僕と馬鹿二人と異世界転移
あの日、優たちを襲った光は、彼らの運命を大きく変えた。
故郷を捨て、友を捨て、平凡な日常を捨て自分という存在すらもその世界から捨てることになった。
けれどその代わり、大切なものを彼らは得ることができた。
新しい故郷、新しい友、刺激的な生活、そして新しい自分に、大切な人。
そんな中で変わらないのは、一緒に異世界転移することになったこの三人の関係。
「あ、おい圭吾!お前それ俺の肉だっつーの!」
「何を言う恭弥、お前は狙っているだけだった。それよりも速く俺が奪い取った。ただそれだけのことだ」
「くそっ…確かにそうだけどよぉ…お前、俺がそいつを丁寧に丁寧に焼いてたの見てただろ?!」
「ああ」
「だったらなんで……なんで取ろうなんて発想が出てくんだよ鬼め!」
「ふん、そんな言葉じゃ俺は止まらん」
「あ、お前肉ばっか取りやがって……!おい優!黙ってないでお前も言ってやれよ!」
「え、僕?僕は……うん、自分の肉はもう確保してるから」
「裏切り者!!お前今ささっと俺が焼いた肉取ってったろ!!……お前ら俺が焼いたやつしか食ってねえじゃねえか!少しは自分で焼きやがれ!」
「「めんどくさい」」
「お前らほんと欲望に忠実だよな!!」
石峰圭吾、三神恭弥、そして笹原優。
優たちがこの異世界、サーティスにやってきたのはそう遠くない、ほんの一週間前のことだった。
◆◇◆◇
一週間前。
僕と圭吾、恭弥の三人はいつも通り一緒に下校していた。
「なー圭吾、優、今日ゲーセン行かね?なんか今日は俺ノってる気がすんだよね」
僕がこのセリフを聞いたのは何回目だろうか。ほぼ毎日聞いているような気がする。圭吾の方も同じなのか、少しめんどくさそうな顔をしている。というのも……。
「お前はそう言って毎回のように負けているじゃないか。シューティング系以外だが」
「そうだね、シューティング系以外は恭弥とゲームしてもあんまり面白くないかも」
そういうことなのだ。この恭弥というやつはゲームは好きだけど、上手くない。
ただしシューティング系を除いて。シューティングゲームでは全国にも行ったことがあるこいつだけど、他のゲームはからっきし。
正直僕も圭吾ももう付き合うのに飽き飽き…とまではいかないが、なかなか厳しいものがある。何回もやってたら上手くなるだろうに、一向に上手くなる気配を感じない。
「お前らさあ……俺ら、親友だろ?」
涙目で見てくる恭弥を置いて、僕と圭吾はさっさと歩き出す。
「ちょ、ひどくね?!」
「そういえば圭吾、この前のあのアニメ観た?前回から引っ張ってたけどやっと来たって感じしたよね?」
「ああ、観たな。あそこの場面で武器の進化は熱い展開だったな。絵も良かったし言うことなしだな」
圭吾とアニメの話で盛り上がりながら、恭弥の方を気にすることなくスタスタと歩く。
「え、ちょ、まじで?!待てって!」
焦った恭弥が慌てて追いかけてくるけど、僕たちは止まらない。むしろ速度をだんだんとあげていく。
「お前らそういうとこほんと性格悪いよな!」
なんのことだかさっぱりわからないや。圭吾の方を見る。アイコンタクト。通じた。任せて、僕は左足、圭吾は右足ね。
お互いに頷いて、きっかり三秒後、反転して恭弥に向かって走り出す。
少しずつ僕らとの距離を縮めて来ていた恭弥は僕らの突然の行動に驚き一瞬足が止まる。
