(4)向こう側の僕(前編)
do-mo、尾崎ゆーじです。
このミラーハウス縛りの2017年企画用ホラー短編も、そろそろ大詰めを迎えようとしています。
そんな中、短編集といいつつ、前・後編という展開になってしまうのでした。
後編の後、一作品くらい書いて、とりあえず一段落。
よければ感想や評価、くださいね。
僕は今日、人生で初めてミラーハウスの中に入った。
その初体験がまさか、廃園となっている遊園地の照明の灯らない真っ暗なミラーハウスに、たった一人で懐中電灯を持って入るというものになるとは、思いもしなかったけれど。
そこはとてつもなく不気味な空間で、僕は背筋がぞくぞくしっぱなしだった。大袈裟かもしれないが、凍傷になるのではと思うほど、背中に冷たい感覚が張り付いている。
暗い通路を歩いているというのに、懐中電灯の光が左右の鏡に反射し、僕自身がライトアップされているかのような錯覚に陥る。
ちらりと右側を見たなら、鏡越しに、影のある顔の僕が、横目でこちらを向いているのだ。さらにその奥に横顔が映り、また奥に横目で見ている僕がいて、無限に続いている。僕はその鏡の中の僕のどれかが、おかしなことになっていないかと間違い探しをしたくなってしまう。例えば、どれか一人だけ笑っていたりとか、別の方向を向いていたりだとか。
……いや、本当は間違い探しなんてしたくないけど。『まさかそんな事は起きませんよね?』という感じの確認作業をついついしてしまうのだ。決して好奇心からやっている事ではない。
本当はこんな所に来るのは、嫌で嫌でしょうがなかった。でも皆のムードが悪くなるのではと思うと、断れなかった。
その時の嫌な気持ちが、まだ胸に残っている。頭がもやもやする。
僕は左手で鏡の壁を触りながら、早足で歩いた。
──ここ『裏野ドリームランド』に、僕は男友達三人と一緒にやって来た。
近頃、僕たちが通っている高校では、この廃園となった遊園地が様々な噂の種になっていて、特に有名なのは『真実の迷宮』と呼ばれるミラーハウスの噂話だった。
今、僕がいる場所がそうだ。
噂によれば、ある手順に従ってミラーハウス内を進むと、『真実の間』というものに到着するらしい。そしてその『真実の間』の鏡には『本当の自分』というものが映るのだという。本当の自分とは、自分の心の奥にある本音とか、そういうものの事だそうだ。
いろんな噂が広まっている。どれもばらばらだ。
『真実の間』に入るための扉は青色だとか、あるいは赤色だとか。その扉の色によって、見える自分の姿が異なるとか。本当の自分を知った結果、殺人衝動に駆られた人がいるとか、いないとか(いたら大事件だよ……)。本当の自分を知ったら元の自分には戻れないとか。
だけどそこに行き着くまでの手順と、本当の自分が映るという点についてだけは、どの噂も一致していた。
……僕の友達は、こういう都市伝説的な話に弱い。
そうして僕を含めた友達四人ではるばるミラーハウスを訪れ……なぜかじゃんけんが始まった。四人で一緒に入ればいいのに、話の流れがおかしくなって、じゃんけんで負けた一人が先に入ることになったのだ。
理由は色々ある。万が一の事態に備えて、救出に行ける人間がいた方がいいとか。本当の自分を他の三人に見られるのは恥ずかしくないか、とか。
なんだかんだと言いつつ、結局のところは皆怖くて、毒見役が欲しくなったのだ。
──で、案の定、僕がじゃんけんで負けて、先陣を切る形になった。たぶん、皆がそれを望んでいた。僕はリクと二人、最後に残って、一度は勝利したんだけど……後出しを疑われて、もう一回やることになって、結局負けた。二回目はむしろ、リクの方が後出しに近かったし、そもそも僕は一回目の時点で、後出しをしたという感覚は無い。
……いつからだろう、こういう扱いを受けるようになったのは。
小・中学校で友達の少なかった僕は、高校に入ってようやく、なんとなく馬が合う友達に巡り合えた。今日、ここに一緒に来たメンバーがそれだった。
