5-1
第5章の始まりです
ラストスパートな感じです
――seiさんが入室しました。
コスモス「あら? いらっしゃい。悪いけれど、カガチは不在よ」
sei 「少し聞きたいことがあってきたんですけど。また出直します」
コスモス「それには及ばないわ。私も一応、情報屋だから。カガチと同じレベルを求められると困るけれど、力になれるよう尽力するわ」
sei 「じゃあ……。人探しをしているんですけど、何か知ってることがあったら教えてもらえませ んか」
コスモス「構わないわ。その探し人について、もう少し情報をいただける?」
sei 「そうですよね。藍色の髪で、左目に眼帯をしてます。女みたいな見た目だけど一応男で、五 日くらい前から行方不明なんですけど」
コスモス「藍髪に、眼帯……もしかして、武藤海里さんのことかしら」
sei 「海里を知ってるんですか!?」
コスモス「処刑部隊はお得意様だもの。ある程度の情報は持ち合わせているわ」
コスモス「それで海里さんの居所なのだけれど、残念ながら私は何も分からないわね」
コスモス「でも、彼とよく似た人物のことなら知っているわ。何か手掛かりになるかもしれないわね」
sei 「よく似た人物、ですか」
コスモス「歌手のUMIって知っているかしら?」
sei 「名前だけなら後輩から聞いたことがあります」
コスモス「そう。外見を見たことはないのね。じゃあ、これを見て頂戴」
――コスモスさんが画像を送信しました。
コスモス「海里さんによく似ているでしょう?」
sei 「この歌手の正体が海里だって言うんですか」
コスモス「確信があるわけじゃない。でも、何かしらの関係性はあるのは確かね」
コスモス「それともう一つ」
コスモス「最近、春ヶ峰学園付近で海里さんと思わしき人を見かけた、という話を何度か耳にしていた わ」
sei 「学園の近くで……ちょっと、行ってみます。いろいろとありがとうございました」
コスモス「どうしたしまして。少しでも力になれたなら嬉しいわ」
――seiさんが退室しました。
コスモス「吉とでるか凶とでるか……いえ」
コスモス「鬼がでるか蛇がでるかの方が適切かしらね」
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「やあ。急な呼び出しに答えてもらって感謝するよ。自分のことは気軽にナグモと呼んでくれ」
そう言って手を差し出したのは男性だ。これといって特徴の見られない容姿のせいか、初めて会った気がしない。
UMIの正体について頭を悩ませていたときに連絡を入れてきたのが彼だ。
和心の知り合い。電話越しにそう語っていた彼が何者なのか。その問いを問いかけるより先にナグモ本人によって明かされる。
「Dと名乗った方が余計な心配を生まなくて済むかな」
「貴方が……」
D。龍王の眷属で、世界中に存在している彼らは互いの記憶を見ることができるという。その力で、情報屋としての役目を担っているとも。
Dという存在についてはレオンもいくつか知識を持ち合わしている。が、こうして対面するのは初めてだ。
何か特別な気配もなく、彼が名乗るまで微塵も気付かなかった。
「Dということは情報屋でもあるんですよね」
「うん、そうなるね。カガチ君には劣るけれど、力になれるよう尽力させてもらうよ。そのために連絡したようなものだしね」
「カガチさんとお知り合いなんですね」
「二度ほど一緒にお茶をした程度だよ。たまに情報交換をする間柄だと思ってもらっていい」
お茶をした。以前も、似たような言葉を目にしたことがあると思考を巡らしそうになって我に返る。今は他に考えるべきことがある。
「それで、君の聞きたいことはなんだい?」
聞かれ、レオンはすぐさま脳内で聞くべきことをの優先順位を叩き出す。
今、一番優先すべきなのはUMIという歌手の正体についてだ。
正体が海里にせよ、違うにせよ、UMIの正体を明らかにしておくことは今後どう動いていくかにも繋がっていく。
大っぴらに海里の捜索をできなくなったにしても、情報を集めるくらいのことはしていたい。
五日ほど前から胸のうちに居座る不安に突き動かされるようにナグモに問いかける。
「業界の一部ではこんな噂がある」
黒だった瞳を銀色に輝かせながら、ナグモはそう言った。
覗いたのは、芸能界で中堅的な位置にいる歌手の記憶。UMIと一度だけ共演したことのある人物だ。
「君は本条世人という作曲家のことを知っているかい?」
疑問符を浮かべながらも返事を求めているわけではないようで、ナグモはそのまま言葉を続ける。
「彼はかなり名の知られた作曲家だったわけだけれど、ある出来事を境にぴたりと作曲をやめてしまった。今までの印税で、生活には困らなかったようだね」
「その出来事というのは……」
「最愛の娘を亡くしたのさ。それ以来、彼は音楽の神に見放されたと作曲をやめた。そんな彼が数年ぶりに作曲したのが、UMIのデビュー曲というわけだ」
