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4-20(幕間)

 蠢く雲は姿を消し、邪気に覆われていたのが嘘のように晴れ渡った空を見上げる。

 邪念体の残党は、桜の式を中心にした掃討作戦により粗方片付けられた。


 死者はゼロ。戦闘に身を投じていたものを除けば、重傷人もゼロといっていいだろう。破損した建物や道路は春野家からの支援を受け、現在修理中だ。


 想定以下の被害にもかかわらず、レオンの表情は晴れない。心に残るのはあのことであり、数時間前に妖華よって告げられた言葉だ。


「あ、レオンさん。今帰りっすか?」


 偶然にも鉢合わせた星司に肯定する。制服に、竹刀袋という出で立ちを見る限り、今から部活に行く途中のようだ。

 今まで通りの日常を取り戻せたのだと思う反面、失われた現実が深く突き刺さる。


「なんか成果ありました?」


 レオンが妖界に戻っていたのは、オンモ戦に関する報告か半分で、もう一つ重要な案件があった。星司はそのことについて聞いているのだ。

 成果があったと答えられたらどれほど良かっただろう。事態はもっと最悪だ。


「いいえ。妖華様も居所は掴めていないそうです」

「そっすか。海里の奴、どこへ行ったんすかね」


 あの日、スクルとの戦いを終えたレオンが地下の最奥へ足を踏み入れたとき、そこはもぬけの殻だった。


 割れた壺の破片が散らばり、誰のものか分からない血がコンクリートを汚していた。

 戦闘が行われたのは明らかなのに、海里の姿も、オンモの姿も見当たらない。


 コンクリートの地面を汚す血とともに、散らばっていた藍髪と無残に切り裂かれた眼帯の意味することを考え、払拭するように瞬きをする。


 このことは星司は知らない。ただ、地下には誰もいなかったという話をしただけだ。

 日常を取り戻そうと空元気を振る舞う星司に水を差すような真似は、レオンにはできない。

 元々、星司はこちら側の人間ではない。平穏な日常の中でいられるのならば、それが一番だ。


「そんじゃ、俺、これから部活なんで」

「頑張ってください」


 なんてことのない言葉を交わして二人は別れた。


 一人、帰路につくレオンは神妙な面持ちで、妖華に告げられた言葉を思い出す。これからあの言葉を自分の口から伝えなければいけないのだ。

 嫌な役回りだと、逃げるわけにはいかない。誰よりも、嫌な役を担っているのは妖華自身なのだから。


「ん、帰ったのか」


 拠点としている家につき、リビングに足を踏み入れたレオンを出迎えたのは処刑部隊のエースである少女だ。


 蜂蜜色の髪は下ろされ、服装は寝間着と、寝起きと思わしき姿のレミだ。それもそのはずで、先の戦いで力を解放させたレミは療養生活を余儀なくされていた。

 強すぎる力は、レミの華奢な身体には負担が大きいのだ。


「大丈夫なのか」

「問題ない。もう、随分と休ませてもらったからな」


 無理しているわけではないのは、その顔色を見ればすぐに分かる。

 レオンとしても、レミが復帰してくれるのはありがたい。


 現状、海里の捜索を行っているのはレオン一人だけだ。星司や華蓮たちも協力を申し出てくれはしたが、先の戦いで消耗している面々に無理させるのは憚られた。


 人間である彼らは回復力という点で、妖にかなり劣る。レミやレオンが五日足らずで治した傷も、人間ならば倍以上の時間がかかる。


 ちなみにクリスはこんな状況でもいつも通りで、今頃は自室でティータイムを楽しんでいることだろう。彼女が取り乱している姿は、実の弟であるレオンも見たことがない。


 現実逃避をするように考えていたレオンは息を吐き、覚悟を決めたようにレミの名前を呼ぶ。


「なんだ?」


 ただならぬ気配を察したレミの表情が引き締まる。逃げることはできない。


「捜索は打ち切りになった」

「どういう、ことだ? 確か、妖界に戻ってたんだったんだな。……妖華様に呼ばれて」


 息を呑んだレミに無言で頷くレオン。

 妖華の判断なのだ。妖華が海里の捜索を打ち切るよう、レオンに指示したのだ。


