僕とみんなと自己紹介
自己紹介にこんなに時間かけていいんでしょうかね……。
※加筆修正しました。
前半に残酷描写が少しあるので苦手な方は飛ばしてお読みください。飛ばして読んでも特に問題はないと思います。
僕は夢を見ていた。元の世界にいた頃の夢。八歳くらいの時の夢。僕は家で独りだった。独りで黙々と言われたことだけをこなしていた。
できない。というのは許されなかった。この頃にはそんな生活がおかしいということに既に気づいていたけれど、逆らえなかった。
僕はまだ幼すぎて、自分だけじゃ生きていけなかったから。
『言われたこともできないやつに、居場所はない』
これが、僕が失敗をする度に聞かされた父親からの言葉。
言われたことを完璧にこなす。常に最良ではなく常に最高の結果を出すこと。
そうしていないと僕は居場所がなかった。
そうしていないと僕の存在価値はなかった。
僕は必死にやったけれど、ミスをする度に怒られ、殴られ。誰かに負ける度に怒られ、蹴られた。
そんな生活が続いて、僕は笑えなくなっていた。
今思うと、八歳の子供に求めるには酷なものがあると言わざるをえない。
八歳の子供が、普通、スポーツで高校生や大学生に勝てるだろうか。
八歳の子供が、普通、試験で東大生や京大生に勝てるだろうか。
それが普通だろうか。そんなことはないはずだ。それができるのは天才と言われるような人で、異常だ。
僕は他人に造られた異常だった。
自分の居場所を守るため他人を容赦なく蹴落とした。昨日友達だと言っていた人は、次の日には別人のように僕に関わらなくなっていった。
場面が変わる。十一歳の頃。憶えている。
深夜の三時十七分。家に強盗が入った。
いや、世間的には強盗と呼ばれたけれど、僕だけが知っている。実際のところは父親、母親を殺しにきた殺人鬼だった。
彼が言うには、彼は僕の父親に会社を潰され妻や子供を路頭に迷わされ、僕の母親に金をむしり取られたらしい。
腕と足を縛られた僕の目の前で父親と母親が切り刻まれる。
それを狂ったように笑いながら行う男。
肉が切られるたびに叫ぶ二つの物体。俺を助けろ、私を助けろ。そんな価値はお前らにはない。そんなことを言う資格がお前らにあるのか。
髪を毟られた母親は憤怒の表情で彼を睨み歯をむき出しにして叫んでいる。
腹を切られた父親は絶望の表情で自分の中身を見つめて震える声で助けを求めている。
彼はそれらの言葉の一切に耳を貸さず。
『報いを受けろ』
そう言ったかと思うと、後はただ死ねと呟き、行為を続けた。
…どのくらい経ったろうか、もう原型の留めていない肉をひとしきり踏みにじった彼に、僕は礼を言った。
すると彼は泣き出した。泣いて泣いて、自分の首を切って死んだ。
口の端から血の泡を吹いて、笑いながら、泣きながら死んだ彼を見て、僕は……。
◆◇◆◇
身体を揺さぶられる感覚。ゆっくりと意識が覚醒していく。朝日が顔に当たって眩しい。
「起きろよ、優。気持ちのいい朝じゃねえか!さあ魔法だ!魔法が俺らを待ってるぜ!」
目を開けると既に準備万端といった様子で笑う恭弥と、視線を少しずらすとまだ寝ている圭吾。
そうか、僕たちは異世界に飛ばされたんだったな。知らない天井だ、というテンプレもやってみたくなったけどその前に知ってる顔が入ってきてできなかったので仕方ない。
「……早くない?」
「何いってんだよ、もう六時だぜ?」
太陽発電の腕時計をこちらに見せる恭弥。アナログ式なのがいいと前に言ってたっけな。
「…お前いつもはもっと寝てるじゃん。それに僕、起こされるの嫌いだって知ってるだろ?」
不機嫌を隠さない声と表情で恭弥を見るけれど、恭弥は笑って流す。
「まあまあ、今日くらい良いだろ?」
…まあね。それに、起こしてくれて助かった。あんな夢を見たら憂鬱になること間違いなしだし。多分それを知ってて起こしたんだろうしさ。
恭弥はいつもおちゃらけて、馬鹿で、どうしようもないことばかりするけれど、憎めないやつで、僕や圭吾のことをよく見ている。
圭吾は圭吾で、無表情で何考えてるのかよくわかんなくて、同じく馬鹿なことをするけど、僕らのことを考えてくれてる。
「……そうだね。それじゃ、圭吾のこと起こしといて。僕は僕で用意してくるから」
