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3-6

久しぶりの更新。

 帰宅後、自室に戻った星司は無言でスマートフォンに視線を落とす。レオンに紹介されたサイトに早速アクセスしているのだ。

 画面に表示されるのは林檎のような赤い果実。その下には「知恵の実を手にする勇気はありますか?」といった問いかけが表示されている。


 YESかNOかの二択。

 たった一文に複雑かつ重いものが課せられているように感じ、星司は手を止めた。

 画面と向き合って幾分か経った頃、星司は苦心してYESを選択する。


 軽快な機械音を鳴らし、新しいページが開かれた。名前を尋ねられ、逡巡の後に「sei」と打ち込んだ。

『The Life of Game』というチャットルームの名前らしき文字が上部に表示され、ようやくチャットルームは開かれる。


 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 ―― seiさんが入室されました。


 カガチ「初めて見る名前ですね。ご新規さんですかー???」

 カガチ「誰かの紹介? それとも偶然見つけたのかなかなぁ」

 カガチ「何はともあれ、初めまして。『The Life of Game』の管理人、カガチでっす。悩める子羊を導きますよー」



 字面だけで伝わってくるテンションの高さに、先程までの逡巡が一瞬で消し飛んだ。

 間違えて、違うサイトを開いたのではという疑いが脳裏を過ったほどだ。



 sei  「初めまして、seiです。知り合いに紹介されてきました」

 カガチ「これはこれはご丁寧に」

 カガチ「でっわ、さっそく本題に入っちゃいましょおかねーぇ。seiさんの知りたいことをお伺いしても?」

 sei  「知りたいことですか」

 カガチ「イエス! 場合によっては調査期間をもらったりしちゃいますが、何でもお教えしますよ」

 カガチ「も・ち・ろ・ん、対価は貰いますけーどねー」

 sei  「対価ってお金とかですか」

 カガチ「それに限った話じゃないでっせ。お金、もの、情報。同等の価値であれば何でも構いませぬよ」

 カガチ「それでそれで、seiさんの知りたいことはなんですかぁーー?」



 改めて問いかけられた言葉に文字を打ち込んでいた指先の動きが止まる。

 星司の知りたいこと。

 真っ先に思い浮かぶのは海里のことだ。


 武藤海里という人間は謎に満ちている。知らなくとも、星司にとって海里は親友であり、永遠のライバルだ。

 踏み込む勇気が足りないことを正当化している自分に気付きながらも、やはり海里のことを聞こうとは思えなかった。

 かといって、他に知りたいことがあるわけでもなく、完全に停止した画面を見つめて煩悶する。


 何故、自分はこのチャットルームにアクセスしたのだろう。

 星司自身にすら分からない心の問いかけを、画面の向こうの、よく知らない相手に問う気は起こらず、やはり画面は止まったままだ。


 そうこうしているうちに十分以上が経過し、ようやく画面は動きを見せる。

 星司ではなく、カガチの手によって――。



 カガチ「神生ゲーム」

 カガチ「この言葉について調べれば、貴方の知りたいことのヒントに繋がるよ」



 寒気が走る。

 打ち込まれた言葉は、先程までのうざいくらいのテンションとは真逆のものだ。

 ただ文字だけで一気に冷え込んだ気配が伝わり、薄ら寒さを感じさせられる。



 カガチ「残念無念なことに、私が持ち合わせている情報で神生ゲームに関するものはひっじょーに少ないのでお役にたてそうにありませんなぁ」

 カガチ「調査期間を貰えるなら? 少ぉしはお役に立てるかもですけど。どうしますかねかね?」

 sei  「自分の方で調べてみます。ダメだったら、また来てもいいですか」

 カガチ「OKでーす。では、今回はお開きということにさせていただきましょー」

 カガチ「seiさんと再びまみえるまでに、こっちはこっちで知識を蓄えておきまっせ」

 sei  「よろしくお願いします」

 カガチ「お任せを!!!!」

 カガチ「では、これからも御贔屓に。ノシ」


 ―― カガチさんが退室されました。

 

 ―― seiさんが退室されました。


 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・トーク履歴を削除しますか?



