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 帰宅した華蓮は自室に籠り、熱心に机と向き合っている。岡山家のときとは違い、今回勉強しているのは妖退治についてである。

 講師は机の上に二本足で立っている銀色の毛並みを持つ猫。


「術を使う上で重要となってくるのは自分が最も得意とする力を理解することだ。霊力にしろ、妖力にしろ個性ってのが絶対ある。何ができて何ができないか見極めることが術を使うことでの第一歩になる。例えば」


 前足を上げた流紀は宙に水を生成する。生成された水は音もなく凍りつき、数秒も経たぬうちに氷と変化した。


「私が得意とするのはものを凍らすこと、次いで水を生成することだ。逆に火を生成することはできない」

「相対する力はできないってこと?」

「そうとは限らない。桜みたいに一通りできるような奴もいるし、相対する力が得意な奴もいる。単にそういう個性というだけだ。生まれながらに様々な力を使える奴いれば、努力することで力の幅を広げる奴もいる。逆に努力しても身につかず、生まれながらの力一つに頼り切るしかない者もいるわけだ」


 そこは頭脳や運動神経と同じだ。生まれながら天才的な才能を持っている者もいれば、努力して才能を開花させる者もいる。そして努力をしても実らず挫折を味わう者も。


 術に関して頭脳や運動神経と違うのは、一つの力に頼り切るしかなくても劣等生になるわけではないということだ。己のやり方次第で天才に打ち勝つことすらできる。


「基本的に最も得意とする力を核と置き、枝分かれ式に使える術を増やしていく。核は必ず一つとされている。私の場合はものを凍らすことだ。桜のように一通りできるからといって核が複数あるわけではない。私も桜の核は知らないがな」


 実際、桜が正しいといえる。

 核を知られることは弱点を知られることに等しい。親しい者にも知られないようにするのが普通だ。


 流紀が華蓮に教えたのは彼女にとって隠すことは意味がないからだ。ある程度、戦闘慣れしている者ならば少し戦っただけで流紀の核が何であるか察することができる。

 核が知られている戦闘に慣れている流紀にはどちらでも構わないというのが正直な話だ。


「術を使う戦闘だと相手の核を知っていた方が有利に進められるが、華蓮の場合は考えすぎな方がいい。自身のペースでの戦闘を貫くことが第一目標だな」

「私、自分の核なんて知らないわよ」

「藤咲家は木系のイメージがあるが、一概にそれとは言えないしな」


 関係ないわけではないが、核となる力は必ずしも血筋に沿っているわけではない。

 人間とは違い、生まれながらに自らの力を自覚している妖である流紀には最適な探し方は分からない。そもそも、いくら桜の傍に長くいるからといって妖である流紀が妖界退治屋に関して教えられることは限られているのだ。


「まー、ゆっくり探していけばいいさ」


 素直に頷いた華蓮は流紀が言っていたことを熱心に書き込んでいく。

 真剣さそのものの横顔を見つめた流紀は華蓮が考えていることを察し、にやりと笑う。


「次こそは活躍できると良いな」

「っさいわね」


 流紀の言葉に動揺したせいでノートに描かれた奇怪な線を必死に消す。


●●●


 簡素な文机に座布団。大量の古びた書物がそこら中に散らばっている。

 部屋の主は文机に背を向ける形で座っている。


 水に濡れたように艶やかな黒髪を背中に流し、黒曜石のような瞳は静かな光を宿している。身に纏っているのは紺色の着物だ。落ち着いたデザインで、下の方で桜が花を咲かせている。

 彼女が座る前にはなみなみと水が入った水瓶が置いてある。


 その横には露草色の髪を側頭部で二つに括った女性が鎮座している。右手には小さな鈴をつけており、表情を見る限りいささか不機嫌そうだ。


 水瓶の水面には金髪の女性が映っている。全身までは見えないが、十二単にも似た豪奢な着物に身を包んでいる。幼さの残る顔にはあるともないともとれる微笑が浮かべられ、紺碧の瞳は水瓶の前に座る桜を真っ直ぐ見据えている。


『貴方の孫、妖界退治屋になったらしいわね』


 顔と同様、その声には幼さが残るが、どこか大人っぽい印象を与える。

 桜は相変わらずの冷たい黒曜石の瞳で、金髪の女性を見据えている。彼女は数十年来の友人なのだ。


「あらあら、貴方は無駄話をするために(わたくし)を呼んだのかしら。そこまで暇ではないのだけれど」


 不機嫌を隠そうとしない言葉を発したツインテールの女性は水面を揺らす。

 彼女は桜の五番目の式であり、名を碧水(へきすい)という。

 いつも一緒にいる半身がいないためか、すこぶる機嫌が悪いのだ。


「碧水」


 静かな声に呼び止められ、群青の瞳を主へ向ける。

 黒曜石の瞳からの威圧に渋々といった体で水面を揺らす手を止めた。


『ほんっと桜の式ってろくな性格なのいないわよね』


 ようさくおさまった波紋に息を漏らした女性は子供のように頬を膨らませる。

 碧水は苛ついたように鼻を鳴らし、桜は特に何を言うでもなく水面を見つめるだけだ。


『まあいいわ。本題に入りましょう』


 その一言で女性の表情が一変する。

 幼さの残る顔立ちには不釣り合いなほどの凄まじい威厳。不釣り合いだと思いながらも、少しの違和感すらない。

 先程まで子供のように頬を膨らませていた人物だとは信じられないほどの変わりようだ。


『貴方の孫、彼らに会ったのよね』


 彼らとはすなわち彼女直属の部隊のことを指す。実はこの女性、その筋ではかなりの重鎮なのだ。

 桜は肯定を示すように頷く。その時のことは今のように水瓶を通して見ていた。


「問題はないでしょう。貴方の術がそう簡単に解けるはずがありませんし」

『あの術が完全だったらね』

「それは……」

『かけている途中で妨害を受けてしまったの』


 今の今まで何も言わないでいたのはその妨害がもたらした結果が決して悪いものではなかったからだ。

 むしろ女性には有り難いことのように思えた。本当はあんな術かけたくはなかったのだ。


 女性の術を妨害できるほどの実力を持った存在は限られている。術がどういうものであったかを考えてれば、犯人はおのずと見えてくる。


「しかし……彼にそんなことをしても利益があるとは思えませんが?」

『そうね、彼の考えることはよく分からない。でも、これから大きなことが起こるわ」


 そのとき初めて桜の顔に表情が宿った。

 驚いたように目を見開き、瞬きを何度か繰り返す。それは次第に不快そうな表情に変わっていく。

 隣でつまらなそうに話を聞いていた碧水の顔が楽しそうに歪む。


「それは本が告げていた(・・・・・・・)のですか」

『本はなにも。直感というのかしら、なんとなく分かるのよ』

「集まり始めているとは思っていましたが……これもなにかの兆しなのかもしれませんね」


 それを感じていたからこそ、桜自身も華蓮が妖退治屋になるように示したのかもしれない。


 誰よりも、何よりも強大な力を持ち合わせている二人は直接手を出すことができないのだから。

 胸中に湧きおこる悪い予感を誰かに託すことしかできないもどかしさ。


「いつまでこうしていられるのでしょうか」


 無意識に顔を上げて桜はどこか遠くを見るように目を細める。それは瞼の裏に映る何かに縋るようでもあった。

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