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 第二体育館の外に潜むようにして佇む影。


 一人は小学校高学年程度の身長で、華奢な体つきを少年。

 幼さの残る顔は無表情で、平坦な瞳で体育館内で繰り広げられる戦闘を見つめている。


 その横に立つのは幼い子供を連想させる無邪気な笑顔を浮かべた少年。

 どちらもこの学園の中等部の制服で身を包み、雰囲気に差はあるものの顔立ちは驚くほどよく似ている。


「手古摺ってるみたいだね」

「そんなこと言いつつ、手を貸す気はないんですね」

「手は貸してるでしょ」


 無機質な瞳に映るのは竹刀で無謀にも妖と戦っている星司の姿。

 身体能力は元々高いので、武器さえあればある程度は渡り合える。もっとも殺傷能力のない武器では渡り合うことも難しいだろうが。

 普通であるはずの竹刀によって切り裂かれている化け蜜柑を見る限り、無用な心配だろう。


 わざわざ高等部一年二組に足を運んで取りに行ったかいがあった。


「剣道の腕は学園長仕込み、剣術は王様仕込み。優秀な二人に教えられて、弱いわけがないよね」

「そもそも兄さんは実践向きですしね」

「遺伝って奴かな」

「健兄さんも実践の方が得意ですもんね」


 悠の言葉を聞きながら、健はそっと窓から体育館内の状況を確認する。

 戦闘を担うメンバーは化け蜜柑を倒すことのみに専念しており、レオンと海里が打開策を練っているようだ。


「ふむ。まあ、こんなものか」


 作戦は頭脳派の二人に任せておくのが一番だ。

 華蓮はともかく、流紀辺りはそのことをそれとなしに察しているから、状況に身を流しているのだろう。

 ただひたすら冷静に状況を判断していく健が気になるのはクリスだ。


「いつもあんな感じだけど」


 戦闘に加わるのでもなく、ステージに腰かけて戦闘を傍観している。口元には妖艶な笑み。

 何度か目にしたことのある彼らの戦闘でも、クリスは決まって傍観に徹している。

 彼女の特性をある程度理解している健であるが、今回はやたらとクリスの動きが気になる。


 不意に。


「っ」


 灰色の瞳がこちらを向き、そこはかとなく浮かべられていた笑みが深まる。

 反射的に身を隠した健は高まった心臓を落ちつけるように息を吐き出す。


「大丈夫ですか」

「びっくりしたー」


 この頃には完全に落ち着きを取り戻しており、表情もいつもの無表情に戻っている。

 ここにいることが気付かれたとて、健や悠に何ら支障はない。

 後で面倒なことになるのは避けたいので、気付かれないに越したことはない。少なくとも華蓮辺りには気付かれないように気を配っている。


「健兄さんからの熱い視線を感じたんじゃないですか」

「うるさい」

「ひどいです~。一人が心細いって言った健兄さんのために授業を抜けてきたのに。僕の優等生像がボロボロですよ」

「誰も優等生とは思ってないから」


 素っ気ない双子の兄の言葉に悠は目元に涙を浮かべる。

 非難の言葉を並べ立てる悠を無視していた健はある異変に気付き、僅かに眉を寄せる。


 体育館の外から漂うに妖気が肌を撫でる。

 中の妖気とも混ざり合い、場所の特定は容易ではない。妖気から探ることを止めた健は耳を澄まし、微かな物音を探る。


「あっちか」


 小さく呟き、気配を潜めた健は静かに妖気の先へ歩みを進める。


●●●


「どうしましょうか」


 辺りを見回し、現在の戦況を確認する。

 絶え間なく現れる化け蜜柑はレミと流紀の巧みな連係プレーによってかなりの数を減らしている。


 華蓮はかなり手古摺っているようで、星司の手助けは非常にありがたいものだ。

 ステージ上ではクリスが優雅に見学しているが、最初から彼女には期待していない。あれが彼女のスタイルであり、いざとなれば力を貸してくれることは分かっている。


 そして、残りのレオンと海里は少し離れたところで作戦を練っている。

 本来ならこうして戦闘が起こる前に作戦を練っているわけだが、今回は少々予想外なことが起こっている。いくら世話になっている優秀な情報屋とはいえ、彼を恨めしく思う。


「元は木属性って考えたら有効なのは火なんだけど」

「完全に闇落ちしていますし、単純にそれだけでは効果は薄いでしょうね」

「レオンの力でどうにかできたりしない?」

「いえ――」


 こちらへ向かって来ている化け蜜柑を一瞥したレオンは掌を向ける。

