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2-1

 夕陽が町を包み込む世界に、春ヶ峰学園高等部の制服を着た四人の少年少女が歩いている。

 前に女子二人、後ろに男子二人。同性同士で話す中、時折混じり合い、急ぐでもなくゆっくり歩くわけでもなく帰路を歩む。

 四人組となって一週間と少しくらいしか経っていないが、そこには確固とした絆は出来上がっていた。


「そういえば」


 一人の少女が唐突に歩みを止める。つり目が印象的なポニーテール少女だ。

 そのすぐ後ろを歩いていた寝癖だらけの少年、岡山星司は僅かに眉を寄せた。


「どうしたんすか」


 興味なさげな星司の問いかけに、ポニーテール少女こと藤咲華蓮は髪を揺らしながら後ろを振り向く。


「うちでね、甘味処をすることになったのよ」


 華蓮は純和風の屋敷に住んでおり、その横では『藤咲堂』という和菓子屋をこじんまりと営んでいる。


 そして、その更に隣には空き家となっている小さめの平屋がある。そこも藤咲家の敷地内らしく、幼い頃は星司もその平屋で遊んだことがある。

 現在は手入れのさい以外は人が立ち入らない場所となっている。

 その平屋を有効活用するために甘味処を始めるというのは中々に良い案だ。


「そんな金あるんすか」

「愚問ね。うちは結構儲かってるのよ」

「健君とお父様が常連だもんね」


 得意げに答える華蓮に相槌を打ったのは月だ。

 日本人にしては珍しい金に近い琥珀色の髪を持つ月は可憐な笑顔を浮かべている。


 ちなみに、月の父こと春野和幸は【貴族街】と呼ばれる地――巨大な塀に囲まれた閉鎖的空間――を統治していることもあり、かなりの大金持ちである。

 健も、和幸の手伝いをしてはいくらかの報酬を貰っているようで、年に似合わない大金を持っている。

 二人とも金遣いが荒いどころか、ほとんど使わないタイプなのだが、『藤咲堂』の和菓子はやたらと気に入っているようで頻繁に買いくるのだ。


 それもそのはず。華蓮の父にして、和菓子職人の藤咲時雨(しぐれ)は、こんな町中でおさまっているのが不思議なほど突出した腕を持っている。価格も手ごろなため、和幸と健以外にも常連客が多く存在しているのだ。

