(6)おまけの短編。公式企画について
一応、閲覧注意としておきます。
身に起きたことは全て自己責任で。
困ったことになった。
昨日の夜、僕は地元である青森の、仲の良い友人と酒を飲んだ。場所は自宅の近くにある全国チェーンの居酒屋。料理も酒も特段うまいとは思わないが、近場ということで使いやすく、僕はそこで飲むことが多い。
今年の青森は例年以上に暑いので、ビールはどこで飲んでもうまいけれど。
普段は友人と小説の話なんてあまりしないのだが、酔っていたこともあり、最近投稿サイト『小説家になろう!』でホラー企画を実施していて、それに参加するべく短編集を書いているという話をしたのだ。
ちなみに友人は苦労して入社した地方銀行を二年で辞め、そこのお得意様だった不動産会社に鞍替えしたという、なかなか度胸の据わった男である。僕と異なり収入もそれなりにあるらしいが、結婚してからは小遣いが少なく、そこの飲み代も割り勘だった。子供もできたそうなので、仕方がないと言えば仕方がない。
余談だが、最近地元の同級生たちの間で子供がやたらとできる。全員もれなく赤ちゃんの写真を見せてくるが、「可愛い」と「似てるね」しか言うことが思い浮かばず、僕はいつも困っている。
話を戻そう。
「ホラー企画って、どんなん?」
友人が尋ねた。ほとんど小説を読まない友人は、小説関連の話をしても「ふーん」で終わるのが常だったが、その時はいくらか食いついていた。ホラー系は興味があるらしい。
『裏野ドリームランド』という廃園となった遊園地に、六つの良からぬ噂が立つアトラクションがあって、それを舞台設定の一部として利用するという縛りの中で小説を書くのだ、ということを僕は説明した。ジェットコースターや観覧車、メリーゴーランドにアクアツアー、城やミラーハウスといったアトラクションがあって、僕は人間の内面を描きやすそうなミラーハウスを選択した──という話の辺りで、
「ちょっと待って」
と友人は話を遮った。
どうしたのだろうと思っていると、彼は眉間に皺を寄せながらアイフォンを操作し始めた。サファリで何か検索をかけているらしい。
彼は声を少し落として「これ、見てみろ」と言って、その検索結果を見せてくれた。
そこには『裏野ドリームランド』という名前の遊園地の情報が書かれていた。現実にある遊園地らしく、字面も全て一緒だった。
面白い偶然だと思いつつそのサイトを見ていると、それはどうやら都市伝説系のサイトのようだった。
なんだか段々と嫌な感じがしてきて、わずかに鳥肌が立った。思わず腕をさすりながらも、寒気がしたことをごまかすように、熱燗を追加注文した。
僕は画面をスクロールし、流し読みした。どうやらそこは実在した遊園地らしく、現在は閉鎖されているようだとわかった。
昔の状態と、最近の状態を比較するような内容で、サイトの記事は構成されていた。例えば観覧車は、当時の宣伝写真と最近の現地写真を使って、その変貌ぶりを説明していた。宣伝写真では赤いゴンドラがアップで捉えられ、中から三~四歳くらいの女の子が、家族と楽しげに外を眺めている場面が写されていた。
一方で最近の状態に関しては……観覧車がヒキで撮影され、その背の低さと寂れた感じがありありと伝わった。周囲は雑草が伸び三十台もないゴンドラのうち、乗客の人影があるのはたった一台だけ。ジェットコースターや『シ―アクアツアー』という名の渓流下り系のアトラクションも同様、比較写真に文章が添えられていて、その寂れ具合を露呈させていた。
「それ、青森にあった遊園地だぞ」
「えっ」
「そのサイトにも書いてるだろ。そこ一番重要な所だろうが。ちゃんと読め」
友人の言葉に驚き、画面をトップまでスクロールさせると、確かにその遊園地は青森県内にあったらしい。聞いたことがない話だったので、首をひねりながら再読すると、サイトには遊園地が営業していた大まかな期間が記載されていた。平成元年に開業し、平成五年ごろに完全に廃業となった。とても短い命だったようだ。バブル期の後半に乗っかって、崩壊後、にっちもさっちもいかなくなった感じなのだろう。
おそらく僕はこの遊園地に行った経験が無い。
廃園となった時点で、僕は少なくとも五歳。兄は八歳だったはずなので、県内にそんな遊園地があるという情報が入ってさえいれば、親に泣きつき、連れて行ってもらってもおかしくない。場所は少し遠いけれど、北海道の『ルスツリゾート』に行くよりは近い。
「俺は行ったことあるぞ。閉鎖する半年前くらいじゃねえかな。大したもんじゃなかった。田舎の小さい遊園地だよ」
友人は言った。
「四歳か五歳の記憶だからあやふやではあるが……確かに客は少なかったけど、それでもその写真みたいに、雑草だらけではなかったよ」
「え? これ、閉鎖前の写真じゃないの? 潰れる直前とかのさ。だってお客さん乗ってるよ」
「……いや、俺はさ、営業期間中の写真ではないと思ってんだよな。だって俺が行った時で、こんなに雑草無かったし、それに機体も、ここまで錆びだらけじゃなかった」
