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6-14

 一人、結界の外へ出た健は何か言い合っている兄と弟を一瞥する。星司のことは悠がどうにか説得するだろう。

 説得できるかよりも悠が余計なことを言わないかの方が問題であるものの、今はどうでもいい。本当に言ってはいけないことであれば、口止めか行動制限くらいしている。

 悠は健の命令には逆らえないないのだから。


「さーてと。陰鬼、術解いていーよ」

「承知しました」


 影縫――影をその場に縫い止めることで敵の動きを封じていた陰鬼の瞳から紅い瞬きが消える。


「んじゃ、適当にサポートよろしく」


 言うが早いか、その手には細身の剣が握られている。

 健が生成するのは決まって細身か、刃渡りの短い剣に限られている。身体強化しているとはいえ、重量のある武器を振り回すのは難儀なのだ。

 大剣を使おうものなら、逆に振り回される未来が透けて見える。


「一人で相手できるなんて甘く見てくれちゃってるね」

「正当に評価しているつもりです。外れてくれるとありがたいんですけれど」


 答えながら剣を横に薙げば、土塊がばらばらに崩れ去る。そのまま地面を蹴って跳躍。

 健が立っていた場所には大量の骨が生えている。


「くそっ」


 健の立つ場所をめがけて次々と骨を生やすものの、ことごとく避けられてしまう。かすり傷一つつけられない状況に苛立ちを見せる翔生は更なる力を求めるように目を瞑る。


 もっと、もっと、もっと。もっと強くならなければ。

 望みを叶えるためには、海里を死んだ事実を失くすためには力が必要だ。

 ただひたすらに強さを求める翔生の意志に応えるよう、妖力が爆発的に高まっていく。


 生成されるのは三メートルほどもある骸骨。地面から上半身だけ出したそれは力の限りに健を殴りつける。


「力押しだけじゃ、どーにもなりませんよ」


 骨の拳を細身の剣でいなすように躱し、術者である翔生の背後へ回り込む。

 身を固くした翔生の耳元に顔を寄せた健はそっと口を開いた。


「――――――。――――」

「誤魔化しはいらねぇ。カイは……っ!!」


 巨大な拳が健を握り潰さんと影を作る。上へ向けた剣を関節に滑り込ませ、切っ先から燃え上がった炎で灰へと変える。


「その力はよくない。身を滅ぼしま――っ」


 忠告とともにトドメを刺そうとした健の動きが刹那だけ止まる。刃こぼれした剣を捨て回避するものの、その刹那は致命的だった。

 浅黒い拳の、強烈な一撃をもろに受け、吹き飛ばされた健は結界に背中を強かに打ち付ける。口から空気を抜け、地面にへたり込みながら何度も咳き込む。

 その間にも攻撃は迫っていた背後から健の身を案じる声が聞こえた。


「だい、じょ、ぶ。この程度、問題ない」

「……健っ」


 漆黒の攻撃をまろぶように避け、そのままの反動で立ち上がる。


「兄さんは大人しく見てなよ」


 ナイフを数本生成し、攻撃主に向けて投げる。ひ弱な力で投げられたナイフは急加速し、浅黒い肌を傷つける。


「やっぱり治るか。ほんと、面倒だな」


 瞬く間に完治した傷に息を吐く。

 ちらちらと視界をよぎる黒い雪。雪は触れたものの陽気を吸い取り、邪気に染める。そして、その邪気を糧にオンモは己の身体を治癒しているのだ。

 “はじまりの森”を、史源町を満たす邪気がある限り、オンモに傷を負わすことはできない。


「抜け道はいくらでもある」


 口の中で呟く健は再度、細身の剣を生成する。尋常ではない速さで飛び込んでくる黒い塊を、生成したばかりの剣で受け止める。

 金属がぶつかり合う音が響き渡った。伝わる衝撃が細い刀身を激しく揺さぶる。


「黒雪の中でそこまで動けるとは驚きだな。……ふむ、結界を張っておるのか」

「ご名答」


 健の身体には薄い結界は張られている。結界を纏っていると言ってもいい。

 黒雪は触れたものの陽気を奪う。ならば、触れなければいいだけの話だ。

 結界を纏えば、黒雪と触れる機会はなくなる。その上、受けるダメージを減らせることもできるのだ。先程の攻撃も実は見た目ほど効いていない。


「器用な真似をするものだ」

「弱者の知恵という奴です」


 感心するオンモと、いけしゃあしゃあと嘯く健の攻防。漆黒の刀と細身の剣が激しくぶつかり合う。

 実力は同程度。手助けする味方がいることを考えると、分はオンモに傾いている。


「ライトニング」


 舞う葉が生み出す閃光から逃げるように後退する。舞い上がる砂塵を一振りで切り裂き、迫る黒を新たな剣で受け止める。


「ふぅ、間一髪。助かったよ」

「礼には及びません」


 返すのは陰鬼。影を操る力を有する彼がオンモの影を操り、一瞬だけ動きを遅らせたのだ。使いようにとっては強力さを見せる力だが、こうしてサポートに回ることが多い。


「これで終わりだなんて安心してもらっちゃ困っちゃうよ。――ライトニング」

却下(キャンセル)


