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3-5

 六月も終わりに近づき、強くなった日差しが肌を焦がす。汗が滲んだ額を撫でる風の心地よさに海里は目を僅かに細める。

 ここは春ヶ峰学園近くの公園である。時間も時間なので、公園は多くの子供達で賑わっている。


 無邪気な喧騒を遠くに感じるのは、目の前にいる人物がどこか現実味のないせいだろうか。

 真っ直ぐに切り揃えられた黒髪が風に煽られる。細いフレームの眼鏡の奥に潜む黒目は機械的な印象を与える。

 服装は春ヶ峰学園高等部の制服で、どうやらこの後、風紀委員の仕事があるのだという。休日にまで及ぶ仕事について少々気になるところだが、彼女を呼び出したのは別の用事だ。


「急にお呼び立てして、すみません」

「構わないわ。それで、聞きたいことって何かしら?」


 見た目通りの機械的な声が淡々と言葉を並べ立てる。

 強い日差しを浴びながら、汗一つかいていないことも相俟って、本当はロボットなのではと疑いたくなる。


 立ち話するのも、と公園内に視線を巡らせるが、生憎ベンチは使用中だ。せめてと二人で木陰に移動する。

 和心と向かい合い、どう切り出すべきか思案する。


「神生ゲームって知っていますか」


 口が上手いわけではないので、海里は結局、直球で行くことを選んだ。


 短い沈黙が流れる。


「ある程度、と答えておくわ。私はDではないから、あまり期待されても困るわね」


 D。

 それは、龍王と呼ばれる出来損ないの神の眷属の総称であり、最高峰と謳われる情報屋組織の名前である。

 Dを名乗る者は老若男女に限らず、世界中に点在している。本人達すら、数を把握しきれないほどだ。


 龍王の持つ万物を見る能力の恩恵を受け、Dは互いの記憶を見ることができるのだと一度聞いたことがある。

 ともあれ、ここでDという単語を出したということは、彼女は間違いなく――。


「龍王の関係者」


 思わず漏れた声に和心は静かに首肯した。


「今更、隠そうとは思っていないわ。私は龍王の眷属――彼の万物を紡ぐ能力の恩恵を受けた眷属よ」

「万物を紡ぐって……龍王の能力は万物を見るじゃ」

「それも彼の能力の一つ。龍王は二つの能力を有した出来損ないの神なのよ」


「初めて、知りました」


 しかし、出来損ないの神についての情報は少なく、あり得ないと一蹴することもできない。能力が一つだけというのは海里の思い込みに過ぎないのだ。

 一つ言えることと言えば、和心は海里よりも遥かに龍王についての知識を有しているようだ。


「そう、なの……? 武藤さんならこれくらいのことは知っていると思っていたわ」


 機械的な印象ばかり与えていた和心の顔に驚嘆の表情が宿る。

 鉄面皮ばかり見せられていたため、初めて見る表情らしい表情に少しばかり驚く。初めて和心の人間らしさを垣間見た気がした。


「思っていたよりも無知、なのね。それだけ大切にされているってことかしら」


 独り言のように呟かれた言葉に海里は苦笑で答える。

 否定はできない。処刑部隊の面々も、妖華も、少しばかり過保護なところがある。カイはその比ではないが。


 愛されているが故のことだということは理解しているし、多少の不満はあるものの嫌悪感はない。

 しかし、これからは今までのように周囲の優しさに甘えているわけにはいかないのも事実である。

 善意に覆い隠されていたことをきちんと知っていかなければならないし、逃げてきたことに向き合わなければならない。


 ――海里が妖ってのは本当、なの?


 心が震える。

 分かっている。いつまでも誤魔化しているわけにはいかない。本当のことを言わなければ――。


 ――お前みたいな化け物、好きになるわけないだろ!


