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1-18

 大樹を倒す術について話し合うレオンの背後に忍び寄る影。

 女性の色香を存分に纏ったそれは、後ろからレオンに抱きつこうとする。が、健のときと同じくさらりと避けられてしまう。

 残念そうに肩を竦めつつも、特に表情に変えることもなくレオンに微笑む。

 妖艶の中に潜む、子を見守る母親のような柔らかい表情。


「お姉さんが良い事を教えてア、ゲ、ル」

「なんですか」

「あのねぇ」


 撫でまわすようにレオンに触れる。今度は避けずにクリスの言葉に耳を傾ける。

 スキンシップが過剰なクリスに慣れ切っているレオンは顔色一つ変えない。圧倒的温度差を感じさせる二人である。


「……それは」

「外にいた子が教えてくれたのよぉ」

「外に?」


 眉を寄せて数秒ほど考え込む仕草をしたレオンは「なるほど」と得心いったように呟き、近くにいた海里に呼びかける。

 クリスの話を海里に伝え、戦闘中のメンバーに視線を向ける。


 この作戦の要になるのは星司と華蓮の二人だ。大樹をわざわざこのタイミング、この場所に出現させた理由をそれとなく察する海里である。


「少し強引な気もするけど」

「問題はないでしょう。万が一、失敗したとしてそれを考えずに提案するような方ではありませんし」

「そう、かな。うん、じゃあそれでいこう」


 岡山健という人間は信頼のおけない人物である。しかし、こういったことでは信用に足る人物であることも理解している。


 話が纏まったことを確認し、作戦の要である二人に今の内容を伝えるようクリスに言い渡す。

 動き出したレオン達の空気を感じたレミが視線を寄越していることを認め、アイコンタクトを送る。

 大まかなことを察したレミは躊躇いがちながらも、流紀へと話しかける。


 しばらくして星司と華蓮の二人に作戦の内容を伝え終わったクリスがOKサインをレオンに向けた。


「さて」


 こちらを向いている眠たげな瞳に目配せをする。頷き返した星司は息を整え、大樹に向かって駆ける。

 大樹に攻撃しようとしていることを察したのか、化け蜜柑はこぞって星司の方へ向かう。


「動きが分かっている相手ほど容易いものはないな」


 氷塊と竜巻が化け蜜柑を襲い、柑橘系の匂いが漂う液体が床上に散らばった。

 最後の一体を倒したレミと流紀の二人は静かに作戦の成り行きを見つめる。


 やすやすと大樹の前に躍り出た星司は床を強く踏み込み、通常では考えられないほど大きく跳躍する。

 見開かれた瞳が黒々しい枝がしなるのを目にする。竹刀を振りかぶり、僅かな隙が生まれた胴体を殴りつけようと迫っている。


「やばっ」


 気付いたからといって防御する余裕はない。作戦の行方を見守る面々の助けも今からでは間に合わない。

 窮地に立たされた星司を助けたのは竹刀から伸びた長い蔦だった。


 すぐ傍まで迫っていた枝を締め付けられ、引きちぎられたように床へ落下する。

 何度目かの驚きに目を瞬かせ、竹刀を強く握り直す。


「おぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁ」


 力の限りに竹刀を大樹に突き刺す。

 何度かレミや流紀の攻撃を受けても、傷一つ負うことなかった大樹は竹刀をあっさり受け入れる。

 奇声をあげる大樹を嘲笑うように竹刀は眩しいほどの紅い光を発する。


「華蓮さん!」

「ええ」


 竹刀から手を放し、着地した星司は離れた位置に立つ華蓮の名を呼ぶ。

 それに答えるようにして、発生した炎が大樹を包み込んだ。


「熱っ」


 肌を撫でる熱風に顔をしかめた星司は逃げるようにその場から離れる。

 勢いよく燃え盛る炎に小さく感動しながら、華蓮の様子を覗う。真剣な顔で大樹を睨んでいる。

 大樹を包み込んでいる炎を出しているのは華蓮だ。


 その横に立つ海里は華蓮の肩に手を添え、静かに目を瞑っている。霊力の制御を不得手とする華蓮の代わりにその役目を担っているのである。


「すげー」


 華蓮がこれほどの力を持っているだなんて星司も知らなかった。

 しかし、いくら上手く制御されても、華蓮は妖退治屋となってまだ一か月程度しか経っていない身だ。霊力を使うことに慣れていない者がこれだけの力を使えば、疲労は恐ろしい勢いで蓄積していく。


