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「最近妖も出ないし、暇よねぇ」


 本日出され課題に取り組んでいた華蓮はぽつりを言葉を漏らした。


「平和でいいじゃないか」


 傍で丸くなっていた流紀は片耳を立てる。

 そもそも今までが異常だったのだ。人間界にいる妖が減少傾向にある今、そう簡単に遭遇することはできない。


「それもそうね」


 平和であることに越したことはないが、今まで妖との戦闘続きだったために少し退屈に感じてしまう。

 今まで放課後をどんなふうに過ごしていたか思い出せない。それくらい妖退治屋としての日々に順応しているのである。


「なんなら明日に備えて一戦するか?」

「んー」


 明日はレオンと海里が藤咲家を訪れ、いつもの鍛錬に参加してくれるのだ。土曜日ということもあって長時間、鍛錬に集中することができるだろう。

 そんなことを考え、顔をうつ伏せた華蓮は手を振って断りを示す。


「ま、たまにはこんな日もいいだろ」


 アクセルを踏んでばかりでは疲れてしまう。たまにはこうして休息を取るのも大事だ。

 一度伸びをした流紀は銀色の身体を丸めて、いつものように眠りにつく。


●●●


 そうして訪れた土曜日。


 藤咲邸の庭では二人の少年少女を相手に戦う青年の姿がある。

 繰り出された二人の攻撃を軽やかに避ける青年の動きに合わせ、白衣がはためく。

 態勢を立て直して飛び出した少女に足払いをし、その隙をついて竹刀を振り上げる少年の一瞥する。そっと差し出された手が竹刀をやすやすと掴んだ。


「はい、ここで休憩にしましょうか」


 二人の顔に現れ始めた疲労の色を見て取り、レオンは掴んでいた竹刀を放す。

 尻餅をついていた華蓮を助け起こし、縁側で観戦をしていた海里の方へ視線を向ける。倒れるように縁側に寝転ぶ星司と何やら話し込んでいる姿を確認し、額に滲んだ汗を拭う。


 完全に日が昇った空は下界を焦がす勢いで輝いている。梅雨なにそれおいしいのとでも言うような暑さだ。


「お疲れ」


 差し出されたタオルの先にある蜂蜜色の髪は陽光を浴びて輝いている。発光しているとも見えるその髪に、レオンは思わず目を奪われてしまう。


「交代するか」

「いや、休憩後は座学をするつもりだから大丈夫だ」


 ふむと頷くレミの姿を眺めながら、レオンは一人安堵していた。

 当初、藤咲邸に来る予定だったメンバーはレオンと海里の二人だった。クリスは言わずもがなだし、レミは流紀とのことを配慮して除外していた。


 しかし、レミ本人が自ら希望したこともあってレミも藤咲邸を訪れるメンバーとなったのだ。

 いろいろと思うところもあって心配していたが、今のレミの様子を見る限り杞憂に終わりそうだ。


「元々こっちがメインだしな」


 戦闘方面のことならばレオンが藤咲邸に来る必要はない。海里の護衛のために来ている可能性はあるが。

 レオンが休日を返上してここにいるのは、妖界に関する知識を華蓮に授けてほしいと海里と流紀に頼まれたからだ。


 妖界に関しての知識がまだ浅い海里や、数十年前から妖界との関係をほぼ絶っている流紀では教えられることも限られてしまうことでレオンが選ばれた。

 正直なことをいえば、レオンが華蓮に教える義理も理由もないわけだが、海里の頼みを断るのも憚れるので引き受けた次第だ。


「私が来た意味ないな」

「元々来る予定なかったんだから仕方ないだろ」

「分かってるさ」


 レオンの物言いが面白くてしょうがないといったレミの表情に少しだけ眉を顰める。

 昨日まで纏っていた影はすっかりと鳴りを潜めており、今のレミは普段通りだ。


(何かあったのか)