待ってたよその瞬間。
「くらえ恭弥!」
「今日がお前の命日だ!」
僕と圭吾は恭弥の足を両足同時に引っ掛けた。つんのめる恭弥。お互いに笑みを交わす僕と圭吾。
だけど、予想はしていたけど、恭弥は転んだりはしなかった。
つんのめって倒れそうになる、と判断するや否やどういうわけか足を押し出して前方に跳躍、片手に鞄を持ったまま片手で地面に手を付き一回転して着地。
わかってはいたんだけどね。
「相変わらずキモい神経してるよね」
「ほんとにな」
「お前らそれが親友に対する態度か?!いやそれだけじゃねえよ!何しれっと置いてってんだよ!」
当たり前のように曲芸師みたいなことをしたというのに僕も圭吾も驚かないし、恭弥も自慢しない。むしろそれくらいできて当たり前のような空気さえ感じている。
「あれ、恭弥いたっけ?」
「いたよ!!」
「今日は休みだって聞いたんだが」
「お前同じクラスだろ!」
僕らの立て続けのボケにツッコミし過ぎたのか、息が切れて疲れてる様子の恭弥。
「仕方ない、恭弥も疲れてるようだしそろそろゲーセンに……?!」
「ああ、付きやってやろ……?!」
いきなり僕と圭吾の真下に魔法陣としか呼びようがない奇妙な円形の図形が浮かび上がる。ギリギリ恭弥は含まれていない。だとすると、することは一つだ。逃げることは当然できそうにないけれど、親友一人引き摺り込むんだったら余裕だろう。
圭吾も同じ考えのようで、突然の出来事に惚けている恭弥のもとに同時に走り出す。
そんな僕らを見た恭弥はギョッとした顔で固まった。
ぐっと恭弥の肩を僕と圭吾が掴んだ瞬間、視界が真っ白に染まった。
◆◇◆◇
「おお、成功したぞ!」
「どうやら今回は四人もの方が……」
「…私たちにとっては喜ぶべきことなのだがな……」
なにやら周りが騒がしい。
さっきの光を浴びてからずっと閉じたままだった目をおそるおそる開けてみる。
僕を、いや、僕たちを囲む鎧、鎧、鎧。
騎士…かな?言葉は聞こえてるから多分会話はできるんだろうけど…。
「なあ圭吾、俺、とうとうラリっちゃったのかな」
目が盛んに左右を往復し上下に揺れる恭弥。
そのなりじゃあ本当にラリってるようにしか見えないよ……。
「馬鹿か恭弥。これはまごうことなき現実だ。任せろ、俺がお前の頬を殴ってやろう」
圭吾はどこか遠いところを見ているような目で恭弥を捕捉し、拳を振り上げている。
「落ち着きなよ、圭吾、恭弥。これは多分……アレだよ」
混乱して乱闘しそうになっている二人を宥める。僕も混乱してるっちゃあしてるんだけど、この二人を見るともう逆に落ち着く。
「アレって……マジか?」
「アレとは……やはり、アレか」
「そうだろうね…ということは、そろそろ王女様的な人が説明に来てもおかしくない頃だけど…あ、早速それっぽい」
ガコンと音がして僕の背の三倍はありそうな扉がゆっくりと開く。
そこからやって来たのは、日本では絶対に見ることはないだろう美丈夫で、王女様ではなかった。
周りの騎士たちはさっと跪き、その人に対して道を開けていた。
ちらりと二人を見ると、やや残念な顔をしている。お前ら本当に……。
と、僕がため息をつくと、袖がくいと引っ張られる。
誰だろう、と思って振り向くと誰もいな……いた。
僕の背は大体175cmくらいで、袖を引っ張った子の背は……140cm後半くらいかな?
