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「blood of beast 獣血 」  作者: 渚丸
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始まりの争い

「はぁ、はぁ…」


止まりそうな足を無理矢理動かし、上りきった息を鎮め、走り続ける。

こんな所で死んでたまるか。俺はこんな所で死んでいい人間ではない。

そんな思いとは裏腹に死を撒き散らす殺人鬼は追ってくる。


カサドのイーストストリートの路地裏である男は追われていた。太陽が沈むと同時に喧騒がうすれ、今人がいるのはメインストリートの酒場だろう。人の気配が全くない路地裏を男は走る。


ことの発端は数時間前。村の中心部の商店街を襲ったときだ。山賊の中でも特に危険な賊の長を治める俺は、物資の不足と自身の苛立ちから、近隣の村々を襲っていた。今日のもそうだった。ここカサドは海産物が多く取れ、格好の獲物だった。軍隊はおろか、武器すらまともにないこの村は、大方の予想どうり抗うすべなく襲われていた。ある店は焼かれ、ある店は荒らされていた。慣れぬ武器を構えよう者には容赦なく斬りかかった。

しかし、異変が起きたのはその直後。商店街の中心辺りにある小さな魚屋を襲ったときだ。その魚屋には大人の人影が一つもなく、そこにいたのはぬいぐるみを抱えた小さな少女のみだった。周りの状況を把握していない少女はぬいぐるみに抱きつき、家の角に小さくうずくまっていた。

「嬢ちゃん。親はどこへ行った?」

隠しきれない下衆なニヤつきを抑えつつ少女に近づき、語りかけた。

「と、父さんは、港の方へ…」

瞳に涙を浮かべて恐る恐る言った。その瞳に描かれていたのは恐怖。いつ自分の命が奪われてもおかしくないこの状況に耐えきれなくなったのだろう。

「おい!ここの店の使えそうな物を全部奪え。こいつは傷つけるなよ?人質にするからな。嬢ちゃん。抵抗しなければ命は奪わんからな。大人しくしてろ」

そう言って少女に手を伸ばしたその瞬間、閉ざした窓がまるで爆薬を使用したように吹き飛んだ。扉も同様だ。突然の外光に山賊らの視力は奪われ、閃光が見えるだけだった。あまりに一瞬の出来事だった。眼を隠すことすらできず、呆然と立ちつくした。視力がだんだんと回復すると、先ほどまで新鮮な魚類が並んであった棚の所に一人の男が立っていた。年齢は20歳前といったところか。身体つきは非常によく、身長も軽く2㍍に行きそうだ。動物の皮のような薄手の軽装な鎧に、黒色のマントを羽織っている。


「慣れないことはするもんじゃないな。窓を外すつもりが吹き飛ばしてしまった。後で修理しないとな。」


透き通った声が山賊の頭をなんの抵抗もなく抜けていく。男は呆然と立ち尽くす賊を目視すると眉を一瞬だけひそめ、また普段の顔へ戻す。


「そこらへんにしておけ、賊共。ここはお前らが荒らしていいところではない。」


先ほどより威勢のある声で叱る。何もかも一瞬の出来事で呆然としていた俺たちはハッと我に戻り、男を見据える。


「おいおい、英雄気取りかい?。貴様一人で何ができるというもんよ。命が惜しけりゃ大人しくしてな。」


確かに眼前に立つ男はこの場にいる誰よりも屈強だ。一対一では勝ち目すらない。だが男は、見るかぎり武器らしい武器は持っていない。それに対しこちらは、体格では及ばないものの、剣や銃など武器を持っている。武器相手に素手で挑むなど自殺行為に等しい。ということは、初手をとればこっちのものだ。剣で男に近づき、相手が剣を持つ男に気を取られたその隙に銃で遠方から撃つ。これでおしまいだ。


