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6-6

「海里は生きている。俺たちが生き返らせたんだ」


 現実に戻った翔生の耳朶を叩いたのは冷酷で無慈悲な声だ。


 あの身体は風斗のものだ。海里の身体は銀色の青年によって奪われた。

 海里は風斗の身体を借りて風斗の時間を使って生きている。あの日、翔生の前に現れたのは正真正銘、海里だったというわけだ。

 逃げることのできない事実を自覚し、それでも逃げたくて目を伏せる。


「お前が後悔しているというなら俺に協力しろ」

「協力って……?」

「簡単なことだ。海里を完全に生き返らせる」


 言いながら、今はカイと名乗っている少年は己の左腕に触れる。

 意味が分からず視線で問いかける翔生を前に、カイは徐に袖を捲り上げる。露わになった腕には巻き付く蔦の紋様が浮かび上がっている。蔦にはいくつもの蕾がついており、肩側の二輪だけが蓮に似た花を咲かせている。


「この花がすべて咲いた時、海里は再び死ぬ」


 蔦は海里が神の力を使うたび、カイが表に出るたびに成長してきた。逆にいえば、それさえしなければよかった。

 ――今までは。


 オンモとの戦いでの無理がたたり、蔦は急激な成長を遂げて花を二輪咲かせるまでとなった。以来、蔦の成長は止まることなく、今も続いている。刺青が常に浮かび上がったままなのが証拠だ。