 掌から出現した約十センチメートルの蛇は蛇行し、傍まで迫っていた化け蜜柑に噛み付いた。

 自分が放った蛇の行方に目もくれないレオンはすぐに思考を切り替える。


「実の方はともかく、本体は硬すぎますからね」

「んー、地味に厄介だな。いっそのこと俺が」

「それは最後の手段です。急に面倒がらないでください」

「冗談だよ」


 笑いながら返す海里の右腕に、レオンは自然と視線を向ける。

 滲んだ赤い液体は未だ絶えず、袖を汚している。


「まだ止まりませんね。やはり止血しておいた方がいいかもしれません」


 言うや否や、レオンは懐からハンカチを取り出し、「失礼します」と海里の右腕を手に取る。

 ハンカチを破りつつ、上の方で強く結ぶ。


「ただのかすり傷なんだけど」

「私にもそう見えますが、油断は禁物です」


 難しそうな顔をするレオンの横顔を静かに見つめていた海里は外、開けっ放しにされた扉の向こうに透明の膜が張るのを目にした。

 主に防御の目的で使用する結界と呼ばれる透明の膜。

 現状で、結界を張る余裕のある者は体育館内にはいない。クリスを除けば。


 クリスの所在を確認するようにステージを目を向けた海里は驚きで目を丸くする。


「クリスがいない」

「はい?」


●●●


 物音の正体は予想通り化け蜜柑であった。体育館内にいたものが外へ出てきたのだろう。

 中にいるメンバーだけでは退治が追い付いていないのだろう。

 傍観者を気取っていたとはいえ、外に被害が出るのは避けたい健は一人、対処する他ない。


「疲れたー」


 一区切りついたところで、健はへなへなと地面に座り込む。

 童顔には相変わらずこれといった表情は浮かべられておらず、口調も平坦だ。


「体力ないですね」

「うるさい。悠も手伝え」

「僕みたいな一般人には無理ですよー」


 漆黒の瞳に宿る冷たい色を受けながらも、悠は飄々と言ってのける。

 小さく息を吐いた健は体育館を見上げて「結」と小さく呟いた。

 一瞬にして第二体育館全体に透明な膜が張られている。

 防御壁の役割を持つ結界だが、今回、健が使用したのは化け蜜柑を体育館内に閉じ込めるのが目的だ。


「これでゆっくり見ていられる」

「健兄さんは相変わらず非道ですねぇ」


 侮辱ともとれる悠の言葉を受け取り、健はあるともないとも取れる笑みを口元に浮かべる。


「!」


 最初に、その存在に気付いたのは悠だった。

 どんくりのように丸い目を更に丸めて健を背後を注視する。


「楽しそうねぇ」


 艶めかしい声が耳朶を叩く。


「クリスさんが動くなんて珍しいですね」

「そう?みんなが大変そうなのに傍観してるほど、性格悪くはないわよぉ」


 滑るように悠の後ろへ回ったクリスは絡みつくようにして悠の身体に抱きつく。

 胸元だけが大胆にあいた服から見えていた豊満な胸が悠の背中に当たる。

 味わったことのない柔らかい感覚に、耳まで真っ赤に染めた悠は逃げるように身体を捩る。


「や、めてください」

「あらぁ、可愛いわねぇ。そんな反応をされるともっと遊びたくなっちゃうわぁ」

「ひっ」


 林檎のように赤く染まった顔を引きつらせる悠。

 艶めかしく動くクリスの腕は次第に下の方へとおりていく。焦らすようにゆっくりと。


「離れてやってください。あの妖を倒す方法なら教えるので」

「ざーんねん」


 クリスの腕が緩んだのをいいことに悠はすぐさま健の後ろに逃げ込む。

 縋りつく悠を鬱陶しそうに一瞥した健は淡々とした口調で妖を倒す方法を教える。


「さぁすがねぇ」


 うっとりと微笑んだクリスが健に抱きつこうとするも、呆気なく躱される。

 残念そうに唇に指を当て、官能的な表情で健を見つめる。


 無機質な童顔は微塵も反応を見せない。諦めたのか、口元を緩めたクリスは「ばいばい」と体育館の中に戻っていく。


「クリスさんにあれだけ見つめられてよく無表情でいられていますね」

「普通でしょ。レオンさんもあんな感じだし」


 興味なさげに返した健は、以前の通り体育館内を傍観することを専念する。

 わざわざ健に聞かなくとも、海里やレオンなら大樹を倒す術を考えることは難しいことではない。


 それを分かっていてクリスが聞きに来たのは、最適解を健が用意していることを察していたからだろう。もっとも効率的かつ被害を最小限にできる方法を。

 口元を僅かに綻ばせた健は無機質な瞳を和らげた。


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