「おい、殺れ。」


全員同じ考えに至ったのか、蛮刀を持った男が二人、男に斬りかかった。男はなすすべなく……



「動くな。」


男たちがいた空気が、空間全体が歪んだ。

剣を持った男が静止した。銃を持つ男もだ。

剣を持つ男は眼を見開き必死に抗う。しかし、1㍉たりとも動かない。


「自害しろ。」


再び空間が歪んだ。

そして、剣を持つ者の腕が先ほどまでとはうってかわって剣を構え出す。しかし、その剣先は眼前の男ではなく自分に向かっていた。男はそれに対して再び抗う。しかし、皮肉にも自分に向かって剣は近づいていく。そして……。


グシャリ。


一瞬にして二つの骸が転がる。


目の前の光景が信じられなかった。男がたった二つの言葉で男を殺したのだ。


「まだ抵抗するか?賊。こちらは準備満タンだが。」


山賊の目に映るは絶望。数秒後には彼の蹂躙劇に巻き込まれる。だが、このまま逃げるのはもっと愚策だ。彼の仲間が家の外で待っているに違いない。何が…、何が最も正しいか…


「うぁぁぁ」


彼が考えている間にも徐々に立っていた影が少なくなり、骸が増えていく。


「クソっ!」


そう吐き捨て後ろを振り向き全力で逃げだした頃には彼以外の全員が地面に遺体として転がっていた。そして案の定、外であいつの仲間が立っていた。しかし、追ってこない。理由は知らないがとてもありがたいことだ。日はとうに沈み辺りに人影はない。だが、闇に包まれつつあるここは隠れるには申し分のないところだ。当分は逃げ切れるだろうと過信していた。



その頃、魚屋に突撃した男、ネメアーは少女に話しかけていた。


「もう大丈夫だ、お嬢さん。君は勝ったんだ。怖かったろうが怖気付かずに必死に頑張った。よくやった。」


そう言って少女の頭を撫でる。まるで我が子のように。少女は先ほどまでの恐怖から解放されたからか、涙をながしながらネメアーに抱きついている。ネメアーは泣き止むまでずっと頭を撫でていた。



そのころ団員の中ではある噂が流れていた。


「団長って、幼女好きなの…?マジ?」

「ボクは、年下だし、背も低いからぁ…」

「羨ましい、羨ましすぎる…私だってあんなに撫でられた事ないのに…」


そんなことも知らない団長、ネメアーは泣き止んだ少女を連れて外に出てきた。


「なぁ、フリー。この子を頼んでもいいか?なんか、親を探してるみたいなんだ。」


ネメアーは団員であるパーチェム・フリーに少女を頼むといった。パーチェムはこの騎士団でも最年少。歳が近いから怖れられずに済むと思ったからだ。


「わ、分かりましたぁ〜。この子の事はボクに任せてくださいねぇ!」


パーチェムは少女に寄り添い、一緒に親を探しに行った。

そんなお気楽なパーチェムを余所に、ネメアーは次の指示を出していた。


「フェンリー、分かっているとは思うがあいつを追うぞ。セナはここであいつらの増援を警戒しろ。」


「「了解!」」


フェンリーはなんだか頬を染めながら、セナは凛々しく、任務を全うしようという念を感じられる面差しで頷き、各員がそれぞれ動いた。


「それで団長。あいつが逃げてから少し…というか、結構経ちましたが、ここ辺りでも?」


フェンリーは走りながらネメアーに聞く。店の少女が泣き止むまでその場で留まっていたせいか、賊の長と思わしき男が逃げてから数十分が経過した。申の刻が過ぎ、敵対的魔物が頻繁に現れるため、街の外に出たとは考えにくいが、この付近にいるとも考えにくい。おそらくは…


「イーストストリートの路地裏だろう。この時間だと人もいないし、薄暗いからな。」


「なるほどぉ。さすが団長。」


そうか?と軽く流して再び駆けだす。

風を纏い凄まじい速さでイーストストリートを翔け抜ける。


------


「はぁ、はぁ…」


もう無理だ。もうダメだ。そんな事が常に頭をよぎる。いっそあいつらのように死んでしまうほうがいい。

しかし、速さを緩める事はない。怖れているのだ。恐怖心が彼を突き動かしている。彼の足は止まる事なく路地裏を走る。


(お願いだ…止まってくれ…)