謎めいた美少女歌手。娘を失ったことで作曲をやめた男が、彼女の曲を作り上げた。
考えられることは一つ。続く言葉はレオンにも想像がついた。
「実は死んだ娘は生きていて、UMIがその娘ではないか。芸能界では一番有力を言われている話だね」
噂は所詮、噂。それが真実ではないことを、ナグモは別の記憶から知っていた。他ならぬ、ナグモ自身の記憶によって。
確かに、死んだ娘は生きている。が、父親と再会する、ましてや芸能界に入るなんてことは一生ないと言える。
表舞台に出るための道を彼女自身から捨て去ったのだから。
「海里様とは何の関係もないと?」
「さてね。残念ながらわたしには分からない」
ナグモの瞳が光を失っていき、元の黒い瞳に戻っていく。
「これ以上はカガチ君に聞いた方が早いだろうね」
レオンが知る限り、もっとも優秀な情報屋であるカガチ。彼に聞くのが一番早いのは、レオンもよく知るところだ。
カガチに聞く。それが出来れば、どれほど良かっただろうか。
息を吐くように考え、はたと思い当たる。
目の前にいるナグモも情報屋。それも、カガチと面識がある彼ならば、何か知っているのではないだろうか。
「今、チャットルームが閉鎖されているのですが、何かご存知ありませんか」
「そうなのかい!? それは初耳だ」
予想外の驚きにレオンの方も目を丸くする。と同時に、心中で嘆息した。
この様子では、大した情報は得られそうになさそうだ。
「しかし、随分なタイミングだな」
独り言のような呟きにレオンは心から同意した。
わざとなのではと疑いたくなるタイミング。
今まで、あのチャットルームが閉鎖になることは何度かあった。
管理人を務めるカガチ――健の本業は一応、学生であり、貴族街での仕事を主として動いている。情報屋はあくまで暇潰しや小遣い稼ぎにすぎない。他が忙しくなれば、一時的に閉鎖もする。
ただ今回はタイミングが悪かった。まるで、健が海里の失踪に関わっているのではと疑いたくなってしまうほどに。
「レオンさんじゃないっすか。奇遇っすね」
「星司さん……。どうしてここに」
考え込むレオンの前に顔を覗かせたのは、星司である。彼と別れたのは数時間前だ。まさか、こんなところでまた会うなんて偶然にしても出来すぎだ。
彼の弟について考え込んでいたから、余計そう思わせるのかもしれない。
「その、前に教えてもらったチャットルームで海里のこと聞いたら、この辺で似たような人を見かけたとかって話聞いて」
「閉鎖されていなかったのかい?」
「普通に入れましたけど……えっと」
見知らぬとは言い難い外見の男性を前に、星司は疑問符を浮かべる。
面識はないはず。けれど、あまりに特徴のない外見のせいで断言できない。どこかで顔を合わせたことがあると言われたら、素直に頷いてしまいそうだ。
「ああ、すまない。自分はナグモ、情報屋まがいのことしている者だ」
「俺は岡山星司って言います」
「星司君、だね。よろしく頼むよ」
形ばかりともいえる自己紹介を済ませ、改めて向き直る。
チャットルームが閉鎖されていたことを知らない星司は二人の行動にどこか困惑しているようにも見える。
「それで、カガチさんからお話を聞いたということでいいんですよね」
「いや、カガチさんは不在らしくって、話を聞いたのは別の人で……」
星司の言葉にレオンは眉根を寄せる。あのチャットルームにカガチ以外の者がいるという話は聞いたことがない。
「もしかして、コスモスと名乗っていなかったかい?」
「あ、そうです。コスモスって人でした」
やっぱりと一人納得した様子のナグモに問いかけるような視線を寄こすのはレオンだ。
ちゃんと話すと手ぶりで示したナグモは「あのチャットルームを管理する者はカガチ君の他に二人いるんだ」と言葉を選ぶように語り出す。
「基本的にはカガチ君が不在のときだけ姿を現すんだ。今回も同じケースじゃないかな」
「カガチさんの代理ということですか」
ならば、そのコスモスという人物の言葉も、カガチの意思と受け取っていいものなのだろうか。
考えるレオンにナグモは「どうかな」と複雑そうな表情を見せる。
「彼女らがカガチ君に心から従っているのは確かだ。けれど、本当にカガチ君が手を離せない状況にいるのならば、目を盗んで何かしらの行動をする可能性も十二分にあるだろうね。星司君が話したのがコスモスと名乗っていたのならば尚更だ」
カガチだけではなく、他二人のリアルをも知っているナグモは捨てきれない可能性を語る。
最終的に、その情報をどうするか決めるのは星司たちである。ナグモはただ決めるために必要なことを話すだけだ。
ナグモも人間だ。どちらか片方に有利になるよう、話す内容を選んでしまうことはあるけれど。
考え込む二人を見つめるナグモもまた、考える。
今、カガチが何を考えて行動しているのかを。必要であれば、コスモスの行動について知らせておくべきか。いや、彼ならば気付いているかもしれない。
