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5-13

「幸様、お客様がお見えです」

「客? 誰だ」


 今日は来客の予定はなかったはずと問いかけてみれば、「八潮様、レオン様、星司様、流紀様の四名です」と返ってくる。思っていたより人数が多いことと、繋がりが見えにない人選に眉根を寄せる。

 後ろの三人はまだ分かるが、八潮も一緒というのはどういうことだろう。


「まあ、いいか。通してくれ」


 感じた嫌な予感は無視した。

 間のなく現れた四人を出迎え、応接用スペースに座るよう促す。


「俺はただの案内やから、ここでお暇させてもらいます」

「待て」


 そそくさと立ち去ろうとした八潮を引き止めれば、隠そうともしない苦い顔がこちらを向いた。

 八潮が立ち去ろうもとい、逃げようとした理由をなんとなしに悟る和幸。気持ちは分かる。けれど、妥協はしない。嫌な予感に従って動けばよかったと後悔している。

 もれなく共犯者にさせられた和幸は絶対に逃がしてたまるかと満面の笑みを浮かべる。一部から胡散臭いと言われる笑顔だ。


「まあまあ、せっかく来たんだ。お茶でも飲んで行ったらどうだ?」

「……はぁ、しゃあないな。もう少しお邪魔させてもらいます」


 仕方なしとソファに腰掛ける八潮の顔はやはり苦いものだ。

 龍馬がきっちり人数分のお茶を持ってきたタイミングで仕事に一区切りつけた和幸も応接スペースへ移った。


「察しはついてるが、案内してきた理由を聞こうか」

「星司さんとレオンさんを春野家に連れてくよう、上に頼まれましてな。せっかくのオフやったのに、人使い荒くて困りますわ」

「同情はする」


 ただ人使い荒いだけならば、八潮もここまで苦い表情をしていないだろう。

 頼んできた相手と、頼まれた内容が表情を曇らせる。逃げたいと思うくらいに。


「星司たちは、連れてこられた理由は知らないんだな?」

「そうですね。私たちには悪くない話だとは八潮さんから聞きましたが、それ以上は……。探し人――海里様について何かしらの情報は掴めると」

「有罪」


 聞こえた不満げな声は無視して、流紀の方へ目を向ける。彼女は八潮が案内を頼まれたわけではないらしい。

 別に嫌がらせにもならない流紀のことまで、あの人が頼むわけがないのは分かっていたことだ。おそらく、たまたま会ったから一緒に来たのだろう。

 和幸の予想は当たっており、三人とたまたま遭遇した流紀の用事とは――。


「桜に頼まれてな。健はここにいるか?」

「なんだ、お前ら。揃いも揃って、健に用があるのか」


 屋敷の主を差し置いて随分な人気だ。本人には不本意な人気っぷりを見せる健を呼んでくるよう、龍馬に言いつける。ここまで来て居留守を使うことはないだろう。

 いや、待て。こうして話している間に春野家から立ち去っているかもしれない。健ならば十分に有り得る。


「どーも、お待たせしてしまってすみません」


 逃げることなく登場した健は和幸の内心の考えに気付いたのか、物言いたげな一瞥をくれる。向けられた和幸本人しか気付かない視線の後に、健も腰を落ち着ける。


「八潮さんもいるなんて珍しいですね」

「すぐに帰るつもりやけど」

「ゆっくりして行けばいーのに。……でも、まー八潮さんの事情もありますし、無理に引き止めはしませんよ」


 普段通りすぎる健の振る舞いに若干の恐怖を覚えつつ、詮索はしないと心に誓う八潮である。和幸も同じ考えのようで、触らぬ神に祟りなしというやつだ。


「先に流紀さんの用件から聞きましょーか」


 面倒事を後回しにしたらしい健は、流紀に向き直る。

 彼女とこうして話すのは、もしかすると華蓮が妖退治屋になった頃以来かもしれない。あの時は猫の姿だったので、本性とは実質初めてと言える。


 流紀は袂から透明な玉が連なった輪のようなものを取り出し、テーブルの上に置く。形状は数珠によく似ている。違うのは房がついていないことくらいだ。


「桜からお前に」

「これは……なるほど。助かります」


 玉一つ一つに込められた霊力が触れた指先から伝わってくる。当代一の名を欲しいままにする妖退治屋の霊力は、健の霊力と非常に相性がいい。


「それと伝言だ。ごめんなさい、と」

「――っ」


 健の反応は劇的だ。

 息を呑み、見開いた瞳は揺らいでいるように見えた。

 感情を隠すことに長けている健がこんな反応を見せることは珍しい。いつもなら動揺してもすぐに冷静さを取り戻す健だが、今はそんな余裕すらないようだ。

 桜の伝言はただの謝罪。けれど、健にとってはそれ以上の意味を持っている。


「――健」


 静かな声音が耳朶を打ち、漆黒の瞳から感情が消える。無機質と称されることの多い瞳だ。


「っ、すみません。取り乱しました。流紀さん、伝言頼めますか」

「構わない」

「では――桜さんが気にする必要はありませんと伝えてください」

「引き受けた」


 流紀の短い返答を受け取り、健は星司とレオンの方へ視線を向ける。面倒事を前に思案げな表情を刹那に見せ、「少し待っててください」と立ち上がる。


「二人に会わせたい人がいるから」


 はぐらかさないと決めた健は意味ありげに笑みを作り、部屋を立ち去っていく。すっかり調子を戻している健の背中を見送る和幸は誰にも気付かれないよう、密かに息をついた。

 まもなく一人の人物を連れた健が教室に戻ってくる。健に続いて部屋の中に足を踏み入れたのは――。


「――久しぶり」


 その人物は、穏やかな笑顔とともにそう言った。


「……海里」


 探し人について何かしらの情報が掴める。八潮からそう聞かされてからずっと抱いてきた期待が肯定された喜びの中に、驚きを混ざらせて呟く。

 変わりない笑顔を浮かべる少年の姿は、最後に会ったときと明らかに違う部分があった。


 髪だ。腰の辺りまであった長い藍色の髪は肩の辺りで短く切り揃えられている。長い前髪で隠された眼帯も、和らげられた隻眼も、見慣れた笑顔も何一つ変わらないからこそ痛ましい。


