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4-6

 三人が学園長室に着いた時、中では三人の人物が待っていた。

 うち一人は次々にお菓子を口に運んでいた手を止め、「いらっしゃい」と部屋の主さながらに迎え入れる。

 予想外の人物の隣の座る、本来の部屋の主であるところの和道は所在なさげに立ち尽くす三人に座るよう促す。


「お茶を持ってきます」と立ち上がる和道を見届けつつ、席に着く。

 やけにのんびりとした時間が流れるこの場所にいると、外の状況が嘘のように思えてくる。


「先輩も来ていたんですね」

「ええ、委員会の仕事で」


 話を振られた和心は状況に呑まれることなく、自分のペースを貫いている。

 おかしな状況を作り出している最大の原因は机の上に広げられた大量の菓子類を次々に食べている。


「で、健はなんでここに」


 私服であることから、和心のように委員会があったわけでも、部活があったわけでもないだろう。そもそも、健が部活に入っているという話は聞いたことがない。


「ちょっとね。で、地震(仮)が起こった後にレオンさんと遭遇したので、ついでに伝言を。あ、兄さんたちも食べていーよ」


 菓子を食べる手を緩めることなく答えた健はいくつかの菓子を三人へ差し出す。

 伝言は健からのものだったのかと疑問の答えに納得し、差し出された菓子を手に取る海里。


「海里様までそちらに行かないでください」

「あ、ごめん」


 きょとんとした顔で謝罪を口にした海里はせっかく封を開けたのでと、健から貰った菓子を口に入れる。

 多少甘味が強いが、健が選んだ菓子というだけあって中々に美味しい。


「これからどうするんだ? 作戦の決行を早めるとか」


 和道の持ってきた湯呑に口をつけ、温かいお茶を喉に通した星司はそう問いかけた。


「無理だよ。そもそも作戦決行日より前に、封印が解けることは桜さんたちも分かってただろうし。封印うんぬんよりも、作戦決行日の方に意味があるからね」


 作戦の参加者ではないはずの健はさも当然のように星司の問いに答える。

 何故、知っているのかなんて疑問は、健だからという根拠のない理由で納得させられる。


 健の言葉を反芻し、星司は作戦決行日の日にちを思い出す。

 八月一日。それは――。


「海里の誕生日……?」


 幼い頃、一度聞いたきりではあるが、はっきりと覚えている。


 今と変わらず、海里は自分のことをあまり語らない子供で、星司が海里の誕生日を知ったのは一ヵ月以上過ぎた頃だった。


 ――次は絶対、祝ってやるからな。

 ――うん。楽しみにしている。


 あの時の海里の笑顔はどこか切なげだった。

 自分が言い過ぎたせいでそんな表情をしていたのだと思っていたが、もしかしたら海里は次がないことを知っていたのかもしれない。


 結局、次はあったのだ。海里と星司は再会したのだから。

 でも、約束を守ることはできない。

 仕方がないと分かっているのに、納得できないでいる。


「来年はちゃんと祝ってよ」


 沈みゆく星司のことを、いともたやすく引き上げたのは海里の声。

 その言葉は星司がずっと不安に思っていたことを解消した。


 ずっと怖かった。

 処刑部隊に与えられた任務が終われば、海里はまたこの町を去ってしまうのではないかと。

 海里がまたいなくなってしまうのではないかと。


 けれど、海里は来年と言ってくれた。今はそれだけで十分だ。


「あのー、お取込み中のところ悪いんだけど話戻していー?」


 本来の話を思い出し、脱線したことを素直に謝罪する。


「で、海里の誕生日に何の意味があるんだ?」

「今回の作戦のメインは海里様ですからね。少しでも海里様の霊力が増幅すれば、こちらの勝機は高まります。あくまで理由の一つに過ぎませんが」


 誕生日というのは、当人に身体的にも精神的にも多かれ少なかれ影響を及ぼす。

 それが作戦を良い方向へ導く可能性に賭けたのだ。決して高くはない可能性にかけるのは博打のようなものではあるが、最終的にレオンも賛成した。

 最強の名を冠する二人が言うのだから、何かあるのだろうと。


「一番の理由は奇跡を信じてるってとこかな。海里さんの誕生日で、桜さんと妖華さんが信じているからこそ、奇跡は起こる」


 驚きに満ちた視線を受け、健は最後の一つとなった菓子を口に運ぶ。

 最後の最後まで楽しみにとっていた高級チョコ菓子は期待以上の風味を口の中に広げる。

 頬が緩みそうになるのを堪え、いつもの無表情で話を続ける。


「今後のことだけれど、海里さんたちは当初の予定通り動いてもらうのがベストかな。結界で閉鎖的空間を作り上げてるから、全部町の中だけで完結できる。二日、正確にいえば一日と数時間なわけだけれど、それくらいならこっちの方でどーにかするよ」