 無機質な画面に表示される問いかけに「はい」を選択する。

 数秒も経たないうちに、トーク履歴が削除された旨が伝えられる。


 トーク履歴はすぐに削除する。それがチャットルーム『The Life of Game』のルールであった。もっとも、チャットルーム内で削除しているだけであって、今までのトーク履歴はすべて別の所で保管されているのだが。


「まさか兄さんが来るとはね。教えたのはレオンさん辺りかな」


 情報屋業専用のスマートフォンを懐にしまいつつ、呟く。

 感情の宿らない瞳は青々と広がる空へ向けられている。一回り以上大きいパーカーが風に揺らされ、影は大きく揺れている。


 星司がまず神生ゲームについて尋ねるとすれば十中八九、海里だろう。一番最初に、星司の前で"神生ゲーム"という単語を使ったのは彼だ。

 海里がどれほどの知識を有しているかまではさすがに分からないが、カガチの出番が来ることはないだろうと推測する。


「まあ、持ってる知識の全てを、海里さんが話した場合に限定されるけれど」


 いくらお人好しの海里でも、全て話すとは考えにくい。知らぬ存ぜぬと突き通すことも想像できないので、星司が得る知識は表面的なものになる。

 もし、満足するだけの情報を得られなかったとして、星司が頼るのはカガチか、それとも――。


「吉と出るか凶と出るか……いや、鬼が出るか蛇が出るかの方が正しいかな」


 どちらであっても、彼にはどうでもいいことだ。

 示された答えに対し、自分にとっての最善策を選び続けるだけ。彼の計画は不備なく進んでいく。


「健兄さん! 探しましたよー、急にいなくならないでくださいよ」


 名を呼ばれ、振り向いた先に立つのは自分と似た顔立ちの少年。

 一応仮にも双子だというのに、顔立ち以外は一切似ていない。十㎝以上ある身長差に不満を抱きながら、「何」と平坦な声を返す。


「すごくすっごく探したんですよ。見てください、この額の汗。少しくらいは労ってくれてもいいんですよー。ほらほら」

「えらい、えらい」

「むぅ、全っ然誠意が伝わってきません。何ですか、その棒読みは」


 年相応の顔立ちは頬を膨らましている。対するのは童顔に不相応な無表情。

 周囲から中身と外見を入れ間違えていると評されるのも頷ける。

 止まらない文句を右から左へと聞き流しながら、そんなことをつらつらと考える。


「もうちょっとのんびりしてたかった、かな」

「やっぱり反省してませんね。これはもう説教コースですよ。大人しくそこに座ってください! ちょっと! 聞いてるんですか、健兄さん!」


 無意識に零れた言葉へ、見当違いな反応を見せる双子の弟を横目に、思考を奥へ奥へ沈ませていく。

 これから来る目まぐるしい日々に思い馳せながら。


●●●


「それで俺に?」


 処刑部隊が拠点としている家を訪れた星司はつい十数分前に交わしたカガチとの会話の概要を海里へ伝える。そうして、返ってきた言葉がこれだ。

 中世的な顔に浮かべられた穏やかな笑みは彼の通常運転だ。


「ダメだったか?」

「ダメというわけじゃ……うーん、俺も詳しく知ってるわけじゃないし。でも、そっか……カガチ君が」


 カガチの正体を知っている海里すると、つい裏があるのではと勘ぐってしまう。神生ゲーム絡みであれば尚更。

 深く考え込んでいる海里の姿に、星司は「聞くべきじゃなかったか」と自分の行動を後悔する。


「か――」

「星司の望むものが得られるかは分からないけど、俺にできることなら喜んで協力するよ」


 今のところ、海里達が不利になるような要素は見つからない。カガチの考えに乗っても問題はないはずだ。

 彼がどれだけ周到で頭が回る人間かは理解の上だが、海里は出来る限り彼を信頼していたいのだ。

 そんな結論に達した海里の言葉を、星司は口を開いたまま聞いている。訝しる海里に「何でもない」と返す。


「レオンもいた方がいいかな。ちょっと呼んでくるよ」

「悪いな。海里も大変なのに」

「困った時はお互い様、だろ?」


 似合わない不敵な笑みを残して海里は自室を後にする。

 残された星司は所在なさげに視線を彷徨わせる。


 落ち着かないのだ。

 初めて訪れた海里の部屋は想像以上に淡々としている。リビングと比べれば、幾分か生活感はあるものの、持ち主の色に染まりきっていない印象を受ける。

