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2-16

 焔の拳を防いだと思えば、背後から現れた流紀がムキリの身体を覆う翼に切り掛かる。純白の羽が舞い散っていくのを見届けるより先に、二人はタイミングよく出現した糸に着地する。


 視線を交差させ、次の手を確認する。そしてムキリへと飛び出す。

 閉じられた翼は絶え間なく繰り返される焔と流紀の攻撃を受け、羽根はぼろぼろになっていた。レミから吸収した能力ではあるものの、本家ほどは頑丈ではないらしい。


 ふと水刃が放たれ、攻撃の手を止めた流紀は一度糸に着地し、薙刀で真っ二つに切る。全てを切ることはできず、いくつかの水刃が流紀の衣を引き裂いた。肌でないだけマシだ。

 すぐさま反撃へ思考を流した流紀の視界に襲い掛かる水刃を巧みに避けながら、強く握られた拳を振りかぶる焔の姿が映る。そして、彼女にタイミングを合わせるように飛び出した。


「いやはや、懲りませんな」


 余裕の笑みで二人を迎えるムキリは翼で防御を図る。ぼろぼろの羽根を備えた純白の翼がムキリを隠していくさまに歯噛みしながらも攻撃の手はゆるめない。


 その時。


 何の前触れもなく、翼が消失した。

 驚きを表情に表すムキリを認識するよりも先に焔の拳が彼を殴りつけ、続くように流紀が薙刀で腕を切りつける。


 殴られた反動で後方に飛ばされながら、突然に空を飛ぶ術をなくしたムキリの身体が落下している。隙を突いて鈴懸が放った蔦が、先程までの余裕を一切見せないムキリを襲う。

 咄嗟の判断で黒い霧へと姿を変えようと試みるが間に合わず、下半身だけが霧になったところで蔦が脇腹を抉る。鮮血を舞い散らせながら、ムキリの身体は地面に叩きつけられる。


「っあ、く」


 前髪と包帯で隠された瞳が更なる攻撃を認め、今度こそ黒い霧へ変化することで避ける。

 離れた位置で身体を形成したムキリは全身が訴える痛みを隠すように「いやはや」と歪んだ笑みを浮かべてみせる。やはり、先程のような余裕さ感じない。


「レオンが上手くやってくれたみたいだね」


 ぽつりと呟かれた声にムキリは仄かな苛立ちを宿らせ、海里の方へ向く。

 水ノ館という苗床からの力の供給は完全に断たれており、今のムキリには本来の力しか行使できない。


 吸収能力が使えなくなったわけではないとはいえ、殴られた鳩尾が、切られた腕が、抉られた脇腹が、打ち付けた背中が放つ痛みは冗談じゃないくらいに強く、行使するための集中力を確保するのは難しい。

 どうせなら痛覚を切ってもらえば良かったと、吸収能力を与えられた時のことを隅で考える。


「くっくっく。いやはや、なるほど。このためにレオン殿を妖界へ帰らせたというわけですか。少し舐めていましたな」

「いくら不調とはいえ、レオンなら上手くやってくれると思ってね」

「いやはや、信じているという奴ですか。なるほど、なるほど」


 ぞくりと背筋が凍るような感覚に陥る。

 今までと同じように歪んだ笑みを浮かべるムキリは、明らかに今までと違う気配を立ち昇らせる。

 憎悪とも呼ぶべき暗い感情が激情とともに迸り、隠された瞳で射抜かんばかりに海里を見つめている。


「くだらない」


 吐き捨てられたと同時にムキリの身体が消失する。


「海里!」


 震えた華蓮の声が耳に届いたと同時に、ムキリは海里の目の前に出現する。結界が音もなく、壊れた。

 後ろにいる星司と月に下がるよう指示し、龍刀を構えた海里は静かにムキリを見据える。冷汗が額から流れる。


 ムキリより後ろでは流紀や焔、鈴懸がいつでも隙を突いて攻撃を仕掛けられるよう臨戦態勢で成り行きを見守っている。華蓮はただ心配そうな顔で海里を見つめていた。


「貴方を殺せば、あの方はもっと私に力を貸してくださるはず!」


 "あの方"について言及している暇はないままに、黒い霧で形成された槍が海里を襲う。龍刀でこれをあしらいながら、海里は言われた通りに後ろへ下がっている星司と月を一瞥し、二人を守るように結界を張る。