と心で呟いたその瞬間、激しい音が彼の耳を突き抜け、地面に激しく衝突する。


「見つけてやりましたよぉ〜。これで団長に褒められる〜♪ うふふふ♪」


間抜けた若い女性の声が路地裏に響き渡る。ハッと辺りを見渡すが、そこには人どころか、ネズミ一匹すらいない。


「あの子の親が案外早く見つかったものですから、団長たちのお手伝いをと思ったのですが、これほどまでに逃げるのが下手で助かりましたよ〜♪」


再び間抜けな声が響く。慌てて見渡すが、やはり人影一つない。


「ど、どこにいやがる!姿を見せろ!卑怯者!」


姿が見えない敵への苛立ちから、怒りが混ざった声で声の主に怒鳴りかける。


「いやだねぇ、団長さんに武器を突きつけたんでしょ?そんなゴミみたいな人に見せる顔なんかねぇよ。」


さっきまでの間抜けた声とは全く別人のような、殺意に満ちた声に変わる。声が発せられる場所から位置を特定しようとするが、相手は常に移動しているらしく、声の方向を見る事さえままならない。辺りを見渡していると、さらなる声が降りかかる。


「安心してよ。団長さんみたく自分で自分を殺させるような事はしないから。というか、できないから。それに、ボクの場合は痛みすら感じず殺してあげるよ。」


それは、自身の死の宣告だった。目には見えないが確実に自分を屠ることができる場所にいる敵からの。それはまるで神の使者から告げられる言葉のようだった。その瞬間彼の口元に笑みがこぼれる。


(これでようやく、あいつらの所に行ける。これでようやく、あいつらと…。)



自分が幼い頃はそれなりに充実していた。毎日帰る家があり、それを迎えてくれる親がいた。毎日が楽しかった。父と母と出かけることはとても嬉しいひとときだった。それが少しずつ狂い始めたのは親が離婚してからだ。原因は父の不倫。それからはというもの、父は家を出て行き、母は父を呪って首を吊った。全てを失った。残された家でなんとか生活していたものの、借金はみるみる増えていき、そして家すらも失った。自分のストレスは溜まっていく一方だった。誰からも見捨てられ、誰からも認められなかった。それを癒していったのは暴力だった。自身を破滅へと追いやった全てを壊した。父も殺した。その愛人も殺した。借金の取り立て屋も殺した。そして、自分自身の心も殺した。全てを失くしたことにより、全てを壊した。少し清々しかった。

そんなある時、ある山賊に誘われた。ようやく自分の腕を認めてくれた。その嬉しさから悩む暇なく山賊に入った。それからは殺し、盗み、食べ、飲み、狂った。いつからか誰よりも腕のいい殺し屋に成り果てた。仲間に認められた。それが何よりも嬉しかった。昔感じた寂しさを拭えるほどのものがそこにはあった。だから、彼らが殺された時、またか、とも思ってしまった。しかし、今は昔と違う。今は……



驚くほどまでに死に対する恐怖は薄れていった。まるで自分がこれを望んでいるかのように。段々と薄くなる意識の中に、ある映像が流れた。それは、幼い頃の家族だった。父と遊んでいるところを母が嬉しそうに見つめる。


(あぁ、やっと、また一緒に暮らせるのか…)


グサり。

小型のナイフが心臓を穿った。土埃れた服に血が滲んでいく。しかし、自分の血を見ても恐怖は感じなかった。それどころか、少し嬉しさを感じた。

そして、数秒後。ばたりとその場に倒れ、彼の生命活動が完全に停止した。



「な〜んか、しまらない終わり方ですねぇ。せめてもの情けにボクの可愛い顔を見せておけばよかったですかねぇ。」


怠けた声が静まり返った路地裏を抜けていく。残るのは獣化を解き姿を見せた少女とその場で突っ伏しピクリとも動かない屍だけ。静みかえる町とかつての仲間を思い出しながら、ふと夜空を見上げると宝石箱のような綺麗な星空が広がっていた。


「いつか、団長と二人きりで来たいなぁ〜」


そんなこんなで、とある町のとある事件は幕を閉じた。



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