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6-4

 不穏な風が吹いている。


 昨日また、二人の妖が不審な死を遂げた。オンモが死んでから相次ぐ不審死はこれで十三人目だ。

 死体はいずれも人気のない場所で見つかっている。抜き取られた心臓が握り潰され、傍に捨てられている。身体には何かに抉られたような跡が残り、思わず目を背けたくなるような有様だった。


「オンモを信奉する者の仕業、かしらね」


 ただ理由が分からない。無差別に被害者を選んでいることを考えると単純に報復とは違うだろう。

 赤ノ国の者が四人。青ノ国の者が五人。緑ノ国の者が二人。黄ノ国の者が一人。無色ノ国の者が一人。

 被害者の分布から見えてくることは――。


「少し散歩してくるわ。会議までには戻るから」

「かしこまりました」


 恭しく頭を垂れて了承する樺を一瞥し、部屋を後にする。散歩といっても目的地まではそれほど距離はない。

 煮詰まった頭の中を整理したいというのは言い訳だ。本当は答えはとっくの昔に出ている。今は少し、答えに向かい合うための覚悟がほしいのだ。


 鬱々とした視界に色とりどりの花々が入った。中庭である。たくさんの花が咲き誇るそこは花園と化している。

 神聖な空気に満ちたそこには懐かしさが溢れており、考え事をする時は決まって中庭を訪れるのだ。王宮の中枢には限られた者しか入れないこともあって、一人になりたい時はちょうどいい。


「あら? 貴方がいるなんて珍しいわね」


 先客を見つけた妖華はその紺碧の瞳を丸くする。


 花園に佇んでいるのは一人の青年だ。髪は灰色で、一部だけ淡い赤色の髪を長く伸ばしている。纏う衣服は王宮を出歩く者とは思えないほどに質素で、顔立ちもいたって平凡。耳につけられた大量のピアスと、腰に佩いた長刀だけが異様な雰囲気を醸し出している。