 その時、黒い槍の一つが海里の身体を掠め、苦悶の声を上げる。


「いやはや、周りに気を配っている余裕など貴方にありますかな」


 槍が数を増す。さすがに海里一人であしらうには多すぎる数だ。援護しようと構える流紀達を海里は笑顔と共に制する。


 そう、笑顔である。

 人を安心させるような温かい笑顔を向けられた焔と流紀は、今は亡き友人の姿を脳裏に浮かべる。

 彼も、こんな状況であっても温かみのある笑顔を浮かべるような人物であった。


「嫉妬してるんだね」


 ムキリの肩が肯定をするように震え、海里は笑みを深める。


「それだけレミのことが好きだったんだ」

「貴方に何が分かる!」


 激昂と共に無数の槍が海里を襲い掛かる。

 笑みを湛えたままの海里は向かってくる槍に一瞥もくれず、ただムキリを見つめ続けている。


 と、槍が海里に当たる寸前で見事に崩れ去った。

 妖艶さを漂わせる、含みのある笑みを口元に乗せたクリスが海里の隣に立ったと同時に、キラリと糸のようなものが自己主張するように光る。海里の周囲に張り巡らされた糸はクリスの合図で消失する。


「っまだ」

「無駄よぉ、貴方に勝ち目なんてないわぁ。最初から、ね」


 漂う黒い霧が槍を形作るより先に百を超える糸がムキリの身体を切り裂いていく。命を奪うことよりも、痛めつけることを目的としたような攻撃は的確に急所を避けている。


 集中攻撃を受けた四肢はもはや役目を果たす力を残されており、ムキリの身体が地面に沈む。垂れ流される赤い液体が地面を染めていく。

 奇跡的に無傷な顔は苛立ちに歪み、隠された瞳はクリスを睨んでいるようだ。


「わた、しは……まだ」


 まともに動かなくなった四肢に力を入れるが、立ち上がることすらできない。それでも諦めるという選択肢はムキリの中にはない。

 何としてでも、レミを手に入れなければならない。

 やはり笑顔を浮かべたままの海里に視線をやり、口元を歪曲させ、身体を霧へと変える。海里の中に入るため――。


〈終いか〉


 突如を脳内に響いた声に、この場にいた全員が驚愕を露わにする。

 男とも、女とも、老人とも、若人とも取れないその声は複数の声が入り混じっているようにも聞こえる。

 与える衝撃は凄まじいものがあり、全員が金縛りにでもあったかのように硬直する。


〈君を選んだのは、失敗だったわね。残念です〉


「待っ、私はまだ……!」


〈期待外れだったよ。次は慎重に選ぶとしよう〉


 統一されていない口調がそう呟いたと同時にムキリの中から何かが零れていくのが見て取れた。

 人型を保っていたムキリの身体に大きなノイズが走り、朧げな姿へと変わっていく。


〈絶対に! 消してさしあげます。それまで、待っておくがいい〉


 この言葉を最後に、声だけで場を支配していた存在の気配が消えていくのを感じる。

 最後の言葉はムキリでも、この場にいる者でもない誰かに向けられているような気がした。


 返事の代わりか、投げかけられる囁かな殺気を感じた海里はふと校舎の方を顧みる。それらしい姿はなく、殺気もすぐに消えたため海里は「気のせいか」と結論付ける。

 そんなことよりも、今はムキリのことの方が最重要案件である。


「哀れねぇ」


 朧げな姿に変わり、譫言を繰り返すムキリをそう評するクリスは、薄ら寒さを感じさせるほどに通常通りだ。


「同情はしないわよぉ。私は貴方のことなんてどうでもいいものぉ」


 息を呑む周囲の面々には目もくれず、灰色の瞳は真っ直ぐにムキリを見据えている。

 和らげられた瞳は果てのない冷たさを内包している。


「でもねぇ、弟と弟の大切な()に手を出されたんじゃあ、それで片付けるわけにはいかないのよぉ。ごめんなさいねぇ」


 クリスにとって一番大切なものはレオンであり、それ以外は価値のないものであった。

