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クランクイン! Ⅱ  作者: 雉
二十四もの月日
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Chapter2-3

 指先から腕の半ばまで伸びる、長手袋の様な長さの白い篭手、テンペスト。

 素早く投げることに特化したテンペストは、手数の多さで勝負するジョゼのスタイルと相性が抜群だ。甲の部分に宿した赤のクリスタルも純度が高く、特殊手裏剣にもばっちり対応する。


 ユーミリアス原生の白い大蛇の鱗で作られたテンペストは、程よい弾力と堅牢さを持ち合わせており、その材質の持つ独特のしなりが、素早く手裏剣を放つことに一役買っている。

 軽く、扱いやすいテンペストは、素早さ重視の篭手の中で上位に入る高い性能を誇っており、愛用者が非常に多いモデルだ。

 また、大蛇のもつ、純白の鱗の柔らかな輝きも特徴で、それに魅了される者も多いと聞く。

 

 使いやすさと見た目が素晴らしく両立する篭手、テンペスト。その、ジョゼのテンペストはひどく傷んでいた。


 純白だった筈の篭手本体は全体的に黒く薄汚れており、材質の鱗も端々が割れ、欠けている。

 甲のクリスタルも細かい掠り傷が表面に沢山出来ており、本来の艶やかな輝きを失っていた。


「そう、ね……。使い始めて何年になるかしら」


 ジョゼは左手でテンペストを撫でた。鱗の端々の欠けが、ジョゼの左手を微かに刺し返してくる。


「えーと、ちょっと待ってろ」


 するとビャコは会計台の下から一冊の帳簿を取り出し、ジョゼの今までの購買記録を調べ始めた。今装備しているテンペストもここで購入したものだ。


「あー、買ったのはもう六年前になる。それと、修理歴が一回。それが三年前だ」


 ビャコは分厚い帳簿を台の上に置くと、その欄を指さした。見るとそこにはテンペストを購入した六年前の日付と、三年前の修理に出した日付が記録されていた。


「そろそろ買い替え時、かしらね」


 ジョゼは購入した手裏剣をポーチに仕舞うと、腕を軽く持ち上げてテンペストを見た。


 ジョゼ自身、痛んできていることは分かっていたし、手入れを怠っている訳でも無い。だが、ここまでしっかりと篭手単品を見るのは久しぶりだった。よく見ると、手入れの時には気が付かないような箇所がはがれていたり、割れたりしている。


「そうだなぁ。さすがにちょっと古くなって来てる。買い替え時ではあると思うぞ」


 いくつもの篭手を長年扱っているビャコの目は、一瞬にしてその傷み具合を判断し、腕を組んで答えた。


「そう、よね」


 篭手を変えても、それを捨てずに取っておけば良いだけのことだ。


 だがなぜか、ジョゼはそれが出来ずにいた。




 あれからもう二年。ジョゼは篭手をずっと変えずにいた。



 武神の塔の最上階。殆どの事を覚えていないが、ゆいが最後に極力な魔術を行使したと織葉から聞かされた。


 その時の魔力の余波が、もしかすれば自分の篭手のクリスタルに引っかかっているのかもしれない。もしかしたら、ゆいの何かが引っ掛かっているかもしれない。


 自分は盗賊で、魔術についての知識は浅い。

 引っかかるという事すら、実は存在しない事柄であるのかもしれない。


 だが、ジョゼはそんな当てのないただの希望的観測をずっと、持ち続けていた。




「ジョゼ、おーい、ジョゼ?」

「あっ、ごめんなさい。ちょっと考え事を……」


 我に返った時には、目の前でビャコが手をひらひらと振っていた。少しの間、放心状態にあったようだ。


「大切に使って貰えるのは武具屋冥利に尽きるんだが、ガタが来てるのは否定できないな。ここまで来ると修理よりも買い替えの方が安くつきそうだし……何か相性いいやつを探しておいてやろうか?」


 ビャコも何かジョゼの心中を察したのか、優しく諭した。


「そう、ね……。お願いしようかしら。――これと全く同じモデルは、流石にもう売ってないわよね?」


 いつまでもその考えに浸かっているばかりでは駄目なのだろう。


 それに、これは篭手だ。自分を守る剣なのだ。万が一、戦闘時に大きく破損でもすれば、命の危機に晒される可能性だって充分に有りうる。


「結構古い型だからなぁ。もう新規生産はしてない筈だ。まぁ、それについては俺が色々当たってやるよ。見つかりゃこっちから連絡いれるぜ」


 ビャコは先程の帳簿に何やら書き込むと、もう一度笑みを見せた。


「ありがとうビャコ。いつも助かるわ」


 ジョゼは頭を下げた。すると、後頭部で括られたジョゼの茶髪が床へと垂れて見せた。


「いいってことよ。大事な常連サマだからな」


 ビャコは両手を腰に当てると、明るく笑って見せてくれた。

 ジョゼはどこかその笑顔で救われると、ビャコの店を後にした。 


 馴染みの店を出ると、ストラグの街は夕陽で輝いていた。

 斜陽がアパート群の隙間から差し込み、金色の逆光とも思える、この時間にしか見ることの出来ないストラグの顔を見せてくれていた。


 ジョゼは少し細めて燃ゆる太陽を見つめた後、慣れた足取りでストラグの自宅へと帰路に就いた。

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