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 小走りで学校を目指していた星司は見慣れた二人組を発見し、少しだけ速度を速める。


 水に濡れたように艶やかな黒髪をポニーテールにした少女と、金に近い琥珀色の髪を三つ編みにした少女。

 歩くのに合わせて二人の髪がそれぞれ微かに揺れる。


「あ、星司」


 声をかけるよりも先に星司の気配に気付いた月が後ろを振り返り、声をあげる。

 軽く片手をあげて挨拶をする星司の姿は普段と変わりなく、月は無意識に胸を撫で下ろした。

 少女二人に寄り添うようにして歩いていた銀色の猫がそんな月を見上げ、瞬きをする。


「すっきりした顔してるねー」

「ん、そーか?」


 顔を僅かに傾ける星司に「うん」と小さく返す月。


「家を出たときはすっごく怖い顔してたもん」

「ああ……そうだったかもしんねぇな」


 何度も頷いて主張する月に苦笑を返す。

 あの時は健と海里のことで頭が一杯になっていて、周りに気を回す余裕がなかった。


「わりぃ、心配かけたな」

「ううん、そんなに心配してたわけじゃないんだよ。華蓮が大丈夫だって言ってくれたし」


 星司の視線が月の隣に立つポニーテールの少女の方へ向く。

 相変わらず気の強そうなつり目を気まずそうに逸らす。妙な気恥ずかしさが上回ったのだ。


「それより今日、サッカーの試合あるんでしょ。大丈夫なの」

「あー、あったな、そんなの。ま、大丈夫なんじゃねぇっすか」


 いろいろあってすっかり忘れていたサッカーの試合。練習は一切していないわけだが、星司以外のメンバーはサッカー部なのだろうし(多分)、大丈夫だろう。

 航平達にとっては別の意味があるのだろうけれど、ほとんどお遊びに近い試合だ。


 そのことを理解している華蓮は、適当ぶりを大いに発揮する星司の返答に目くじらを立てることもなく素直に頷く。意外と珍しいことなのだ。


「楽しみだね」

「ええ、頼まれたからにはちゃんと応援してあげるわ」


 胸を張って傲岸な物言いをするところはいつもの華蓮だ。長年の付き合いで慣れ切っている星司は微かに苦笑して答えるのみだ。

 華蓮の難点といえば短気な性格と、偉そうな態度くらいで、星司としては一番気が楽な相手だ。変に気負わなくていいという点では。


「ちょーうれしいっす」

「本当にそう思ってるなら、態度で見せなさいよ!」




 そんなこんなで放課後。華蓮達はサッカーの試合会場である校庭に向かっていた。

 部活動をしている生徒達を尻目に、サッカーコートが設置されている部分へ歩みを進める。普段はサッカー部が練習をしているそこには既に数人の人物が集まっていた。


 見覚えのある面々の大半はもちろんサッカー部の部員であるが、中にはそうでない人物も幾人か混じっている。星司のように助っ人を頼まれた人達なのだろう。


「ユニフォームとか着ないんだねー」


 月の指摘により、初めてその事実に気がついた。

 特に何も言われていなかったので制服姿のままで来ていたが、体操服くらい着てくれば良かった。自身の服装に視線を落とし、心中で微かに後悔する。


 サッカー部と思われる面々は普段の部活動での装いといった恰好だ。サッカー部からしたら部活動の一環という認識なのだろう。

 星司と同じく助っ人として着ている者の服装は統一感がなく、制服を着ている者をちらほらいる。


「動きやすい服装って言っただろ、なんで制服なんだよ」

「いいじゃないですか。僕は制服の方が動きやすいんですよ」


 制服メンバー筆頭して、星司もよく知る人物が涙目で訴えている。

 後輩組の方は動きやすい服装という連絡が回っていたようだ。


 にも関わらず制服で現れ、涙の訴えをしている人物。子供っぽさの残る敬語を使う彼は星司の弟の一人こと岡山悠だ。

 見た目にせよ、性格にせよ、双子の兄である健とは正反対と言えよう。どちらかを入れ替えたらちょうどいい具合になりそうだと常々思う。


 そんな悠を呆れたように責めているのは航平の弟である航輝(こうき)だ。兄弟揃って運動神経が抜群でサッカーが特に強く、日焼け気味の肌は航平にそっくりだ。

 高校一年生と中学三年生で試合をすることになったのは、この兄弟が原因であることは容易に想像できる。


「まあ、悠は自分の動きやすい服装できたわけだし」


 世話のかかる弟達を宥める兄っぷりを見せつけるのは剣道部の後輩、良だ。

 一人だけ精神年齢が高く見えるのは気のせいだろうか。


(悠はともかく、良が相手だと少し手強いな)