はいよ、との返事を背中で聞いて、顔を洗いに浴室へ行く。
この部屋はどうやらVIPが泊まるような良い部屋らしく、キッチンこそないものの、大抵のものはある。なかったら呼び鈴を鳴らしてメイドを呼んで準備させろとのことだ。
顔を洗って鏡を見ると、予想してたよりはひどい顔をしていない。
少し疲れてる感じはするけど、誤差みたいなものだろう。
「恭弥、圭吾起こした?」
と、戻ると、
「……優、俺は、もう駄目だ…」
「ここがお前の墓場だったらしいな」
ベッドに横たわる恭弥と勝ち誇りベッドの側に立っている圭吾。
「…朝からほんと元気だよね。ほら、行くよ」
僕が声をかけて部屋を出ようとすると寝癖そのままの圭吾と、さっきのことはなんでもなかったかのように恭弥が付いてくる。
こんなパーティー即全滅しそうだな…。
◇◆◇◆
朝起きたら食堂に来て欲しいとメイドからの伝言を受け取り、僕らは案内され食堂にやって来た。
「おはようございます、よく眠れましたか?」
食卓には既に王子様と、昨日の女の子と、二人の美少女に一人のイケメンが座っていた。
「これってどこのギャルゲ?」
「だな、王子が主人公で、そこのイケメンが友人役、あとは攻略ヒロインってところか」
小声で言う馬鹿二人。一応聞こえないようにするくらいの気遣いはできるようだけど、そこまでするくらいだったら言葉にしない方が良いでしょ。
「おはようございます。昨日初めて来た割にはまあまあ眠れました。それで、そちらの方たちは?」
「紹介しようと思いますが、まずは座っては?紹介は朝食を食べながらでもできますし」
僕らは頷いてそれぞれ空いている席に座る。
長いテーブルに、王子が上座に座っていて、王子に正対して右側にイケメン、左側に美少女その1。イケメンの隣に昨日の女の子、そして恭弥、圭吾。美少女その1の隣に美少女その2、その隣に僕という席順。お前ら真っ先に僕を見捨てやがって。
僕らが席につくと、次々と料理が運ばれてくる。色々な種類のパンに、美味しそうな匂いがするスープ。薄切りでカリカリに焼いた良い匂いのする豚っぽい何かの肉。そして目玉焼きにサラダ。
そうだろうとは思っていたけど、洋食か。
別に好き嫌いはないしなんでもよかったんだけど…地球の一般的な朝食に酷似している。
「それでは、いただきましょう」
王子の声かけでみんなが食べ始める。
マナーなんて知っていそうもない二人は好き勝手にもりもり食べている。お前らは遠慮ってもんを知らないよな?側に控えてるメイドの顔が少し引きつってるよ?
「それで、そちらの方たちは?」
王子や他の人が一通りの料理に口を付けたのを確認してから僕はパンをちぎって食べる。
美味しい。焼きたてなのか、ほかほかしているし、ほんのり甘い。地球でもなかなか食べられないくらいに美味しいパンだ。
王子は上品にスープをすすり、口を拭く。
右側に座る男をちらりと見てから、
「こちらの男は、キルツ・ディスカール。自分の友であり、ディスカール公爵家の次期当主です」
王子が紹介すると、キルツと呼ばれた男は食べるのを一旦やめ軽く頭を下げる。
僕はキルツという男をしげしげと見る。
真っ赤な短髪に緑色の瞳、甘い感じというよりはワイルドと言える顔立ちをしている。
「あー、キルツ・ディスカールだ。この王子サマには友人とか公爵家の次期当主とか言われてるが、そんな大層なもんじゃねえよ。異世界からの客人のあんたらに比べたらな。ま、好きに呼んでくれよ」
そう言ってニカッと笑う。
なるほど、僕としては好感が抱ける人物ではあるかな。いかにもお前らを利用しますっていう感じもないし。
恭弥と圭吾はちらりとキルツを見たっきり特に気にする様子もなく食べ続けている。
その様子を見たキルツはふむと頷いて同じように食べ始め、王子様と女性陣はなんとも言えないような顔をしている。
「はあ…キルツを呼んだのは失敗でしょうか……一応、自分の幼なじみでもありますし、一番信頼できるのですが…いかんせん、礼儀に問題がありまして…」
礼儀作法からやり直させるべきでしょうか、と王子様はキルツを見てため息をつく。
どうやら僕たちの警戒を解くため、ではなく自分が一番信頼できる人物を紹介したらしいけど……うん、礼儀は気にしてないし、悪くない選択だと思いますよ?