 温かみを纏う海里とは対照的に、この部屋は恐ろしいほどに無機質で冷たい。

 星司が気付かないふりをしている海里との距離感を明確に表されている気がする。


「ただいま」


 数分も経たぬうちに、無機質な部屋に温かみが戻ってくる。

 モノクロのようだった風景は、部屋の主が現れただけで一気に着色されていく。強張っていた身体が弛緩する。


 海里に続くようにして顔を覗かせたのはレオンだ。その服装は休日であっても、教師時と大した差異はない。

 強いて上げるとすれば、銀縁眼鏡をかけていることだろう。


「レオンさんって、眼鏡かけるんすね。視力悪いんですか」

「いえ、気分的なものです」


 簡潔に答えたレオンは既に座している海里の横へ腰を落とす。


「それで……神生ゲームのことでしたね」

「解説よろしく」


 肯定するでもなく呟く海里へ物言いたげな視線を送る。


「神生ゲームについて、星司さんはどれくらい知っていますか」


 気を取り直したレオンの問いかけに星司は反射的に居住まいを正す。


「海里に少し聞いたくらいっすね。都市伝説みたいなものとか、勝者は願いを叶えることができるとか」

「なるほど……。では、まず成り立ちから話しましょうか。といっても、私も詳しいことを知っているわけではありませんが」


 そんな前置きからレオンは語り出す。


 神生ゲーム。

 その成り立ちに関わったとされるのは、創造神と出来損ないと呼ばれる三人の神だと言われている。

 幾ばくもせずに消滅の運命を辿ることになる出来損ないの神に創造神が持ちかけたのが、この神生ゲームの始まりである。

 結果は惨敗。出来損ないの神は運命通り消滅してしまった。


「消滅の間際、三人の神はそれぞれあるものを残していったと伝えられています」

「あるもの?」

「一人は国、一人は家、一人は本」

「そのうち、残された国と言うのが妖界、妖たちの暮らす国なんだ」


 心臓が大きく跳ねた。

 未だ、海里が妖なのか、人間なのかという疑問は解決されていない。

 近づけば近づくほど、妖なのではという疑惑が強まっていく。苦悩する星司を無視して話は続いていく。


「国を残したのは妖姫(ようき)と呼ばれる神です。金に輝く瞳を持っていたとされ、万物を守る力で多くの妖を救ったとされています」


 妖姫にまつわる情報は他にも幾つか残されている。

 曰く、身の丈よりも長い金の髪を持っている。

 曰く、孤独から逃れるために一輪の花を造った。

 曰く、藍色の青年から求愛を受けていた。


 その中でも特に重要視されているのが、レオンが口にした金の瞳と万物を守る力の二つである。


「少し話を戻しますが、出来損ないの神が消滅したのは飽くまで肉体的な話です。神々の魂はまだ、この世に存在しています」

「肉体は消滅したわけだから、世界に干渉する(すべ)は封じられたわけだけど」

「しかし、完全に封じられたわけではありません。神々は自身と世界を繋ぐ指標として、強い陽の力を持つ者に自らの魂を埋め込みました」


 それが宿主(やどぬし)と呼ばれる存在である。


 陽の力に代表されるのが霊力や妖力――邪気に相対する力だ。


「宿主が死ねば、新たな宿主を見つける。そうして宿主は代替わりを続けています。我々にも現在の宿主が誰なのかは分かりません」

「一人を除いて、ね」


 海里の呟きは小さく、星司の耳までは届かない。

 一人――それは、先程も少し話題に上った妖姫の宿主のことだ。彼らの知識は全て、妖姫の宿主から授けられたものなのだ。


「ちなみに、宿主は神々からいくつかの恩恵を受けており、その中に"もの"へ加護を付加するというものがあります」

「それって! 俺の竹刀が加護を受けてたのは、宿主の仕業ってことっすか」

「我々はそう推測しています」


 星司の竹刀が有していたのは"万物を操る力"の一端。

 出来損ない神の一人、鬼神の力だ。

 つまり、あの場に鬼神の宿主、もしくは鬼神の宿主に近しい者がいた可能性が高い。


「じゃ、竹刀を投げ入れたのが宿主ってことっすか……!?」

「断言はできません。ただ、少なくとも神生ゲームに関して我々よりも深い知識を持っていると思っていいでしょうね」

「ま、誰が投げ入れたのかは分かっていないんだけど」


 さらりと嘘を口にした海里を、レオンは思わず一瞥する。

