僕と王様、俺とみんな
遅くて本当にすみません。
新生活の準備やらなんやらがですね……ごめんなさい言い訳です。
もう少し頑張って書いていきたいと思います。
『フィリスさんと少し話がしたいので二人きりになれるような場所を今から早急に用意して欲しいんです』
そう口早に告げると僕は王様からの返事を待った。
こんなことを頼むのはなんだか恥ずかしいとは思うけれど、誰の邪魔も入らないところでゆっくり話したいと思ったんだ。
王様は僕の頼んだことを聞き、少し固まってから大きく、けれど上品に笑った。
「…っはっは!! 一体何を頼むのかと思ったら…なんだ、そのようなことか! ああ、空いている部屋ならどこでも好きなところを使うと良い。君なら好きに邪魔が入らないようにできるだろう?」
僕はそれに頷きはするけれど、こんなに簡単で良いのかと思う。彼女は貴族で、僕は平民と言っていい。異世界から来たと言ってもただの平民に、王族の血を引いている女性と二人きりで会わせていいのかと。
「良いのですか? 仮にも僕は男で、しかもただの平民と言っていい。異世界から来たというだけの男ですよ?」
そう僕が言うと、王様はそれを笑って否定する。その様子を見ると彼は僕と彼女が会うことに関して特に何も含むものがないことがわかった。
「異世界から来た人間は総じてこちらの世界の人間より能力が高い。こちらとしてはそういう思惑はあるが……君は彼女の嫌がることはしないだろう?」
言外に僕を信じると、彼女を任せてもいいと言う王様に、そしてこちらとしても良いことがあるのだと笑って教えてくれる王様を僕は黙って見ていた。
僕は自分の思惑を隠さずに教えてくれる彼に好感を抱いたけれど、やっぱりまだ信じきることができない。
「そのつもりではいますが、僕にはわかりません。貴方といい、彼といい、どうして僕を信じると簡単に言うことができるのか」
本当にわからない。会ったばかりの、何の関係もない他人だ。
僕にとって彼は死んでもどうでも良い存在で、彼にとっても同じのはずだ。
僕は、今じゃ恭弥も圭吾も信頼しているけれど、会った時はそれはもう酷く喧嘩をした。
お互いにぶつかり合って、少しずつお互いを知って、理解しあった。そうしてやっと今の関係がある。
けれどこの人は、僕のことだけじゃない。多分、恭弥のことも、圭吾のことも、一ノ瀬さんのことだって、簡単に信じることができるんだと思う。
「普通なら、会ったばかりの人間は警戒するでしょう?
ましてや産まれた世界すら違う僕らはこの世界にとっては異分子と言っても良い。
そんな僕らを信じると言う貴方の根拠はなんですか。僕にはわからない、その気持ちはなんですか?」
僕の問いに対しての王様の答えは非常にシンプルだった。言葉にしてしまえばそんなものかと、そんなものでいいのかと思えるくらいに。
彼が僕を見る瞳には、何かを懐かしんでいるようなものが浮かんでいた。
「何か、と問われれば答えるのは難しいな。
あえて言葉にするのなら、一種の勘というやつだな。
私は誰を疑って、誰を信じるのか。そういう選択を常に要求されてきた。一歩間違えれば私は王になれず死ぬ。そんな世界だったよ。
けれど君は私とは違う。誰を疑って、誰を処分すべきか。そんな風に考え、そのような環境で生きてきたのではないかな?」
「……」
僕は何も言い返すことができなかった。図星だった。まるで自分の過去を見てきたかのように話す彼から目を離すことができなかった。
彼は、僕から目をそらすことはせず、まっすぐと僕を見て続けた。
「私は君なら大丈夫だと思った。だから私の姪を任せてもいいと思った。私の勘は外れたことがないからな!」
ギャンブルを除いて、だがな? と笑って紅茶を口にする王様。
僕は王様の言葉に考えさせられていた。
普通の人なら大なり小なりあるだろう経験が僕にはない。
味方なんてものは恭弥と圭吾以外はいなかったんだ。
「悩めばいい。わからなかったら立ち止まっていい。…ひとまずは、彼女と話をしてはどうかな?」
そう言ってニヤリと笑って王様が手を向けた先には、フィリスさんが立っていた。
◆◇◆◇
王様と優が話をし始めて少し。二人の唇を読むとちょくちょく出てくるフィリスというあの女の子。
どうやらあの子と話をしたい優だけど、あの子の身分を考えてなんでそんな簡単に許可が出るのか納得がいかない…って感じか?
