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1-8

 自室のベッドに座り、少年はぼんやりと考え込む。


 腰の辺りまである藍色の髪はほどけたターバンのようにベッドの上で広がっている。

 顔は中世的で、左目には眼帯がつけられてており、謎めいた雰囲気を醸し出している。黒曜石のような隻眼は当てもなく宙を見つめている。


〈  〉


 視界の隅で金色が舞う。

 立っているのは五歳ぐらいの幼い子供。金髪であること除けば、驚くほど少年にそっくりな顔立ちだ。

 身体は幽霊のように透けており、隻眼に宿った哀惜の色の儚さを掻き立てる。


「どうしたの」

〈別に〉


 瞳を逸らすその仕種は怒っているというよりは照れているという印象が強い。

 思わずといった体で少年は口元を緩める。子の成長を見守る親のような笑みだ。


「今回は長引きそうだね」


 少年の手には十数枚で綴じられた書類がある。

 書かれているのは昨日遭遇した妖についてのことだ。


 老夫婦の寵愛を受けた蜜柑の木は悲劇によって妖になってしまった。

 行方不明となった老夫婦や強欲な男は蜜柑の木が喰らったというのが最も有力な説だ。

 男に対する憎しみと、小刀に染み付いた老夫婦の血。

 狂ってしまっていてもおかしくはない。


(悲しい話だ)


 愛する育ての親を自ら食し、妖となった木の話。


 微かに目を伏せる少年の表情に同情の色はない。悲しい話だとは思うが、妥協をするつもりもない。

 少年の生きてきた世界ではよくある話だ。


 彼がすることは役目を果たすだけ。長らく行方不明である蜜柑の木本体を見つけ出し、殺すだけ。


 抵抗も躊躇も一切感じることはなくなった心の変化に複雑な思いを抱く。慣れというものが与える残酷な成長。


 こんな自分を知ったら、彼らはどう思うのだろうか。

 この町――史源町で出会ったかつての友人のことを思い出しかけ、頭を振る。

 史源町を去ったあの日、割り切ると決めたのだ。


 彼らには自分(・・・・・・・)の記憶など残って(・・・・・・・・)いないのだから(・・・・・・・)


 自分の心中を誤魔化すように思考を仕事のことへ切り替える。


「いくら彼でもすぐにとはいかないかな」


 切り替える合図代わりに呟かれた呟きに子供の表情が冷え込んだ。そこで少年は自分の失言に気がついた。

 彼――少年達が贔屓にしている情報屋のことを子供は嫌悪している。


 常に飄々をしていた掴みどころのない人物。得体のしれない雰囲気を身に纏い、平然と他人を利用する。

 そんな情報屋がいつか少年を危険な目に遭わせるのではないかと強く警戒しているのだ。


「大丈夫だよ」


 子供は情報屋に対して警戒心を抱く気持ちはよく分かる。彼相手に油断は禁物だ。


〈信頼、してるのか〉

「ううん、信用してるだけ。今、彼が俺に手を出しても利益はないからね」


 不安げな子供に努めて明るい声を出す。

 嘘を吐いた。

 少年は情報屋のことを信頼している。信頼に値する人物だと思っている。

 彼の全てを知っているとは言えない。むしろ知らないことが多いだろう。けれども少年は情報屋の本質を理解していた。


(似てるんだよね)


 不意に見せる何かを堪えるような寂しげな表情が。

 助けたい。そう思って手を貸せば、その表情は更に儚げで痛みを堪える表情に変わる。

 気付かないふりをして傍にいることしかできないもどかしさ。最善策はどこにあるのだろう。


「最近はゆっくり話す時間もなかったし、今日はたくさん話をしよう」


 手招きをして、自分の横に座らせる。

 身体は透けているが、ベッドを透過することはない。触れることはできないというのに不思議なものだ。

 頑なに引き結ばれた口元を一瞥し、笑いかける。


「俺は  の笑ってる顔が好きなんだけどな」


 漆黒の隻眼に見つめられ、子供は照れたように視線を外す。




 少年が使用している部屋の前に立った白衣の青年は開きかけていた扉を静かに閉めた。

 ノックをしても返事がなかったので、中を覗いたわけだが今中に入るのは完全に場違いだ。


 青年ことレオンには子供の姿を目にすることはできないが、雰囲気で彼がいることは察することができる。

 また改めて来ようと決心し、扉から離れたレオンの懐をから味気ない機械音が鳴る。


 取り出されたのはタッチパネル式の携帯電話。

 通知を示す青い鬼灯のようなものが描かれたアイコンをタップする。

 数秒も経たぬうちに『The game of Life』という文字が現れ、チャットルームが開かれる。



 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 ――黒蛇さんが入室しました。


 カガチ「こんにちは~。今、お時間大丈夫ですか」

 黒蛇 「大丈夫です。何か分かったんですか」

 カガチ「YES!!ある人に協力してもらったんで案外早く終わりました」

 黒蛇 「それで、例のものの居場所は?」

 カガチ「秘密☆(ゝω・)v」

 黒蛇 「はい?」

 カガチ「嘘ですよー(笑)」

 カガチ「まー、後日分かると思いますよ」

 黒蛇 「……なるほど。それで報酬の件は?」

 カガチ「今回はいりません。俺も楽しませてもらうつもりなんで」

 黒蛇 「…………」

 黒蛇 「分かりました」

 カガチ「言いたいことは言った方がいいですよー?」

 黒蛇 「にしても随分早かったですね。ある人というのがかなり有能だったと見えます」

 カガチ「スルーしましたね。いいですけど(≧ヘ≦) ムスー」

 カガチ「情報屋の情報網を探るのはご法度ですよ。ダメ、ゼッタイ(乂´∀`)」

 カガチ「言えるのはお茶会楽しかったなーくらいです」

 黒蛇 「お茶会、ですか」

 カガチ「俺が答えられるのはここまで」

 黒蛇 「分かっています。これ以上は深入りしません」

 カガチ「それは良かった。では今日はこの辺で」

 カガチ「これからもご贔屓に ノシ」


 ――カガチさんが退出されました。

 ――黒蛇さんが退出されました。

 ――管理者権限により、チャットルーム『The game of Life』は消去されました。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・



 レオンは静かに息を吐きだし、携帯を仕舞う。


 “カガチ”に振り回されるのはいつものことだ。あれでいて情報屋としての腕は相当なものなのだ。

 ただ性格に難ありというか、取っつきにくいテンションの割にいつも話の主導権を握られてしまう。


「それにしても秘密とは」


 再度、息を吐きだす。

 今までも振り回されることはあったが、こんなことは初めてのような気がする。

 何だかんだ言いながら情報はちゃんと渡すし、情報に見合った報酬を求めていた。

 そのどちらもないとは嫌な予感しかしない。それでも情報は彼の元にしかないのだから諦めるしかないのだろうか。


「新しい情報屋を探した方がいいかもしれませんね」


 いつも最後の最後で踏み切れないでいるのは彼ほど優秀な人材がそう見つからないからだ。

 きっと次も彼に頼ることになるのだろう。

 未来の自分を予想し、レオンは何度目かわからない溜め息を吐いた。

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