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クランクイン! Ⅱ  作者: 雉
二十四もの月日
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Chapter2-5

 月下のセシリスは静まり返っており、道行く人は少ない。

 そんな中タケは家を出ると、歩いてすぐの場所にあるセシリスの広場へと向かった。


 セシリスの広場は村の中央にあり、広場の中心に育つ楓の樹木を筆頭に、大小様々な木々が生き生きと繁茂している。その樹木の下に、ここの住民お手製のベンチがいくつも置かれている。


 本格的に肘掛と背もたれがついたものもあれば、板材を二つの切り株に渡し乗せただけの簡素なものもある。

 夜の静まり返った広場にたどり着いたタケは、中央の楓の下に置かれている、丸太を輪切りにして置いただけの椅子に腰かけた。

 椅子は地面と接する部分が腐って痛んでいるのか、腰かけると前後に揺れた。

 

 闇空の下の広場は眠っていた。

 木々は微かに葉だけを風に揺らして眠り、地から生える雑草や花々も少し葉先を垂らして眠りについている。


「……」


 広場を時に流れる夜風が、タケの肩を撫でた。


 風に他意はない。風はどこからとも無く吹き、時折その動きを人々に当てたり、かすめたりする。

 だが、肩の横を通り抜ける風に、あまりいい思い出は無かった。


 オーディションの帰り道。セピスの砂浜広場。リリオットの原生林での大嵐。

 そして、武神の塔の最上階――


 風が場を吹き抜けるのと同じように、タケの記憶も駆け抜けた。


 腰を下ろしたまま夜空を見上げると、漆黒の布のような夜空に頭上の楓の葉が溶け込んでいた。

 五指あるような、特徴的な葉。それは、天に向けて伸びているようにも、自分に向けて伸びているようにも見える。


 それを無心で見上げるタケの耳に、一つの足音が届いた。


「あれっ? タケさん?」


 タケが音の方向へ顔を向けるより早く、足音の主がタケに声を掛けてきた。


「ん、織葉か」


 声と足音の主は織葉だった。織葉はいつも通りの服装で、白いシャツに藍染めのスカートを履いている。髪型も相変わらずで、今夜もライオンの鬣のように元気よくあちらこちらに跳ねている。


「お疲れ様。今日も戻ってたのか」


 いつもの身なりでカバンを抱えた織葉を見て、タケが訊いた。


「うん。いつもの。その帰り」


 織葉は勤めてからセシリスに居を移したが、休日は足しげく武郭に帰省し、道場の手伝いや鍛錬を、父への報告も兼ねて戻っている。親子仲も良いらしく、色々な話をギルド内でもしてくれるようになった。


「おかえり。ご両親は変わりなく?」

「うん。二人とも相変わらずって感じ。父さんはギルド伝いで色々聞いてるって言ってたよ」


 織葉の父、炎は武郭平原のギルド支部長だ。同じ職業で在るのはもちろんのこと、セシリス建立に多大な貢献をしてくださった方だ。当然、色々な情報が耳に入っているだろう。


「そうか。鍛錬も順調か?」

「んー。まぁ、そっちはぼちぼちかな。……で、タケさんはなんでこんな時間に?」


ようやく織葉はタケに質問をし返した。


「うーん。特に理由はないんだがな」


 ただちょっと落ち着かなくて。と、タケは短く答えた。


「ねぇ。タケさん」


 気付けば織葉も最寄りの椅子に腰を下ろしていた。


「ん?」

「ゆいに、会えそうだね」


 広場を抜ける風と、名前の分からない羽虫の音。長閑な夜に一つ、穏やかな織葉の言葉が現れ、闇夜にすっと溶け込んで消える。


 タケの顔が織葉へと向いた。小柄な魔法剣士の彼女は、ぼさついた髪を少し風に流しながら、どこか遠く空を眺めていた。


「そうだな。元気で会えたら嬉しい。色々話したいよ」


 織葉の気持ちには遠く及ばないだろうけどな。と付け加える。


「ねぇねぇ、タケさんはさ」


 自分の返答は何処に行ったのか。織葉はタケに返事もせず、またタケに何かを訊こうとする。今度は顔がタケへと向けられていた。どこか、嬉しそうな顔をしているように見える。