 サカセに譲るように退いたオンモを横目に一言。

 瞬く閃光が消失し、驚くサカセの頭上に刃を生成する。ギロチンの刃に似たそれは加速しながら落下していく。

 誰もがサカセが真っ二つに切り裂かれる未来を想像する中、当の本人は口元を綻ばせる。


「世界を逆さに」


 暗転ののちに景色が一変する。立つ場所が変わったとしか思えない変化にふと頭上を見上げる。

 勢いよく落ちてくる刃は避けられないところにある。そういうことかと目を瞑った健の身体が二つに裂かれ、飛沫が上がる。最後に聞こえてきたのは絶望を詰め込んだ兄の声だった。


「……嘘、だろ」


 目の前で弟の命がつきる瞬間を目にした星司は愕然と呟く。

 何もできなかった。あの時みたいに何も。ただ後悔の上塗りをしただけだ。


「嘘、でしょ。健君が……死んで、ないわよね」

「あれで死なないとなったら、いよいよ化け物認定されそーですけれど」


 衝撃的な光景を受け入れられず、声を震わせる華蓮の隣に立つ誰か。

 状況にそぐわない気安さで返す声には聞き覚えがある。たった今失われた声だ。

 健の死体から目を逸らすという意味を込めて、横を向いた華蓮はそのつり目を見開かせる。


「健君!?」


 今しがた、目の前で二つに切り裂かれたはずの少年が、なんでもないかのように佇んでいる。服が少し汚れていることを除けば、ほぼ無傷と言っていい。


「なんで……お前、さっき――!!」

「そうよ。なんで、ここに健君がいるのよ」

「なんででしょーね」


 あまりの衝撃に困惑を隠しきれない二人を意に介さない健は口の端をわずかに上げてみせる。


「俺の死体、見てみなよ」


 言われ、おそるおそる健の死体があるはずの場所へ目を向ける。

 そこには――。


 血濡れの死体が倒れているはずという二人の想像を大きく裏切り、そこには二つの砕けた氷の塊が転がっている。

 血だと思っていた飛沫はただの水だったようで、濡れた地面があるだけだ。


「ちょっとした小細工ですよ。海里さんの傷を見て予想はついていましたから」


 肩から腰にかけて斜めに施された傷。所謂、袈裟斬りと呼ばれる斬撃によって施された傷は、海里の霊力の残滓が漂っていた。

 海里自ら傷つけるわけがない。ならば何故、そんな傷を負ったのか。


 真っ先に思い浮かんだのは海里が放った攻撃を反射するという方法。けれど、虚をついたとて海里がただ攻撃を受けるとは考えにくい。

 あの傷は真正面から攻撃を受けた傷だった。


 一度だけサカセの術を見た経験がある一つの答えを導き出す。

 立てた仮説に確信をもつためには実践が一番だ。健はサカセの術を見抜くために細工を施した。


「陰鬼の影を操る力を使って、人型の氷に俺の影をつけたんだよ。そして、タイミングを見て、入れ替わった」


 入れ替わったのは、オンモの攻撃を受け、結界に背中を打ち付けた瞬間だ。

 障壁として来るものを拒むように組み込まれていた術式は、あの一瞬だけ受け入れるように書き換えられた。今も森の中に潜む協力者が健の意図を汲み取ってくれたのだ。


 倒れ込むように結界内に侵入した健は陰業の術で身を隠し、氷の人形を操ることに専念した。オンモに気付かれないか心配だったが、何とか上手くいったようだ。

 ちなみに人形が行っているように見えた術は全て、健が遠隔で行っていたものだ。


「半分賭けみたいなものだったし、上手くいってよかったよ」


 無表情で言ってのける言葉は、健の本心なのか、謙遜なのか、星司たちには分からない。


「さてと、こっからは本領発揮と行こーかな」

「大丈夫なのか。同じ手を使うってわけにもいかねぇだろ」


 何度も同じ手が通用するような相手ではないことは健もよく分かっているはずだ。

 今度こそ、健が死んでしまったら。不安を色濃く映し出した顔に嘆息しつつ、健はすぐに背を向けて歩き出す。


「さっきも言ったでしょ。俺は死なない。……それに、二度も見れば十分だ」

「十分って……」


 星司に対する興味を失ったかのような健は傍らに立つ陰鬼に目を向ける。視線を交わすのは刹那。

 地面を蹴り、掌に剣を生成する。次々に生える骨を巧みに避け、襲いかかる泥人形を切り裂いていく。


 健の後を追うように走るのは黒い物体。邪気とは違うそれは健が取りこぼしたものを絡めとり、粉砕していく。痒いところに手が届く勢いのそれを健が気に留める素振りはない。


「全部分かってるみたいに……調子乗ってくれちゃって」


 向かい来るサカセの周囲には七色に光る球が浮かんでいる。目が眩むような輝きで飛び回る球を軽々と避け、サカセの懐に入り込む健。細身の刀身がサカセに深々と突き刺さる。


「ぐあっ……せかい、を、さか、さに」

却下(キャンセル)


