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第一章 第三話 行けるトコまで行くのが漢



 およそ勇者らしくない金策で準備を果たし旅立つ勇者ライ。現在、王都の外で岩に座り考え中である。


 遂に念願の装備は揃った。丈夫な服、革の手袋とブーツ、布製のマント。革に金属板を打ち付けた軽量の胸当て。そして基本の武器、ショートソード……。


 ティムは値段より良いものを提供してくれた様だが初心者装備には変わらない。だが、ライにとっては念願の装備である。気分はかなり高揚していた。


 そこで、旅立つに当たり取り敢えずの目的地が欲しくなった。ライは目標を考えて瞑想している最中である。


(この辺は小さい頃から修行やってたんだよな。そういや昔、死にかけたっけな……)


 過去のトラウマを軽く思い出しライは頭を振る。気を入れ直して思索していると、足に何かが当たった。確認するとそれは小さな木片と気付く。


(なるべく王都から離れよう。行き先は……よし、これで決めるか)


 折り畳みナイフで木片を削ると、歪ながらも六面体が出来上がった。鼻唄混じりで急造サイコロに数字を刻んでゆく。


(ここから街道沿いの一番遠い街まで六つの大きな街がある。数字が少ない方から近場ということで、出た数字の街を目指そう)


 街道沿いは人の往来があり兵の駐屯所や休憩所も存在する。魔物に狙われることは少ない……と、楽観するのは大きな間違い。何故なら、至るところに新たな魔物の巣窟が出来始めているのが現状だからだ。魔王の再誕とはそういうことなのである。


 ストラト周辺は王都の安全の為に国が定期的な討伐を行っている。それ故か周辺に魔物は少ない。

 しかし他の領地は人員的な問題あるのだ。その為『商人組合』に依頼し討伐者を募る等の対策が必要になるのだが、討伐が追い付いていないのが現状だった。


 特に一番遠い街『ノルグー』は大都市にも関わらずつい先日魔物の襲撃を受けたばかり。今の世界が如何に危険なのかが窺えるだろう。


 しかし……ライにそんな憂慮はない。サイコロで、と決めたら他に考えなど及ばないのだ。旅立ちの解放感で思考が疎かなのである。勇者というより痴れ者と呼ぶべきだろう。


 そして痴れ者はサイコロを高々と放り投げる。出た数字は……。


「六だと!ま、まさか……魔王の仕業か!?」


 サイコロは当然、魔王の意図など反映しない。完全に言い掛かりである。もし魔王が聞いていたら全力の助走をつけて殴ることだろう。


 ともかくライの目的地は決まった。目指すは最遠方の街、ノルグー。

 地道に魔物を倒しながら進めば三ヶ月程の修行旅になるだろう。例え世が平穏でも平均的な若者の足なら徒歩で一月以上掛かる距離である。当然、長旅だ。


 しかし我らが痴れ者・ライは一味違った。道行く護衛付きの商人馬車に便乗し、魔物討伐の遠征騎士団の荷車に紛れ、ヤモリの如く貴族の馬車に張り付き、道行く冒険者の団体に仲間の様に紛れ込む……。

 そうして一切の戦いをせず目的地まで辿り着いてしまったのだ。しかも、たった八日で。


(フッ。着いたぜ……俺の勝ちだ!)


 痴れ者が何と戦っているのかは不明だが、取敢えずノルグーに到着したことは確かだった。

 ライのオツムはともかく実はこの結果、かなり驚異的な事。何せ道すがら一度も魔物に襲撃されなかったのだ。並々ならぬ幸運、そう……ライは幸運値が人より高いのである。




 ノルグー到着時、街は既に夕暮の様相だがライは改めて街の中を見て回ることにした。


 街中を移動するライであったが、至るところに騎士や兵士の姿があることに気付く。良く良く見ると騎士の近くにある建物や広場の噴水などが崩れていることが確認出来た。ライは魔物被害という事件の深刻さを改めて知ることとなる。


 だが、街はそれを感じさせない活気に溢れかえっていることもライは感じていた。夕暮れだというのに人の多さと街の喧騒は昼間と変わらない様な賑かさ。



 シウト王国、西の街【ノルグー】──。


 シウトの中でも一、二を争う大都市。他国との流通の要として、そして宿場町として発展した街。

 近年では更に近辺の鉱山を拓き鍛冶職人を増やしており、装備の品揃えを広げるなど精力的な政策を執っている。その為、旅人には特に重宝される街となっていた。


 そういった歴史から、今では王城のあるシウトより人の出入りは盛んだった。それを成したのは先代のノルグー領主、ドミエルの手腕と言われている。


(ここから西は他国領だから許可証が無いと進めないな。さて、どうするかな……。っと、その前に宿探しを)


 本格的な市街探索は明日にするつもりでしばらく街を下見する。そのついでに宿探しをしていると、ライは一際明るい建物に視界を奪われた。


 煌々と輝く装飾は魔法技術によって生み出された『魔導科学』の結晶だろう。そしてその装飾の意味するところをライは知っていた。


「あれは『カジノ』か。くっ……鋼の精神を持つ俺を惑わすとは……ノルグー。恐ろしい街だ」


 鋼どころかスライムの如くブヨンブヨン精神のライ。単に欲望に弱いだけの話である。

 実はカジノを目にした時点で直行は脳内決定していた。にもかかわらず街に責任を押し付け正当性を主張するのは一体誰に対しての言い訳なのだろうと問いたいところではある。


(しかし!時代は俺に微笑みかけている。ならばこの勝負、恐れる必要は無い。いざ尋常に勝負!!)