……でもいつからか、僕の立場が虐げられるようになってきた。気のせいかもしれないけど、そんな感じがするのだ。
今日のじゃんけんのような事が、たまに起こるのだ。
基本は仲が良くて、一緒にいて落ち着くというか、安心感はあるんだけど──
「!」
突然、足元に何かの黒い影が映った。
びっくりして心臓が飛び出るかと思ったけど、よく見ると驚くほどの事じゃなかった。
そこの天井にある鏡が星形になっていて、それが床の鏡に映り込んだだけだった。
「ここで、右に行くといいんだよな……」
通路は星形天井の位置を中心に、十字路になっていた。僕はスマホをポケットから取り出しメモした内容に従って歩く。
右に曲がって道なりに進む。その後も、いくつか分岐点があった。
メモに書いてある道順を消化していくにつれ、胸の高鳴りが強くなる。僕はごくりと唾を呑み込む。
──その時、目の前に扉が現れた。
もちろんいきなり出現したわけではない。僕が下を向きながら歩いていたから、顔を上げた瞬間に扉があって、そう錯覚しただけだろう。
「噂はあくまでも噂だと思ってたけど……そういう真相だったのか」
扉は赤色でも、青色でもなかった。赤と青がぐにゃぐにゃと半々の割合で、まだら模様になっていたのだ。
そういえば噂の中には、こういうものもあった。
『扉が青色だった場合は、中に入っても大丈夫。逆に赤色だった場合は、要注意』
……みたいな。まるで信号機みたいな話だ。
もしもその噂が本当だとするならば、通る道順は誰しも同じはずなので、訪問者によって扉の色が変わることを意味する。そんなことがあり得るのかと半信半疑で聞いていたけれど、まさか実際にこうして目の前に真相が現れるとは思わなかった。僕自身が少し感心している。
扉は見る人が見れば、青色とも、赤色とも言えるような配色だった。その事実が湾曲して、赤色と青色の扉がそれぞれ存在するかのように伝わり、広まったのだろう。
懐中電灯の光の当て方を変えただけでも、色合いが異なって見える。謎解きをした気分で、結構気持ちが良かった。
「土産話ができたな」
これで皆を見返してやれる。この事実がわかっただけでも、なんだか英雄になったような気分だ。
現地で真相を確かめる事ができた僕の方が、勇気がある人間じゃないだろうか。
「……よし、この調子で『真実の間』の真相も解いてやろう」
僕の胸には、わずかながら自信が湧いてきていた。話のオチを回収して、堂々と帰れそうだと思った。
噂によると『真実の間』を過ぎれば、わりとすぐに出口があるという。そう考えるとなおさらやる気になった。
僕は錆びの浮いた扉の取っ手を掴み、ぐっと押し開けた。
***
──本当の自分とは、どんなふうに映るんだろう?
「鏡のどこかに、『ほんとうのじぶん』なんて描かれているとか、そういうオチだったらいいんだけどな」
僕は恐怖心をごまかすように呟き、『真実の間』の中に足を踏み入れた。
懐中電灯で辺りを照らしてみると、相変わらず上下左右が鏡張りの空間だった。
最初は、幅の広くなっただけの通路の延長なのではと思ったのだが、左右の合わせ鏡の見え方が全く違う。左右に映る僕の姿が小さすぎて見えないくらいに、広い空間のようだ。
不思議な場所だと思ったが、よくよく観察してみると、僕の思い違いが発覚した。
天井と床に僕の姿が映っていて、正面にも僕と、今しがた入ってきた扉が映っている。あとは平行して鏡同士が左右に延びているだけ。
つまり扉を開けてすぐに、そこは丁字路になっていたのだ。
「拍子抜けと言えば拍子抜けだけど……これは困ったな」
『真実の間』に入った後については、情報が少ない。本当の自分に関することと、出口がすぐにあるらしいという噂しか聞いておらず、まさか道が分岐して続いているとは思いもよらなかった。
──右と左、どちらに進めばいいんだろう?