「あの結界は健君が?」


 言い忘れていたというように健は首肯する。

 海里は今まで結界を作り出したのは、桜と妖華のどちらかだと考えていた。


 巨大かつ強大な結界を一瞬で二つも作り出すなんて芸当ができるのは海里の知る中ではあの二人くらいだ。

 だからこそ、健の肯定には驚いた。


 どうやら、レオンと和心はすでに知っていたようで、目立った反応は見せない。


「ちょっとした裏技がありましてね」

「でも、二日も維持するのは難しいんじゃ」

「問題ないと言いたいところですけど、戦闘に参加するのは厳しーでしょーね」

「なら、どうにかするもないんじゃね。戦えないんだろ?」

「俺には頼りになる知り合いがたくさんいるからね」


 星司の表情に冷たいものが駆け抜ける。

 健の言う知り合いは恐らく裏にまつわる者で、仕事(・・)で知り合ったのだろう。


 星司は、健が裏社会に関わることは避けてほしいし、やめてほしいと思っている。

 でも、それは健を思ってではなく、岡山家になる異質な部分を取り消したいから。

 星司の考えを知っていながらも健の何のリアクションもなく、海里たちとの話を続けている。


 そんな中、ふと室内に暖気が溢れる。

 数か月ですっかり馴染んだ気配を感じ、自然にそちらへ視線を向ける。


 燃え盛る赤が視界を埋める。細い帯にぶら下げられた鈴が小さく音を立てた。

 桜の髪飾りで纏められた猩々緋の髪は燃え盛る炎のようで、対照的に瞳は炎の静けさを表しているようだ。


「我々も協力しよう。桜の許可は得ている」

「助かります。焔さん達がいてくれたら心強いです」


 何せ、最強を誇る妖退治屋の式なのだから。

 焔ら、式が疲労を感じることはないため、二日だろうと戦い続けることができる。万が一に負傷しても媒体となったとものか、霊力の補給さえできれば、すぐに修復可能だ。

 これほど心強い味方なんてそうはいない。


「焔さん達には外をお願いします。中はこっちで何とかします」

「分かった」


 返事とともに焔の姿が掻き消える。

 見届けた健は星司たちの方へ向き直る。


「話は大方終わりましたし、解散しても構いませんよ」

「うん。また、何かあったら連絡して」

「はい、頑張ってください」 


 他人事のような言葉を吐きながら、三人を見送る。

 もの言いたげな星司の視線には気付いていないふりでやり過ごした。


陰鬼(いんき)、いる?」

「なんでしょうか」


 一人の青年が姿を現した。長い前髪から覗く瞳は紅で、頭には二本の角が生えている。

 彼は紅鬼衆と呼ばれる鬼神の眷属の一人、陰鬼だ。

 ある事件をきっかけに、主から健の護衛兼見張りに任命されている。


 それ以来、常に健の傍に控えている。隠形の術を使っており、本人の影の薄さもあって相当の感知能力を持っていないと気付くことはできない。

 比較的簡単な術式であるため、誰にでも扱うことができる隠形の術は認識されづらくするものだ。


「学園内の妖退治、お願いしてもいい?」

「了承しかねます。私は健様の傍を離れるわけにはいきません」

「大丈夫。俺はずっとここにいるつもりだし、危険なことはないよ」

「信用できません」


 長い前髪越しに見える真紅の瞳が半眼になる。


「まあまあ、ここには私もいますし」


 コップや健が食べ散らかした菓子の空箱や袋の数々を片付けていた和道である。

 春野家長男として生を受けた彼は幼い頃から英才教育により、剣術の腕はそれなりにある。


 春ヶ峰学園の理事長となってからは剣術の道は断ち、生徒に剣道を教えているのみだが、その腕が鈍っているわけではない。


「幸には及びませんが、生徒一人守るくらいはできますよ」

「はぁ……分かりました」


 穏やかな口調におされる形で陰鬼はその姿を消した。

 押しが強いわけでも、弱みを握られているわけでもないのに関わらず、和道に逆らうことはできない。

 身に纏う穏やかな雰囲気に包まれると、逆らう気が失せてくるのだ。


「さすが春野家。学園長が当主でも良かったかもね」

「そんなことありませんよ。私は幸には敵いませんし、こうして子供たちの将来を見守る方が性に合っています。適材適所です」

「確かに、王様が学園長しているのは想像できないかも」


 伸びを一つした健はソファの上に寝転び、目元を腕で覆う。


「眠るなら毛布を持ってきますよ」

「ちょっと休憩するだけですから」


 海里たちにはああ言ったが、強い霊力や優れた制御能力を持ってても、二日も強靭な結界を保つのは厳しい。


「陰鬼に甘い物頼めばよかったかな」


 原動力が糖分である健は、甘い物を食べればある程度回復することができる。

 目を瞑った健は地下から伝わる妖気に集中する。

 町を覆う邪気のせいで海里とレオンは気付いていなかったが、学園内には今、最強クラスの妖が二人いるのだ。


(あの人が頼りだからね)