 健がかけた術のお陰で、成長はゆっくりとしたものとなっている。認めるのは非常に癪だが、本当に助かっている。


「もう時間がない。何をしても、何を犠牲にしても、海里を生き返らせないといけない」


 海里がいない世界は間違っている。そんな世界が存在していいはずがない。

 海里が死んだあの瞬間に、風斗の世界は終わったのだ。


「俺は協力できない。……もう、嫌なんだ。せっかく全部忘れて普通の生活を送れそうだったのに……勘弁してくれ」

「そうか」


 苦心して返せば、カイは驚くほど呆気なく踵を返した。もう翔生に用はないとでも言うように――。

 逃げることを責め立てられると思っていたから拍子抜けだ。同時に、また逃げてしまったのかと息を吐く。


 これで風斗が翔生に干渉してくることもないのだと考えれば、心も軽くなる。全部忘れて生きていける。

 翔生があれほど望んでいたもののはずなのに、心がちっとも晴れないのは何故だろう。


「くそっ」


 込み上げる感情をぶつけるように境界ブロックを蹴る。爪先から伝わる痛みが燻ぶる感情を表現しているように思えた。


「おやおや、かなーり荒れちゃってるね」


 不意に届いた声は子供のもの。聞き覚えのない声で、まさか自分にかけられたものとは思わず無視をする。が、声はしつこく投げかけられ、ようやく声の主を見た。


 目深に被られた白いフードから零れる髪は水色だ。顔は隠されており、声音や体型だけでは性別が判別できない。


「誰、だ」

「そんなのはどうでもいいよ。僕は君に提案しにきちゃったんだよ?」


 怪訝を表情を見せる翔生を他所に、目の前の人物は言葉を続ける。時間に余裕がない今、用は手早く済ませるに限る。

 あまり長い間、この場所にいると勘のいい者に気付かれる可能性がある。


「君は後悔しちゃってることがあるんだよね。ふむふむ、へぇ。友達を殺しちゃったのか。辛いね、悲しいね」

「なん、だよ、お前。提案って……」

「僕には君の後悔を消す方法がある」


 翔生の顔色が変わるのを見て取り、そっと首元に顔を近づける。


「世界を逆さをしちゃえばいいんだよ」

「……世界を、逆さに?」


 自分の言葉を反芻する翔生に笑みを深めつつ、首肯する。


 世界を逆さに。

 もっとも得意とする術であるそれには、まだ世界そのものを逆さにするほど力はない。そう、今はまだ。


「死んだ者が生きている世界。僕にはそれを作る力があるんだ」

「……本当に。本当に、カイを生き返らせられるのか! あの出来事をなかったことにできるのか!」

「僕の手にかかれば簡単だ。もちろん条件付きだけどね」

「なんでもいい。なんでもする。……っだから、頼む」

「話が早い人は嫌いじゃないよ。君には僕たちの手伝いをしてもらう。邪魔者の相手をするだけ、簡単でしょ?」


 言いながら、身の内に潜む力を呼び起こす。今は亡き仲間の力。

 彼に合いそうな力を模索し、掌をそっと翔生へ向ければ、内から零れた黒い塊が翔生の中へ溶け込んでいく。


 苦悶する翔生を楽しげに見つめながら、新たな仲間の誕生を心から喜ぶ。


「これで準備が整ったよ」


 ●●●


 次の授業に向けて思索に耽っていたレオンは生徒に呼びかけにより歩みを止める。神妙な面持ちで立っているのは寝癖頭の少年、星司だ。


 ここ数日、何か思い浮かんでいることを知っていたが、海里のことを含めていろいろと立て込んでいたために気を回す余裕がなかった。

 こうしてレオンに声をかけたということは、海里の顔を思い浮かべつつ、星司に向き直る。


「海里は……本当に武藤海里なんですか」


 海里が倒れたあの日、星司も一緒に町案内に行っていたことを今更ながら思い当たる。

 その時に鷺谷翔生から何か言われたのだろう。

 問いかけから海里は偽物とでも言われたのだろう推測する。あの事件の当事者ならば、そう思っていても不思議ではない。


「あの方は正真正銘、武藤海里様です」

「じゃ、海里が死んでるってのは……」


 そこまで話しているのか、と息を吐く。

 当事者である海里が昏睡状態な現状、どこまで話したものか。


 許可を得ないままに、全てを話してしまうのは憚られる。レオンが何より優先すべきなのは海里だ。


 誤魔化そうとするレオンの気配を察したのか、星司の目に懇願するようなものが宿る。それで折れるくらいには星司に対する情が湧いていた。

 思えば、最近一緒に行動することが多かった。


「海里様が亡くなっている、というのも事実です」

「!? どういう――」

「そういう話をするなら人払いくらいしたらどうですの」


 覚悟をしていたとはいえ、あまりの衝撃に掴みかからんばかりの声を出した星司に割って入ったのは響だ。


 不機嫌を宿した視線を受けて、レオンは人払いをしていなかったことに思い至る。海里が倒れ、クリスが不在の中で、少しばかり参っていたらしい。


「感謝します」

「お礼は必要ありませんの。武藤海里がどうやって生き返ったのか教えてくれれば」


 出された交換条件にはっと息を呑む。

 響は星司とレオンの会話を聞いていた。兄を生き返らせることを望んでいた彼女が、この手の話に食いつかないわけがないのだ。


「勘違いしないでほしいですの。私はもうお兄ちゃんを生き返らせようとは思っていませんの」


 生き返ってほしいという思いが消えたわけではないのは事実。けれど、響は自分が一人きりじゃないこと知っている。

 寂しい思いも、強い悲しみも、分け合える存在がいるから。


「そもそも武藤海里が生き返った存在ってことは気付いていたし……。あんなことを言われて気付かないほど、鈍感じゃありませんの」


 兄を生き返らせることを望む響を諫める彼の言葉。それは、まるで経験したことがあるようだった。

 自分のことで一杯だったあの時は気付かなかった。冷静さを取り戻して、もしかしたらと考えるようになったのだ。


 今の響にはもう兄を生き返らせようという気は微塵もなく、事実は知らなくていいと気づいていないふりをしていた。とはいえ、興味がなくなったわけではないというのもまた事実だ。

 向けられる二対の瞳は誤魔化しを許さず、レオンはついに話す決心をつける。


「亡くなった海里様が再び生を受けたのは出来損ないの神、龍王の力によるものと聞き及んでいます」

「出来損ないの神なんて聞いたことありませんの」

「神になり得ない存在が、神と同等の力を得た先に誕生するそうです」


 この話はレオンも聞きかじりだ。出来損ないの神についての情報は驚くほど少ない。それは神生ゲームがそれほど知れ渡っていないことと、当の本人たちが肝心なところで口を噤みたがることが大きな原因と言える。


「その龍王がなんで海里を生き返らせたんすか」


 当然、湧いて出てくる疑問だ。

 出来損ないの神、龍王が海里に目をつけた理由。それは至極単純なものだ。

 龍王と海里には深い関係がある。藍色の髪がそれを象徴している。が、レオンは全て話すつもりはない。


「龍王は、武藤家の始祖と呼ばれる存在です。響さんには最強の妖退治屋と言った方がいいかもしれませんね」


 当代一と言われる妖退治屋、藤咲桜。妖の王に匹敵すると言われる彼女よりも、遥かに強い力を持っていたとされる存在。

 あの桜も敵わない存在。妖の王も敵わない存在。


「子孫で、龍刀を扱えるほどの力を持った存在。気に入られたんでしょうね」

「だから生き返らせた……」


 首肯するレオンの反応に満足したのか、響は「悪運の強い人ですの」と毒づきながらその場を後にする。他にどんな反応をしていいのか分からなかったのだ。


 兄も、神に気に入られるような人間だったなら、生き返らせてもらえたのだろうか。

 早足に近い速度で去っていく響を慰めるように青い光が瞬いてみせた。


「星司さん?」


 複雑な顔で立ち去った響とは対照的に、星司は感情の見えない表情で黙りこくっている。


「カイは……」


 微かな呟きに、そこまでは誤魔化しきれないかと苦笑する。

 カイの存在。今まで触れてこなかったことに触れる星司は少しだけ向き合うための強さを手に入れた。誰かの策謀の上に強さでも、強さは強さだ。


「あの方は海里様の双子の弟です」

「弟!? ……なんで、あんな風になってんのか聞いてもいいっすか」

「理を犯すにはそれ相応の犠牲が必要ということですよ」


 曖昧な答え。答えられない以上に、レオン自身も詳しいことは何も知らないのだ。

 妖華も、海里も、カイも、当人たちが揃って口を噤むのは神生ゲームと同じだ。簡単に踏み込んでいい内容でもないので、レオンは知らないまま。


 あるいはクリスならば、もう少し詳しいことを知っているかもしれない。

 現在、妖界に戻っている姉とは連絡が取れていない。まさか彼女に何かあるとは思えないが、不安は日に日に募っていく。


(……姉さん、大丈夫だよな)


 もう呼ぶことのなくなった呼び名で尋ねる言葉に、当然ながら返ってくる声ははない。

 消えない不安を抱えるレオンは妖界にいる姉へと思いを馳せる。

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