 良も良とて運動神経が抜群なのだ。はっきり勝っているといえるのは剣道くらいで、他は五分五分といった感じだ。

 と、視線を巡らせていると航平がこちらに向かっているのが目に入る。


「星司、中三の助っ人がまだ来てないみたいでよ。少し待つことにしたんだけど」


 断る理由も特に思いつかないので首を縦に振る。

 今回の試合ははっきりと高校一年生と中学三年生に分かれている。

 足りない人数を埋め合わせたのも同学年のメンバー。そのことを踏まえると、最後の助っ人の正体も自ずと見えてくる。

 予測が当たっているのならば、この勝負に勝つことは難しくなってくる。だからといって、手を抜くわけにはいかないが。


「せーいじ!」


 人知れず溜め息に近い息を吐いていると、溌剌とした声に呼び止められる。

 振り向いた先に立っていたのは愛しの彼女。満面の笑みとともに抱えられたタッパーから馥郁(ふくいく)とした香りが漂う。


「これ食べて頑張ってね」


 差し出されたタッパーに視線を落とす。

 中では輪切りにされたレモンが蜂蜜に浸されている。こういう場面での定番であるレモンの蜂蜜漬けだ。


「お、サンキュー」


 仲睦まじい恋人の交流をつまらなそうに眺めている華蓮。その懐から唐突に甲高い機械音が突然鳴り響いた。


「華蓮」

「分かってるわよ」


 地面の上に腰を下ろしていた流紀が肩に乗ると、華蓮は不審そうな人々の視線を受けながら妖探査機を確認する。

 光点の位置を確認し、再び懐にしまうと印を組む。昨日の勉強で身につけた術だ。


「待て、華蓮。人前はまずい」

「風よ」


 静止を求める流紀の言葉に耳を貸さず、華蓮は詠唱を始める。

 風が華蓮の周りで渦を巻き、ポニーテールにされた黒髪が激しく揺れる。近くにいた星司は急に強くなった風に思わず目を細める。


「集え」


 荒れ狂うのみだった風が収束し、華蓮の身体を包み込む。


「ま――」

「高く遠くへ」


 目を瞑り、目的の場所を思い浮かべる。

 風に包まれた華蓮の身体は流紀を肩に乗せたまま、宙に浮かび上がる。必死に静止を求める流紀の努力も虚しく、目的の場所へと一人と一匹を連れていく。

 それを見ていた人々は何が起こったのか理解が追い付かず、呆然と華蓮達を見送る。


「大丈夫でしょうか」


 誰かが呟いた案じの声は微かなもので、風の名残によって掻き消された。

 華蓮達の行く末を追っていた星司の視界に落下する銀色の何かが移った。声をあげるよりも先に、それは何かに包まれるようにして姿を消した。


「?」


 首を傾げる星司の傍で口元を綻ばせる何者かがいた。

 恐怖を感じさせるようなその笑みは誰かに酷似している。


 瞬間。


「きゃあああぁああぁぁぁぁ」


 華蓮のものと思われる悲鳴が響き渡り、星司は反射的に声が聞こえた方へ向かう。

 何が起こったのか考える余裕もなく、ただ急かすように足を動かした。


 ●●●


 風の塊から吹き飛ばされ、落下していく銀色の猫の身体が空中で水のような性質を持った障壁に包まれる。上手い具合に衝撃を消し、見事な着地を決める。


 安堵の息を漏らしたのも束の間、少女のものと思われる悲鳴が響き、銀猫の表情は焦燥にかられる。藍白の瞳は焦りとともに少女の行方を目で追う。

 視線を上空に向ければ、見覚えのある少女が落ちてくるのが分かる。


