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第六章 第四話 覚悟


 フラハ卿ニビラルが奥の部屋に姿を消した直後、ライ達に向かって傭兵の群れが猛然と襲い掛かる。


 【フォニック傭兵団】の一部たる傭兵団員は流石に動きが洗練されていた……。

 苦戦を免れない二人。剣術や魔法の腕、連携など、経験の浅い今のライには苦戦を強いられて然るべき相手。しかし、一番厄介なのは傭兵団には躊躇いが無いことだった。


(コイツら……オーウェルの力を見ても警戒もしないのかよ……)


 先程から纏装を込めたオーウェルの攻撃で次々に倒されている傭兵達。本来ならその圧倒的実力を前に怯む筈なのだ。だが、意識のある者は回復を行ない構わず前に進み出る。しかも歪んだ笑顔で……それはさながら【笑うゾンビ】の様だった。


「クッ!何なんだ、コイツらは!」


 纏装を使い続け流石に疲弊が蓄積し始めたオーウェルは、苛立ちから悪態を吐いた。ライが魔法で支援しているとはいえ実質ほぼ全ての敵を一人で薙ぎ倒しているのだ。オーウェルが共に行動してくれたことは、間違いなくライにとっての幸運であった。


 そんな状態での時間が経過し疲弊が蓄積……やがて隙を突かれたオーウェルは、背後の傭兵の攻撃に反応出来ず斬り掛かられる。しかし、それを察したライが傭兵を蹴り飛ばしオーウェルは難を逃れた。


 オーウェルは……強かった。魔導具無しの純粋な戦いならフリオすら凌駕していると見て間違いないだろう。そして何より、敵と定めた相手には容赦が無い。味方のライですら唾を飲む勇猛さ。

 しかし、そこまでしてようやく半数を減らせたかどうか……まだ先は長い。


「助かった!済まない、ライ!」

「オーウェル!消耗が激しいから一度纏装を解け!前衛交替だ!それと、あと十人減らしたら逃げるぞ!」

「しかし俺は魔法が使えない。支援が下手だぞ?」

「んなもん投石でも何でも良いよ!それから隙見て回復薬飲みまくれ!ホレ!これだけあれば足りるだろ?」


 道具袋ごとオーウェルに手渡し纏装を使ったライは、腰の二振りの刀を抜いた。オーウェルは近くの壁を纏装の爪で切り裂き石塊(いしくれ)を用意する。纏装を使わずとも獣化しているオーウェルの膂力なら飛礫でも十分な援護になるだろう。


 ライにとってこの戦いは大きな試練になった……。


 【子供達を護る】【力尽きず戦い続ける】【周囲の警戒を怠らない】【撤退の道を開く】、そして一番の問題……【人間を殺せるか?】


 意思の通じない相手ならば戦うことに躊躇いは無い。しかし、会話が成り立つ相手では格上のドラゴンすら本気で傷付けることを避ける。それは優しいと言えば聞こえは良いが、何処かに甘えがあると言われればそれまでの話だ。

 だが……旅立ちから僅か二ヵ月足らずという状況と旅の道程を考えれば、容易く“命を奪え”というのは酷な話でもあった。


 ともかく、今は余裕が無い。躊躇えば待つのは【確実な死】──目の前の狂人の様な傭兵達の命と背後の子供達の命。重きは決まっている。今この場に命は平等と言う者がいればライの怒りに触れるだろう。


 そう……怒りである。ライはかつて無い怒りを心に宿していた。


 オーウェルの村の子供達が犠牲になっていることはベリドの口調から理解出来た。更に他にも誘拐された子供達がいることから、犠牲者は以前から存在し増え続けているのかも知れない。冷静に振る舞っていられるのは(ひとえ)にマリアンヌの指導の賜物だ。


(……せ、……いを)


 何かが聞こえた気がしたが今は余裕がない。考えるのは後回しだと首を振る。


 そしてライは【魔纏装】を展開する。生命力を使う【命纏装】を使い続けるより、魔力を使う【魔纏装】の方が持久戦に向いていることは本能で理解している。そして【魔纏装】の利点も。


 エルフトを出て以来毎日欠かさなかった纏装の訓練。そこで、【魔纏装】には魔法属性を付与できることは既に学習していた。マリアンヌの指導手記にも特性の種類が記載されていたので、使い方の研究も出来ている。