●●●


 下駄がコンクリートの地面を叩く音が地下内に反響する。

 薄暗い空間を照らすような金髪はくるぶしまであり、少し顔を俯けただけで地面についてしまいそうだ。

 幼さの中に大人の風格を湛える顔は、敵本陣に乗り込んでいるというのに余裕の色が窺える。

 それも不思議はない。なにせ、彼女は妖界を統べる王にして最強の妖なのだから。


「一人で来ちゃうなんて僕らのこと舐めちゃってるのかな」

「話をするだけに戦力は必要ないでしょう?」


 敵の出現に対して警戒心を強めることもなく、やはり余裕の表情を崩さない。

 警戒するに値しないと言われているようで、白いフードに隠された顔を不満そうなものに変える。


「手を出されちゃっても文句は言えないよね」


 土で構成された指揮棒を出現させる。同胞から借り受けたもので本来の力とは異なる。

 本来の力は、戦闘には向いておらず、切り札でもあるのでここで使うことはできないのだ。

 同胞の力を借り受けることは妖気を混ぜ、自身の性質を隠すという意味もある。

 軽い仕種で指揮棒を振れば、コンクリートの隙間に泥が溢れ、コポコポと音を立てる。


「引け」


 決して大きくない重厚な声が地下内に響き渡り、泥は動きを止める。


「あら、わざわざ出てきてくれたの」

「王に礼を欠くわけにはいくまい。お主らは下がっておれ」


 周囲に広がる動揺を人睨みで鎮め、強引に立ち去らせる。


「護衛一人残さないなんて不用心じゃない?」

「友人同士の会話に護衛など必要なかろう。それに、それはお主にも言えることだ」

「そうね。でも、私は今ここで貴方に殺されても構わないのよ」


 軽い口調ながらも、その言葉は冗談ではない。

 なにせ、ここにいる妖華は分身体であり、たとえ殺されたとしても体力を少し消費するだけだ。

 分け合って彼女は王宮から出ることができず、今は意識を分身体に移している状態だ。本体は無防備になっているだけだが、今はもっとも安全な場所にあるので心配はない。

 妖華が本気で作り出した結界を破れる者など、当人の他に一人しかいない。


「して、何用だ」

「……オンモ、貴方に頼みたいことがあるの」


 名を呼ばれ、「ほう」と興味深そうに目を細める。


「二日後まで何もしないでほしいのよ」

「くくく、王の頼み事とは思えんな」

「友としての頼みよ。貴方にとっても不都合なことじゃないわ」


 薄暗い空間内で目を凝らす。目の前に立つ彼の姿を見るために。

 浅黒い肌に、闇色の髪。闇と同化するようなその姿は夜目の効く妖華ですら、目を凝らさねば視界におさめることができない。


 妖華の施した封印の影響か、その表情はかなり疲弊している。

 まだ封印が完全に解けたわけではない。中途半端に解けた封印は今もなお、彼の身体を蝕んでいる。


「貴方だって万全な状態で戦いたいでしょう?」

「交換条件か。それで、お主らに何の得があるというのだ」

「貴方が万全でも、あの子たちは負けないとだけ言っておくわ」

「随分と変わったことを言うようになったな。良かろう。少し興味が出てきた。お主の頼みを聞いてやろう」


 数百年経っても変わることない友人に懐かしみを覚える。

 妖華は変わった。数百年も眠り続けていた彼に比べれば、仕方のないことだ。

 それでも良くも悪くも変わってしまった自分を寂しく思う。

 裏切られ、封印されたとしても、言及するわけでもなく、彼は今も妖華のことを友と呼ぶ。


「封印を解くのは二日後よ」


 二日後。本当に封印が解かれるか疑うことなく、友の言葉をただ信じる。一度、裏切られたというのに。