 時雨の弟子になりたいという和菓子職人も後を絶たず、甘味処は弟子の中でも特に優秀な数人が受け持つことになる予定だ。


「それでね、海里にお店を手伝ってほしいのよ。給料は出すわ」


 言われた当人が一番予想外だったのか、隻眼を文字通り丸くする。

 華蓮が言うには、接客の方の人手が足りていないらしく、十分な人が集まるまでだけでもいいからバイトをしてほしいとのことだった。

 断る理由も特に思い当たらない海里は人好きのする笑顔で快く了承する。


「楽しそうだな」

「だったら月も手伝わない? 月みたいな可愛いお姫様なら大歓迎よ」

「そー、だね。一応、お父様に聞いてみるよ」

「王様ならすぐにOKしてくれるわよ」


 間違いないという華蓮の言葉に、曖昧に頷き、話題が変わりゆくさまを聞くのみに徹する。

 華蓮に悪気はない。問題なのは月自身の心。

 油断すると沈み込んでしまいそうな感情を奮い立たせ、普段通りの自分を装うように尽力する。


 お姫様というのは事実であり、そんな印象を抱かれていても仕方のないことだ。

 だからといって華蓮達が遠慮するような性格ではないのも知っている。

 でも。けれど。


 海里は女装が似合うか否かで盛り上がる三人に反するように、冷え込んでいく自分に嫌悪感を抱きながらも貼り付けた笑顔は消さない。


「次はないから」


 何とか女装云々の話を終わらせた海里はふと月の方へ視線を向け、目をしばたたかせる。

 小柄な身体が薄っすらと黒いものを纏っていることに気付き、かける言葉を思案する。

 星司や華蓮とは違い、月は一週間程度の付き合いでしかなく、難しい問題である。


「私、桐葉(きりは)さんに用事があるから、今日はここで」

「そうなの? 桐葉さんによろしくね」

「うん。バイバイ」


 結局、かける言葉が見つからないまま別れることになった海里は静かに嘆息した。

 一人だけ別の道を進む月。

 嘘をついた後ろめたさから、歩みは遅くなっていく。

 普段なら気にしないことが今日が無性に気になってしまい、一人だけ気まずくなって逃げ出したのだ。


「桐葉さんにも悪い事しちゃった。逃げるための口実に使うなんて」


 女性らしさよりも、男らしさの方を強く備えた彼女ならば気にしないだろうが、罪悪感は消えない。


「どうせなら桐葉さんに頼んで屋敷に行こうかな」


 屋敷とは春野家のことを指す。和幸に甘味処を手伝う旨を伝えるのもいい。

 歩いていけいない距離ではないが、時間も時間なので車で行った方がいいだろう。

 考えを纏め、止まりかけていた歩みを桐葉がいる春野家別荘に進める。


 桐葉とは、春野家に仕えるメイドの一人である。現在は史源町にある別荘で暮らしており、月の妹達の世話をしている。

 屋敷にいた頃は月も何度か世話になった人物であり、姉に近い存在だ。


「あら? 月様じゃない。こんなところで会うなんて珍しいわね」


 片手に買い物袋を提げた女性が立っている。この女性こそが桐葉なのである。

 仕えている身でありながら、敬語を使わず申し訳程度の様付けのみで済ましているのは姉妹同然に育ったから。

 月も雇い主である和幸もそういうところをは気にしない性質なのだ。


 メイドとしての矜持を持っておらず、メイド服は着ていない。桐葉曰くメイド服は着るより着せるものらしい。

 それでもかなり優秀な人材であり、和幸からも絶大な信頼を得ている。


「桐葉さん……屋敷まで送ってほしいんだけどいいかな」

「女の子の、それも月様の頼みを断るわけがないわ」


 手入れの行き届いた手を月の頬に添え、見惚れるようにうっとりと目を細めた。


●●●


 藤咲家の庭はかなり広い。平安時代の屋敷をそのままリメイクしたような家であり、広い敷地内のほとんどが庭といっても過言ではない。

 そんな広い庭では二人の人物が戦闘を行っている。


 動きやすい服装に着替えた華蓮は艶やかな黒髪を振り乱しながら、必死の思いで目の前に立つ女性に斬りかかる。

 霊力を纏った扇子が振り下ろされる寸前、女性は涼しい顔でそれを掴み、空いている方の手で鳩尾に打撃を与える。


「っかは」


 息を詰まらせ、その場に座り込む。


「焔、お前……少し手加減しろよ」


 呆れを言葉に滲ませるのは縁側で二人の戦闘を見物していた銀猫だ。

 座り込み、呼吸を整えている華蓮の傍に立つのは桜の式の一人、焔。


 数十分に及ぶ戦闘だったにも関わらず、汗どころか、桜の髪留めでまとめられた濃緋の髪にも一切の乱れを感じさせない。

 避けることのみに徹していたので、当然と言えば当然である。


「手加減はしてるさ。でなけりゃ、あれだけでは済まない」


 未だに蹲ったままの華蓮と、そんな華蓮の顔を心配そうに覗き込む海里を一瞥する。

 焔が本気で殴っていたら、華蓮程度の身体は十数メートル先まで吹っ飛ばされてたことだろう。


 焔と同じく、視線を向けた流紀は二人の様子に目元を和ませる。

 女同士にしか見えないというのは心の中にしまっておこうと静かに決心する。


「これ以上の手加減は特訓にならんだろう?」

「一理ある」


 パタリと銀色の尻尾が揺れる。

 華蓮は数日前に海里からアドバイスを受け、放課後に毎日特訓をしているのだ。


 今日のように海里が参加することもあり、日によっては流紀だったり、焔だったり、海里だったりと対戦相手はよく変わる。特に流紀が相手することが多い。一番少ないのは焔だが、一番容赦がないのも彼女である。

