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4-15

 春ヶ峰学園に隠された地下へと続く階段。それを下るのは女二人、男三人の計五人。レオンとレミが人間界に馴染むための擬態を解いているため、傍から見ると異様な集団だ。


 光源のない暗い空間を一行は危なげない足取りで進んでいく。

 妖である三人は元々、夜目がきく。そうではない、星司と海里が平気で進めているのは〈夜視の術〉のお陰だ。

 暗闇の中でも、平時と変わらず見えるようにする術である。基本的な霊力の扱い方しか知らない星司はレオンに施してもらった。


「そろそろ地下に出ます」


 細心の注意を持って吐かれた小さな声すら反響してしまう。

 足音を立てぬよう注意を払っていた星司たちは首肯し、それぞれ階段を下りきる。


 広い場所に出たからか、澄んだ空気が胸をつき、大きく深呼吸をする。海里も同じようで、地下とは思えない清廉な空気を体内に入れている。

 どこか覚えのある清廉さに、流紀だけが浮かない顔を見せている。


「ここからは何が現れるか分かりません。警戒を怠らないように」


 先頭を歩くレオンの忠告を受け、星司は気を入れ直す。

 そこへ新たな気配が降り立つ。澄んだ空気が充満し、噎せ返るような不快感が胸を占める。

 ふと純度の高い水は身体によくないという話を思い出した。


「よく来たね。待ってたよ」

「お前、あの時の……」


 感情の起伏を感じさせない声。

 ほんの数分前に聞いたばかりの声に、流紀は得心がいったように声を上げる。


「そう。今、君のお友達は私の人形(マリア)と戦ってるよ。もうすぐ殺されるかな」

「あいつらは強い。お前の人形の方が殺されているんじゃないか」


 挑発に挑発で返し、嘲笑とともに一歩前へ。「ここは私に任せろ」と口を開こうとした流紀の前にレミが立った。

 ウェーブのかかった蜂蜜色の髪が視界を遮り、数度瞬きをする。一瞬の間ののち、妹が何をしているのか察する。


「レ――」

「ここは私が受けもとう。レオン、海里様のこと任せたぞ」


 予想通りの言葉を放つレミ。

 首肯したレオンは、海里と星司へ目配せをし、いつでも敵の隙をつけるように体勢を整える。


 この先に他の敵が待っている可能性は十分にある。時間に限りがある以上、全員で相手するというのは愚策中の愚策。


 人数を節約するのであれば、最も戦闘力の高いレミ一人に任せるのがベストだ。

 理性で己を納得させた流紀は静かに息を吐いた。


「レミ、私の分まで叩きのめしてくれ」

「はい!」


 半瞬だけ、二対の藍白の瞳が交差する。


「君が相手してくれるんだね。じゃ、他の奴らはどうでもいいから、先に進んでいいよ」


 エメラルドの瞳はすでにレオンたちへの興味を失い、真っ直ぐにレミを見つめている。

 隙だらけの佇まいが彼女の言葉が嘘ではないことを知らせてくれる。


 先に進むことをやめ、攻撃をしかければ彼女を倒すことができるかもしれない。

 そんな考えが過ぎるが、もし失敗すれば、彼女は完全にレオンたち四人も倒すべき相手として認識するだろう。博打をうつ気はないレオンたちは足早に先の道を進んでいく。


「素直に逃がしてくれるとは思わなかった。良かったのか?」

「君はそっちの方がよかったでしょ。まあ、スクルがいるし、問題はないよ。私も複数の相手するなんて面倒だし」


 気怠さを物語っていた顔にニヤリとした笑みを乗せる。