 短くなった髪は、服で隠された傷痕を、海里を一人で行かせてしまったことへの後悔を浮き彫りにする。

 過ぎる影に気付く海里は己の髪に触れながら、「似合わないかな」と小首を傾げる。


「ごめん……いろいろと心配かけて」


 行方不明になっていた間のことを話す気はないらしい海里を一瞥し、健はひっそりと部屋を後にする。注目が海里に集まっていることを利用する健の姿に気付いたレオンが反射的に腰を浮かせる。が、屋敷の主に黙って部屋を出ていくような不敬は出来るわけがない。


「気になるんだろ。追いかければいい」

「いいんですか。貴方は健さんの味方だと思っていました」

「味方とはちょっと違うけどな。ま、似たようなもんか。……俺はただ健のことを誤解したままでいてほしくないだけだ」


 本人が全く気にしていないのは知っている。むしろ、そう思われるように振る舞っているくらいだ。

 和幸の思いは単なるお節介にすぎず、こんなことをしても健が振る舞いを変えることはない。


「誤解……」

「追いかけないのか?」


 悪戯めいた笑顔は胡散臭くて、何か騙されたような気分を抱えながらもレオンは健を追いかけるように部屋を出る。健との距離はそれほど遠くはなく、名前を呼んでも十分に届く距離だ。


「健さん」

「……王様ですか」


 振り向く間際、困ったように眉根を寄せた健の表情はすぐにいつも通りの無表情に戻る。


「どーしたんです? 感動の再会しなくていーんですか」

「少し聞きたいことがありまして」


 今すぐに問い詰めたいことはいくらでもあるだろうに、慎重さを忘れないレオン。それほど、自分が警戒されていることも含めて、内心で呆れ笑いを浮かべる。


 不審な行動をしてきた自覚はある。警戒されるのは当然で、好意を向けられるよりもよっぽど落ち着く。


「海里様を助けていただいたことには感謝しています。……貴方の目的を教えてくだされば、手放しで喜ぶこともできるんですが」

「目的なんて大層なもの、ありませんよ。理由が知りたいというのであれば……そーですね。兄さんの親友だからでしょーか」


 疑うような漆黒の視線。信頼も、信用も宿さない視線は本当に心地がいい。

 目的はないというのが嘘なので、レオンの疑いは大正解と言える。


「じゃ、俺はこれで失礼します」


 いくら質問を重ねられようとも答える気のない健は有無を言わせる隙を与えぬまま、その場を立ち去っていく。

 もう少し相手をしていてもよかったが、今の健には余裕がない。


 オンモ戦以来、まともな休息を取れていない上に、先程の動揺から完全に回復したわけでもない。乱れた心のまま、レオンと相対する自信が健にはない。


「余裕のない自分なんて珍しいなぁ。ええもん、見れたわ」

「……八潮さん、か」

「そないな目で見ても仕方ないやん。俺があの人に逆らえへんのは自分も知っとるやろ」

「別に責めてないでしょ」


 八潮に頼み事をした存在のことを思い出し、健の纏う気が変化する。所謂、殺気と呼ばれるものを仄かに纏わせたその姿は、星司やレオンの前では絶対に見せなかったものだ。


 素に近い表情を見せられるくらいに自分は信用されているのだろうか。八潮は不機嫌に彩られた顔を見ながら、そんなことを考える。


「俺の反応を確認するのは目に見えてるし……八潮さん、あれに伝えてもらえる?」

「あー。聞きたくないけど、一応聞かせてもらおか」

「次、巫山戯た真似をしたら殺す」


 仄かだった殺気に鋭さが増す。隣でそれを浴びる八潮の肌に鳥肌が立ち、脳内で危険信号が点滅する。

 心弱い人間ならば失神しても可笑しくないほどの殺気だ。自分に向けられたものではないと理解していても、恐ろしいと感じてしまう。


「それを俺に言えと?」

「冗談だよ」


 射殺さんばかりの殺気が一瞬にして鳴りを潜める。

 冗談には聞こえなかった。というか、絶対に冗談ではなかっただろう。

 本日二度目となる触らぬ神に祟りなしを発動した八潮は静かに相槌を打つ。


「俺が行かんでも、貴族街が関係してるって情報は持っとったらしいけど」

「ああ、コスモスでしょ」

「せや。レオンさんに探り入れられて困りましたわ。予想はついとるけど、コスモスって誰なん?」


 レオンは八潮からコスモスの正体を聞き出そうとしていたようだが、実のところ八潮も知らないのである。

 健――カガチと親しくしているとはいえ、チャットルームとは全くの無関係なのだ。


「予想通りだと思うよ。ただの連想ゲームだし」


 多少の捻りは必要なものの、カガチやもう一人の管理人とは違って名前だけで正体が分かりやすいのが『コスモス』だ。


「どうせなら八潮さんのアカウントも作ろうか? 好きに使ってくれればいーよ」

「いらへんよ。俺は今のまんまで十分や。――あんたにとって一番都合のいいようしてくれたらいい」

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