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 放課後。溢れかえった生徒を上手く避けながら、前足でタブレットを抱え二本足で歩く。

 一年二組と書かれた教室を覗き込む。帰っている可能性も考えていたが、どうやらまだ教室に残っているようだ。


「華蓮」


 帰宅の準備をする生徒の中で、同じく帰宅の準備をしていた華蓮へ声をかける。

 傍には金に近い琥珀色の髪を三つ編みに結った可愛らしい少女がおり、華蓮は一瞥のみを返す。


「じゃあ私は剣道部に行ってくるね」

「ええ、私も後で行くわ」


 無邪気に手を振った月は教室を出ていった。剣道部に所属している星司を応援しに行くのだ。

 短気さを現す釣り目がこちらを向いた。


「なにそれ」

「妖探査機という奴だ。お前が妖退治屋になったお祝いらしいぞ」


 そう言ってタブレット型の機械を華蓮に渡す。

 不審そうな目つきで妖探査機を眺めていた華蓮はすぐに視線を流紀へ向け直す。


「お祝いって誰から?」

「渡されたのは小柄な奴だったな。中等部の制服を着ていたが、小学生と言われた方が納得できそうな……ああ、でも王様に頼まれたと言っていたから幸からと言った方がいいのか」


 思い浮かんだのは健の姿だ。流紀の言う特徴と、和幸から頼まれたという点を考えるとほぼ間違いない。


「昨日の今日だってのに何で知ってるのかしら」

「言われてみればそうだな。ま、幸のことだからな、不思議はない」

「そうね。ていうか、王様と知り合いだったのね」

「焔が言ってただろ、私は桜の小間使いだって。その関係で何回か顔を合わせたことがあるんだよ」


 流紀の話を聞きながら、妖探査機をつつく華蓮。


 電源と思われるボタンを押すと、予想通り妖探査機の画面が表示される。

 簡略された周辺の地図と、赤と青の光点が映し出される。他は指で操作するようになっているようで、試しに青い光点に触れてみれば流紀の名前が表示された。

 拡大や縮小もできるようだ。


「赤は妖探査機の位置、白と青は妖の位置を示します。妖が半径五百メートル以内に入るとアラームがなります。味方の妖は所定の操作で登録することが可能です。既に数人の妖を登録しておきました。青の光点が味方の妖を指します。マナーモードにすることも可能。ただ一定以下の妖気は感知することができません。また水に弱いので使うときは気を付けてください、とさ」


 説明書を音読する流紀の声を聞きながら、華蓮は妖探査機の操作を続ける。

 しばらくして何となく使い方が分かったのか、視線を上げた。こいうところはやはり若者といったところか。


「あら、もうこんな時間じゃない。月が待ってるのに」


 妖探査機を鞄にしまった華蓮は慌てた様子で、教室を出ていく。

 残された流紀は遠ざかっていく華蓮の足音を聞きながら欠伸をする。


「妖退治はどうするんだろうな」

「知るか」


 突然現れた焔の姿に動じる様子はなく、流紀は言葉は返す。そもそも焔はずっと近くにいた。

 華蓮が桜に頼まれた妖退治がまだ終わっていないのだから当然だ。主の命令は疎かにできない。

 華蓮が気付いていないのは視えないようにしているためだ。それでも華蓮ならば視ることが可能なはずなのだが。


「被害が拡大したらどうするつもりなんだ、あいつは」

「そこは大丈夫だろう。桜もいるし、他にも何人か妖退治屋はいるかなら」

「そうなのか」


 初耳だ。


 現在の妖退治屋は絶滅危惧種みたいなものだ。

 もともと妖退治屋というものは一つの場所に留まり、それぞれ縄張りを持っている。それに対し、現在の妖退治屋のほとんどが様々な地を放浪する者も多くおり、縄張りという意識が薄れつつある。


 しかし、この史源町は別だ。ここには最強の妖退治屋と名高い桜がいる。

 放浪している者達は、主に妖退治屋がいない町を中心に訪れる。つまり、余程のことがない限り、この町に来ることはない。


 焔の口ぶりを察するに史源町にいる妖退治屋は放浪しているわけではないらしい。副業として妖退治屋をする者もいるので不思議はない。


「私の知る限りでは桜と華蓮の他にも二人ほどいるな」


 知っていたならば、仮にも退治される側である自分に教えてくれてもよいのではないだろうか

 数十年前から史源町に滞在しておいて、他の妖退治屋の存在に気付かなかった自分の非も認めざるえないが。


「退治されないように気をつけろよ」

「そうだな。うっかり退治されないようにしないとなぁ」


●●●


 ところ変わって道場。ここでは剣道部や柔道部などの面々が部活に励んでいる。


「めんっ」


 竹刀がちょうど面のど真ん中に当たったのと同時に、観戦していた部員から歓声が上がる。

 簡単に挨拶を済ませた星司は面を取り、試合をしていた少年を見る。


 彼の名は武藤良(むとうりょう)といい、名前の通り良い人だ。春ヶ峰学園剣道部では星司の次に実力があり、中等部ながら高等部の練習に混じるほどだ。ちなみに中等部の部長でもある。

