僕と訓練場と異世界人補正
早く魔法に触れたいんですけど…すみません
訓練場に着くと、騎士が訓練をしていた。一人の騎士…というには軽装な男に十人近くの騎士が挑んでいる。
「お前ら、それでもこの国の騎士か!!相手は殺す気で来るんだ!お前らはそのなりでこの国を守れるのかこのクズ共!!」
「はい!!」
「はいじゃねえよクズ共が!!おら、かかってこいや!」
「はい!!」
騎士達は掛け声をすると一斉にかかっていく。その連携は見事と言えるものだけど、男はそれを軽々とさばいている。
「脇があめぇんだよオラァ!!」
「ぐっ」
「振りがでけえんだよゴラァ!!」
「かはっ」
「足元がお留守だよクルァ!!」
「ぐふっ」
…口調はともかくとして、いいアドバイスはしていると思う。
一人一人をよく見て、ひどい怪我をしない程度に痛めつけている。
周りを見ると、既に負けたのか、多くの騎士が治療を受けていた。
男に目を戻すと、十人近くの騎士が全員地に伏していた。
「…ったく、こんなヤツらが騎士だっつってるから魔法大国は魔法しかねえって言われんだろうがこの国の恥が!!」
「はい!!」
「はいじゃねえよコラァ!!ちっ、休憩だ!!」
「はい!!」
倒れていた騎士たちはふらふらと立ち上がると治療を受けるために隅に移動する。
「相変わらずですね……」
「ああ?!…っと、なんだ、王子様か。珍しいじゃねえか、なんか用かよ?」
王子はその口調を注意することもなく笑い、僕らをちらりと見る。
「少し訓練場をお貸しいただいても?」
男は僕たちを見てすっと目を細める。
全員を見渡すように見て、ピタリと目が止まる。
「ああ、いいぜ王子様。そこの赤い髪のヤツを貸してくれたらなァ」
ビクリと震えたのはキルツだった。
確かに赤い髪はこの中じゃキルツしかいない。
「げっ……わかってたけど…なんでいるんだよ、兄貴」
兄貴…?確かに男はキルツとよく似た赤い髪をしている。よく見ると顔の感じも似ているし…背も近い。キルツは190cmくらいで男も同じくらいの背だ。
「あぁ?王国騎士団第二団長が訓練場にいたらいけねぇってのか?」
「別そんなこと言ってないだろ?!」
「あーうるせえうるせえ。いいから来いよ、今暇ァしてたんだ。それとも、お前以外で誰か相手してくれんのか?」
男は僕たちを見渡し、ピタリと目を止める。
その視線を追うと……恭弥が手を挙げている。…は?
「俺、やってみたいわ」
「馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけどさ…」
「ああ、流石に俺でもこんなことはしようとは思わない」
僕らは他人のふりをしてささっと恭弥から距離をとった。
「えっと…笹原さん、三神さんって…」
隣にいた一ノ瀬さんは気の毒そうに恭弥を見て、おずおずと尋ねてくる。
「…馬鹿だよ」
「…はい」
やっぱり、といった様子で頷く。
どうやらこの瞬間、恭弥がとんでもない馬鹿だという共通意識が生まれたらしく、現地組もおかしなものを見る目を向けている。
けれど、キルツの兄という男は恭弥を見てにやりと笑った。
「いいぜ、ほらよ」
彼は片手に持っていた木剣を恭弥に投げ渡すと訓練場の中央に歩いていった。
恭弥は危なげなくそれを受け取って軽く振るってにやにやしながらついて行った。
初めて木剣なんて持つから楽しみで仕方がないんだろうな。
僕らは巻き込まれないように端の方に向かい、遠くから見る。
男のさっきの様子から見るにお互い酷い怪我はしないだろうし、さっきの騎士たちを見ると回復魔法があるらしいので、大丈夫だろう。
僕は座って、圭吾は壁に寄りかかって二人を見ている。
シルヴィさんがキルツに説教しているのを横目で見ていると、
「風の声」