 走る緊張を無視した一言に薄い赤の瞳は大きく見開かれた。震える唇が「嘘だ」と紡ぐ。


「本当です」


 笑みを作った健の瞳が紅い輝きを纏う。瞬きの間に生成された大量の刀剣が次々にサカセへと降り注ぐ――滑り込んだ漆黒が全ての刀剣を弾いてみせた。


 バラバラと地に落ちた刀剣たちは、すぐに消失する。

 勢いのままに向かい来る漆黒を、細身の剣で受け止める。衝撃で刀身がたわみ、細い腕に振動を伝える。


「お主、ただの人間ではないな?」

「ただの、が何を指すか分からないので、お答えしかねますねっ、と」


 身体強化を施した腕で、オンモごと漆黒の刀を振り払う。


「はぐらかずともよい。万物を操る力を有した神がいるという話は我も耳にしたことがある」


 確信をつくようなオンモの言葉に、意味ありげな表情を見せた健は逡巡する。

 はぐらかすか、否か。

 どちらを取っても、健には不利益はないということに気付き、「よく知っていますね」と曖昧に笑う。そして――。


「俺も知ってますよ」


 剣を捨て丸腰のまま、オンモに向き直る。これは、ある種の切り札だ。

 打開するためではなく、オンモという妖を理解するための。

 状況を悪くする可能性に気付きながらも健は言葉を紡ぐことを選ぶ。


「蟲毒が禁術と呼ばれている所以」


 禁じられているからには理由がある。強力だからという理由だけで禁術と呼ばれたりはしない。

 死者の力を生者に分け与える術。最後に残った者は常人ではありえない力を手に入れる。

 弱者ですら、強者になり得る夢のような術。その性質を知れば、答えは自ずと見えてくる。


「弱者が急に強い力を得て、すぐに扱えるはずがない。自分の力ですら強すぎるために制御できない人が大勢いるんですから」


 海里の眼帯。レミの腕輪。あれらは二人の強すぎる力を抑えるために妖華がしつらえたものだ。

 力を解放して制御するにも一時間ももたないことだろう。


 それを他人の力でするのは無謀もいいところだ。

 今、サカセには何百もの妖の力が集っている。その中でサカセ自身の力など微々たるものに過ぎない。


「僕は制御できちゃってる。他の奴らが無能なだけなんだよ」

「そんな甘いものではありませんよ。サカセさんの場合、出来ているのではなくて出来ている風に見えているだけです」


 おそらくは本人の精神力と、オンモが手を加えた結果だ。どちらかが崩れれば、あっさりと終わる諸刃の剣。


「諸刃の剣でも構わない、というのがオンモさんの見解ですかね」


 ここからはただの推測だ。


「仲間だ、家族だといーながら破滅の可能性がある術を施す。蟲毒によってサカセさんの身が滅びよーとも、貴方には大した問題じゃないんでしょーね」


 攻撃をしかける隙を窺っていたサカセが瞬きをする。怪訝そうな顔だ。

 ちらりと横目で翔生の方を見れば、黒い糸のようなものに動きを封じられている。

 健の語りを邪魔する者はいない。


「貴方が本当に大切なのは半身――オンラさんだけ。彼女のためならば仲間がどーなろーとも関係ない」

「……ふむ、慧眼と褒めるべきか?」

「オンモ、さま? 冗談ですよね。僕たちを裏切ったりなんか……」


 肯定ともとれる主の言葉に動揺を隠しきれない薄い赤の瞳が揺れる。

 家族だと、仲間だと最初に言ったのはオンモだ。為す術もなく運命に殺されるはずだったサカセに手を差し出したのは――。

 信じていたもの、縋っていた者が揺らぐ。心が揺らぐ。身体が揺ら、ぐ。


「安心するがよい。我はお主らを裏切りはせぬ」

「オンモ様……!」

「家族ならば、仲間ならば、その身を賭して我の目的に協力するのが道理であろう?」


 薄い赤の瞳が音をたててひび割れる。

 膝をついたサカセの身体から立ち込めた数百人分の妖力が邪気と結びつき、おぞましい姿を作り出す。

 小柄な体はヘドロのようなものに覆われ、血で染まった衣装を黒に染める。

 一瞬にして邪気に染まりきった妖力を無感動に眺めながら、どうしたものかと思案する。


 原因であるところのオンモが怪訝そうな表情を見せているのは予想通りだ。

 彼は欠落している。家族だ、仲間だと嘯いたのはきっと真実。けれども、彼は欠落している。

 半身、そして無二の親友以外の存在に対する情が、理解が圧倒的なまでに欠落しているのだ。

 だからこそ、こうしてサカセが動揺し、崩壊した理由が分からない。


「疑問だな。こんなことをしてお主に何の利益があるというのだ?」

「簡単な話です。同じ脅威なら理性を失くしてくれた方が幾分か倒しやすい」


 殺しやすいと言わなかったのは星司たちがいるから。

 彼らはまだ甘い。ぬるま湯につかっている。妖を倒すことが、命を奪うのと同じ意味を持っていることにまだ気付いていない。

 その甘さに苦笑する健は肥大化していくサカセの身体を無言で見つめる。

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