「ゆいのこと、好き?」


 夜でも明確に分かる織葉の赤い瞳が、眼鏡越しのタケの両目を突いた。

 タケは組んでいた足を下ろすと、織葉の問いに答えた。


「織葉それは、ライクか? それとも、ラブか?」


 タケにとって思いがけない質問だったが、その問いかけた織葉に、極端なおふざけの色が見えなかったので、タケも適当に受け流さず、その問いに向き合おうとした。


「どっちかって言うと、ラブ寄りで」

「……曖昧だな」


 聞いてきた割にはふんわりとした線引きに、思わず脱力する。

 ともかく織葉の質問の真意は分からないが、ふざけたやり取りでないのは分かる。タケは一つ鼻から息を抜くと、思考回路を動かした。


 ゆいは命ばかりか、ユーミリアスをも救ってくれた恩人だ。勿論、一人の人として好意はある。ただ、それ以上については考えたこともなかった。それに、二年前は皆必死で、そこまで思考を動かす暇がなかったとも思う。


 では今、時間の取れる今現在では、タケの頭はどういう判断を取るのだろう。

 それは脳の持ち主のタケですら、考えてみなければ分からないことだった。


「もちろん嫌いではない、が……そう改めて考えるとよく分からなくなってくるな」


 タケの頭は、フル回転させてもその答えを導き出せなかった。


「へぇ。タケさんにしては珍しい」

「そんなことないさ。オレも答えに困る時は多いぞ」


 そう答えたタケを見て、織葉はくすりと笑った。顔の微かな動きに合わせ、赤い頭髪が揺れ動く。


「やっぱさ、タケさん変わったよ。うん」

「……また話が飛んだな?」


 思わぬ織葉の切り返しに、とうとう頭が着いて行かなくなった。


「いやさ、最初にタケさんと会った時は、『是か非か』って感じの人だったから。口調ももうちょっときつかった気がするし」

「そう、だろうか。自覚は無いな……」

「ほら、そういうとこ」


 と、織葉が笑いながら困惑するタケの顔を指差した。


「前なら『自覚は無い』でおわり。会話終了。閉店!って感じだったもん」


 両手を腰に当て、少し目を細めてタケの顔真似と声真似をする織葉。どっちも全く似ておらず、その似てなさにタケも思わず笑う。


「――あたしさ、タケさんが柔らかくなったの、ゆいのおかげじゃないかって思ってるんだ」


 少し下がった声のトーンで、織葉は優しく述べた。


 数年と言う、短い付き合いであるからこそ分かる変化なのかもしれない。織葉の目には間違いなく、あのカルドタウンで会った日から変わったタケの姿が映っていた。


 そんなタケの脳裏には、ゆいからの言葉がいくつも蘇っていた。

 そう言われると、随分と助けてもらった。



(これはタケくんのせいじゃない! 全力で戦えなくても、誰も怒ったりしない、そうでしょ!)



 あの時のゆいの声色は、今でもはっきりと、タケの記憶の中に残っている。あの激励には、ずいぶん励まされ、気づかされた。


「ゆいはさ、タケさんのこと、好きだと思うよ」


 赤髪の剣士が、少しも茶化さずにタケにもう一度向き直った。


「そう、だろうか?」


 タケには経験の無いことだった。自分の今までを振り返ると、そういったことに気を回す余裕はなかった。守るため、生きるために必死だった。



(タケくんだけが、何もかも背負わなくたっていい)



 ゆいがタケに掛けたその一言は、生まれてから、初めて掛けられた言葉だった。相手を思いやれるからこそ、自分に強い芯が通っているからこそ言える、強い言葉――


「うん。だからさ、未来に行った時、ゆいを抱きしめちゃいなよ」

「はぁ!?」


 何処か真剣だった二人の会話は、織葉が思いきり、崩しにかかった。


「いけ、来駕! ぎゅっといけ! ぎゅっと」

「あのなぁ織葉……」

「いいじゃんいいじゃん! 言葉よりも率直な方が効くって!」

「二年も燻ぶってる奴に言われても、何の説得力もないぞ?」


 ぴたりと、抱きしめるパントマイムを取っていた織葉が凝固した。

 

 またひとつ、夜の広場に風が流れ込んだ。


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