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4-18

 暗がりの中、一人で進んでいく海里の表情には覚悟が宿っている。前だけを見る隻眼は真摯で、そんな彼の強さに心揺さぶられるものがいる。

 透けた金髪は暗闇の中でも輝きを放っており、海里の視界を照らしてくれる。長い髪で見えない顔は、きっと果てのない哀切を纏っていることだろう。


 迷いのない瞳が、海里の意志を変えることはできないという事実を嫌というほど見せつける。

 できることならば、今すぐにでも彼を引き止めたい。無理矢理にでも。

 実体のない透けた身体を見下ろし、歯噛みする。あの時の選択には後悔はない。


 けれども。けれども。けれども。


「ようやく来たか。待ちわびたぞ」


 噎せ返るような邪気が吹きつけ、押しやられるようにカイの姿が掻き消える。

 今までとは比べ物にならない邪気が身体を蝕んでいくのを感じる。それでも海里は目の前に立つ存在に集中する。


 闇と同化する漆黒の髪と瞳。肌は浅黒く、闇をそのまま擬人化したかのような男だ。

 名はオンモ。妖界の王、妖華と知己の間柄にして今回のラスボスだ。

 作戦の成否は海里がオンモを再封印することにかかっている。押しかかるプレッシャーなど苦にもせず、海里は穏やかな笑顔を崩さない。


「お主が妖華の子か……。どうだ、少し話をせぬか」

「話、ですか」


 オンモが指を鳴らせば青い炎が出現し、暗闇を照らし出す。

 広い空間だ。コンクリートに覆われた広い空間の中に、オンモと海里の二人だけ。


「名は何という」

「海里です」

「ふむ、海里か。良い名だ」


 向けられる柔らかな笑顔からは邪気は感じられず、史源町を闇に堕とそうとしている存在には到底思えない。

 海里と対峙するその姿は親戚のお兄さんのようだ。


「半人半妖ともなれば苦労も多かろう」


 会ってから五分も経っていないというのに、海里の性質を見抜いてみせるオンモ。

 相手は妖界で、妖華に次ぐ実力を持つと言われていた妖だ。漏れ出た気配で気付かれてしまうのも仕方がない。

 向けられる表情はひたすらに柔らかなもので、海里は戸惑いを隠せないでいる。


「王の息子であっても、人間の血が混じっているというだけで、あやつらは蔑み虐げる。――理不尽だとは思わぬか」

「それは――」


 否定できない。


 妖と人間の間に生まれたというだけで、海里は妖界での居場所を持つことも、人間界での居場所を持つことも許されなかった。

 両親を恨んだことはない。愛し合った二人に罪はないと、そう思っている。

 けれども、そんな世界のありように不満を持たないほど、海里が聖人君主でないことも確かだ。


「あやつらは本当に尊ぶべきものが分かっておらぬ。光だけを求め、闇を拒絶する。闇があるからこそ、光が存在しうる事実から目を背けるのは愚者のすること。だが、世界にはそういう愚者がはこびっている」