何度も左右を確認したが、特に違いは見受けられない。
僕はとりあえず右に向かうことにした。行き止まりだったり、なかなか辿り着かないようであれば引き返そう。
僕は恐るおそる合わせ鏡の通路を歩く。左右に、僕の分身が無限の奥行きを持って同行する。
扉を開ける前の自信はどこへやら、恐怖と不安が蘇り胸を圧迫する。
何百メートルくらい歩いただろうか。なんだかんだで、結構歩いた気がする。
その時だった。
遠くから、何かの光が道の先に見えた。
「出口、かな?」
近づいていくと、それに合わせて光が少しずつ大きくなる。 ……段々と、外の光ではないような気がしてきた。
それはオレンジがかった一点の光で──どうやら、懐中電灯の光のように見える。
「……どうしよう」
だとすればつまり……誰かがこちらに向かってきているということになる。出口から中に入ってきた人だろうか。それとも、僕の向かっている先が行き止まりだったために、戻ってきたのか。
いずれにせよ、誰かに会えてほっとするというよりは、むしろ、ぞっとした。
迷ったが、声をかけることにした。向こうからも僕の懐中電灯が見えているはずなので、ずっと無言で近寄るのもどうかと思ったのだ。もちろん背を向けて引き返すという選択もあったけど、後ろから追われるというのも怖い
「だ、誰でしょうか?」
裏返った僕の声は、通路に反響した。
だが相手からの返答はなかった。
嫌な感じがして、僕は立ち止まった。
相手も立ち止まったのだろうか、光の大きさが変わらず、一定で留まっている。懐中電灯同士で照らし合っているため、相手の姿はその手元以外、暗闇に包まれている。
この時、左右の鏡を見れば相手の横姿が見えるのではないだろうかと思った僕を、誰も笑うことはできないはずだ。
「いや、待てよ……」
ふと、僕は正面が見えなくなることを承知で──相手から僕だけが照らされることを承知で、懐中電灯を下に向けた。
……おかげで、いかに自分が間抜けなのかを実感した。
僕が動くのと同時に、相手も同じように動いたのだ。それはまったくの同時だった。つまり僕が懐中電灯を下に向けた瞬間に、相手も同じようにそれを下に向けたのだ。
床の鏡が光を反射した。相手は、僕が履いているのと似た白いスニーカーを履き、黒のハーフパンツから細い脚を覗かせていた。
……向こうから誰かが来たのではない。それは、鏡に映った僕だったのだ。
つまりこの通路の行き着く先は、鏡張りの壁があるということ。
「行き止まりなのかな……いや、鏡が扉になってる可能性もあるのかな」
どうせここまで歩いてきたのだと思い、僕は壁に突き当たるまで進むことにした。距離はおそらく五十メートルもない。
暗い通路で、向こう側から僕の姿が近づいて来るという状況は、相手が鏡の投影だとわかっていても、やはり気持ちの良いものではなかった。
そのため、また僕は下を向きながら歩いた。鏡に近づいたら足元が視界に映るはずなので、急ぎすぎなければ衝突することはない。
……そう思っていたんだけど。
なかなか鏡の壁が現れなかった。白いスニーカーや細い足首が見えてこない。
「ゆっくり歩きすぎかな」
僕はびびり過ぎている自分に苦笑して、ふと顔を上げた。
「え……」
思いのほか、僕の姿は近くにあった。その距離、ほんの数メートル。
──異変に気づいた。
正面に向かい合い映っている僕の姿は、当の本人が顔を上げたというのに、顔を下に向けながら歩いて来るのだ。こちらを見ていない。
背筋を一気に悪寒が走った。僕は息を呑み、慌てて立ち止まる──というより、金縛りのように足が動かなくなってしまったのだ。恐怖に膝が震えていた。
僕が動けないというのに、鏡の向こうの僕は懐中電灯でこちらを照らしながら、ゆっくりと歩いて来る。つい先ほどまでの僕のように、こちらを見ようとせず、自分の足元を見つめている。
逃げたくても逃げられなかった。叫びたくても叫べなかった。
向こう側の僕が肉迫する。
目と鼻の先に、向こう側の僕の懐中電灯や頭が近づいて来る。
ぶつかる!
その瞬間、思わず僕は目をつぶった。
((5)『向こう側の僕』に続く)
後編に続く!
※華子さんもよろしくね! 作品一覧からGO! そして一言&評価をよろしく!