 何より『竜鱗魔導装甲』を失ってから本当に必死だったのだ。それ程に『竜鱗魔導装甲』はライの戦力の核だったと言える。



 そんなライが展開したのは風の属性を持たせた斬撃特化型。そしてその威力も十分確認している。


「敵だから倒す、それはアンタらも同じだろう?」


 相手というより自分に言い聞かせる様にライは低く呟く。纏装の効果により飛躍的に伸びた身体能力で、一気に詰め寄り刃を振るい駆け抜けた。手練れの兵は攻撃を避けたが何人かは武器で斬撃を受けた……その結果──兵の二人が武器ごと上下に両断され崩れ落ちた。


 更にライは足を止めずに縦横無尽に駆け巡り刃を振るい続ける。ライの通った後には、斬撃を受け手足を失い悲鳴を上げる者、刃で突かれ息絶えた者、蹴りを受けて鎧ごとおかしな形に変型した者と、凄惨な光景をその場に作り出すことになる。


 傭兵達にも纏装を使える者はいる。事実、斬撃・打撃を纏装で防いだ者も存在している。だが………。


 風属性纏装の斬撃特化──それは生半可な纏装ではそのまま両断される鋭さ。同様の風属性か反属性の地属性纏装、もしくはそれらを上回る強大な力でなければ相殺出来ない。


 ライはフリオの技でそれを見ていた。ドラゴンのシルヴィーネルですら直撃を避ける威力。咄嗟の選択だったが間違ってはいなかった。


 足を止めず一度オーウェルの傍に戻ったライは、纏装を解き肩で息を切らしつつ片膝を地に落とす。


「大丈夫か、ライ!」


 オーウェルが駆け寄ろうとするのを手で制止した途端、ライはその場で盛大に嘔吐した。


 【初めて人を殺した】


 手足どころか身体が震える。胃の中が空になるまで吐きまくってもまだ気持ちの悪さは消えない。噎せ返った後、自らの顔を拳で何度も叩いて奮起し剣を杖がわりに身体を起こす。その目には涙が浮かんでいた……。


「ライ……お前……」

「グッ……ゲホッ……い、今はそれどころじゃないだろ?」


 今、ライを動かしているのは怒りと使命感である。戦闘での不慣れな纏装使用の疲労。人を殺めた精神的な苦悩。それらを辛うじて心の中に押し込めているライは、脱出と同時に気を失う可能性もある。故に今は緊張を緩める訳にはいかない。


「もう一度行く……支援頼んだ」

「なら俺が……!」

「……まだ俺の方が疲労が少ないだろ?それよりオーウェルはあの仮面のヤツへの警戒を忘れないでくれ。アイツが来たら……本当にヤバい」


 歯を食い縛り再び纏装使用すると、傭兵の間合いに詰め寄り刃を振るう。が、先程の攻撃を避ける実力者だけあって残っている者達は手強かった……。

 互いの纏装は拮抗し切り結ぶ回数が増え、疲労と焦りに襲われる。背後に回り込まれそうになるがオーウェルの投石による援護が的確に当たり、体制を崩した傭兵達を確実に倒すことが出来た。


 更に、ライは纏装の属性を変えて戦った。雷属性は攻撃を受けた者を麻痺させるだけでなく、自らの神経伝達も加速させ身体機能を向上させることが出来る。その選択で幾度も傷を負い苦戦しながらも更に数人を減らすことが出来た。しかし……時間が掛かり過ぎたことはやはり痛かった。


(……そろそろ限界か)


 再びオーウェルの元に戻るとライの魔纏装は維持の限界に達した。軽い頭痛と同時に纏装が解除される。


 ライの纏装はオーウェルの半分以下の時間しか維持出来なかった。練度の差はやはり大きい……。

 それでも十分な結果を出せたのは努力の賜物だけではない。


 かつてマリアンヌがライを通して使用したのは【覇王纏衣】である。一瞬とはいえ覇王纏衣を体験したことは【纏装】という技術の引き上げに繋がったのだ。そうでなければ、十日やそこいらでここまで纏装を使える訳が無いことを当人であるライも知らない。


「ハァハァ……。オーウェル。脱出するぞ」

「……わかった。その前に回復だ。これを返しておく」


 道具袋には魔力回復薬が残っている。しかし効果が弱いので数本一気に飲み干した。まだ吐き気が消えないが僅かな回復でも怠ることは死に直結する現状……贅沢は言ってられない。


