですら成功確率が七割を切る時間移動の転移魔法。
それを少しでも安定させるべくこの場所を選んだのではないかと、タケは推察した。
「この転移だって極秘な事案だものね――あ、扉が開いたわよ」
見ると、数メートル先の聖神堂の観音開きの重厚な扉が開いていた。
洞内は相変わらず薄暗く、ここからでは何も見えない。
すると、桃姫が離れた自分たちに向き直って、一つ頷いた。
それを合図にして五人は歩き出すと、先に入っていった桃姫を追うように、観音扉を越えて洞内へと消えて行った。
◇ ◇ ◇ ◇
歓迎されているのか、他者を望まないのか。
五人の後ろ足全てが扉を超えた刹那、木造の重い扉は勝手に動き出し、施錠されていた時と同じようにその二枚の戸をぴたりとひっつけて固まった。
扉の閉まった刹那は暗い堂内だったが、石英たちが弱々しく光っているからかぼんやりと明るく、視界を奪われるようなことはなかった。
それに加え、五人はリリオットの村長、ティリアから授かった魔力で光るブレスレットを各準備しており、それを腕に巻いていた。
ブレスレットは自身の周りの暗さを探知したかのようにゆっくりと光り出し、その光量を高めだした。
「それ、光輝岩の結晶ね。最近では採れなくなって来てるから、結構珍しいものよ」
奥から半歩戻ってきた桃姫は五人の腕を覗くと、自信の愛杖、迅雷輝星を呼び出して、その柄で、こんこんと地面を叩いた。
すると杖先の金のクリスタルが光を灯した。
迅雷輝星が放つ光は眩いものではなく、どこか優しいながらも十分に足元を照らす光だ。
「それじゃあ進みましょうか。聖神堂の最奥まで行くわよ」
そう言うと、桃姫は先頭を向いて歩き出した。
五人は少しブレスレットを括った腕を前に差し出しながら、足元に気を配りながら、その後ろに続いた。
桃姫の言った通り、洞内の魔力の影響は殆どなかった。
前回訪れた際は、あの観音開きの扉に近づくだけでも吐き気を催すほどだったが、今は全くそういった辛さは感じ取れない。
どこか体重が増えているような、少し足を上げにくいような圧が掛かっているような気がするが、それ以上の事はなく、頭痛や吐き気などを感じることはなかった。
「桃姫先生、聞いても良いですか?」
「ん? どうしたの?」
先頭を進む桃姫にタケが肩を並べた。
「ここ、聖神堂は一体何の場所なのですか? 前々から思っていたのですが、学園内にこのような場所があるのは不思議です」
タケの疑問はここ、聖神堂の事だった。
ここは一体何なのか。
何のためにあるのか。
そして、このように常に魔力が渦巻くところに対し、何故対策を施さないのか。
タケは聖神堂については常日頃から疑問を抱いていた。
聞くところによると、聖神堂は学園創立の際から存在しているそうだ。
遺跡や重要な書物を持つ学園や研究機関は多く存在するが、天凪魔法学園が抱える聖神堂は、そういったものとは違う異質さを持っている。
重要な場所であるというのは見れば誰にでも分かるが、そのような異質で重要な場所が学園内、教育機関の中にあるということが不思議で仕方がない。
それに、その存在の認知度の低さも気がかりなところである。現に織葉以外、ここに訪れるまで四人は知りえなかった場所だ。
気分を害すほどの魔力が溢れる洞窟、聖神堂。
その穴は何故、若人集まる学び舎の中に存在しているのであろうか。
「うーん。校長だけの秘密事項なのだけれど、まぁ皆にはいいかな。誰にも教えないでよ?」
逡巡迷って顎を擦った桃姫だったが、最後に五人に釘を指すと、ここ聖神堂について、口を開いた。