 湧き起る疑問を静かに呑み込む。

 普段通りに戻ったのならばそれで構わない。ただ、自分が何もできなかったことが少しだけ心残りなだけだ。

 レミを救ったのはレオンではない別の誰か。

 下らないことを考えてしまう自分を軽蔑しながら、表面だけは普段通りに振る舞う。


「さて、そろそろ休憩は終わりにしましょうか」


 不満そうな生徒二名の声は軽く受け流し、家の中に入るように促す。

 そこで当初から抱いていた疑問を口にした。


「そういえば、何で星司さんもいるんですか」

「いろいろ知りたいらしいよ」

「端的に言うと面白そうだったんで」


 海里と星司本人による返答。

 安易すぎる理由に何ともいない感情を抱く。悪いことではないが、その理由を肯定する気にはなれない。


「ともかく、授業を始めましょうか」


 視界の隅に、未だ縁側に座るレミと流紀の姿を入る。

 二人で何かを話しているようだ。気になりはするが、今は授業に集中しようと視線を外すレオンであった。


●●●


 華蓮に続くように部屋に入ろうとした流紀を引き留めたのはレミであった。

 いつかはちゃんと話し合わなければならないと思っていたので、特に拒否したりはせずにその場に留まる。


「久しぶり、ですね」


 緊張しているのか、やけにたどたどしいレミの声が互いに言いたくても言えなかった言葉を紡ぐ。


「そうだな」


 本性に戻るべきか考え、結局そのまま猫の姿でいることを選んで返事する。

 強張っている自分の声を聞き、柄にもなく緊張しているようだと流紀は他人事のように考える。

 二人でこうして話すのは数十年ぶりで、それも仕方がないことだと互いに納得する。

 納得はしたものの、話の切り出し方が分からず、しばしの間沈黙が続いた。


「私」


 先に口火を切ったのはレミだ。

 何となく自分が情けなく感じてしまう流紀である。一応、姉なのに。


「ずっと姉様を探してました。姉様がいなくなったあの日からずっと」


 レミ自身の中でも上手く纏まっていないのだろう。ただ必死に言葉を紡いでいる。

 流紀は静かに耳を傾ける。


「お父様は嫌気が差して出て行ったのだと言っていました。でも、私は信じられなくて……信じ、たくなくて姉様を探していました。連れ戻そうとは思っていません。あそこでの暮らしはお世辞にも幸せとは言えませんでしたし、姉様が私のために留まっていてくれたことを知っていましたから。ただもう一度、姉様に会いたかったんです」


 泣いているような口調ではあったが、レミの表情は不思議と落ち着いていた。


「だから屋敷を抜け出して、いろんな人の手を借りてここまで来ました。でも、本当は」


 自嘲気味に笑む。


「本当は全部、自分のため。私はずっと自由になりたかった。屋敷から逃げ出したかった。だから周囲の優しさに付け込んで逃げてきたんです。姉様のことさえ口実だった。姉様に会うことは私が望んでいたことだったはずなのに、本当は喜ばなくてはいけないはずなのに……どうして、っどうして。私は最低な奴です。ここにいる資格はない」

「そんなことはない」


 ようやく、流紀は口を開く。

 大切な妹の間違いを正すために。


「私だってお前と同じだ」


 自ら逃げ出す勇気がなくて屋敷に留まり続けるのをレミのためを嘯いていた。そのくせ、いざ自分が屋敷から追い出されると喜々として人間界へ逃げてきた。

 その後は助けてくれた桜達の行為に甘えて、今も藤咲家に滞在し続けている。


 置いて来てしまったレミのことを口では心配していても、自ら確かめに行く勇気はない。

 レミが自分を探しているという話を聞いても動くことはなかった

 レミと流紀の行動に大差なんてないのだ。


「他人の優しさに甘えるのは悪いことじゃない。そりゃあ甘えてばっかりなのはどうかと思うが、レミはそうじゃないだろう」


 処刑部隊の面々を見ていれば分かる。

 彼らは互いが互いのことを支えあい、生きている。そこにはちゃんとレミだっているのだ。


「私に会えて喜べないのはもっと先のことを考えているからだろう。お前は大事な場所を失いたくないんだ。別におかしなことじゃない」


 レミが処刑部隊として人間界に滞在するための条件は流紀も聞かされた。


 流紀を見つけるまで。見つけてしまえば屋敷に戻り、青ノ幹部の娘としての日々を過ごす日々に戻らなければならなくなる。

 処刑部隊の面々とは今までのように触れ合うことはできなくなるだろう。何せ身分が違う。


「レミの好きな道を選べ。なんなら糞親父を殴りに行くくらいはやってやる」

「ふふ、ありがとうございます。姉様のお陰ですっきりしました。これで決心がつきそうです」

「決心?」


 嫌な予感がした。


「私は妖界に戻ります」

「お前はそれでいいのか?」


 淡い微笑を浮かべたレミは静かに頷いた。流紀と同じ藍白色の瞳は強い決意が宿っている。

 流紀にはレミを止めることができないことを察する。きっとレミを止められるのは流紀ではない別の人物。

 自然と流紀の視線は部屋の中で講義をしている四人の方へ向けられる。


●●●


「妖界を統べる者は全部で全部で八人、八色ノ幹部と呼ばれています。その中でも頂点に立つのが金ノ幹部です。妖界の王とも呼ばれ、妖の中で最も長寿であると言われています」

「強いんすか」

「戦っている姿を目にしたことはないけど、強いんじゃないかな……多分」


 微妙な表情をする海里の返答にレオンは不謹慎だと思いつつも頷けてしまう。


 確かに『多分』だ。

 レオンも海里も彼女が戦っている姿を目にしたことはない。それは彼女が戦闘に参加するほどの脅威が妖界に迫ったことがないという証でもあるので、むしろ良い事だとは思う。


 金ノ幹部こと妖華の凄さはもちろん理解しているが、暇を見つけてはお茶会を開いたり、人間界に遊びに行ったり、悪戯をしてみたりという威厳を感じられない行動が目立つのである。

 だからか妖華=強いという考えに結びつかないのだ。


 ちゃぶ台の上に置かれた紙にレオンが何やら書き込んでいく。


「話を戻しますと、妖界は八つの国に分かれており、それぞれ幹部が統治しています。日本でいう都道府県に近いものでしょうか。金ノ国はここ、中央に位置する国です。首都のようなものだと考えてもらって構いません。基本的に他の国には偏った属性の妖しかいませんが、金ノ国には様々な妖が暮らしています」