 無色ノ幹部、スフィルである。最年少であるところの彼はどこか切なげな目で花々を見つめている。


「妖華様ですか、お久しぶりです」

「久しぶりね。貴方に花を愛でる趣味があったなんて驚いたわ。戦うのばかり好きなのかと思ってた」

「吾輩とて立ち止まることだってあります。知り合いが亡くなった時なんかはね、傷心です」


 悪戯めいた妖華の言葉に微笑したスフィルの紫紺の瞳は哀切を滲ませている。


「昔の吾輩とよく似た少年でした。繰り返される平凡な日々に飽き飽きして、自由になりたいと望んでいた――望んでいながら、吾輩の手を拒んだ少年でした」


 誰かの下で得られる自由は本物の自由ではない。彼はそう言っていた。

 結局、彼は求めていた自由を手に入れられたのだろうか。


 彼の暮らしていた村が壊滅したという話を耳にしてからそれとなく探してみたりもしたが、所在を掴むことはできなかった。


 掴めなかったというのは正しくない。彼がいたという噂は各所で耳にしたものの、訪ねた時にはいつも過ぎ去った後だった。

 一つの場所に定住することなく、様々な場所を渡り歩いていたようである。


「結局会えないまま……、残念だ」


 かつての少年が青年になった姿を一目見たいという思いは叶えられなかった。

 自分とよく似た少年。自由を求めた少年。


「自分とは違う道を選んだ彼の末路を吾輩は見たかったのかもしれません」

「スフィルは自分の選択に後悔しているの?」

「いいえ。むしろ、よかったと思っています。貴方の手を取ってよかった、感謝です」

「なら前を向きなさい。もしもばかり考えて、後ろばかり見ていると足元掬われるわよ」


 後悔はどんどん積み重なって、前に進もうとする足に絡みつく。誰よりも長く生きている分、妖華に絡みつくものは人よりも多い。今回のことだってそう。


 足を絡め取られ、身動きの取れなくなった状況を受容してしまえば、きっと楽だ。けれども、それは絶対に許されない。

 上に立つ者として、妖界を統べる王として、積み重なった後悔は切り捨てていく。


「にしても驚いたわ。てっきり、今回の被害者のことだと思っていたから」

「確かにそれも憂うべきことです。……ただ、彼とは少しばかり折り合いが悪かったもので、素直に悲しむことを感情が邪魔してしまう」

「折り合いね。やっぱり、そうなのね」


 事件の犯人も、その目的も、本当はとっくの昔に分かっている。今、こうして足踏みをしているのは、信じたくない思いがあるから。

 でも、それももうおしまいだ。だって妖華は王様だから。私情は挟まない。


「これ以上、被害を出すわけにはいかないものね」

「――やはり修羅の道を行くのね、あなたは」


 耳朶を叩いた声に顔をあげる。

 鈴の音を間違えるほどに流麗な響きをもった声。直接耳にするのはいつぶりだろうか。


「……オンラ。珍しいわね、貴方が黒ノ国から出てくるなんて」

「今回は議題が議題だから……」


 妖華の古い友人であるオンラ。黒ノ幹部にして――オンモと一つの魂を分け合った存在である。

 浅黒い肌に、漆黒の髪と目。纏う衣服は黒を基調としており、闇そのものを連想させる出で立ちだ。


「オンモは死んだ。それは確か。けれど、彼を生き返らせようとしている動きがあるも事実。今回の事件もその一端」

「青ノ幹部辺りはオンラ様が手引きしてると考えているようですけどね」

「わたしはオンモを生き返らせようとは思わない。ようやく休めたの、邪魔したくない」

「邪魔ねぇ。本人はそんなこと考えていないでしょうけど」


 オンモを生き返らせようという動きは何もオンモの信者が先走ったものではないと妖華は推測している。おそらく、オンモが元々計画していたものだ。

 もう少し早く気付けていたら手を打てていたというのに。


「今からでも遅くない……とは言えないわね」


 ここまで事が大きくなってしまっていたら、オンモの復活を防ぐどころの話ではなくなっている。彼の処遇も本格的に決めなけらばならない時がやってきた。


「被害がもっと大きくなる前に手を打たないと……っ」


 地面が大きく揺れた。地震とは違う揺れ方に瞠目したのも束の間、地面に複雑な紋様が描かれていく。

 黒い影が伸びる。手のようにも見えるそれは魔法陣から無数に生え、ゆらゆらと揺れている。


「攻撃はしてこないようですね、不可解です」


 長刀に手をかけ、女性二人を庇うように立つスフィルは警戒を宿らせた瞳で揺れる手を見つめている。

 闇色に輝く魔法陣は古い時代に使われたものに酷似している。今は黒ノ国の文献に残るだけの失われた術式。

 妖華も知識でしか知らないものだ。


「扱えるのはオンモとオンラと――」


 下手人の名前を紡ごうとしたと同時に視界が暗転した。脳が揺さぶられる感覚を味わいながら、一転して景色に目を凝らす。

 闇の中。不思議と自分の姿ははっきりとしていて、己のうちに宿る存在に声をかける。反応はない。


「どうやら精神だけを連れてこられたようね」

「斬るべき相手がいないのであれば吾輩に出来ることはありません、残念です」

「あら? 貴方も一緒だなんて驚いたわ」

「私もいる」


 スフィルに、オンラ。花園にいた者はみな、同じ空間に連れてこられたようである。

 幹部、それもツートップを同じ空間に閉じ込めるとは無知か、相当の自信があるかのどちらかだ。犯人が分かっている妖華は後者だと密かに断定する。


「妖華様は下手人が分かっているようですけれど?」

「そうね。よーく分かっているわ。……その、目的もね」


 オンモを生き返らせる。それは過程に過ぎない。

 本当の目的はもっと別のところにある。被害者の所属する国の分布を見た時点で何となく気付いてはいたのだ。確信がもてず、動けないでいたけれど。


「私のためね」

「それは、どういう……?」

「被害者たちはみんな、純血主義だったのよ。青や赤の者が多かったのも、そのせい」


 妖には先天的妖と後天的妖の二種類に分けられる。

 前者は文字通り、生まれながらに妖のものを指す。後者は、元は人間や物が何らかの影響を受けたものである。付喪神を例に出せば分かりやすいだろう。


 そして先天的妖を両親に持つものは純血と呼ばれる。貴族の間では純血こそ至上とする所謂、純血主義という思想が蔓延っている。後天的妖やその血を継いだ者を冷遇する動きも少なくない。


「……あの人を殺したのは純血主義の妖だった」


 妖華の最愛は人間だった。子供もできて、涙が出るほどに幸せだったのだ。

 けれども純血主義の者は人間と交わることを許さない。誑かした罰だと最愛は殺された。


「あの子たちと親子になることも出来なくなってしまった」


 人間の血が混じった者を妖華の子だと認めることは、純血主義が許さないから。大切な子供たちを守るために、親子でいる道を閉ざした。


「恨んでないと言ったら嘘になる。もっと別の"じんせい"があったらとも思うわ。……そんな私の弱さを見てしまったせいね」


 細められた紺碧の瞳に哀切は浮かんでいなかった。あるのは我が子同然の存在に対する慈愛と、決着をつけるための覚悟。


「間違ってるなら叱ってやらなきゃ。力を貸してくれると助かるわ」

「断る理由はありません、二つ返事です」

「友達だから。力は貸す」


 頼もしい二人の声を聞きながら、妖華は己のうちに疼く力を感じた。今は少しだけ遠く離れた、親しみを感じる力の波動が意味するのは――。

 薄い唇が綻ぶ。自分よりも先に彼をひっぱたいてくれる人物が駆けつけてくれたようだ。


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