 逡巡し、無言で地面を強く蹴った。

 腰のあたりまで伸ばされた藍色の髪が舞い、まるで翼のようだ。

 悲鳴をあげながらなす術もなく、落下の一途を辿る少女を宙で抱え、音もなく着地をする。

 衝撃で思考の定まらない様子の少女をそのまま地面に下す。微かによろめいたが、気にもとめない。

 助けたことからして本意ではないのだ。


「あ、ありがとう」


 精神を落ちつけながらお礼を述べる少女こと華蓮は視線の先にいる人物に目を丸くする。

 長い前髪の隙間から除く左目の眼帯。藍色の髪は腰の辺りまであり、中世的な顔も相まって女だと言われても納得してしまいそうだ。

 むしろ初対面ならば少女だと勘違いしても不思議はないだろう。


 脳裏に過ったのは化け蜜柑との戦闘のさいに出会った少年だ。

 瓜二つ。似ているというよりは彼そのものであるかのようだ。

 けれども、素直に頷けないのは鈍感な華蓮にも分かるほど身に纏う雰囲気が違うからだ。


 漆黒の隻眼は何も映しておらず、機械的な印象を与える。来るものを拒む。そんな刺々しい雰囲気を纏っている。

 以前あったときは謎めいていながらも、傍にいるだけで妙な安心感ががあった。今はそれが感じられないどころか、まったくの真逆だ。

 まるで、中身だけが違うみたいだ。


「華蓮さん!」


 完全にフリーズし、呆然と少年に視線を注いでいた華蓮は名を呼ばれて我に返る。

 華蓮の無事を確認した星司は自然と横に立つ少年へ視線を移し、足を止める。

 いつも眠たげに半分閉じられた瞳は見開かれ、唇が微かに震える。まさしく驚愕を絵に描いたような表情。


「か、いり?」


 発せられた声は酷く悲しげで、苦しそうだ。

 普段と様子の違う幼馴染の姿に華蓮は自分の動揺を捨て置き、目を白黒させながら二人を交互に見る。

 こんな表情の星司は初めて見た。そして、星司にこんな表情をさせる彼は一体何者なのだろう。


「お前、海里だろ?」


 焦燥と困惑を混じらせた星司は一歩ずつゆっくりとした足取りで歩を進める。

 あまりにも頼りない足取りは少年がいなくなってしまうことを恐れているようにも見える。


「星司君、どうしたの?」


 問いかける華蓮の声すら、今の星司には届いていないようだ。

 縋るように少年を見る星司。

 対する少年は星司のことなど眼中にないとでもいうようにそっぽを向いている。


「俺、お前に聞きたいことがあるんだ」


 星司の言葉に答える声はない。二人の間に大きな壁があるかのように、少年は星司の存在を無視し続ける。

 隻眼は星司の前を素通りし、少年は背を向ける。用は済んだと言外に告げるように歩き出す。


「海里!」


 一際大きな声で、少年の名前と思われる声を叫ぶ。


 少年の足が止まる。ようやく星司の存在に気が付いたかのように振り返った少年は感情の映らない冷め切った隻眼を向ける。

 直接見られたわけではない華蓮ですら心臓が大きく跳ねた。


「俺の名はカイだ」


 一言。

 今までの星司を完全に拒否するような言葉。


 二の句が継げないでいる星司を横目に少年は再び歩き始めた。

 受けた衝撃を隠しきれない星司はただ呆然と遠ざかっていく少年の背中を見つめた。微かに在りし日の出来事が脳裏を掠めた。



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