 緩んだ蓋から漏れた記憶が海里の心を激しく締め付けた。


 化け物なのだと、自分は。

 自分を愛してくれる人はいないなどと思いあがるつもりはない。処刑部隊の面々や妖華が心から自分を愛してくれていることを知っているから。


 けれど、積み重ねてきた思い出がたった一つの事実で無に帰っていくことも海里は知っているのだ。

 脳裏にこびりついた彼の表情はどこか苦しげで、あの頃の海里には何故そんな顔をするのかよく分からなかった。

 今なら分かるかも、と記憶を掘り起こそうとして己の心中へ目を向ける。


 そこへ。


「――うさん、武藤さん」

「ぁ」


 和心の声により現実に戻された海里は何度か瞬きをし、今の状況を理解する。


「すみません。少し、考え事を……」

「大丈夫? 酷い顔色よ。話はまた別の機会に――」

「いえ、大丈夫です」


 鈍器で殴られたような頭痛を隠すように笑顔を浮かべた海里の視界に透けた金髪が過ぎる。

 光のベールにも見える金髪を目端で認識したと同時に、激しい頭痛は鳴りを潜めた。


「……そういえば、少し気になってたんですけど」

「何かしら」


 話題を変えようとする海里の白々しさを気に留めることもなく、和心は僅かに傾げてみせる。


「レオン達の着任式の日、先輩もいたんですよね」


「そうね」と頷き、海里が何を言わんとしているのか察する。

 着任式の日――つまり、化け蜜柑の本体である蜜柑の木が春ヶ峰学園を襲撃した日のことである。


 あの日、蜜柑の木を迎撃したのは処刑部隊の四人、華蓮、流紀、星司の七人である。和心は姿を見せることも、援護に入ることもなかった。

 妖を退治することに対するスタンスはそれぞれではあるものの、あの日の和心には少々疑問が残る。


「手を出すなと頼まれたのよ」

「誰に……?」

「口止めされているからそれは言えない。ただ、その人は経験を積む良い機会だと言っていたわ」


 そんなことをする人物といえば、心当たりは一人しかいない。

 何故、そんなことをするのか気になるとこだが、理由を求めたとて素直に話してはくれないだろう。


 経験を積ませるためというのなら、表面的には悪いことではないはずだ。裏に隠されている思惑を探ろうとしても、どうせ無理なのでここは素直に受け取ることを選ぶ。


「なんか、すみません。いろいろと脱線しちゃって」

「いいえ。時間がないというわけではないし、気になることがあればいくらでも聞いてもらって構わないわ」


 心を締め付けた出来事を忘れたかのような普段通りの姿で海里は神生ゲームに関する話へと話題を戻す。


●●●


 蜂蜜色と金に近い琥珀色が並んで揺れている姿を、少し離れた位置でレオンと星司は無言で眺める。

 この距離では話の内容を聞き取ることはできないものの、随分と楽しそうだ。

 一度、ともにお菓子作りをして以来、レミと月の中は非常に良好だ。星司達が説教されている間に、さっそくお菓子作りをする約束をしていたらしい。


 よくよく考えてみれば、レミに友人らしい友人ができるのは初めてだ。これからも二人の仲が良好であるよう、密かに願うレオンである。


「あの、レオンさん」


 控えめなトーンに抑えられた声に呼びかけられ、レオンは隣を歩く星司へ視線を向ける。

 どことなく神妙さを湛えた表情に、レオンも真剣な顔で応える。


「何ですか」

「……海里は…妖、なんすか」


 レオンは知らないことではあるが、それは華蓮が一度問いかけ、健によってうやむやにされてしまった問いであった。

 どう答えるべきか逡巡するレオンを差し置き、星司はなお言葉を重ねる。


「つーか、妖なんすよね。レオンさん達、処刑部隊は妖界の組織なわけだし……一緒に行動してて、様付けされてるってそういうことっすよね」


 忙しなく動く瞳は自身の確信を否定してもらいたがっているように見える。

 星司の気持ちが分からないでもないレオンはやはりどう答えるべきか頭を悩ませる。


 そして。


「何故、私に聞くんですか。海里様に直接聞くべきことだと思いますが」

「わかんねぇから」


 ぽつりと零れた言葉にレオンは瞬きを一つして、歩みを止める。釣られて星司も立ち止まる。

 言葉を探すように彷徨う瞳を見守るようにして続きを待つ。


「本当のこと知った時……俺は、自分がどんな反応するか分かんないです。もしかしたら、海里を傷つけることだって……それだけは絶対に嫌なんです。っだから、事前に知っておけば、少なくとも傷つけることはないかと」

「なる、ほど」

「あの日みたいな後悔はもうしたくねぇ、から」


 驚いて星司の顔を見る。

 苦悩に満ちた顔は少し俯いており、レオンの反応には気付いていないようだ。


 星司の言う"あの日"が一体いつのことで、どんな出来事のことを指しているのかを推測することはレオンにはできない。

 ただ、今の星司は知ることを恐れているというよりは、己の行動で引き起こされるかもしれない事態に恐怖している。


 小さく息を吐き、レオンは口元を弛緩させる。


「先程の星司さんの推測ですが、五十点です」


 点数での返答に既視感を覚えながらも、星司は呆気にとられ、「半分っすか」と小さく返す。

 首肯を返したレオンは懐から取り出したメモ帳に何やら書き込み、破ったページを星司に渡す。

 受け取った紙を見れば、サイトのURLと思われる文字列が並んでいる。


「我々、処刑部隊が贔屓にしている情報屋のサイトです。知りたいことがあるなら、アクセスしてみてください。少々問題のありますが、信用はおける方ですので」


 星司の考えはある意味では正しいし、ある意味では間違っているとも言える。どこか歪で不安定な考え方だ。

 一ヵ月程度の付き合いでしかないレオンには答えを導き出すことはできないので、少しだけの他力本願である。


 普段はさんざん振り回されているので、たまにはこちらから振り回しても構わないだろう。

 ふと来た道を振り向いたレオンは微かに目を細めて見せた。

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