切り替えるためなのか、一旦頭を振った後、次に左側にいる美少女その1に目を向ける。
「彼女はシルヴィ・グルナクル。えっと…グルナクル皇国の…王女です。自分はあまり接点は無いのですが…キルツの勧めで…」
「王子、私はそちらのグズの許嫁で、そこのクズが自分一人だけ面倒を背負うのが嫌で巻き込まれた可哀想な娘です」
「あ、はい…」
王子は黙ってご飯を食べ始めた。良いのかそれで。不敬罪とかないの?
てか、他国の皇女様?いいの?
グズとかクズとか言われたキルツは目を泳がせ、決してシルヴィさんの方を向こうとはしない。
馬鹿二人はシルヴィさんを見て、キルツを見て、嫉妬の目を向けている。確かに綺麗な人だとは思うけどさ、良いの?結構口悪いよ?お前ら耐えられなくない?
シルヴィさんは、薄い金色の髪に、紅茶のような澄んだ赤色の目をした女の子だ。顔立ちはキツめというか少しつり目だけどとても可愛いと一般基準では思う。
十人いたら八人が踏んでと言いそうな…いや、それじゃ世の中の八割が変態か。
わかりやすく説明すると……ツンデレっぽい。これだ。
彼女はキルツを睨んでいた目を一旦閉じ、ふうと息をついて自己紹介を始める。
「お初にお目にかかります、異世界の客人方。私はグルナクル皇国第二皇女、シルヴィ・グルナクルと申します。そこの赤い髪のクソ野郎の許嫁で、こちらの国にやって参りました。気軽にシルヴィとお呼びくださいませ」
そう言って微笑んだ彼女の周りには薔薇が咲いているかのように華やかになった…気がした。それに当てられたのか一ノ瀬さんは少し顔が赤くなっている。
「…相変わらずシルヴィはキツイよな。俺、公爵家乗っ取られるかも」
ぼそっと呟いたキルツの声が聞こえたのか、再び彼を睨む彼女。
「私がキツイと感じるのは、貴方がだらしないからでしょう?のらりくらりと学院でも過ごして、恥ずかしくありませんの?」
「ぜんっぜん恥ずかしくないね、第一、お前は頭が固いんだよ」
「ま、まあまあ落ち着いてください。まだ紹介も終わっていませんし、ほんと、落ち着いて…」
激しくなる言い争いを止めようと睨み合うキルツとシルヴィさんの間に入る王子様。
心なしか声がだんだんと小さくなっている。
……苦労人だったんだ。
王子様の説得もあってか、ひとまずは、といった形で食事に戻る彼ら。
馬鹿二人はペースを崩さず食べ続けている。
マジでお前ら空気読んで。食い過ぎだから。
「…自分、一応第一王子で、偉いんですけど……まあ、気にしませんが…。
ええと、それでは最後になりますが、そちらに座られている方は、フィリス・キリナシア。こちらもキルツと同じで、公爵家の方です」
フィリスと呼ばれた少女は、黒くて長い髪を腰のあたりまで伸ばし、下を向いていた。
少し間を置いて、こちらを見上げた彼女の瞳は、綺麗な紫色をしていて、肌は人形のように白くて滑らかで、その表情は僅かに驚いているように見えた。
僕は黙って彼女を見つめていた。
アメジストのような彼女の瞳。なぜだかわからないけれど、僕はそれを欲しいと、僕のものにしたいと、そう思った。
ふっと目を逸らされ、彼女は前を向いてしまう。ずっと見ていた気がするけど、目があったのは一瞬だったのか。
「フィリス・キリナシアと申します。私は、現国王の妹の娘で、その関係で、こちらに呼ばれました。よろしくお願いいたします」
王族の関係者か。まあ、そのくらいだったら別にいいんじゃないかな。
ちらりと恭弥と圭吾を見ると、驚いた顔で僕を見ていた。
「なんだよ」
「いやあ?珍しい…それはそれはとっても珍しいもんを見たと思ってさ」
「ああ」
恭弥はにたりといった様子で笑い、圭吾は笑いを噛み殺したような顔をしている。