わけわからん。許可が出たならそれでいいじゃんか。さっさと話してちょちょいと付き合っちまえばさー。
優の気持ちはなんとなくわかるけど、あいつは根暗なところがいけないよなあ…もっとガツンと自分に自信を持てっての。
「なあルアン、フィリスって子、呼んでこようぜ。なーんか優がぐだぐだ言ってっからさ、ちゃちゃっと連れてきて俺らはもう寝ようぜ」
「…確かに、あいつじゃ難しそうだ。少しは手助けをしてやろうじゃないか、なあルアン」
俺と圭吾が話を振ると、どうしていきなり?と首を傾げるルアン。なんだ、あいつらの話聞いてなかったのか?まあ俺らも聞いてたわけじゃねえけどさ。
「優と王様が話してんじゃねえか。音声遮断されてても唇の動きでわかんだろ?
とりあえず、フィリスって子を連れて来りゃあ良いんだよ。あとはその子がなんとかしてくれんだろ」
ぐいっと紅茶を飲み干して席を立つと、残りの二人を気にすることなくドアに向かう。
どうせ後から付いて来るだろうし。
俺はドアを開けて耳を澄ませる。
ーーシャリア王国との外交がうまくいってない?
どうでもいいな。てかそれ何処よ。
ーー他の国でも異世界召喚が行われたらしい?
まあ、大事っちゃ大事だけど今はそれじゃねえな。
ーーユウは大丈夫だと思うぜ?だからもういい加減なよなよすんなよ…って?
これだな。
全く、余計な話ばっか聞こえて嫌になるぜ。
えっと、聞こえた方向は…上か?
「なあルアン。上には誰がいるんだ?…えっと、真上じゃなくて、もう少しあっちの方」
後ろに立っていたルアンに聞くと、俺が指を向けた方向を見て少し考えると口を開いた。
「叔母の昔の部屋がありますね。つまり国王の妹の昔の部屋ですね。それが何か?」
そう聞いてくるルアンを無視して俺はさっさと歩き始めた。キルツの声が聞こえた。多分入っても大丈夫だな。
キルツがいるってことはシルヴィはいるだろうし、てことは多分だけど一ノ瀬もいそうだな。女子会かなんかの途中でキルツが加わったって感じか?…いや、シルヴィを迎えに行ってミイラ取りがミイラに…ってとこか。
「お前はまだまだ察しが悪いな。さっき恭弥のスペックが異常だって言わなかったか?つまりその部屋にいるってことだろう」
俺の意図を理解している圭吾が後ろを納得のいかない顔で付いてきているルアンに説明してやっている。
正直俺は説明とかめんどくさいし好きじゃないからありがたいね。
「いえ、まさかとは思っていましたが……本当だったんですね」
「俺らは基本的には嘘は言わない主義だ。言いたくないことは言いたくないと言うし、聞かれたことにはなんだかんだ答える」
「圭吾、その話はまた今度でいいだろ。せめて優がここに少しでも馴染んでからだ」
「…すまん」
「いいさ。…っと、ここか?」
途中すれ違う兵士達をささっと躱して……というか権力でねじ伏せて辿り着いたのは雰囲気良さげな華美じゃないけど品のある装飾品の数々が並ぶ廊下だった。
「……美術館かよ」
「言いたいことはわかりますが、これは買ったものではありませんよ?叔母の趣味で作ったものです」
「これを作ったのか。すごいな」
普段まったく弾むことのない圭吾の声に力がこもっているし、物を作ることが好きな圭吾のことだから…と思って後ろを振り向くと案の定じっくりと観察してる。
「悪い恭弥、俺はここら辺でこれらを見ている。何、大丈夫だ、触れたりはしない」
既に座り込んでじっくりと観察し始める圭吾にため息をつく。
「お前は本当に興味のあること以外見えなくなるよな…。悪いルアン、こいつに兵士でもつけて見張ってもらってくれ。何もしやしないだろうけど、その方が安心だろ?」
「…一応、そうさせてもらいます」
苦笑いで俺の頼みを引き受けたルアンは近くにいた兵士を呼び、圭吾の監視を頼んだ。
圭吾はそんなことに目もくれず、色々な角度から見たり、可能な限り近づいたり、なんか魔法を使って調べたりしてたけど。
物を作るやつっていうのは変わり者が多いのかね。俺はさっぱりだ。なんだかんだで優も作ったりするしさ。まあ畑が違うっていうのもあるんだろうけど。俺は壊す専門なところあるし。
