Chapter3-4
そこから更に時間が進むこと二十分。起こした三人も加えて、ほぼ全ての準備が整いつつあった。
支部で男たちが寝ていた寝袋は片づけられ、いつも通りの会議机が部屋中心に戻ってきている。
男たち三人の準備は既に完了しており、今はジョゼと織葉の身だしなみ完了を待っている最中だ。
椅子に座る三人は実に軽装だった。
三人とも大きな荷物は持っておらず、装備品は各自愛用の腰に装着するポーチとサバイバルナイフ。そしてそれぞれの武器だ。
タケとハチはいつも通りの装備、赤弩アスロット・シャミルとドラゴンキリアだったが、久は今回は青鋼刀ではなく、軽さと取り回しを重視した槍、「レジエラ」を携えていた。
レジエラは黒い柄の先に、突き攻撃に特化した細めの赤い刀身を持つ槍で、一撃の攻撃力は低い分、その軽さ持って手数で圧倒する軽量槍である。
久は今回、戦闘よりも取り回しや移動に重きを置くスタイルを取ることにしていた。
「みんなお待たせー」
すると事務所の戸が開き、織葉を先頭に女性二人が戻ってきた。
髪を少し整えた二人の装備も変わっておらず、ジョゼは白い篭手テンペスト、織葉は腰に紅迅を下げている。
「そろったな」
二人を見てハチが零す。
ハチは少ししゃがみ、緩んでいたブーツの靴ひもを締めなおした。
「よし、それじゃあ出発しよう。みんな、忘れ物はないな?」
レジエラを杖のようにして椅子から立ち上がる久。
全員は脳内でポーチの中身を今一度思い返すと、一様に頷いて見せた。
「では出発。第一目的地、セピスタウンまで向かおう」
おう。と、四人が続き、支部の裏口を開け放った。
昨日より少し散った桜がドアの向こうで舞っていた。
穏やかな春の日差し、暖かな空気。どこかゆったりとした気温。
少しずつ枝が見えてきた桜たちが、自らの下を行く五人を見守っていた。
この一列に、もう一人加えたい。
一列に並び、セシリスを抜けていく五人。
その五人の顔は、二年前とどこも変わっていなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
五人は何に邪魔されることも急かされることもなく、非常に落ち着いた足取りでセピスに向かっていく。
向かうルートは二年前、地割れが襲ったセシリスから走り抜けた、河川敷沿いの、あのルートである。
河川敷が負った傷ももう数年前の話である。五人は歩きながらその場所を探したが、傷跡はどこにも残っておらず、おそらくここというレベルでしか判断できなかった。
偉大なる自然の治癒力とでも言うべきなのだろうか。上流から海へと流れゆく水流が傷を癒して毒を抜き、更に上流からの小さな土砂たちが傷を治したかのようである。
河川敷は行き交う人が何人もおり、皆それぞれの速度で旅路を歩んでいる。
自分たちのようなパートナーチーム群もおれば、行商人や冒険者、ただ空気を楽しんで散歩している人たちもいる。
五人は落ち着いた歩調を保っていたが、気づけば視線の遠くに、河口からつながる大海原が見え始めていた。
「もうここまで来たのか。早えな」
ポーチから取り出した行動食の板チョコレートをバリっと噛んだハチが、かけらを少しこぼしながら言った。
この道を通るのはハチも二年ぶりであった。
「やっぱ気持ち次第ってやつなのかしらね。ハチ、一かけら頂戴」
「ん」
ジョゼは頬張るハチからチョコレートを受け取ると、割れ目に沿って二欠片ほど折り、残りをハチに返した。
口に一欠けら放り込むと、あのまったりとした甘さがいっぱいに広がり、どこか頭がクリアになった気がする。
河川敷の道を進みきった五人は、一度河口すぐの砂浜で小休止を取り、その数分後、砂浜と松林の間の道をセピスに向かって進んでいく。
波も風も穏やかで、海は凪いでいる。
一定のリズムで押し寄せる波の音と、時折天から降ってくるカモメの鳴き声。
順調はリズムで進んでいく五人の目に、林の向こうに立つ学園の時計塔が見えたと思うと、すぐに街にたどり着いた。
針葉樹の林のけもの道を抜けると、白い石畳の街、セピスが五人を迎え入れてくれた。
「ひさしぶり、だな」
「あぁ」
思わず街の入り口で歩を止めてしまう久とタケ。
二年前に訪れたきりのこの地はかつて、酷い惨状であった。
しかし今はかつての姿を完全に取り戻しており、活気あふれる街として蘇っている。
割れていた石畳の路面は丁寧に修復され、倒壊していた建築物はきれいに建て直し、または修繕がなされている。
海からの届くまばゆい光をいっぱいに受け止める白き美しい街、セピス。
多くの魚介類の並ぶ、活気にあふれた海辺の街。
この地は、この地を愛する者が、取り戻してくれた場所だ。
「なんだか学生時代に戻った気分だ」
先頭を切る織葉がそんなことをつぶやいた。
織葉は二年ぶりではなかったが、ここに訪れるのは久しかった。
どこか嬉しそうに道を行く織葉の姿は、本当にどこも変わっていない。
通いなれた道、馴染みの店――
(もう、ここまで来たのか……)
目を閉じてでも詳細に思い出せるこの道をまっすぐ行くと、とうとう、あの場所にたどり着く。
街のはずれの砂浜。
そしてその入り口に立つ白いアーチ。
(ほんと、久しぶりだ――)
「みんな、来てくれて、ありがとう」
少し強い風が一つ吹き、潮の香りが高まった刹那、懐かしい声が潮風に乗り、五人に届いた。
「こんにちは、桃姫先生」
白い砂浜と青い空と海。
その二色の世界の中に一人、濃紺のローブ姿の桃姫が杖を携えて立っていた。