女の子で、黒くて長くて綺麗な髪を一つに結ぶ…いわゆるポニーテールという髪型をした子。
僕はその子と目を合わせるために少し屈み、できるだけぎこちなくならないように笑いかける。
「大丈夫?」
「………多分、勘違いしてると思いますけど、私、十六歳です」
僕は固まった。見た目小学生…とまではいかないかもしれないけど、どう見ても高校生には見えない。
そんな僕の内心をわかっているのか、もう諦めているのか、慣れているのか、その子はふうとため息をついてジト目を向けてくる。
僕は屈んでいた体勢を戻して、普通に立つ。
ああ、どこの世界も見た目で判断しちゃあいけないのかも。いや、いけないんだな。じゃないと痛い目にあいそうだ。
「えっと……それで、僕になにか?」
先ほどのことはなかったことにして、普通に話しかける。
「…一番まともそうだったから、なにか聞ければなって思って」
女の子は僕と合わせていた目をふっと逸らして僕の後方に向ける。
僕もその視線を追って後ろを見る。
「おい圭吾!こういう時ってめちゃ美人の王女様か、めちゃかわいい王女様か、めちゃめちゃ美人の女王様だったりするんじゃないのかよ!」
「お前のボキャブラリーの貧困さには笑うが俺もそう思ってた。まさかこんな超絶イケメンの人生モテ期しかなさそうな野郎が来るとは思ってなかった。誰得だ?」
「少なくとも俺らには得はねえよ。あー、マジかー俺のハッピーハーレムライフが遠のいたー!!」
「お前は馬鹿か。ハッピーハーレムライフなんてギャルゲの世界だけだ。こいつを見ろ。
髪は金髪目はサファイアのような青色。どこからどう見ても完壁な王子様で、背は高く目測で180cmはあるだろう。足は長いし、顔は極上な上に優しそうときたもんだ。もうどこから突っ込めばいいのかわからないほどの男前じゃないか」
「ここまでいかなきゃハーレムライフは送れねえってことか……」
「ああ、おそらくそういうことだろう」
馬鹿二人が馬鹿な妄想をした挙句、目の前にやって来ていた王子様的な人を指差して馬鹿なことを言っていた。
王子様的な人はどうやらその言葉自体はわかるらしく、苦笑いしていたけれど、特に突っ込んで来ることはなかった。
僕たちの視線に気がついたのか、王子様的な人はこちらに歩いて来る。そりゃそうだろう。あんな馬鹿に話ができるか、と言われたら僕だったら無理としか言えない。まともそうな方を選ぶのは当然だ。
「あちらの馬鹿二人が申し訳ありません。えっと……名前を伺っても?」
「自分の名は、ルアン・ルースブルクと言います。この国の第一王子をさせていただいています。ここはルースブルク王国の首都にある城…所謂、王城というところです。諸々、聞きたいことがあるでしょうが、今は自分について来ていただけませんか」
王子様的な人は王子様だったわけだ。
やけに物腰が柔らかく丁寧な人だな、というのが第一印象だ。裏になにがあるのか、もしくはないのかは今は全くもってわからないけど。
「そちらについていけば、こちらの質問に答えていただける、ということでしょうか?今、この場でお答えいただくことは?」
僕の言葉に王子様は眉を下げて、そして頭も下げた。おかしいな、僕の知ってる物語のお話だと大抵は偉ぶって跪け平民みたいな感じなんだけど。
「自分に答えられる質問はごく僅かです。ですから、これから王のところへご案内致します。王ならば、貴方の質問に誠意を持ってお答えなさるでしょう。その時に納得がいかなければ、日を改め、再びの機会を設けることもできましょう」
早い話が、さっさと王様のところに行ってそっちに聞けってことね。この人から今のところ悪い感じはしないけど…まあ、なるようになるかな。
後ろを振り返って、女の子と目を合わせる。
「どうする?僕としては、行こうと思ってるけど」
女の子は僕から目を逸らし、周りをぐるりと見渡して、頷く。
「私も、ついてく」
「そっか、それじゃあまあとりあえず……」
僕は王子様の横を通り過ぎ、未だに馬鹿なことを言っている二人を蹴り飛ばす。
「ぐふっ」
「ぐほぉっ」
変なうめき声をあげて飛んでいく二人。
あれ、こんなに力強かったっけ?……ああ、もしかして異世界補正ってやつかな?
僕の力が上がっているので、馬鹿二人の耐久度も上がっているのか、すぐに立ち上がり駆け戻ってくる。
「お前痛えだろ?!しかも結構本気で蹴ったな!!」
「全くなにをするんだ。受け身が取れていなければ骨折していてもおかしくなかったぞ」
「大体状況はわかったから王様に会いに行こう。お前らには後でか……王様のところで説明する。まとめてやった方が効率的で良いしね」
僕の言葉に二人は特になにを考えるまでもなく頷く。こういう時はこいつらちゃんとできるのになあ。普段は馬鹿なことしかしないし本当にもう…。
「それじゃあ、行こうか。王子様、案内、よろしくお願いします」
「あ、ああ」
どうやらドン引きの様子の王子様と、実はあんたが一番まともじゃなかったのかとでも言いたげな目をしている少女と、馬鹿二人で王様に会いに行くことになった。