美術品の数々を簡単に見つつ、廊下を奥まで歩いたところに目当ての部屋があった。
中からは、お馴染みのメンバーの声と落ち着いた女の人の声が聞こえていた。
「この部屋って普段はどうしてんの?」
「そうですね……叔母がいない時は特に何にも使われていません。ここが使われているということはつまり……」
「その叔母とやらがいるってことね。フィリスの母さんなんだっけ?」
「ええ……。見た目にそぐわない方なので自分は少し苦手なんですけど」
「ふーん、じゃ、開けても良いか?」
ルアンが頷いたのを確認して扉を開く。
なかなか高価そうな木製の扉を押しひらくと、中にいたのは、キルツ、シルヴィ、一ノ瀬、フィリスと……見たことない女の人。フィリスに少し雰囲気が似てるからあれがそうなんだろうな。
五人はテーブルに座り、いかにもお茶会をしていました、という感じだ。
まあ、フィリスの目は少し赤くてお母さん?に慰めてもらってんだけどさ。
「ん? なんだ、キョウヤか。話は終わったのか?」
「あー…まあ、俺には関係ない話が始まっちまってさ。優がなんか王様と話して沈んでんだわ」
ちらりとフィリスを見ながらキルツと話すと、優、と聞こえただけで肩をピクッと震わせるフィリス。
相当ショックだったんかな?
「で? お前は何してるわけよ。確かシルヴィを迎えに行くとかじゃなかったのか?」
俺の言葉にキルツは苦笑いしてシルヴィを見て、そして他の女性陣を見る。
俺もその視線を追っていくと、フィリスのお母さん?と目があった。
黒い髪にエメラルドみたいな緑色の瞳。顔立ちもよく見たら結構似てるな。
「初めまして、私はここにいるフィリスの母のフィナリアと申します。そちらのお名前を教えていただけませんか?」
すっと伸びた背筋に綺麗なお辞儀。容姿も若々しいしこの人本当に人妻かよ。っていうかこれが貴族なのか?めんどくさそうだな……優が居れば適当に渡しちまうのに。
「初めまして、キリナシア公爵夫人。私は異世界から参りました、三神恭弥と申します。今後、何かと接する機会があるかもしれませんね」
と、俺が自己紹介をすると、まるで時が止まったかのようにこの場にいる全員が俺を見ていた。
「なんだよお前ら。なに見てんだよ」
「い、いえ、なんだか聞き慣れないものを聞いたような気がして…」
「はあ?何言ってんだよルアン。敬語くらい誰でも使えるよな、一ノ瀬?」
同じ異世界組ならわかってくれるだろうと話を振ってみたんだけど…。
「えっと、ごめんなさい。正直、私も恭弥さんがあんな風にきっちりできる人だとは思ってなかった」
「私も、キョウヤはもっと大雑把で品のない人だとばかり……」
「お前らのことはよくわかった。今度覚えとけよな」
ルアンに一ノ瀬、シルヴィを順に睨む。
そんな俺らを笑って眺めているキリナシア公爵夫人にキルツ、そしてさっきから一言も発しないフィリス。
「ミカミ様、先ほどのような言葉遣いは不要です。もう少し楽に話していただいて構いませんよ?」
「あー…そっすか?じゃ、これでいきます。…っと、ルアンどうしたよ? 変な顔して」
俺の隣で笑いを堪えるような、笑ったら終わりだと言うような表情で立っているルアン。
「……いえ? 特には」
まあほぼ間違いなくキリナシア公爵夫人が関わっているんだろうけど、今はいいや。大事なのは本来の目的だ。
王様と優が話してたのを見ればわかる。今のうじうじしてどうしようもないあいつを引っ張って来れるのはフィリスだけだ。
俺でも、圭吾でもできない。
「なあフィリス」
少し強めに呼ぶ。別に怒ってるわけじゃねえけど、ただ、なんとなくだ。
俯いていた顔を上げ、こちらを見るフィリス。周りのみんなは静かにしている。
「…やっぱここは一対一だと思うんだよな。なあルアン、いいか?」
「……はあ。もう慣れてきました。いいですよ、後は自分がやっときます」
短い間で俺のことをよくわかってきたじゃんか、ルアン。
そんな気持ちを込めて、肩を軽く叩く。
「後で事情はルアンに聞いてくれな」
転移、そう呟いて、俺とフィリスはこの場から消えた。