王子様が一言呟くと、緑色の魔法陣が広がり、消えた。
あれが魔法か。なんだか一気に異世界っぽくなったな。
ちらりと圭吾を見ると食い入るようにそれを見ていた。よっぽど気になるんだな。
『魔法はなし、体のどこかに木剣が当たったら負けでどうだ?』
『わかりやすくていいね。俺は三神恭弥っていうんだ。よろしくな』
『ああ、お前が異世界からの客人ってやつか。俺ぁ、グランってんだ』
耳に届いた声と、恭弥と男の様子を見るに会話が聞こえるようになる魔法だったのかな。
王子を見ると、頷いてこちらに寄ってくる。
「キョウヤ様は、大丈夫でしょうか?」
「さあ?多分大丈夫なんじゃないかな」
僕の言葉に驚いた様子の王子様。
どこに驚く要素があったんだろうか。
「ええと、お二人は、彼の友人ですよね?」
信じられないようなものを見る目で僕と圭吾を交互に見る王子様。
ああ、王子様はまだ恭弥を見てないからそう思うんだ。
どっからどう見てもおちゃらけた馬鹿って感じだしね。実際、それは間違ってないんだけど。
「ああ、そうだが?」
「でしたら、その…心配とかは…」
「そんなの、するだけ無駄だと思いますよ?だって、ほら」
僕が指先を向けると、王子様はそれを追って…目を見開いた。
『ククッ!!いいなァキョウヤ!!お前ウチの騎士のなれや!!』
『悪いけど、そりゃあ勘弁、だっ!』
凄まじい速さで飛び交う剣戟。
グランが袈裟懸けをすれば恭弥がさばいてカウンター。
恭弥が下から切り上げればグランは身を翻してそれを躱す。
およそ人間のするものではない速度で木剣が振り回されている。
木剣がぶつかり合う度にカンという音がこっちまで届く。
『やっぱ良いなあ剣って、男の武器って感じするわ!』
『そうかよ!俺ぁようやっと骨のあるヤツと斬り合えて嬉しいぜ!!』
お互いに笑いながらもその目は互いに互いの隙を伺い、どこを攻めるべきか、どう受けるべきかを考えている。
「あ、あの…ユウ様」
「ユウ、で結構ですよ。そこのも、ケイゴでいいですし、あれもキョウヤでいいです」
圭吾は何を言うこともなく恭弥を見ていた。
王子様は僕の言葉に、多少ためらいながら、
「それではユウ、と。自分のことはルアンとお呼びください。
ユウ、キョウヤは一体…?」
「超馬鹿ですよ。知りたかったらその内に本人にでも聞いてください」
「はあ…」
呆然とした様子でルアンは、まじまじとさっきより激しくなっている二人の戦いを見ている。
うーん…やっぱり異世界人補正ってあるっぽいな。昨日の僕の蹴りもそうだし、今の恭弥もそうだ。そう考えると、案外この世界で生きるのはそう難しいものではないのかもしれない。
僕がそう考えていると、隣にふわっとフィリスさんが座る。僕はどきりとしたけれど、特に何も言わずに、そちらを向いたりもしなかった。
フィリスさんが僕の隣に座ったのを見て、圭吾は一つ頷いて、二歩ほど僕から離れ、ルアンは一ノ瀬さんの方に行った。
『ふう、それじゃあそろそろ終わりにするぜ?』
『あァ、ウチの騎士もそろそろ復活してきたみてぇだしな。時間的にも丁度いいだろ』
恭弥は木剣を水平に構え、グランは木剣を振りかぶる。
二人の距離は十メートルほど。
さわ、とフィリスさんの身体が僕の肩に触れ、彼女がビクッとした瞬間。
バキィ!!
僕は思わずフィリスさんの方を向いてしまい、恭弥とグランさんの戦いの最後を見逃した。
音から察するにお互いの木剣が折れたんだろうな、と思って苦笑してそちらを向こうとする。
「危ない!!」
今までキルツを説教していて、やっと終わったのか、こちらに戻ってこようとしたシルヴィさんの声が聞こえる。
パッと見ると、恭弥とグランの折れた木剣がこちらにかなりの速度で飛んできている。
お前……いや、お前らさ、加減ってしないよね?