 忌子として生まれ、暗い部分ばかりしか与えられてこなかったクリスに、家族の温かさを教えてくれたのは同じ忌子として生まれたレオンだったから。


 それから大切なものは増えていった。

 妖華と処刑部隊の者達――大切な友人と家族に仇なす者に与える慈悲などクリスは持ち合わせていないのだ。

「欲シイ欲シイ」と譫言を繰り返すムキリと対峙する灰色の瞳は酷薄さを宿している。


「そんなに欲しいならあげるわぁ。存分に味わいなさいな」


 クリスの掌から現れた糸が朧げな身体に巻き付き、邪気と呼ばれるものをムキリへ流していく。

 うちに秘められていた邪気はレオンなど比にならないほどに膨大で強大なものだ。

 決して浄化されず、増えていくばかりの邪気を永遠に抱え続ける忌子の宿命を御裾分けだ。


「レオンやレミちゃんの分まで苦しんで死になさい」

「あああああああああああぁぁぁぁぁあああ」


 愛を囁くように紡がれた言葉に絶叫が重なる。

 満足したように糸を断ち切ったクリスは後ろへ下がる。ふと目が合った藍白色の瞳に「後はよろしくね」と片目を閉じて合図する。


「任された」


 氷の薙刀を消した流紀はゆっくりとした足取りでムキリへ近づいていく。

 場所を考えて抑えられていた妖力が解放され、流紀の周囲を漂う空気が一瞬で温度を下げた。


 頭上に輝く太陽光に反射した氷の結晶と銀髪が輝き、息を呑むような神秘さを感じさせる情景が広がっている。

 剥き出しにされた足が音を立てながら凍り付き、流紀が一歩進むのと同時に地面には氷が張っていく。まるで氷の足跡を残しているようだ。


「私はずっとレミに嫉妬していたよ」


 レミが第三夫人の娘ではなく、青ノ幹部が外に作った女との娘ということを知っていた流紀は、同じ妾の子でありながら父の寵愛を受けていたレミに強い嫉妬を抱いていた。


 迎えが来るまで貧民街で暮らしていた流紀と、何不自由ない暮らしを送ってきたレミ。

 不利益が生じたためにあっさりと捨てられた流紀と、父に逆らっても寵愛を受け続けるレミ。

 同じはずなのに、どうしてここまで違うのだと。


 人間界に逃げ延び、レミの母親は白ノ幹部なのだと教えられた流紀は初めて寵愛の意味を知ったのだ。


「たとえ……その愛情が歪んでいたとしても、私は父に愛されたかったよ」


 今まで一度も口に出してこなかった本心を吐き出した流紀の表情は泣いているように見える。


「だが、私にとってレミは大事な妹なんだ。愛する家族なんだ。この気持ちは嘘じゃない!」


 味方の誰もいない場所へ放り込まれ、孤独に苛まれていた流紀を救ってくれたのは他でもないレミだ。

 無邪気な笑顔とともに差し出された手の温かさは一生忘れることはないだろう。


「……だから、容赦はしない…!」


 氷を纏った流紀の足が放心状態のムキリに叩き込まれる。反動で後ろに吹っ飛んだムキリは氷の壁に背中を強く打ち付ける。

 蹴りを入れられた箇所をみれば、凍っているのが分かる。


「ぁ、ああ」


 背中が氷の壁にくっつき、身動きのとれないでいるムキリへ氷塊が降り注ぐ。

 間髪入れず、飛び出した流紀は瞬きの間に生成した氷の薙刀でムキリの身体を真っ二つに切り裂いた。

 大きくノイズを走らせたムキリの身体は完全に霧消した。


 妖気が完全になくなったことを確認した流紀は息を吐き、解放していた妖気を和らげる。


「終わっ、たの……?」


 肯定を示そうと華蓮の方へ目を向けた海里の隻眼が驚愕に見開く。

 その意味に華蓮が気付いたのは、何者かの攻撃を受けた流紀の身体が氷の壁に叩きつけられた後だった。

次回はまとめ

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