 向上心が高く、よく星司に試合を申し入れている。


 生意気と先輩から目をつけられそうな立場にいるわけだが、持ち前の良い人精神と周囲の環境により、快く高等部の面々も受け入れている。


「相変わらず先輩は強いですね」

「お前も結構強くなったよ。さっきとかやばかったし」

「いえ、まだまだです」

「ほんっと向上心あるなぁ。俺も見習うべきか……?」

「向上心なんてそんな。俺はどうしても勝ちたい相手がいるだけです」


 意思の籠った強い瞳。

 真っ直ぐな良の姿と、ある人物の姿が重なる。


「先輩?」


 表情を曇らせた星司を心配そうに覗き込む良。

 我に返った星司は何度が瞬きをして、口元をにやりと湾曲させる。


「勝ちたい相手って復讐とか?良とあろう者が物騒だな」


 明るい声を出すように努める。


「違いますよ」

「ま、俺もいるけどな。絶対に勝ちたい相手」

「それって――」


 星司の頭に白いものがふりかかり、良の言葉が止まる。

 白いものの正体はタオルだ。

 投げられた方へ向いてみると星司を応援に来た月と華蓮のが立っている。投げたのは華蓮だろう。


「部活もそろそろ終わりでしょ。私達、先に外で待ってるね」

「ああ。俺もすぐ着替えてくる」


 去っていく二人を見送り、いくつか言葉を交わしたのちに良も中等部の方へ戻っていった。


 一人残った星司は険しい顔で考え込む。脳裏に過るのは在りし日の記憶。


 ――俺、ずっと剣道続けるから。いつか絶対、お前に勝ってやる。だからさ、お前も剣道続けろよ。

 ――うん、約束。


 幼い頃、ライバルである親友と交わした大切な約束。

 一度も勝ったことはなく、星司の遥か上を行く強さをもつ人物。


(今なら勝てるんだろうか)


 今の星司はあの頃の彼のように負け知らずで、かなり強くなったはずだ。

 あの日以来、彼に会うことは一切ないためそれを確かめる術はない。

 彼は約束通り今も剣道続けているのだろうか。

 何度か手紙が届いたが、当たり障りのないことが書かれているだけで今の彼について知ることはできなかった。


 ふと我に返った星司は思考を中断する。


「こんな考えは自分らしくない。手紙が来てるってことは俺のことを忘れてないってことだから」


 前触れのない声に星司の思考は完全に止まる。

 いつの間にか他の部員は着替えにいったようで、道場には星司と彼の二人しかいない。


「だからって何? 大丈夫ってこと?」


 淡々とした声で紡がれるその言葉は無遠慮に核心を突いてくる。

 姿を見なくとも相手が誰なのかはすぐに分かる。

 こんな状況でなければ抱きついているところだ。彼から来ないのは経験済みなので、今度は星司から。


「手紙だって本人が書いてる保証はないよ。住所だって書いてなかったんでしょ。あ、そっか、最近は来てないんだっけ。だったら死んでる可能性だってあるよね」

「確かにな。でも、俺は信じてる。あいつは死んでなんかないし、今も剣道を続けてる」


 健に視線を向ける。

 何も映さない無機質な瞳に見据えられ、自分の全てを否定されているように感じた。

 心底に疼く恐怖に気付かないをふりをする星司に健は口元を綻ばせる。妖しい笑みだ。


 不意に風が吹いた。室内にいるはずなのに起こった風は寝癖だらけの星司の髪を弄ぶ。


「風はいろんなものを運んでくる」


 星司から視線を外した健は遠くを見るように目を細める。


「今、吹いている風は兄さんにとって良いものを運んでくるといーね」


 全ての理を知っていると言っているような笑みを背に、星司は逃げるようにその場を去っていく。それが精一杯だ。

 遠ざかっていく星司の背中を見つめながら、健は表情を完全に消した。


 世界に一人取り残されたような静寂の中、健は自身の胸で紅く煌く桜の花弁型の石を弄ぶ。


「こんなとこかなー」

「健?」


 名を呼ばれ、そちらを向く。

 制服に着替えた良が顔を覗かせている。健の数少ない友人の一人だ。


「どうしたの、こんな所で」

「んー、散歩のついでに来てみた。誰もいなかったけどね」

「部活も終わりだから」

「そーだね、じゃあ今日は良と一緒に帰ろーかな」


 ステップを踏むような足取りで良の許へ向かう。

 珍しい健の申し出に驚きながらも、断る理由はなく快く了承する。

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