 純粋なのだ。だからこそ、大切な者を思うあまり歪んでしまった。


「楽しみにしているぞ」


 彼の言葉を最後に、妖華の姿は掻き消えた。

 胸に抱く罪悪感はあの時と同じものだ。


(ごめんなさい)


 声にすることは許されない言葉。もう昔には戻れない。

 何も考えずにいられた頃に思いを馳せ、切なげに目を細める。


 肺が空になるまで息を吐き出した妖華は女王としての表情に切り替えた。

 地上に出て、不気味に蠢く空を一瞥し、周囲を見回す。見覚えのある三人組を認め、大きく跳躍する。


「かーいり」


 名を呼ばれて振り返った少年に勢いのまま、抱き着く。

 反動を受けた藍髪と金髪が混ざり合う。隻眼が驚いているのが見て取れた。


「妖華様」


 窘めるレオンの言葉を聞いた星司は見覚えがあるような気がする女性の姿に、合点がいったように頷く。

 作戦会議のときとは随分と印象が違うので分からなかった。


「どうしてここに」

「ちょっとね。でも良かったわ。ちょうど海里に渡したいものがあったの」


 注がれる冷ややかな視線を受けて海里から離れた妖華は、笑顔の中に戸惑いを隠しきれない海里に布を包まれた何かを渡す。中身は掌サイズの壺。

 妖華の妖力が存分に込められたその壺は、再封印するためだけに造った妖具だ。

 使用者は妖華の血族――現在では本人を除くと海里のみに限られる。


「交渉も済ませてきたわ。彼らは二日後まで動かない」

「信用できるんですか」

「彼は身内に対して純粋で単純なのよ。幸運なことに、彼の中で私はまだ身内のままのようだし」


 もの言いたげな視線を送るレオンの姿に、自身の側近である男の姿が重なった。

 尊敬していると言うだけあって、だんだん似てきているような気がする。

 単独で敵アジトに乗り込んだことを非難しているのだろう。言葉に出さないだけ、樺よりはマシだ。


「そういえば、レミちゃんはどうしたの」

「レミは……ここに残るそうです」


 健がどうにかすると言っていたとはいえ、生徒たちの安全を確保するには時間がかかる。

 せめて、ある程度の安全が確保できるまで、自分が学園内にいると申し出てきたのだ。


「心配?」


「いえ」と簡潔に答えたレオンの表情は穏やかで、レミへの信頼が窺える。

 レオンの思いを感じ取った妖華はステップを踏むような足取りで三人から数歩距離を取る。


「私はそろそろ帰るわ。あんまり長居すると、こわーい説教が待っているだろうし」


 手を振った妖華の身体が一瞬にして消失する。

 分身体から目に見える糸を辿って本体へ魂を移行させたのだ。不要となった分身体は無に帰す。

 元々、妖華の妖力から造り出した仮想物質なので、妖力に戻ったともいう。


「全然、雰囲気違うな」

「状況が違うからね。作戦会議のときは王としての姿だったけど、今は」


 一度言葉を切った海里に不審そうな視線を寄越す。

 星司の支援を受けて我に返った海里は淡く笑う。


「今は上司としてって感じかな」


 適当に相槌を打つのみで、星司はそれ以上踏み込まない。踏み込めない。


「さて、そろそろ外に出ますよ。準備はいいですか」


 暗くなりつつある空気を打ち切ったレオンの言葉に頷き、各々臨戦態勢を取る。

 海里は龍刀を召喚し、星司は道場からでる前に取ってきた愛用の竹刀を構える。

 学園の外には邪念体が蔓延しているという、最悪の状況を想定しつつ、それでも希望を失わないまま、三人は足を踏み出した。


ここから割と戦闘シーンばかりになります

……頑張る

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