「青ノ幹部が統治する国は水系の妖が多いんだ。もちろん他の属性の妖もいるけど圧倒的に数が少ない」


 妖界についての知識はある程度持っている海里は自動的に教える側に回る。

 現在進行形で勉強中の身なので、レオンほど詳しくはないが基本的なことは大体頭に入っている。


「もう一つ、黒ノ国も特殊な立ち位置にあります。黒ノ幹部が統治しているのですが、とにかく謎の多い国ですね。闇ノ国と称されることもあって快く思っていない者も多くいます。まあ、関わらないにこしたことはありません」


 黒ノ国はとにかく情報が少ない上に、噂がやたらと飛び回っているため、どこまでが本当のことなのか判別することも難しい。

 その原因の中には黒ノ幹部が公の場所にあまり姿を現さないこともあるのだろう。幹部の会議にも参加していないという。


「闇といえば化け蜜柑の本体もそんな感じだったわよね。おどろおどろしいというか」

「あれは闇落ちをしてたからね」

「闇落ち?」

「んーと、なんて言えばいいのかな」


 救援を求めるように隻眼をレオンの方へ向ける。


「これは妖界とは少し離れるのですが、霊力や妖力といった我々がよく使っている力は一般的に陽の力をされています。これに反する力として邪気と呼ばれる力があるのですが」

「……邪気」

「はい。程度の差はあれど誰もが邪気をその身に宿しているのです。その邪気が何らかの影響で増幅し、陽の力を食いつぶしてしまうことを闇落ちといいます。闇落ちをすると理性が破壊され、人格が変わってしまうことが多いですね」


 処刑部隊の処刑対象はほぼ闇落ちをした妖と言っていい。

 軽度であれば引き戻すこともできるだろうが、完全に闇落ちした場合は手の施しようがない。そもそも軽度であっても引き戻すためにはかなりの労力が必要となるのだ。


「何らかの影響って」

「簡単に言えば絶望してしまうようなことがあったってところかな」

「化け蜜柑は育ててくれた老夫婦が死んで絶望したってこと?」

「そうですね。闇属性というのももちろん存在していますが、純粋に闇だけなのは非常に珍しいですね。後天的なものがほとんどですし、元の属性を上乗せしているイメージです。闇落ちをすれば強くなりますが、さっきも言った通り理性が破壊されてしまう可能性が高いですし、自ら闇落ちしようとはしないように」

「闇落ちしたら強くなるんすよね。その割には簡単に倒せた気がするけど」


 星司が思い浮かべているのは化け蜜柑とその本体である大樹との戦闘だ。

 手古摺りはしたが、苦戦というほどには難しいわけではなかった。

 改めて考えてみると、あの戦闘には他にも不思議な点がいくつかある。


 例えば、竹刀。

 星司が愛用している竹刀は、海里のもののように特殊なものちうわけではなく、ごくごく普通のものだ。ものを切ったり、発光したり、ましてや竹刀から蔦が出るなんてことは有り得ない。

 無意識に竹刀を触れる星司を見るレオンの視線には複雑なものが混じっていた。


「星司さんの竹刀は一時的に加護を受けていたんです。普通じゃできないことができたのはその影響です」


 答えないのも不自然なので慎重に言葉を選ぶように答える。

 やはりその返答のみでは不満足なようで、聞いた本人である星司というよりは華蓮が眉を顰めている。


「鬼神の加護だよ。星司には少しだけ話したけど、神生ゲームのきっかけとなった出来損ないの神の一人。万物を操る力を持っていて、星司の竹刀は一時的にその力を得ていたんだ。だから大樹を簡単に倒せたんだよ。大樹が元々持っていた木の力を強めることで、火を通りやすくしてね」


 レオンはあっさりと言ってのける海里に咎めるような視線を投げかける。海里は笑ってこれを受ける。


「大丈夫だよ。言っちゃダメなことだったら彼が止めるだろうから」


 言いたいことは山ほどあるが、レオンは溜め息とともに黙する。


「んじゃ、また加護を受ければ闇落ちしてても簡単に倒せるってこと?」

「簡単にとは言えませんが、概ねそんな感じです。ただ加護を受けるにも相性があるので、また加護を受ければ竹刀が使い物にならなく可能性もあります」

「うっ、それは困る」


 長い間愛用してきたものなので手放すことは考えられない。

 いざとなったら仕方がないという思いもある。けれども、なるべくは避けたいというのが星司の心情である。


「それ以前にまた加護が受けられるとは限りません。神は気紛れな生き物と言いますし。本当かどうかは置いといて」

「神自体は気紛れだと思うけどね」


 隣にいるレオンだけに聞こえる声で呟く海里。レオンは無言で同意を示す。

 星司の竹刀を加護していたのは鬼神の力であっても、加護を与えたのは鬼神自身ではない。

 ともかく閑話休題。


「諸々のことは置いておいて本題に戻りますよ」

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