 十数分ほど経ったくらいだろうか。華蓮の身体が傾いたのと同時に、激しく燃え盛っていた炎が消え去った。

 幸い、大樹は完全に燃え尽きており、体育館の中心部には炎の跡が残るだけだ。


「華蓮さん!大丈夫っすか」

「力尽きて眠ってるだけだよ」

「良かった」


 倒れた華蓮の身体を支える海里の言葉に、星司はほっと胸を撫でおろす。

 向けられる柔らかな笑顔は懐かしさを掻き立て、同時に星司の中では安心感が生まれる。


 そして安心したせいか、あることを思い出す。

 竹刀のことだ。大樹ごと炎に呑み込まれたのだから、普通に考えれば共に燃え尽きていることだろう。


(結構、愛着あったんだけどなー)


 僅かに焦りを感じながら、せめて残り滓でもを視線を巡らす。案外、早く見つかった。

 あれだけの炎で熱せられたにも関わらず、竹刀は完全に無傷でそこにあった。


「よかったぁ」


 心の底から安堵の息を漏らした星司は竹刀を拾い上げた。


●●●


 意識が覚醒した時、華蓮が立っていたのは闇に包まれた空間であった。

 自分の姿すら目にすることはできない。果たして華蓮の目は開いているのか、閉じているのか。


 聞こえる物音といえば、普段より少し荒い華蓮自身の呼吸音のみ。いくら華蓮が鈍感だとはいえ、異常なことに人の気配を一切感じない。

 まるで華蓮一人を残して世界が滅亡してしまったような――。


 嫌な考えが脳裏を過ぎり、(かぶり)を振る。

 大樹は退治できたはずだ。

 言い聞かせるように何度も何度も頭の中で繰り返す。

 しかし、それを払拭するような考えが華蓮の脳内に浮かび上がった。

 大樹を退治した後に更なる脅威が訪れたのではないか。抗うこともできず、みんな殺されてしまったのではないか。


「そんなわけ……ない、わ。だって、そう、みんな強いもの。私だけ残るなんて、そんな」


 普段ならプライドに負けてしまい、決して口にすることはないであろう言葉。

 彼らは、彼女らは強い。藤咲流剣術だの、妖退治屋の技だのを身に着けていても、実践ではほぼ役立たずな華蓮とは違う。


「だれ、か、誰かいないの。ねえっ、だれか」


 震えた声で必死に人の姿を求める。頬には大量の滴が伝っていた。


「うるさい」


 声が聞こえた。

 子供特有の甲高い声は冷たい響きを齎している。

 しかし、今の華蓮にはそんなことはどうでも良かった。人がいたという喜びに胸を打たれている。


 腰の辺りまで伸ばされた金髪が淡い光を放ち、子供の全容を華蓮に教えてくれる。

 歳は五、六歳くらいだろうか。長い前髪に隠された左目には眼帯がつけられている。

 年齢と、髪の色さえ除けば見間違うほどに海里とよく似ている。


「ねぇ……ねえ、世界は滅んだりしてないわよね」


 近づくものを切り裂くような鋭い雰囲気を纏う子供は冷徹な目で華蓮を見やる。


 刹那、華蓮の脳裏に嫌なほどに鮮明な赤い情景が映った。

 真っ赤になった世界で倒れ伏しているのは――。


「っ……!!」

「世界は」


 冷たいばかりだった漆黒の隻眼が微かに揺れて見える。


「世界はとうに滅んでいる。ここは繋ぎとめるための場所」


 動揺を露わにする華蓮を見やる隻眼は明らかな拒絶の色に彩られている。

 仄かに発光する金髪が子供の怒りを体現するようにうねる。全身が華蓮を拒絶している。


「ここは俺とあいつだけの場所だ。何故、お前がここにいる」

「知らない、わよ。私だって来たくて来たわけじゃ」

「ならば今すぐ立ち去れ。部外者がここにいればあいつに負担がかかる」


 多くは語らず自分勝手を貫く子供の態度に、華蓮は先程までの恐怖も忘れて拳を震わせる。


「そんなんで素直に帰れるわけがないでしょう。大体、帰る方法なんて知らないわよ。子供のうちからそんなに偉そうなんて先が思いやられるわね」


