「君には、かなわないな」
僕が唐突で脈絡のない言葉に胡乱な顔でもしていたのか、君は苦笑を浮かべて誤魔化す様にしてひらひらと手を振った。
「いや、君にはとんと勝てた事がないと思ってね。深い意味があったわけじゃない」
そうだろうか、と僕は考える。しかし、考えてみても、あまり君に勝てた覚えはない。寧ろ、僕の方が負け越しているような気さえする。
そう口にすると、君は、はは、と笑った。
「俺も一応男だからな。勝負事とあっちゃあ、負けていられないね」
君の言葉は矛盾している。僕にあまり勝てた覚えがないと言ったり、勝負事で負けていられないと言ったり、結局、僕に勝ってるのか負けてるのかどっちなんだ。
「おいおい、深い意味はないって言っただろう?そんな深刻に考えなさんなって」
君はそう言ってひらひらと手を振る。そもそも言い出したのは君の方だろうに。
僕が頬を膨らませると君は両手でそれを潰した。やり返そうと僕も君の頬をつまむ。そのままお互いの頬をふにふにしていると、なんだか色々な事が馬鹿らしくなってしまった。というか、二人して無言で相手の頬をふにふにしてるって馬鹿みたいだよなぁ。
「お、笑ったな」
そういう君も、楽しそうに笑みを浮かべている。その屈託のない笑みが、僕は割と好きだ。君はよく笑うのだけれど、いつも同じ笑い方をしているわけじゃなくて、場合によって少しずつ笑い方が違う。自覚があるのかないのかは分からないが、内心が表に出やすいようなのだ。
「…君なぁ、真面目な顔でそういう事を言わないでくれよ…」
君の耳が赤くなっているのが、そっぽを向かれたのでよくわかる。僕よりよっぽど反応が可愛いのではないだろうか。だから、こうやって時々ストレートに思った事が言いたくなる。
「君なあ、俺は可愛いって言われたって嬉しくないからな。俺に言うのなら、かっこいい、だろう。百歩譲っても美しいか綺麗だ」
君はそう言って怒っている、というポーズをしてみせる。でも、それは本当に怒っているわけではないという事を僕は知っている。うん、怒ってはいない。僕は肩を竦めてみせる。
「何だその反応は。君、また適当に誤魔化せばよいとでも考えているんだな?」
それは流石に被害妄想、というやつである。面倒くさいなあ、と思わないではないけれども。
けれど、君にあまり機嫌を損ねられるのも望む所ではない。機嫌を悪くしないでほしい、と僕が伝えると、君は更に腹を立てているような仕草で口を尖らせた。
「そういうところが君はずるいんだ。俺が自分の内で持て余しているものを、まるで見透かしているような事を言う」
君は拗ねたようにそんなことを言うが、僕はそんな大層な事はできない。君がわかりやすいだけだ。それに、僕が君の事をわかりたいと思っているから、というのも、もしかしたらあるのかもしれない。これはそうだったらいいなぁ、というくらいの話だが。
「…君はよくそんなこっぱずかしい事をてらいもせずに言えるな」
そんなものは本心だからに決まっている。それに、言うほどこっぱずかしい事ってわけでもないと思う。君の過剰反応という奴なのではなかろうか。
「否、それはおかしい。好きだのわかりたいだの、そんな、口説くような事を…そんな気軽に言わないでくれ。後から死にたくなる」
何で言った僕じゃなく言われた君が死にたくなるだなんて言うのだろう。というか、君が死んだら困るし嫌だ。何故そうなるのか教えてほしいものだ。そうならないように改善できるかもしれないし。
「そっ、そんな事言えるわけがないだろう。言えるようなら、死にたくなんてなるわけがない。君、わかってて言ってるのか?だとしたら相当性格悪いぞ」
君は、顔を真っ赤にしてそう言って、机に突っ伏した。控えめに言って、可愛いが挙動不審と言ってもいいと思う。突っ伏したままぶつぶつ何か言っているようだが僕には聞き取れない。しかし、性格悪いとは酷い言い草である。
「君の、そういう所が、本当に…」
僕は君の、そういう、一人で完結する所がちょっと気に入らない。人はちゃんと言葉にしなけりゃなかなか本心を分かりあう事は出来ないし、誤解を解くこともできないってのに。君は一体、何時になったら、真面目に受け取ってくれるんだろうか。
「真面目に、って、え?」
僕は、本心からの言葉を、もう一度君に繰り返す。
君は、また赤くなって片手で顔を押さえて言う。
タイトルのセリフで始まりタイトルのセリフで終わる話にしたかった