 ここまでの二人の戦いぶりに流石に警戒を強めた傭兵達。残りは六人。予定より減らせたが油断ならない相手。だが、今ならば何とか突破出来るだろうと判断した。


 ライが警戒している間にオーウェルが子供達を部屋から出して準備を始める。子供達の数は5人。皆、身体機能の高い獣人族なのは不幸中の幸いだった。


「俺が隙を作るから一気に階段へ。小さい子はオーウェルが抱えて行けよ?」

「それはお前がやれ!今は俺の方が余裕がある!」

「だからお前が子供達を連れて行くんだよ。上にも兵はいる。今の俺じゃ子供達を抱えて包囲を抜けられないからな。脱出したら……レダさんに増援を頼まないと……」


 苦笑いのライを見たオーウェルは目を瞑った。狼の顔でも苦悶していることは読み取れる。その上でライは付け加えた。


「なぁに。俺は運は良いから死にはしないよ……多分だけどね。それより片付いたらお前の村に行ってみたいね」

「ああ。お前は恩人……大歓迎だ。約束だぞ?俺の村はエルゲン大森林の中にある」

「わかった。上手く行けばこのまま全員で脱出だ。もし俺が止まっても振り返るなよ?」


 僅かに回復した魔力で最後の魔纏装を使う。使うのは再び風属性。傭兵達の間合いに飛び込み刃を振るった瞬間、それは起こった。


 眩い閃光──。


 傭兵全員がライに目を向けることを確認し光魔法を封じた魔石を床に叩き付けたのだ。纏装を使うライから目を逸らせないことを逆手に取った不意打ち。案外、単純な手だからこそ隙を作るには適していた。


「今だ!走れ!!」


 その言葉と同時に傭兵達に向け渾身の魔法剣を放つ。かつてフリオが使用した魔法剣 《風翼十字》──二刀故に放ち方は違うが、同じ威力は出せている自信がある。

 恐らく一番の手練れであろう傭兵に向けた全魔力での一撃だ。魔法剣は傭兵の身体に当たると僅かに拮抗したが、そのまま身体を切り裂き背後にいた者にも深手を負わせ壁に十字の跡を残した。


 ライは魔力切れと同時に魔纏装から命纏装に切り替える。オーウェルと子供達の退路を塞ぐ二人の傭兵の攻撃を掻い潜り刀を突き刺す。そのまま雄叫びを上げつつ突進し、壁際まで押し退けた。

 傭兵二人を刀で壁に磔にして飛び退くと、中位火炎魔法を封じた魔石を叩き付けた。


 振り返り子供達が無事に螺旋階段を上る姿を確認したライ。一瞬オーウェルは視線を向けたが、ライが笑顔で頷くと相槌を打ちを去っていった


(よ、よし……後は……)


 オーウェル達を追いかけようとする傭兵に飛び掛かり首を背後から絞め上げる。力を振り絞ると首の骨の砕ける音がした。


 疲労困憊。魔力切れでの頭痛は酷くなる。連続使用の纏装は、身体を鍛え上げ切れていないライの身体を酷使。生死を賭けた戦いとはいえ、人を殺した精神的な影響。全てがライを苦しめていた。


 しかし……まだ終われない。


 既に『戦い』と呼ぶにはあまりに無惨で無様な『殺し合い』である。傭兵最後の一人と階段の前で争う姿は鬼気迫るものだった……。


 そんな時、傭兵の槍が動きの鈍いライの肩を刺し貫く。しかし、同時にライは傭兵の目を抉り、肩から引き抜いた槍で傭兵の脇腹を突き刺した。更に押し倒すと、オーウェルの投石した石を拾い傭兵の頭を何度も殴り付ける。傭兵が動かなくなったことを確認したライは、フラリと立ち上り階段の前でヘタリ込んだ。


(オーウェル達は……逃げ切れたかな……?)


 頭上からは騒動の音は聞こえない。今は無事に逃げ延びたことを祈るしか出来ないのだ。


 それから念入りに周囲を見渡して傭兵達を確認する。まだ息のある者もいるが同情する余裕すらない。それより追撃してくる者の存在が心配だ。


 当然ながら眼前には実におぞましい光景が広がっている。四つに裂かれた者、頭部を砕かれた者、臓器を撒き散らして今だ蠢く者、焼け爛れ異臭を放つ者……。それが全てライの仕業という訳ではない。だが、半分とはいえ自らの所業がこれ程の惨事を生み出せることにライは驚愕し震えた。