 好き勝手に言葉を並べ立てる華蓮に動じたふうもなく、子供は拒絶の色はそのままに前を指差す。


「なによ」


 華蓮の問いに答えたのは水音。

 耳を澄まさなければ聞こえないであろう微かな水音が確かに華蓮の耳元に届いた。

 今まで影を潜めていた湖が、自身の存在をアピールするようにきらきらと輝いて見せた。


「飛び込めば戻れる」

「そんな説明で飛び込めるわけ――」


 ないじゃない。そう続けようとした華蓮の背中に鈍い衝撃が走る。身体が湖に傾き、水の中に沈んでいく。

 無情な瞳でそれを見届けた子供は湖に背を向け、静かに目を瞑った。


●●●


 背中から伝わるのは床の硬い感触。目の前には年季の入った天井が広がっている。

 確認するように視線を巡らし、ステージ上に寝かされていたことに気付く。


 心臓が嫌に早鐘を打っている。何か夢を見ていたような気がするが、霞がかって思い出せない。

 ゆっくりと身体を起こす。かけられていたらしい制服の上着が床に落ちた。


「起きたか」


 耳馴染みした声が響き、高鳴っていた鼓動が次第におさまりつつある。


「終わったの」

「ああ、お前のお陰だ。お疲れさま」


 ねぎらうように華蓮の肩を叩く流紀。

 体育館内には大樹の姿も、化け蜜柑の姿も見当たらない。

 戦闘の爪痕をくっきり残すように、焦げた跡や化け蜜柑が撒き散らした液体が床上に広がっている。


「別人、みたいね」


 立っている銀髪の女性。初めて見た時はほとんど一瞬に近い時間だったので、こうしてまじまじと眺めるのは初めてだ。

 性格も口調も寸分違わず流紀のものだが、姿が違うせいか少しだけ落ち着かない。


「こっちが本性なんだがな。当分は猫の姿で過ごすつもりだから安心しろ」

「なんで」


 藍白色の瞳が不思議そうに瞬く。


「なんで猫の姿なの?別にその姿のままでもいいじゃない」


 今までも微かに抱いていた疑問だ。再び本性を目にしたことで沸き上がったのだ。

 回答者、流紀は気まずそうに視線を彷徨わせ、苦笑する。


「……いろいろあるんだよ」


 曖昧な答え。納得はできないけれど、瞳に宿る切なげな輝きに気付いてしまえば問いただすことができなくなる。

 二人の関係は所詮、一か月程度。これ以上は踏み込んではいけない領域だ。


 淀む空気に口を開く気になれず、互いに黙りこくる。

 漂い始めた気まずい沈黙を破ったのは白衣を纏った男性。ステージ上で夜刀神レオンと名乗っていた人物だ。


「お二人とも、この度はご協力感謝いたします」


 二人の間でのみ淀んでいた空気が一瞬にして掻き消えるのを感じる。

 人好きのする爽やかな笑顔を貼り付けたレオンの顔に見惚れたのか、華蓮の頬は微かに赤い。

 恋愛感情というよりは、ファンが好きなアイドルを思うような感情のように見受けられる。


「華蓮さん、起きたんすか。調子悪いとことかありませんか」


 せっかくのイケメンとの対話を邪魔された華蓮は不快そうな視線を寄越す。

 普段通りの態度に星司は「大丈夫そうっすね」と笑う。


 ふと華蓮は星司がカッターシャツ姿であることに気が付いた。自分にかけられていた制服の上着と星司を交互に見比べる。

 そして突き出すように星司の前へ差し出す。


「ありがとう」

「どういたしましてー」


 星司の言葉を聞きながら、華蓮はレオンの方に視線を戻す。

 華蓮が星司とやり取りしている間に流紀と何やら話し込んでいるようだ。流紀の顔に宿る険しい表情が気になり、そっと二人の会話に耳を傾ける。


「お前ら、何者だ」


 普段より幾分か低い声だ。

 たまたま機会があったからレオンに問いかけているわけであるが、流紀としては妥当な人選である。