僕は釈然としない顔で、パンを飲み込んだ。
「それでは、一通りの紹介は終わりましたね。では、遅くなってしまいましたが、みなさんの紹介をお願いしても?昨日は名前くらいしか聞けませんでしたから」
そう王子が言うとすっと恭弥が手をあげる。
こういう時は大抵こいつ最初にやろうって行くよな。どうしてだろう。
「そんじゃ、俺からいかせてもらおうかな。俺は、三神恭弥。とりあえず早く魔法を覚えたい十七歳だ」
「あと十三年もすれば覚えられるだろうがな」
「うるっせえ圭吾!」
意味がわかっていないのか、僕ら異世界組以外は首を傾げる。
今のはいらなかったよね、圭吾。
こほんと気を取り直すように咳払いをして恭弥は話を続ける。
「あー、あと、楽しいことが好きだ。だから俺はこっちに来れて良かったと思ってる。お前らにとっちゃ普通かもしれないけど、俺らにとっちゃこっちは未知の世界だ。それってすっげえ面白いと思うんだよな。だから、こっちに呼んでくれてサンキューな」
そう締めくくると恭弥は座って水を飲む。
王子を始め、現地組は黙り込んでしまった。
「それでは、次は俺だな」
そういって圭吾が立ち上がる。
ちなみに、空気は読んでいない。特に何を気にするでもなく、普通に自己紹介を始める。
その神経は称賛するよ。
「俺は石峰圭吾。十七歳AB型。特技は物を作ること。好きなものは実験、観察、甘いもの、物を作ること。嫌いなものは、実験されること、観察されること、辛いものだ。
俺も向こうの世界よりはこっちの世界の方が面白そうで正直心が踊っている。
これからが楽しみで仕方がない。早く魔法を、早く実験をしたくてたまらない」
そう言って圭吾は座って水を飲む。
いや、なんで同じように水を飲むんだよ。
恭弥も圭吾も本気で言っているのがわかったのか、現地組は少し良くなったようだ。
僕は一ノ瀬さんに目を向けると、彼女は頷いて立ち上がった。
いや、先に行けっていう合図じゃないんだけど。どっちがいく?みたいな合図だったんだけど。…まあいいか。
「私は、一ノ瀬凛子です。えっと…得意なのは料理で……あ、こ、これでも十六歳です!お願いします!あと、あと、私もこっちに来れて良かったって思ってます!」
ところどころ声が裏返っていて、緊張で顔が赤くなっている彼女は、早口でそう言うと座り込んでしまう。
恭弥と圭吾はうんうんと頷き、シルヴィさんは優しく微笑んでいた。キルツと王子は苦笑気味、僕は特になにも、フィリスさんは…髪が邪魔をしてわからない。
「それじゃあ、最後は僕ですね」
この場の雰囲気を変えるにも、一ノ瀬さんを手助けするにも、今後の予定的にも、早く終わらせてしまおう。
「僕は、笹原優といいます。一応、この場の異世界組のまとめ役みたいになってます。
えっと…特に言うことはないですけど…まあ、僕もこっちに来ることになって良かったと思っています。向こうよりは、マシだと思うので。よろしくお願いします」
そう言って座ると、王子が頷き、
「それでは、今後の予定をお話ししようと思います。まずは恭弥様も仰っていたように魔法に関しての授業…といいますか、訓練を行おうと思っています。その後は…王が皆様とお話ししたがっているので、お時間をいただきたいと思っています」
いかがでしょう、と王子がこちらを見るので、僕らは頷いて了承する。
「それでは、訓練場の方に移動しようと思います」
そう言って王子が立ち上がると、シルヴィさんとフィリスさんが続く。
キルツはめんどくさそうに立ち上がり、恭弥と圭吾は勢いよく立ち上がり、一ノ瀬さんはゆっくりとついて行く。
…なんだろう、性格が現れてるのかな。
僕は苦笑しながら後を追った。