 向けられる瞳には悲しみと怒りが宿っている。


「あの国を創造したのは我らだ。求める権利は充分にある。海里、お主もそう思うだろう?」

「俺は……オンモさんの言っていることは正しいと思います。間違っていると否定できるような道を歩んできていませんし」


 でも、と海里は告げる。


「この町を闇に堕とすという考えには賛同できない」

「ふむ。あれと同じ目で、同じことを申すのか」


 唐突に雰囲気が変わったオンモに驚き、闇色の瞳を見つめる。

 哀切を含んだ表情。伏し目がちの瞳には、いつかの情景が浮かんでいる。


 闇色の髪と瞳を持った女性。この世の全てを犠牲にしたって構わないと思えるほど大切な半身。

 美しい相貌にはいつだて、憂いが浮かんでいる。それを消し去る術を訴えるオンモに彼女は優しく微笑んだ。


 ――あなたの気持ちは嬉しい。けれど、賛同はできない。


 忘れもしない、彼女の微笑み。

 見惚れるほど美しい笑顔の裏に隠された感情を見抜けないほど、オンモは彼女と浅い間柄ではない。

 仕方ないのだと笑う彼女は、オンモの知るどんなものよりも悲しみに満ちていた。


 愛おしい存在に、そんな表情をさせていることが何より耐え難く、オンモは静かに覚悟を込めたのだ。

 友人の、最愛の半身が敵に回ろうとも、半身が心から笑っていられる世界を造ろうと。


「お主も、あやつも優しすぎる。そして、この世界は残酷だ」


 囁くように呟き、オンモは海里に向き直る。

 隻眼はオンモを前にしても怯まず、ただ真っ直ぐに前だけを見据えている。闇を近付かせない強い輝きを持つその瞳は揺らがない意思を示している。


「言葉を尽くそうとも、お主の意思は変えられそうにないな。仕方あるまい。友の子相手では心苦しいものもあるが、手を抜くのは不敬というもの。本気でいかせてもらうぞ」

「はい。よろしくお願いします」


 場違いにも、海里が丁寧にお辞儀したところで戦いの火蓋が切って落とされる。

 龍刀を構えた海里は呼吸を落ち着け、戦闘へ思考を切り替える。と同時にオンモの纏う邪気の揺らぎを感じ取り、数歩後ろへ下がる。


 風が吹きつけ、邪気の刃が寸前で霧散する。僅かに掠めたのが眼帯を真っ二つに切り裂いた。

 瞬間、海里の身体から大量の妖力が溢れ出す。拘束から放たれた力は、海里の意思に反して空間内を荒れ狂う。


〈海里〉


 どうにか制御しようと、苦悶を滲ませた海里の脳内に柔らかな声が響き、身体を弛緩させる。


〈俺がやる〉

「うん、任せた」


 交わした短い言葉で海里は妖力の制御を諦める。荒れ狂った妖力は一箇所に収束し、一人の少年を形作った。


 左目の眼帯と、腰の辺りまで伸ばされた髪。海里と瓜二つの少年は、唯一違う金色の髪を手で払いのけながら、不機嫌そうな顔をオンモへ向ける。


「これは驚いた。ふむ、お主は――」

「喋ってる暇があるのか」


 四角形の物体が出現し、オンモへ殴りかかる。透明なその物体はいくつも宙へ浮かび、避けるオンモを追いかける。


 オンモの拳から放たれた邪気の塊が物体を包み込むが、侵食される様子はない。それどころかすぐに弾かれ、黒い液体がばら撒かれた。


「ふむ。妖姫の力か」


 妖姫――金の瞳と髪を持つと言われる出来損ないの神の一人。"万物を守る力"によって生成される結界は何ものも寄せ付けず、何ものにも壊せない強固さを持っているという。

 目にするのが初めてではないオンモはすぐにカイの能力を看破してみせる。


「結界をこのような形で使うとはな」

「だからなんだ」


 最強の盾で守ることよりも、戦って守ることをカイが選んだだけの話だ。


 隻眼を金色に輝かせ、次々と掌サイズの結界を生成していく。カイを実体化させるほどの妖力は、際限なく結界を生成しても有り余るほどある。

 大量の結界は全て例外なくオンモを追尾して動き回る。どんな攻撃を効かない硬い塊相手ではさしものオンモも逃げ回ることしかできない。


「ここまでやっかりな代物とはな」


 守るだけが取り柄の力が攻撃に回っただけで、これほど面倒だとは考えてもみえなかった。

 苦笑し、オンモは邪念体を生み出す。細長い邪念体は蛇行しながら、結界ではなくカイの身体に巻き付く。


 が、カイは鼻で笑うとともに己の体を霧散させる。実体化しているとはいえ、今のカイは妖気の集合体に過ぎない。実体化させている術式を解けば、すぐに元の妖気に還元される。もちろん、また実体化することも可能だ。


「大したことないな」


 妖華に次ぐ実力という話を聞いていたが、自分の相手ではないようだ。これなら時間稼ぎの役目も十二分に果たせる。


 オンモの意識が彼に向く間を与えないように、キューブ状の結界を操る。

 大量の結界に囲まれたオンモが笑っているようにも見えたが、カイは気付かない。


 結界と邪気が激しく絡み合う中、声なき声がカイの耳朶を打った。同時にその場から飛び退く。


「ほう」


 霊力で緻密に編まれた巨大な陣が眩いほどの光を放つ。


「金の光よ。悪しき者に静寂の眠りを与えたまえ」


 凛とした声が鼓膜を震わせる。今の今まで、戦闘に参加してこなかった海里の声だ。


 海里の掌には小さな壺が載せられている。

 深められるオンモの笑み。封印の陣の発動に集中していたために気付くのに遅れた海里が、その意味に気付くよりも先に薄い唇が開かれた。


「夜雀」


 舞う黒い鱗粉。


 過った闇色の蝶を追うように視線を動かせた直後、視界が黒に潰される。視界だけではない。聴覚、嗅覚――五感すべてが黒一色に染まっていく。

 僅かな間隙を塗って、海里の耳に届いたのは何かが割れる音――。


創作用のツイッターを作りました

@kagati7

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