 妖華直属である彼らは、彼女の命に逆らうことはできない。特別な事情を持つものばかり集められた隊だからこそ、下手に動けば立場を危うくしかねない。


「……まだ、一週間も経っていないんだぞ」


 口でそう言いつつも、レミの表情はレオンや妖華を責める色はない。二人がどれだけ海里の身を案じているのを知っているからだ。


 息子への思いを押しやり、妖華が冷酷な判断を下したのは、王としての責任ゆえ。処刑部隊以上に、妖華は自由に動けない立場にあるのだ。


 悔やむように唇を震わせるレミの中にあるのは、あの日の後悔だ。レオンが持っているものと同じ後悔。


 何故、疲労に負けて意識を手放してしまったのか。何故、一人で行かせてしまったのか。

 こうなると分かっていたら。分かって、いたら。


「あらあらぁ、二人して暗い顔しちゃって。どうしたのかしらぁ」

「……クリス様」


 姿を現したのは、処刑部隊隊長のクリスだ。豊満な身体を隠そうともしない薄手の衣装を身に纏った相変わらずの姿で、優雅に佇んでいる。


「本当は、二人の時間を邪魔しない方がいいと思ったのけれど」


 色香を漂わせる笑みでそんなことを言われ、レミは思わず顔を赤らめる。初心な反応を楽しんでいるようなクリスは、そっと二人の前に若者向けの雑誌を見せる。


 雑誌を受け取ったレオンは、クリスの行動を訝しく思いながらも、不戦がつけられているページを開く。


 新進気鋭の歌手、UMI。その謎めいた素顔に迫る!?


 真っ先に入り込んだ見出しの中、柔らかに微笑む少女。美しい藍色の髪は腰の辺りまであり、長い前髪で隠された紺碧の左目は不思議な雰囲気を醸し出している。


 驚くほどに、息を呑むほどに、レオンたちの探し人と同じ特徴を持っている人物。


「二日前にデビューしたらしいわぁ」


 補足するクリスの声。


 彼女が彼ならば、最悪な予感を拭い去ることができる。けれども、安堵より先立つのは疑問だ。


 何故、女と偽って芸能活動などしているのか。それをレオンたちに知らせない理由は何か。


 女と間違われることを嫌がっていた彼が自らそんなことをするとは考えられない。

 よく似た別人か、なんらかの事情でこんなことをしているのか。


「歌を聞けば、なにか分かるかもしれんな」


 つきない疑問に考え込むレオンは、レミの意見に同意する。二人の意見を楽しげに聞くクリスは「そういうと思って」と端末を操作する。


 間もなく、切なげな旋律が流れ、美麗な歌声と重なる。透き通るような歌声の美しさに魅了される反面に、海里ではないと確信する。


 容姿こそ海里にそっくりだが、声を聞けば一目瞭然と言えるほどに似ていない。もっとも、声などいくらでも偽れるが。


「違うとなると、彼女は一体、何者なんでしょう?」

「ここまで似ていて、まったく無関係とは考えにくいな」


 無言で頷くレオン。藍色の髪を見て真っ先に思い浮かぶのは、あの神のことだ。

 万物を見る能力、そして万物を紡ぐ能力を持つ出来損ないの神。――龍王。


 レオンたちの知り合いの中で、龍王について何かを知っていそうな人物と言えば、一人しかいない。


 真面目で自分の信念のもとに生きる少女の姿を思い浮かべたところで、レオンの懐が震える。取り出したスマートフォンが知らせるのは、非通知からの着信だ。


「もしもし……?」





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 ――チャットルーム『The Game of Life』は現在閉鎖中です。


 ――チャットルーム『The Game of Life』は現在閉鎖中です。


 ――チャットルーム『The Game of Life』は現在閉鎖ty



 ――コスモスさんが入室されました。


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4章終わりです


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