 クリスはまともに答えてくれる気がしないし、海里に問いただせばレオン辺りが現れること推測できる。そして、レミには個人的な事情で話しかけるのは憚られる。

 いつかは話すべきだとは思っているけれど、今ではないという言い訳めいた思いがある。


 レオンが答えてくれるかは半信半疑だ。仮に答えなければ一先ず保留にする心積もりだ。

 貼り付けていた笑みの質を変えたレオンはあっさりと口を開いた。


「申し遅れました。私は処刑部隊副隊長、レオンと申します」


 処刑部隊。名前は聞いたことがある。

 複雑な事情を抱えた妖ばかりが集められた王直属の部隊があるという噂を、妖界にいた頃に何度か耳にした。

 王の命を受けて妖を殺すことから処刑人とも呼ばれている。


 流紀が妖界にいた頃は実体の掴めないという部隊といったた噂のみが一人歩きしていた。


「なるほどな。じゃあ、あいつらも処刑部隊と考えていいんだな」

「はい。隊長はクリス様、レミは補佐を務めております。海里様は隊員ですね」

「ただの隊員ってわけじゃないんだろ」


 鎌をかけるような調子で問う流紀にレオンは微笑むばかりで何も答えない。

 わざわざ隊員という言い回しを使ったことから、容易に答えは貰えないとは予測していた。


「ねえ、処刑部隊って何?」


 突然、話に割り込んできたのは華蓮だ。

 今までは静かに盗み聞きをしていたのだが、気になって声をあげたのだろう。

 華蓮が聞いていたことは流紀もレオンも気付いていたので、特に咎めるようなことはしない。


「文字通り、妖を処刑する部隊だ」


 端的かつ曖昧な答えなのは流紀なりの配慮だ。

 流紀は華蓮と海里、そして星司の関係を知らない。

 けれども華蓮の記憶に残っていないだけで、三人の中には確かに絆と呼ばれるものが存在していたことは知っている。


 その絆を華蓮が思い出すまで、あるいは海里や星司が華蓮に話すまでは、華蓮を惑わすような情報は与えたくはない。

 納得しきれない様子の華蓮から視線を外した流紀はレオンに向き直る。


「で、お前等の目的は?」

「もちろん、妖の処刑です」


 お互い、今まで以上に華蓮の存在を意識しながら会話を続ける。


「貴族街と繋がる唯一の町ということもそうですが、ここ、史源町は少々特殊な立ち位置にあります。そのため妖が多く集まりやすい土地でもあるのです。あなた方も何度か遭遇したことがあるでしょう?」


 史源町に妖が集まりやすいことは桜からも何度か聞いたことがある。


「妖が多く集まる町とはいえ、ここ最近の出現数は以上です。我々の任務はその原因を突き止め、集まった妖を処刑することです」


 最近の遭遇率が高いことは流紀も気になっていたことだ。

 華蓮がいるため、言葉を選んでいるような節は見受けられるが、嘘を吐いているようには見えない。


「一先ずは信用しておこう」

「光栄です。では」


 柔らかく細められた漆黒の瞳が華蓮の方へ向けられる。


「ここの片付けは我々に任して生徒のみなさんは教室に戻ってください」

「これだけ時間が経ってるなら気付かれてるかもしれないしな」


 流紀とレオンの言葉を受け、自分が抜け出してきたことを思い出した華蓮は時刻を確認し、半ば焦り気味に体育館と飛び出した。

 それを見届けた流紀は「私も手伝おう」と協力を申し出る。レオン達に全て任せるのは忍びないし、華蓮達がいないところで話が聞きたいという思いもある。


「華蓮さんは忙しないなぁ」


 一限目が始まろうとしている時刻にも関わらず、慌てることなく悠々と体育館を後にする。それに続く海里はレオンの何やらアイコンタクトを交わし、小走りで出ていった。


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