 マリアンヌは言った……訓練の初級編を越えれば『魔王軍幹部と対峙しても容易には死なない』と。言い換えれば、それは即ち『魔王軍の幹部ですら容易に殺せない』ということだ。その強さ、実は既にロイを越えている。【纏装】は戦闘の基本であり奥義の一つ。その習得はライの飛躍の一歩だったのだ。


 しばし息を整えたライは道具袋から薬を取り出し肩の治療を始める。回復薬は全て使い果たした為、手当て程度の治療しか出来ない。せめて魔力があれば回復魔法が使えるのだが、無いものを期待しても仕方無い。

 傭兵達が持ち合わせていたかも知れないが今は死体の山を漁る気にはなれなかった。これは大きな失策……とはいえ戦場に不慣れなのだから仕方ないだろう。


 とにかく今は早く治療を終え急いで地下から脱出することが先決……。


 そして立ち上り階段を上ろうとした瞬間、怖気に包まれたライは反射的に身を反らした。


 何かが見えた訳ではない。以前と同様の完全な勘。だが……その勘は正しかった……。鎧の胸元が袈裟斬りに裂け血飛沫が舞う。


 この瞬間、ライは自分が最悪の事態に立たされたことを理解した。仮面の男ベリドが通路の中央に現れたのだ。気配も無く突然の出現。オーウェルの感知が無かったのが一番痛い。


「攻撃が通ったということは纏装は使い果たした様ですね?しかし、一部の【勇者フォニック】とはいえ撃ち破る強さとは……あの獣人を逃したのは残念ですが、貴方はとても良い!貴方、何者です?」

「真の【勇者フォニック】だよ……。下衆には勇者を名乗って欲しくなくてね?勇者の国からやって来たのさ」

「この期に及んでその強がり!やはり素晴しい!貴方なら素晴しい『素材』になりそうです。そうは思いませんか?ニビラル殿!?」


 ベリドが顔を向けた先には不機嫌な視線のニビラルが立っていた。憎々しげに傭兵達の有様を見渡すと、まだ生きている傭兵に近付き力を込めて踏み付ける。何度も何度も踏みつけられた傭兵はやがて大きく痙攣し動かなくなった。ニビラルは血で濡れた衣服に視線を向け、更に不愉快な顔でベリドを睨む。


「チッ!結局獣人には逃げられたか……ベリド!貴様、監視していたのに見逃したな?」

「貴方が傭兵に任せると言ったのですよ?だから良いのか?と聞いたんですが」

「フン……で、其奴は本当に使えそうか?」

「期待は出来そうですが、駄目ならまた代わりを探せば良いでしょう?世界は腐るほど人で溢れているのですから」


 余裕綽綽でライに背中を向けているベリド。この隙にライは脱出を図ることを決断した。


 機会を窺い、なけなしの体力で【命纏装】を使う。更にライは道具袋から取り出した煙玉を撒き散らした。

 魔力は既に尽きているので、火魔法を封じた魔石を床に叩き付ける。地下通路での粉塵爆発はライにもダメージを与えるだろうが、命纏装に加えて風魔法を込めた魔石を砕き爆炎から身を守った。


 そのまま一気に階段へ飛び込むと、螺旋階段の中を昇っていく爆炎に紛れ駈け上がるライ……。


 酸素が切れる前に階段を上り切ろうとしたライは必死に動いた。屋敷まで逃げられればまだ希望はある……そう顔を上げたその時……動きを止め絶句した。


 目の前には……ベリドとニビラルが立っていたのだ。


「惜しかったですねぇ。あと一手足りませんでしたね」

「遊びは終わりだと何度も言わせるな、ベリド!早く終わらせろ!」

「やれやれ。それでは……」


 ベリドが真紅のローブから細腕を伸ばした瞬間、高速移動でライの頭を鷲掴みにし階下まで落下。そのまま石床に頭を叩き付けた。速すぎてライは何が起こったかも分からない。しかし、頭部の激痛だけはハッキリと感じる。


「━━━ァァァッ!!!」


 ベリドは更に手の平から電撃を迸らせライの意識を刈り取った……。



 これまで幸運続きのライ、遂にその命運尽きる。どれ程幸運だろうと所詮は人の身。不運を避け続けるなど出来る筈も無い。



 感覚を失い意識の薄れゆく中で、ライの心に親しき者達の顔が()ぎる。その中で……後悔にも渇望にも似た心のうねりを与えた顔があった。


(フェルミナ……済まない……)



 その心の声は届かないと理解しつつも、ライの思考は深い意識の闇に落ちて行くことに抗えずに消えた……。





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