 一番楽なのは流紀のときだろうか。甘いというよりは、猫の姿で相手しているのが原因だ。


「たまには本性で相手してやればいいのに。この屋敷内だったら問題ないだろう。そもそも、もう隠す必要もない」

「ぐっ……うるさい」


 図星をつかれた流紀は苦悶の表情を浮かべ、焔を見上げる。

 今まで猫の姿で過ごしてきたのはある人物に流紀がここにいることを悟られないようにするためであった。

 桜手製の依代を基にしたこの姿は流紀の気配を極限までに抑え込む。同時に力も制限されてしまうという欠点はある。


 ちなみに藤咲家のように結界が張られている場所では本性に戻っても、気配が漏れることはない。華蓮が初めて流紀と出会った場所もそういった結界が張ってあったのだ。

 しかし、運悪くその人物の前で本性を現さざる得ない状況になってしまった。


 居場所までバレてしまった今、今までのように猫の姿を取り続ける必要はなくなったのである。

 それでも整理はつくまでは猫の姿のままで過ごすことを決めた。逃げていると言われたら、何も言い返せないが。


「ちょっと、休憩」


 ダメージからある程度回復した華蓮はへなへなと縁側に座り込む。


「体力ないな」

「貴方達と一緒にしないでよね」


 焔に言い返す華蓮の口調には普段のような気の強さは感じられず、疲れていることがありありと伝わってくる。

 肩を竦める焔を睨む気にもなれず、華蓮は力なく息を吐き出した。倒れ込むようにして縁側に寝転ぶ。


 そこへ一人の少女が登場する。

 月白色のツインテールの結び目から覗く日本の角と、四本の牙が人ではないことを知らせている。低い身長は宙を浮くことでカバーしている。

 鬼神の眷属のである鬼――紅鬼衆(くれないおにしゅう)の一人で、現在は和幸を主としている。藤咲家に居座っている理由は謎だ。


「お客よ」


 百鬼の後ろに続くようにして現れたのはレミだ。

 教師をしているときとは違い、ウェーブのかかった蜂蜜色はツインテールにされている。

 藍白の瞳は気まずそうに、縁側で丸まっている流紀に注がれている。流紀は静かに目を閉じて白々しく狸寝入りに徹して、レミの視線に答える。


「もうそんな時間か」


 レミと流紀の複雑な関係を知っている海里は重くなっていく空気を打ち消すように立ち上がる。

 浮かべる笑みにレミへの気遣いを滲ませながら、華蓮達に別れを告げる。

 去っていく二人の姿に安堵に似た息を吐き出した流紀に華蓮は首を傾げる。

 いくら鈍感な華蓮でも不自然さくらいは感じている。


「流紀とレミってどういう関係なの?」


 なにも知らない者ならまず抱くであろう疑問。

 答えは簡単だ。だからこそ、流紀は答えることを拒否し、口を堅く結ぶ。

 代わりに答えたのは焔だ。


「姉妹だ」

「お前勝手に」

「言われたくなかったら、口止めしとくんだな」


 悪戯めいた表情をする焔に、流紀は不機嫌そうな顔で黙り込む。


 焔の言葉は一理ある。口止めさえしておけば、絶対に口を割るような奴ではないことを、流紀は長年の付き合いで理解している。

 口止めしなかったのは焔に甘えていたのかもしれない。


「姉妹って、だったらなんで……」


 華蓮の言葉が途中で止まったのはある兄弟の姿が脳裏を過ぎったことだ。

 幼馴染の兄弟。仲が悪いわけではないだろうが、良いとも言えない。

 長いこと一緒にいるのに、彼らの関係を華蓮はよく分からない。


「そういうこともある、わよね」


兄弟や姉妹だって一つの人間関係だ。


新しい話が始まりました。

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