僕は友人が何を言いたいのか理解し、背筋に冷たいものを感じた。
「この写真に写ってる人は、何で廃業した後の観覧車に一人で乗ってるんだろうな……」
※※※
「お前、最後の方まで読んだ?」
尋ねられ、僕は首を振った。友人は「そうか」と言って、アイフォンを僕の手から抜き取った。
「ちょっとオカルトな話になるんだけどよ……」
友人が言うには、青森という所は霊的なものが集まりやすい土地らしい。僕にもそういった知識を持つ知人がいるので、そのての見えない世界の話については聞いたことがある。だが実際に心霊写真を間近に見るのは初めてのことだったので、驚きを隠せなかった。
青森のことを知らない人は多い。かく言う僕も地元の人間のくせに、全然知らない。
だけど、というか、だからこそというか……青森には都市伝説的な話が多い。有名どころで言えば恐山をはじめ、杉沢村とか、キリストの墓とか。世間的に認知されていないものも含めれば、もっといくらでも転がっている。
この遊園地も、その一つらしい……。
「この企画を立てた人は、この遊園地の存在を知ってたのかな? それとも……ま、どちらにせよ、やべえ話ではあるぞ」
友人が脅すように言った。そして、アイフォンの画面を再びスクロールし、僕に見せた。
「一番重要なのは、この辺の内容だな。経営の代表が、もの凄い借金抱えて、家族と無理心中したっていう所から」
僕は友人に言われるがまま、記事を読み進めた。後半になるにつれ、どんどん不穏な空気が漂い始める。胸にもやもやした嫌な感覚が這い上がってくる。
──代表の死後、あろうことか遊園地の経営に関わった役員たちは、次々と謎の病や事故で死んでしまったらしい。
それだけじゃなく……その役員の死について書いた地元紙の記者とか、遊園地の悪評を書いたライターとかも、同じように死んだという。
悪評を書いた人間とは──例えば役員たちの死について、それが代表の呪いではないかと書いた心霊系ライターや、過去に起きた観覧車から客が転落した事故のことを書いた記者や、ミラーハウスで行方不明者が出たというでたらめを書いた地元作家などを指す。彼らはその記事を書いた一ヶ月後には、全員この世を去っていたという。
だがそんなライターや作家の中にも、生き残っている例外が二人だけいたらしい。彼らは小説家志望の学生で、その遊園地を題材にして、ホラー小説を書き、学校の文化祭などで販売していたらしい。同じような活動をしていた学生が数名死んでしまっている中、なぜ彼らだけが生き残っているのかを調査した者がいた。その結果、二人には共通点があった。
その小説を書いた後で、あとがきに、遊園地に行った時の楽しかった記憶や、廃園となったことが寂しいといった内容の文章を書いていたという。
「俺が思うに……死んだ代表が、遊園地の評判を下げるような行為をする奴に対して、怒ってるんじゃねえかな。でも、評判を上げるようなことをした奴に関しては許すっていうか……そういうことなんじゃねえかな」
友人はそう言って、奥さんから届いたメールをチェックしていた。
ちなみに都市伝説サイトのライターは、最後にこう綴っていた。
『筆者がこの記事を書いたことも、『裏野ドリームランド』の評判を貶める行為に他ならない。この都市伝説が事実であるならば、筆者もこれから一ヶ月以内に死んでしまうということになる。そこで筆者はあえて、この記事の内容を覆すようなことはせずに、筆を置こうと思う。かつて様々な都市伝説の記事を書き、取材をしてきた。縁も所縁も無い地の都市伝説の事を書いたからといって、呪われるようなことは無いと確信している。取材に立ち寄った時も、普通の閉鎖された遊園地だと感じた』
そのライターは全国的にその道で名の通ったオカルト系のライターらしく、実際に現地行ったり、検証して結果を記事にしたりする挑戦的なタイプの人間だった。
でもサイトは、その記事からちょうど一ヶ月で、ぴたりと更新が止まっていた。
…………。
友人と別れてから一日ゆっくりと考えて、僕はこれを書いている。とても不安な今の気持ちを察して欲しいので、最後は何の脈略もなく、以下のように締めたいと思う。もし僕の他に、あの遊園地を貶めるような行為をしてしまった人がいるならば……今からでも遅くない。この話を広め、きちんと遊園地のことを持ち上げるようにと注意喚起してほしい。どうするかは自己責任だが。
※※※
裏野ドリームランドは最高に面白い遊園地だ。裏野最高。ミラーハウスなんて特に素晴らしい。もし閉鎖されていなければ、ぜひ遊びに行きたかった。こうなってしまったことが非常に悔やまれる。
僕は友達があまりいないので、ツイッターのメインアカウント『法螺吹坂 嘘太郎@小説家になろう』も使って、フォロワー様にダイレクトメッセージを送り、良い評判を広めようと思う。
信じるか信じないかは、あなた次第だ。
(以上)
一応、何から何まで嘘ですよ、と言っておきます。