僕はそれを危なげなくキャッチして、立ち上がる。フィリスさんのぶんも当然僕がキャッチしている。
圭吾の方は首を傾けるだけで普通に避けている。まあこれくらいなら大丈夫だよね。
「え……?」
フィリスさんは、当たると思ったのか目をきゅっとつむっていたけれど、いつまでも衝撃も何も来ないからか、おそるおそるといった様子でゆっくりと目を開く。
「大丈夫?」
僕が声をかけると彼女はこくりと頷く。
少しぼーっとしている感じはあるけれど、当たったわけでもないし、びっくりしただけかな。
「そっか、よかった」
そう笑うとフィリスさんは俯いてしまう。そんな彼女を見ているとなんだか抱きしめたい衝動に駆られる。何故だろう?
「悪い優、楽しくってさー」
「つい熱くなっちまったぜ、許してくれや」
全く謝っていない様子でこっちに駆け寄ってきた恭弥と、同じく全く悪くないと思っている様子で歩いてくるグラン。
けれど、二人の表情は僕の顔を見た瞬間に固まった。そして、だんだん青くなっていっているようにも思える。どうしてだろう、僕はこんなにも笑っているのに。
「ねえ、恭弥、グラン、楽しかった?じゃあ次は僕と遊ぼうか」
にこりと笑って告げると、彼らはふるふると子供のように首を横に振る。
「どうして?さっきはあんなに楽しそうだったじゃないか」
僕は遠慮するなよ、と手の中の木剣の欠片を握りつぶして立ち上がる。不安そうに揺れるフィリスさんの瞳と目が合うけれど、にこりと笑って誤魔化す。
「あ、お、俺ぁ部下の訓練があるんで!!」
「待ておい逃げんなグラン!!」
「そうだね、二人とも、逃げないでよ?」
僕が圭吾に目で合図すると、既に新しい木剣を手に入れていた圭吾が、こちらにそれを放って寄越す。
僕はそれを受け取ると、黙って手を腰の方へやり、居合斬りをするように構える。
それをみた二人はじりじりと僕から距離を取り始める。
「逃げるなよ」
「タイム!!タイムだって優!!」
「落ち着いてくれよ、なあ!」
二人が何を言っているのかわからない。死ぬわけでもあるまいし、そんな必死になって逃げようとする必要ないじゃないか。
僕はもう少し本気で行こうと腰を落とすけれど、木剣を持つ手に柔らかな何かが触れる。
見ると、小さな白い手。その持ち主はフィリスさんで。
彼女は僕の手に触れたまま、首を振った。
それを見た僕は構えを解いた。けれど、なんだか納得がいかなかったので、木剣を壁に叩きつけた。
バァン!!
かなりの音を響かせ、木剣が石で作られた訓練場の壁に突き刺さった。
「うっそぉ……」
一ノ瀬さんが呆然と呟き、
「これが異世界人補正か」
圭吾がなるほど、と頷いて、
「…気をつけてくださいね」
ルアンがグランと恭弥に注意した。
◇◆◇◆
少しして僕も落ち着いたので、みんなで円形になって話し合いをすることにした。
「それで、もともと僕らは魔法の練習にきたんですよね?予定外のこともありましたが……」
ちらりと恭弥の方を見ると、恭弥は素知らぬ顔で明後日の方向を見ている。
グランはどうやら仕事に戻ったらしく、もういない。
「ええ、まあ時間はありますから……。ええと、それではまずは基本から話します」
そう言ってルアンは人差し指を立てるとポッと小さな音を立てて指先に火が灯る。
「こちらの世界の人には多かれ少なかれ、例外なく、魔力を持っています。これは、魔法とも言えないごくごく初歩の初歩、三歳の子供だとしてもできることです」
ふっと火を吹き消し、彼は話を続ける。
「みなさんにはまず、魔力を感じてもらうことから始めていただきましょう。それでは…キョウヤと圭吾はキルツと自分で、シルヴィにはリンコを、フィリスにはユウを担当してもらいましょう」
恭弥と圭吾は魔法が使えるようになる、と目を輝かせ、一ノ瀬さんは不安と期待がないまぜになった顔で、僕は隣に座るフィリスさんを思わず見つめてしまう。
「では、お昼頃に集合ということで、一旦解散にしましょう。行きますよ、キョウヤ、ケイゴ」
ルアンはキルツを引きずり、恭弥と圭吾を引き連れて離れて行った。
「私たちも行きましょうか?」
「う、うん…」
シルヴィさんが一ノ瀬さんをダンスに誘うように優雅に連れて行き、
「僕らは…ここでいいかな?」
「……そう、ですね」
僕とフィリスさんはここに残ることになった。