 店の扉を開けて踏み込んだ先にはゴシック調の内装のきらびやかな景色が広がる。赤い絨毯が敷かれた店内には所狭しと様々な賭け事が行われていた。

 カードゲーム、魔物同士が戦う賭け試合、ルーレット、そしてサイコロの出目を競う単純なもの等々。


 ノルグー最大のカジノであるこの店は、領主の運営する公営賭博場であり街の大きな収入源。冒険者もある程度見かけるが、客の殆どが富裕層であることからも繁盛具合が窺える。


 ライはまず一頻り店内を見て回った。どれも初めて見るものばかりなので念入りに観察し内容を理解する。田舎者丸出しである。


 そしてついに『王都にいた筈なのにオノボリ勇者』は、意を決し現金をチップに交換した。その額、なんと所持金全額。宿のことなど頭から消えていたので負ければ野宿確定。食事も抜くことになる。旅の資金も無くなる以上、今後は苦労することになるだろう。


 だが───。


「ヒャッホー!勝ったぜぃ!」


 勝っていた……。元々の運の高さとビギナーズラックが相俟って、チップは数十倍に増えている。明らかな大勝である。


 選んだのが店側が対策をしづらい魔物の格闘だったことも幸運の一つだろう。三度の勝負の内一度は負けるのだが、配当の高い勝ちが続いていた。


 と、そんな勝ち続きのライに声を掛ける者が現れる。無精髭の、恐らくは二十代半ばだろうかという体格に恵まれた優男……。


「凄げぇな、少年!何かコツでもあるのか?」

「いやぁ、初心者なんで完全に勘っすよ。強いて言えば魔物の目ですかね?強そうな奴は見ると殺気?みたいなのが違います。ゴーレムとか機械兵は全く判断が付かないですけどね」


(魔物の目、ねぇ……)


 事実、『魔法生命体』である機械兵やゴーレムなどの的中率は低めだった。しかし、それ以外はほぼ負け無し。男はそれを観察していたのだ。


「よし!次の勝負、俺にも一枚噛ませてくれるか?」

「全然OKっすよ!あ……でも、外れても文句無しでお願いします」

「わかってるよ。さあ、勝負だ!」


 二人はすっかり意気投合し肩を組みながら賭け券を買いに行く。観覧席に戻ると騎士崩れの男はその手に酒まで持っていた。そして結果は……。


「うおぉぉ!やったな、おい!大穴だぞ!!」

「ハハ、ハ……。俺、運使い果たして死なないっすよね?」


 流石の痴れ……勇者ライも勝ちすぎて怖くなった様だ。上機嫌の男はそんなライの背中をバシバシ叩く。


「大丈夫だ!運だけじゃ無ぇみたいだし」

「?」

「よし、次だ、次!倍プッシュだ!」

「えぇ~………乗った!!」


 ネジの外れた愚か者達は止まらない。続け様の勝負に全額……どうせ泡銭なのだとノリノリである。しかし、恐るべきことに流れというものは確かに存在するのだ。


「イヤッハァ~!敗けって何かね?」

「うおぉぉ!神だ!神がいるぅ!」


 完全に悪ノリの二人。見事な勝ちっぷりに周囲からは響動めきが起き始めていた。


「いやぁ……勝った勝った。もう十分かな」

「全く驚いたぜ。こんなの、俺も初めてだ……」


 その言葉の後、騎士崩れの男はしばし沈黙し思案している。そして意を決してライに相談を持ち掛けた。 


「兄ちゃん……。その運を見込んでモノは相談なんだが……ちょっと良いか?」


 男はそう言ってライを誘う。向かった先は店の奥にあるチップを物と交換する部屋だ。

 そこには様々な物が置いてあり、高価な貴重品も沢山並んでいた。どうやら高価な物はより上段に飾られる仕組みの様だ。


 男はその最上段を指差す。そこには赤い鎧と白い盾が飾られている。


「あの鎧は『魔導装甲』つってな?一部では知られている超貴重な装備なんだわ。で、盾はオマケだけどやっぱりレア装備でな。アレ、欲しくないか?」

「そりゃ、欲しいですけど……」

「さっきの勝ちと俺の持ち金全部出すから、お前も全部賭けて大勝負といかないか?」

「でも、一セットしか無いですよ?」

「実は盾が欲しいんだよ。この間の魔物襲撃で壊れちまってな……。鎧はお前が、盾は俺が。どうだ?」


 ライは深く考える………頭など持っていなかった。何せ浮かれ頂点である。当然、即答。


「了解。やりましょう!」

「即答かよ!」

「勢いは大事っすよ。一蓮托生と行きましょう。えっと……」

「フリオだ。一応、騎士さ。まあダメ騎士だがな、ワハハハハ!」

「ライです。一応、勇者ですよ。超駆け出しですけど、フハハハハハ!」


 二人は固い握手を交わし不敵に笑う。頭の中は既に勝ったつもりだ。

 先刻まで名前すら知らなかった相手にライは躊躇すらしない。危険でも誰かが一緒ならば平気な気がする心理……やはり痴れ者である。


 そして欲に目が眩んだ愚か者達の大勝負が始まった。




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