Chapter3-2
翌日からの四日間は、嵐のように過ぎ去って行った。
支部を最悪丸二日閉めなければならないのかもしれないので、五人は少しでも休み明けの仕事量を減らそうと、東奔西走していた。
また、それと並行して各人は準備も進めていた。
どの時代に飛ばされるのか全く分からないため、五人はその時代に溶け込むよりも、いつも以上に動きやすい装備で行くことに決めていた。
無理して馴染もうとするより、一日だけの勝負と割り切って、自分たちの時代の装備や服装で動いたほうが効率がいいと、久が提案していた。
仕事を進めながら消耗品を整え、合間を見て装備を修繕していく。
そして、五人の体調が万全に仕上がった時には既に、出発前夜となっていた。
◇ ◇ ◇ ◇
時刻は午後九時を少し回った。上弦の月が空に煌々と輝く頃、支部の勝手口が開き、赤髪の魔法剣士、織葉が戻ってきた。織葉は一度武郭へ戻り、馴染みの研ぎ師に手入れを頼みに行っていた。
「ただいま。戻ったよ」
「おう、おかえり」
織葉に返答する久。久はポーチの中身を今一度机に広げ、持ち物を確認している最中だった。
部屋に入ると、他の三人も出発の最終準備と確認を行っていた。明日はスムーズに全員が出発できるように、今夜は支部と来駕宅で泊まり込みをすることになっている。
それぞれの持ち物は、方位磁石にマッチ、携帯食料、応急用具など、必要最低限に抑え、加えて使えるかどうかは分からないが、一応それなりのユミル金貨も準備した。
「俺ら二人は大丈夫だ」
ポーチ内の手裏剣の枚数をしっかりと確認した盗賊二人は、篭手の調整を終えると、部屋の中心に置かれた会議机の椅子に腰かけた。
「オレもだ。問題ない」
タケも最後に愛弩の弦の張りを確認すると、ジョゼの横の椅子を引き、座った。
「俺も大丈夫、だな。織葉、そっちもいけてるか?」
「うん。あたしもオッケー」
荷物を指差し確認しながら詰めなおした久が戻ってきたばかりの織葉に確認を取ると、二人も着席した。
皆が着席し、妙な緊張感が生まれた。
窓の向こう、カーテン越しの月も、どこか五人を静観しているようにも見える。
「みんな、今日までの仕事や準備、お疲れ様」
静寂を久が破った。
久は労いの言葉を掛けながら首を左右に振って四人の顔を見ると、一つ頷いてさらに続けた。
「明日、いよいよ出発になる。第一目的地はセピスタウンの学園前広場、第二目的地は未来。依頼内容は、霧島ゆいのお出迎え。もとい、現在に戻すことにある」
出発前のブリーフィングだ。久はリーダーとして、全ての情報をまとめ、同じだけ共有した。
「任務時間は次元転移から二十四時間。その時間内にゆいを見つけ出し、この時代へ共に帰還する」
時代の転移は制限時間がある。丸一日分の時間が経過すれば、五人はたちまちこの時代に戻されることになる。
更に、時間転移は一度きりだ。
桃姫の魔芯を差し出すことで成り立つ儀式であり、二度と行うことができない。失敗は許されない。
「あと、先生からの連絡だが、術式は安定しているそうで、成功の確率はかなり高いそうだ。安心して欲しいって聞いてる」
四人と同じくして準備に力を入れていた桃姫。その努力の甲斐あって転移魔法の仕上がりはかなり高いらしく、安心して使えるレベルまで引き上げられたそうだ。
「だが、飛ばされる年代はやはり不明らしい。だからみんな、着いた時代があまりにも進んだ未来で、俺たちの力ではどうにもならないと分かれば、すぐに逃げの姿勢を取ってくれ」
しかしどれだけ完成度を高めても、ゆいの居る時代は分からなかったようだ。桃姫もかなり色々なアプローチを掛けたみたいだが、その点はどうしても分からなかったらしい。
向かった先でいきなり、武器を向けられることがあるかもしれない。もし、そのような事態に陥り、自分たちの戦力では到底太刀打ちができなくなっていたら、逃げを優先するようにと、久は四人に命じた。
「依頼は大事だ。だが、みんなの命には代えられない。無駄な戦闘は避けて、ゆいの捜索だけに尽力しよう」
全員を見回す久の発言に、四人が力強く頷いた。
「俺からは以上だ。他に何かないか?」
一通りの説明を終える久。ほかの誰かからの連絡時間を設けたが、そこで挙手するものはいなかった。
今一度全員をぐるりと見回すと、久は強く頷いた。
「よし、それじゃあこれで終わろう。明日は朝七時にここを出る。みんな、今夜はしっかり休んでくれ」
了解。と、全員が反応すると、久に続くように、タケが口を開いた。
「それじゃあジョゼと織葉は書斎の方を使ってくれ。一晩自由にしてくれて構わない」
「えぇ。ありがとうね。お言葉に甘えてゆっくりさせてもらうわ」
支部のこの部屋で五人が川の字で寝るには少し狭い。そこでタケはいつかの野営の時のように、寝室を男女で分けて今晩休もうと提案した。
それぞれ部屋を広々と使えるという点からも誰もそれに反対せず、今に至る。
「それじゃあ三人とも、おやすみなさい。また明日よろしくね」
「みんなおやすみー。また明日」
「あぁ。それじゃあまた明日な」
中央の会議机を動かして寝袋を床に敷き始めていた頃、女性二人組が寝具をまとめて事務室を後にした。
久は片手を上げてそれを見送ると、自らの寝袋を引いて陣取り、床に腰を下ろした。
「さてと。それじゃ俺らも休みますかね」
ハチは床にどすんと腰を下ろすと、自前の寝袋に入らず、その上に寝転がった。ハチはあまり寝袋が好きではなく、冬場でなければ寝袋の上で雑魚寝する。
最後のタケは、髪を解いて自分の机に髪留めと眼鏡を置くと、明かりを落として寝袋に入り込んだ。 事務室は寝袋に入らずとも、男三人寝転がってもまだ余裕があった。
灯りの無くなった室内に目が慣れていき、家具や机の輪郭が次第にはっきりと映る。
濃紺に包まれる室内は穏やかで、掛け時計の時を刻む音だけが静かに空間を漂っている。
カーテン越しから覗く月明かりは柔らかく、部屋を白く照らしている。
それは睡眠に際して目障りな光ではなかった。
どこか包みこまれるような、優しく安心できる光量。
硬い床の上での寝袋就寝はどんなものかと思っていた三人だったが、そんな考えはすぐに吹き飛び、気付けば久たちは月光差し込む濃紺の部屋で、静かに寝息を立てはじめた。