「まずは君を殺してから一人ずつ殺っていけばいいしね」

「そう上手くはいくまい」


 白い羽根が舞う。一対の翼を背中に生やしたレミは宙へ舞い上がる。

 合間に放たれた水の槍を茫洋と見つめる少女は思い出したように口を開く。


「名乗るのを忘れていたね。私の名前はハガク」


 少女、ハガクは名乗りながら己の妖気に命令を与える。邪気が入り混じった妖気は端から端へと葉を生み出していく。


 すぐに無数の葉が宙に出現し、水の槍を切り裂いた。鋭さを持った葉は続いてレミへ向けられる。

 と、宙を舞っていた羽根が風を巻き起こしたことで攪乱された葉は的を見失う。


「悪くない手だね。でも、葉っぱは他にもあるんだよ。――ライトニング」


 凄まじい雷撃が、レミの背中を襲う。

 すんで気付き、避けたものの、焦げた羽根が嫌な匂いを漂わせる。顔を顰めたレミは、視界の隅で規則的な葉の動きをとらえる。


「ライトニング」

「甘い!」


 点在していた羽根が線で繋がり、作り出された水鏡が雷撃を反射する。

 まさか返されると思っていなかったハガクは、自身が放った雷撃を全身に浴びる。


「予想外……さすが、だね」


 たたみかけるように羽根を放つが、咄嗟に生成された葉が結界を織りなして防ぐ。その裏で、別の葉がハガクの治癒にあたっている。


 雷撃。結界。治癒。そして、その全てを行う葉。

 正直、仕組みが分からない。ハガク自身はただ葉を生み出しているだけだ。他はすべて葉が行っている。


(分からないことを考えても仕方ないな。今は敵を討つのみ)


 思考を追いやり、意識を戦闘へ切り替える。

 翼から零れた数百の羽根がハガクを狙って舞い踊る。視界を埋める白の中に混じるのは葉の緑。


 溢れかえる白と緑に視界を奪われながらも、レミはしっかりとハガクの姿を捉えていた。

 仕掛けようとしたところで、葉が今までとは違う動きを見せていることに気付く。その意味に気付くより先に、「ハリケーン」という淡白な声が聞こえた。


 刹那。


 轟と音を立てて巻き起こった竜巻に吹き飛ばされる。壁にぶつかる寸前でどうにか立ち直り、ハガクに向き直る。


「ちまちま戦うのは嫌いなんだよ。手っ取り早く行こう」


 ハガクが身に纏う妖力が膨れ上がり、煽りを受けるレミは顔を顰める。

 羽根も、葉も蹴散らされた空間の中で、ハガクはその姿を現す。


 胸から腹にかけてぱっくりと割れ、赤黒い中身を見せつける。裂け目には鮫のような歯が並んでおり、奥には真っ赤な舌がいくつも蠢いていた。

 不快感込み上げさせる外見よりも、レミを驚かせたのはその妖力だ。今までとは比べ物にならない大きさだ。


 下手したら幹部にも匹敵するレベルだ。

 妖の強さはその妖力に比例するといっていい。さすがのレミでも、幹部クラスの相手を前に勝つのは難しい。


 奥の手を使えば、勝算は見えてくるだろうか。

 右手につけられた腕輪に触れる。ムキリの事件の際に、レオンによって付け替えられた腕輪だ。

 まだ、これを外すタイミングではない。


 刃を含んだ竜巻を放ち、地面を蹴る。翼をはためかせることで加速し、ハガクに迫る。


「遅いね」

「どうかな」


 水刃を生成しようとしたところ、腕を掴まれる。速度を緩めることはせず、もう片方の手で水刃を放った。


 鮮血が舞う。


 血塗れになった腕を一瞥しただけでレミの手を離そうとしないハガクの腕を、無理矢理にでも引き剥がす。すぐに距離を取ろうとするが、足に蔦が絡まっている。術を構成する時間もなく、引っ張られた。