 言うつもりはないという海里の意思を察し、肯定も否定もしない代わりに話題を変える。


「とまあ、私たちの知識ではこの辺りで限界ですね」

「知りたいことは知れた?」


 それが神生ゲームについてではなく、もっと先にあるものを指しているのは何となく分かった。


「わかんねぇ」


 カガチの言う"知りたいこと"が何なのか、実のところ星司自身にも分かっていないのだ。


「もっと深いところまで知った方がいいかもしれないね。他に詳しそうな人っていうと……」

「そうですね……紅鬼衆、百鬼さん辺りに聞いてみるのもいいかもしれません。彼女は鬼神の眷属ですし」

「眷属?」

「神の加護を受け、力を貸し与えられたものの呼称です」

「へえ。んじゃ、次はその辺を当たってみます。いろいろとありがとうございました。海里もありがとな」

「大した役には立てませんでしたが」

「また何か分かったら教えるよ」


 いくつか言葉を交わし、星司は家を後にした。

 見送りをするために玄関先まで出てていた海里とレオンの二人は、星司の姿が完全に見えなくなったことを確認し、互いに向き合う。

 レオンの表情はどこか苦々しい。


「何故、神生ゲームの話になったんですか」


 仕事の最中、急に解説をしてほしいと呼び出されただけで詳しい事情は何も聞いていない。


「あ、言ってなかったけ……?」


 素で忘れていたらしい海里は星司から聞いた概要をそのまま伝える。

 カガチの名が出たと同時に、レオンの表情が曇るのが見て取れた。


「カガチさんに踊らされているのでは?」

「可能性は考えたよ。でも、星司は知りたいって言ったんだ。教えないっていう選択肢は俺にはないよ。たとえ、誰かの策略の上にあったとしても」


 知りたいと願う相手の知りたいことを自分が知っているのならば、教えたいと海里は思う。

 相手や自分に不利益があるのならば、教えないという選択肢を取ることもあるかもしれない。

 所詮、身勝手な偽善行為に過ぎないのだ。


「もちろん、教えることの取捨選択はするよ」

「……その結果があれですか」


 あれ、とは竹刀を投げ入れた人物を知らないと嘘を吐いたことだ。


「これ以上、星司を混乱させたくなかったんだよ」


 やっぱり、これも偽善だ。

 混乱させている者の中に海里がいることも知っている。

 隠していることを話せば、その混乱を少しは解消できるだろう。分かっていて黙っているのは、海里の身勝手。


「責めたりはしません。海里様の行いが間違っているとは思いませんし、星司さんにカガチさんのサイトを教えたのは私なんですから」


 レオンの瞳が細められる。

 整った顔の作りのせいか、やけに迫力のある表情だ。


「怒るとしたら、仕事を中断させられたことですかね」

「うっ、ごめんて」

「謝って済んだら警察はいりません。続き、手伝ってくれますね?」

「分かった。先に行ってる」


 こんなときでも浮かべられたのは笑顔だ。

 見る人を安心させる温かな笑顔。

 人間界の時間で十年以上の月日を共に過ごしてきたが、未だに笑顔の裏に隠された感情は把握しきれない。


 支えることすらままならないのは少しばかり不公平ではないだろうか。

 彼はいつだって、すぐに周囲の面々に手を差し伸べてくれるというのに。

 海里の心中を隠してしまう温かな笑顔が今はとてもつなく恨めしい。


「うちの末っ子二人は本当に手のかかる子よねぇ。そこが可愛くもあるけれど」


 海里がいなくなったのを見計らって現れたのはクリスだ。


 末っ子二人。それが海里とあの金髪の少年を指しているのは考えずとも分かる。


「あの頃よりは私達の関係も成長しているわぁ」

「そうですか?」


 表面的にはあまり変わっていないように見える。


「そぉよー、あの頃よりも我が儘になったでしょお。海里様も、レオンも、レミちゃんも。ちゃあんと成長してるわぁ」


 誰よりも処刑部隊を大切に思っているクリスの言葉だからこと素直に信じれるものがある。


「信じる。それだけでいの。一番難しくて、一番大切なことよぉ」


 タイミングよく現れて、タイミングよく助言を与える。


「本当にクリス様には敵いません」

「大黒柱だもの」

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