「……っ」
ふと妖の鋭敏な聴覚が息を呑むような少女の声をとらえた。何気ない仕草でそちらに目を向ければ、藍色の髪が過る。
レオンは考えるより先に走り出し、逃げる藍髪の人物を追いかける。
人間と妖の運動能力の違いがここで発揮され、藍髪の人物はいとも容易く捕らえられる。
海里ならば、そんな簡単に捕まらない。この時点で何となく分かっていた。それでも確認せずにはいられなかった。
「貴方は海里様ですか」
「っ……わ、私は……ちが、違います」
耳朶を打ったのは少女の声だ。
ああ、違う。海里ではない。広がる落胆を表に出さないように努めた。
「驚かせてしまってすみません。貴方が知り合いによく似ていたもので」
「だい、大丈夫、です。お気になさらず……」
営業スマイルを浮かべたレオンは、さりげなく少女の姿を見つめる。
腰の辺りまである藍色の髪。眼帯のつけられていない瞳はどちらも黒色だ。身に纏うのは、春ヶ峰学園中等部の制服。それも男子用のものだ。
レオンに追いかけられただけが理由じゃない強張った顔は、コミュニケーションが苦手だと物語っている。
「レオンさん、どうし……海里?」
ようやく追いついたらしい星司に「違うようです」と答える。
おそらく、この辺りで見かけた海里らしき人は彼女のことだ。ふりだしに戻ってしまったことに肩を落とす星司を誰も責められまい。
「失礼ですが、もしかしてUMIさんですか」
小さな確信とともに問いかければ、少女の瞳が大きく揺れる。動揺をそのまま映し出した瞳は、ファンにばれたというのとは違う意味を持っている。
急かすことなく、柔らかな表情で少女の返答を待つ。どれくらい経った頃だろうか、少女は震える声で肯定を口にする。
「私の本名、は……武藤美空と、言います」
決心したような少女は、未だに揺れる瞳の中に意志を宿してレオン、そして星司を見つめる。
「星司さん、ですよね」
「あ、ああ」
「……ずっと、貴方に会えるのを待ってました。その、お兄様のこと、で話したいことがあって」
「お兄様ってのは、海里のことでいいんだよな」
「あ、すみません。先走ってしまって」
ようやく緊張が解けてきたのか、謝罪する美空の表情には年相応な少女らしさを垣間見せる。
元々の顔立ちが整っているだけに、愛らしさが際立つ。
「私とお兄様、海里さんは従兄妹同士なんです。それで、そのっ、星司さんに見せたいものがあって……」
言いながら、美空はスマートフォンを取り出し、いくつか操作をする。そうして見せられた画面には一通のメールが映し出されていた。
差出人不明のメールには、『武藤海里は貴族街にいる』という文言が綴られている。
「初めは迷惑メールだと思ったんですけど、お兄様が行方不明だって聞いて。それで誰かに知らせなくちゃと思って」
以前、海里から岡山星司という人物について聞いたことがあった。知らせるなら、きっと彼だと思った美空は実兄の制服を借りて、時間があるときは春ヶ峰学園の近くを歩くようにしていた。
海里の行方を探す人に見つけてもらえるように、星司に見つけてもらえるように。
人と関わるのは苦手だが、大好きな従兄を救えるのならば怖くないと。震える身体をおさえながらずっとずっと待っていたのだ。
「ありがとう。助かった」
「力になったならよかったです。私も、早く見つかってほしいですし」
真っ直ぐに感謝を伝える眠たげな瞳から逃れるように、ついと視線を斜め下に向ける。
その後、いくつか言葉を交わし、仕事があるという美空と別れた二人は遠巻きに立っていたナグモを加えて、あのメールについて思考を巡らせる。
「よりにもよって貴族街とは……」
あのメールが真実にしろ、デマにしろ、確かめるにも場所が悪い。いくら和幸と親しい間柄であっても、そう簡単に捜索の許可が得られるわけではない。
そもそも、処刑部隊は捜索の打ち切りを言い渡されているのだ。
せめて、貴族街の関係者から話を聞ければいいのだが。
そこで、ふとある人物の姿が星司の脳裏に過った。
幼い顔立ちは常に無表情で、小学生を見間違えるような見た目不相応な雰囲気を纏った少年。星司の弟である彼は、ことあるごとに貴族街を訪れている。
ここ最近、姿を見かけていないので、もしかしたら貴族街にいるのかもしれない。
「健に聞いてみるとかどうすっか。あいつなら、なんか知ってるかも」
「そうですね」
名案と話す星司とは対照的に、レオンの反応は芳しくない。
カガチの正体を知っているレオン、そしてナグモも、健がまともに応答してくれるとは思えないのだ。が、チャットルームでカガチと連絡が取れない以上、健と直接連絡を取れるのはありがたい。
「今、連絡はつきますか」
頷いて答えた星司は自身のスマートフォンを取り出し、いくつか操作する。それを見ながらレオンはふと考える。
そういえば、美空にメールを送ったのは一体誰なのだろう。