 視界の隅を踊る葉が術式を構築する瞬間を捉えたレミは咄嗟に結果を張る。が、強度が足りない。


「っく」


 妖力で作られた拳が腹部にのめり込み、コンクリートの地面に転がり込むレミ。

 二、三回、拳を叩き込み、レミが動かなくなったことを確認したハガクは愉悦の笑みを浮かべる。


「いただきます」


 胸から腹にかけた開かれた口が更に大きく開かれる。裂け目から這い出た真っ赤な舌が、意識のないレミを口の中へ運んでいく。

 豪華な食材に涎を垂らすハガクは気付かない。


 肩を僅かに震わせたレミは渾身の力で、ハガクに拳を叩き込む。

 驚愕するハガクに向けて水飛沫が発射される。硫酸に似た性質を持った液体は、ハガクを身体を溶かす。

 ハガクが激痛に身を捩った隙に翼を開き、舌を引きちぎるようにして上空へ逃げる。


「骨の何本はいったか」


 怪我の具合を確認しつつ、痛みに悶えるハガクを見下ろす。


「……っ…君のこと、もっと……食べたくなったよ」

「生憎、素直に食べられるような性格はしてないんでな」


 挑発めいた表情で風を巻き起こす。先の攻防で乱れた髪がさらに乱れる。

 ハガクの力の仕組みは何となく理解できた。


 今も宙を舞っている無数の葉。これに術式の一部を付加し、いくつかの葉を自在に組み合わせて術を発動する。


「ならば、発動する前に蹴散らせばいい」


 群れる葉に向けて風を放てば、組み上げられる寸前の術式はばらばらに崩される。

 吹き荒れる風の中でも、懸命に己の役目を果たそうとする葉ではあるが、数枚集まった時点で強風に散らされてしまう。


「見抜く人は少ないんだよ。まあ、見慣れた手ではあるけどね」


 葉が一箇所に集まるのを防ぐのは確かに、ハガクの攻撃力を削ぐには良い手だ。何せ、ハガクが自力で扱える術は葉を生成するだけなのだから。


 しかし、それも昔のハガクだったらの話だ。今のハガクは強大な力を手に入れ、捕食される側の弱者から捕食者へを這いあがったのだ。

 力の仕組みを見抜かれたからといってどうということはない。


「油断は禁物だよ」


 今までの葉を二倍にした大きさを持つ葉を生み出す。闇色に染まった葉だ。

 邪気で生成されたものだと判断するより先に眩い光線が放たれる。


「……っ」


 間一髪で避けたところに別の光線が襲う。

 数多に降り注ぐ光線を避けることは不可能だと判断したレミは袖を僅かに捲り、腕輪に手をかけた。


 ●●●


 どれほど進んだだろうか。


 レミと別れた一行はひたすら真っ直ぐに薄暗い地下道を進んでいる。

 敵が現れないのはいいことだが、いっこうに変わらない景色には少しうんざりする。


 あまりにも景色が変わらないため、〈方違えの術〉がかけられているのではと疑ったくらいだ。当然、術がかけられた痕跡はなく、変わらない景色の中を今も進んでいる。


 そこへふと、強い風が吹き込んだ。

 服や髪を激しく乱す強風は、強大な妖力の一端を連れてくる。

 見知った妖気の奔流を感じ取った一向は各々歩みを止める。霊力や妖力に疎い星司にも手に取るように分かった。


「……レミの妖気」


 呟いたのはレオンだ。

 誰もが察していた妖気の正体を明確化したレオンの表情は険しい。


 一人の妖が持つには強大すぎる妖力は、幹部同士の間に生まれた恩恵だという。

 あまりに強すぎる妖気は成長するにつれて強まり、レミ自身の力で抑え込むのは困難となった。人間界で生活する以上、それでは不便ということで普段は妖華手製の腕輪によって制御されている。


 それが今、解放されているのだ。


「なにかあったのかな」

「一概には言えませんが」


 レオンの瞳に滲んだ心配げな揺らぎは瞬きの後に霧散する。


「レミなら自分でどうにかするでしょう」


 突き放すような言葉の中には確かな信頼が込められている。「そうだね」と相槌を打つ海里の表情は、この場では不釣り合いながらも、張り詰めた空気を弛緩させるのには効果的だ。


 今からかけつけたとて、普段のレミが敵わない相手ならば足手纏いにしかならない。それに、力を解放させたレミの強さは良く知っている。


 だから、大丈夫。


 そう己を納得させる。


「先を急ぎましょう」


 レオンに促され、一向は先へ歩み始める。

 慌てて前に出された星司の右足が、地面に転がった白い石を蹴飛ばす。一度跳ねた石は壁にあたり、乾いた音を鳴らした。


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