Chapter2-2
「こんばんは。ビャコ、いる?」
六畳ほどの店内はやや薄暗くどこか埃っぽい。
店内には図書館のように幾つもの棚が並んでおり、そこに所狭しと手裏剣や短剣。篭手や靴に手袋など、商品がぎっしりと詰められて並んでいる。
「ほいほーい。どちら様―?」
すると、店内の奥、店と併設された母屋の方から、一人の声が聞こえた。
ジョゼはその声に反応すると、狭い店内を少し歩き、会計台が置かれている店奥まで進んだ。台の向こうには手裏剣と短剣の意匠が施された黒い暖簾が掛かっている。
その暖簾の隙間から手が出てきたかと思うと、それが捲り上げられ、一人の少女が顔を出した。
「ニマナ! 久しぶり。ちょっと背が伸びたわね」
「おおジョゼ! 久しぶり! 元気そうだな!」
暖簾から完全に姿を出した少女は曇りの無い満面の笑みを見せると、前歯を見せて笑った。
この少女はニマナと言い、ここの店主、ビャコの一人娘だ。ニマナは青い髪をしており、その前髪を額の上で一つ括りにされている。
腰には大きさの合っていない前掛けを着け、そこにも手裏剣と短剣、そして店名が掛かれている。
「ちょっと待ってろ、父ちゃん呼んでくる!」
少し口は悪いが、どこまでも元気爆発しているのがニマナの愛らしいところだ。ニマナは踵を返すと、裸足で床をだんだんと踏み、暖簾の奥へと消える。
「父ちゃん、ジョゼが来てるぞ! 早く出てあげろ!」
足音は聞こえなくなったが、奥から元気な声が店側にまで響いた。ジョゼは一つ、くすりと笑みを零すと、近づいてくる先程よりも大きな足音に注意を向けた。
「おうジョゼ。いらっしゃい。ニマナがやかましくてすまんな」
暖簾の奥から出てきたのは、見かけ三十代くらいの男性。この人物こそ、ここの店主、ビャコだ。
ビャコはニマナと同じ青髪をしており、髪は短く切られて少し逆立っている。体格はごついわけではなく、至って普通だ。
腕にはいくつかのブレスレットが巻かれており、首元からは手裏剣と短剣のブレスレットが下げられている。
服装は白いタンクトップとニマナと同じ前掛けという、ラフなスタイルだ。
「ちょっと見ないうちに、ニマナ、大きくなったわね」
「図体がデカくなるのはいいが、態度もそれについてきやがった。参ったぜ」
ビャコはわざとらしく両手を横に伸ばして振って見せる。
「ビャコに似たのよ。そっくりじゃない」
そう答えてほしかったのでしょ? と、ジョゼがビャコの垂らした釣り針にわざと食いついて見せた。
ジョゼとビャコの付き合いは長く、ジョゼは手裏剣使いになってからずっとこの店にお世話になっている。
ビャコの店は狭く、少し乱雑な所もあるが、品揃えは充分で、希少な属性手裏剣や強力な篭手、盗賊向けの補助用具なども多く扱っている。
また、篭手や周辺防具の修繕、改良まで行うなど、普通なら店を分ける業務にも力を入れている。それはひとえにビャコの腕の良さと、商売のセンスの一言に尽きる。
盗賊の武神が祀られる街、ストラグシティー。多くの武具店が鎬を削る中、ストラグ一の武具店はここであると、ジョゼはいつも豪語する。
「相変わらずジョゼを釣ると一発貰うハメになるぜ。それで、今日はどうした?」
付き合いの長い二人は年が一回りほど離れた友達といった関係だ。ジョゼも気兼ねく注文をし、ビャコも気兼ねなく商売をする。
「手裏剣の補充をお願いしたいの」
「依頼で使った分か。了解だ」
ビャコは任しておけと頷くと、店内に歩を進め、慣れた手つきで商品の山から、ジョゼの使っている手裏剣をすいすいと集め出した。
既にビャコの掌には十数枚程の手裏剣が重なっている。
「雷はどうしとく?」
棚の隙間から、ビャコが顔を覗かせた。それに対しジョゼは首を横に振った。
「今日はいいわ。今回は一本も投げてないし」
あいよ、了解。と、ビャコは顔を引っ込めると、もう何枚か手裏剣を探し取り、会計台へと戻ってくる。
「直線投擲が八枚、曲線投擲が四枚。こんなもんか?」
「えぇ。それでお願い」
会計台に並べられた二種類の手裏剣。
直線投擲の手裏剣は正三角形の形をしており、曲線投擲の手裏剣は六芒星の様な形をした、六方手裏剣だ。
「十二枚でしめて七百八十ユミル。七百五十にまけとくぜ」
「ありがとう。七百五十ね」
ジョゼはポーチから財布を取り出し、ユミル銀貨と銅貨を何枚か取り出すと、ビャコに手渡した。
受け取ったビャコは確かに枚数を受け取ると、十二枚の手裏剣を重ね、ジョゼの方へと台の上を滑らせた。
「いつもありがとね。受け取るわ」
ジョゼはポーチに財布を戻すと、両手を台の上まで上げ、更に手裏剣を引き寄せた。
「……ジョゼ、お前、それ」
すると、ビャコが目を細めた。
ジョゼは引き寄せていた手裏剣から不思議そうに顔を上げ、ビャコに向き直った。
眼前の先のビャコの視線は、ジョゼには向いていなかった。彼の視線は、会計台の上、ジョゼの手元に向けられていた。
「テンペスト、随分と痛んでるな」
ビャコの目が捉えていたのは、ジョゼの右手に装備されている愛篭手、「テンペスト」だった。