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神生ゲーム〜妖が唄う瞑想曲(メディテーション)〜  作者: 猫宮めめ
罪過と希望

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6-19(幕間)

 微かな気配を感じた。普段よりも大分弱々しい気配が二つ。

 ふと顔をあげた和幸は立ち上がり、窓を開ける。それとほとんど同時に入り込むのは二人の人物。

 いつもなら窓から入るなと言っているところだが、二人の様子を見て大目に見るくらいの度量は持ち合わせている。


 転がり込むように侵入しながらも、抱きかかえた人物に負担をかけないよう細心の注意を払う悠は「助かりました」と息も絶え絶えにそう言った。


「怪我は、ないな。何があったんだ?」


 史源町で起こっていたことは和幸も知っている。他ならぬ、気を失っているらしい少年の報告によって。

 自分で対処すると言ったのも彼だ。


 彼が無茶な作戦で倒れるのはそう珍しいことではないものの、悠までもが息絶え絶えというのは珍しい。


「とり、あえず……兄さんを、ベッドに……」

「そうだな。預かる」

「お願い、します」


 兄さんこと岡山健を和幸に預けた悠はふうと息を吐き出し、気を引き締める。そうしなければ眠ってしまいそうだったから。

 ほどなくして戻ってきた和幸を迎える。その表情は苦笑とも取れる疲れた顔で、事情は大方理解したと物語っている。


「さすがの健兄さんも、町一つを浄化した上に軛を打ち直せば、からっけつになるということですね」

「むしろ、あの程度済んでいることを称賛するべきだな」


 健の有する霊力は強大だ。桜や妖華に及ばないながらも、和幸の知る者の中では五本指に入る。


 それが今、尽きかけている状態にある。

 そこそこ大きな町を丸ごと浄化した後に、軛を打ち直す。しかも出来損ないでも神が作った軛だ。消耗する霊力は尋常ではない。


 大仕事二つをした後でも平然としていられるのは桜と妖華くらいだろう。あの二人はそれくらいの化け物だ。


「海里さんや、妖姫さんたちの助けがあったからってのもあるんでしょうけど」


 それがなければ、命を落としていた可能性だってある。

 妖姫の協力が間に合ったこともそうだし、海里が自ら協力を申し出てくれたことは悠にとって本当にありがたいことだった。


 ――全ての責任を健君に押し付けるなんて俺にはできない。


 今でも忘れない海里の言葉。あの言葉を聞いた時、悠は本当に嬉しかったのだ。


 ――俺は健君の負担になるつもりはないよ。


 いつも通りを装っていた健が限界に近いことを海里は気付いていた。あのまま追及の場が長引くようであれば、悠の方から無理にでも終わらせるつもりだったので、本当に助かった。


 案の定、健は海里たちと別れてからすぐに気を失った。本人は春野家に着くまではと思っていたんだろうが、本当に限界ギリギリだったのだ。


 星司がいれば、限界を超えても無理し続けていたことを考えると海里には感謝してもしきれない。

 武藤海里という男は、悠にとって好ましい人間である。


「で、陰鬼がいないのは?」

「王様の推測通りですよ。いよいよ危険値に達しかけていたので、交代して森で休養中です」


 ある程度、回復してきたらしい悠は立ち上がり、健が眠る部屋を一瞥する。


「バキューム並みに霊力吸い取られて僕も結構ヤバかったですし、生き倒れになるかと思いましたよ。なんとか辿り着いてよかったです」


 意識のない健は、触れたものの霊力を凄まじい勢いで奪っていく状態にある。和幸も短時間でかなり持っていかれた。


 霊力は消耗しても休息を取れば、回復するものだ。しかし、健の外から奪わなければ回復が間に合わないほど危険な状態にある。触れていないものの霊力まで奪わないのは、健自身の理性がなんとか耐え忍んでいるからだ。


「屋敷で休養すれば多少、回復は早まるだろう」

「僕もちょいちょい分けに来ますし。まあ、眠っているだけと考えたら、大人しくしてくれて安心できますし」


 少しでも意識が戻れば、無理に起き上がるだろう健のことを思い、内心で同意する。


「お前も休むなら部屋を準備するが? 顔色悪いぞ」

「んー、まだやることありますから。少し休ませてもらえれば大丈夫です」


 健のように無理をすることはないという信頼から素直に受け入れる。というより、健がいない状態で悠にどうこう言っても面倒なことになるのは目に見えている。

 健以上に扱いづらいが悠なのだ。




 あれから五日ほどが過ぎた。健は未だ目覚めないまま。


 とはいえ、全く変化がないわけではなく、回復に向かっていっているのは確かだ。

 握る手を通して健へ流れ込んでいく霊力。初日に比べると大分遠慮がちなのは、健の意識が戻りつつあるからだろう。

 そのせいで回復が遅れていると思うと複雑な気分だが。


「もう少し無遠慮でもいいんだぞ」


 眠る健の頭を撫でる。

 青白い肌に、力なく閉じられた瞼。呼吸音は小さく、死んでいると言われても納得してしまう寝姿だ。

 事実、見慣れた光景のはずなのに、いつもぎょっとする。


「っさま」


 消え入りそうな声を和幸の耳がとらえた。

 瞼が震え、ゆるゆると持ち上げられる。久しぶりに見る黒曜石の瞳は茫洋としながらも、確かに和幸の姿を映し出す。


「……何日ですか」

「今日で五日目だ」


 開口一番がそれかと呆れながらの答え。返ってくる頷きはひどく小さなものだ。


「陰鬼は……そうか。ん、王様もありがとうございます」


 まだ頭が働いていない状態だろうに、的確に状況を読んでみせる健。気にするなと頭を軽く叩いてみせる。


 奪われる霊力がまた格段に少なくなった。

 気付かないふりでやり過ごす和幸は新たな来客の気配を察し、扉を見やる。つい先程、出ていったばかりのはずだが。


「あ! お目覚めになったんですね。よかったー」

「近づくな」


 闖入者、悠に投げかけられるのは冷たい声。歓喜の表情のまま固まった悠は、徐々に顔を崩し涙を浮かべる。


「なんでですかぁ。ずっとずっと健兄さんのお目覚めを待っていたのに。感動の再会ですよ。抱きつくくらいご愛嬌じゃないですか」

「顔色悪いよ」


 いよいよ悠は押し黙る。

 健が眠って以来、悠は毎日のように霊力を与え続けていた。自身の回復を待たず、ずっと。

 倒れないよう、調整はしていたようだが、顔色の悪さは隠せはしない。


「しばらく、お触り禁止」

「うぅ」


 ここまで健に言われたら、悠は何も言い返せないし、できない。諦めて肩を落とすしかない。


「それで、なんで戻ってきたの?」


 確かに悠はほんの一時間前に春野家を訪れていた。その時の健は眠っていたはずだし、彼が知るわけけがないという思いは健の前だと無駄だ。

 万全でなくとも、ここまで状況を読めてしまうのだから頭が上がらない。


「そうでした。健兄さんに伝言を頼まれてたんです」

「伝言?」


 ここでようやく身体を起こした健が、首を傾げる。


「翔生さんから、嘘でも救われた。ありがとう、だそうです」


 やはり似ていない物真似を披露する悠に、得心がいった健は「ああ」と呟く。翔生との戦闘の最中、自分は彼にあることを告げた。嘘でも、冗談でもない真実を告げたつもりだったのだが、何か勘違いされているようだ。


 三日前、悠は星司からこの伝言を託された。しかし、肝心な内容までは聞いても答えてはくれなかったので、翔生に聞きに行っていたのだ。

 伝言を確実なものとして悠は、己の本能に従って春野家に戻ってきた。


「まあ、いいか。それで悠は不機嫌なのか。兄さんとも話したのかな」

「……健兄さんは、本当にもう帰るつもりはないんですか」

「当分はね」


 あの家族の中に自分は必要ない。空いてしまった穴が問題ないと思えるように、今まで接してきた。今さら健がいなくなったとて変わるものは何一つないのだ。

 今までも、これからも健はたった一つの目的のために動くだけだ。

長いことお付き合いありがとうございました

第2節に続きます

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