第二章〔4〕 /…厳しい訓練・交流
樹子と江菜の二人はそれぞれ訓練に向かい、ゆっくり話しが出来るのはたいてい夜だった。
そんな時、江菜は毎度のように激昂していた。
「あーもー何なの!?イライラするったら」
「ちょっと落ち着きなさいよ、何があったの?」
すると江菜は、さっきまでの激昂ぶりが嘘のように、何とも言えない表情をして溜息をついた。
「彩橋サンのこと」
やはりね、と言った表情を浮かべる樹子に気付かず江菜は続ける。
「何であんな態度しかとらないの」
「あんな態度って?」
(何故、君はまだ弱くて当たり前なのに、そんなに必死なのだ?)
頭上から、静かな声が聞こえた。
はいつくばっている江菜はしばらく目を閉じ、気分が落ち着くのを待つ。
(その当たり前が悔しいんですよね…!)
彩橋は、起き上がる江菜の顔を見つめる。
(なら、最低でも私が教えたラインを崩すな。…私に勝てなくていいのか?)
江菜は首を横に振った。
(いいえ!)
それから、再度手合わせをした。
(中々だった)
何が中々よ、全く歯が立たない。
くそっと悪態をつきかけて、江菜はかろうじて飲み込んだ。
(少なからず怪我を負いました。本番なら死んでいますか)
江菜は、彩橋との手合わせの末についた打ち身や傷を示す。
江菜に聞かれ、彩橋は苦笑した。
(安心しろ、それぐらいの怪我なら十分助かる)
言って、彩橋は関心を持ちながら江菜を見る。
「言ってる事もやってる事も全部正しいの。正しいのよ。もうっなーんか口で言われるとやたらムカつくから、言う事書いた本渡せよって感じ。樹子は先生とどう?」
樹子は、やはり自分達とは違うと感じた。
(先生、もう一回お願いします!)
ラルイートがかすかに微笑む。
(あぁ、君が大丈夫なら)
(はいっ平気です)
ラルイートは口に出して言わないものの、訓練には動きの華麗さだけでなく、いかに精神と自然を調和させられるかも自ずと必要になる。
その為には訓練に入る前に予め無心となり、神経を研ぎ澄ましておくのだが、樹子はそれがよく出来ていた。
(君はするべき努力をきちんとしていて、弱音を吐かない。私は、そういう者に好感を持つ)
(その努力が遠慮なく出来るのは、先生が教えて下さる事なら何でも、確実に私のプラスになると分かるからですよ)
だからこそ、安心して僅かな合間も練習に費やす。
(先生がなさること、何一つ間違ってないって確信があるんです)
ラルイートが、不思議そうに眉を動かす。
(何だ、それは?)
(信頼…だと思います)
勉強と訓練に追われていても、夜に現れる栄真と会話をする事は忘れなかった。
栄真に動きを見て貰う事を思い付いたのは、訓練が始まって間もなくだった。
「動き、見て下さい」
『いいだろう』
栄真は頷いた。栄真の口から指摘が出ない日は無かった。
『背筋を伸ばして。…始めて』
それを始めに、樹子は、演舞を開始した。
『そう…そうそう』
しばらく演舞をした後、樹子は改めて自分の未熟さに気付いた。
『この動きでは、そこまで身体を縮んだり伸ばしたりしない。腕は、伸ばしたまま』
栄真の指導はまだまだ続く。
「ありがとう…ございました!!」
樹子は毎回、床に尻餅をついて、汗だくになりながら言った。
『一番気になるのは背中。そして次に脚。この二つを気をつけてくれ。折角だから、君の手足の長さを活かしたい』
「はい!」
栄真は、思わず樹子に手を差し延べかけた。
差し延べてどうなる、掴めないのに。
『何か変わったな。自信みたいなのが出てきた』
自信。
この言葉は樹子に疲れを忘れさせた。
「そりゃ、いい先生が二人もいるんですから」
突然、何とも言えない顔をした栄真の姿がぼやけ、消えた。
「自信…私に欠けているものが…」
チーム内訓練の他に、利根川教官や翠話教官、そして彩橋教官のチームと合同訓練をする時があった。
「一つ一つの動きがとても素晴らしいです。元々貴女は、戦闘向きな素質のようですね」
樹子が、今まで習った事を幾つか真似すると、細い足を組んで腰掛けていた利根川教官が立ち上がった。
「利根川教官っありがとうございます!」
練習後、佐地が話し掛けて来た。
「すごいよ、褒められたんだから」
言うなり、樹子の前に回る。
「褒められた時の笑顔が最高にキレイで、びっくりしたよ」
気がつくと、通りすがる女性が何人か、ツンとしながらこちらを見ていた。
「そう?」
「そうだよ。それに頭の先から爪の先まで…本来なら、分かりきっている事を口に出さなくてもいいんだが…
君は美人だよ」
樹子は目を見開いた。
「佐地さん、そんな」
樹子の顔が赤くなり、そわそわと落ち着かなくなる。
「動揺してるな?目線や姿勢にまで、動揺が行ってるのがよく分かる」
樹子をからかう間、彼女と関わる時に、感情が高ぶっている自分を自覚する。
こんな気持ちを味わったのは、久しぶりだ。
同じ頃、亜矢菜はずらりと並ぶシミュレーション装置がある場所に来ていた。
「一生懸命練習して、佐地君に恥ずかしくないようにしないとなー」
亜矢菜はたまたま近くにあった、同じチームの佐地や江菜の装置を見やった。
いつかの、仲の良さそうな二人の顔が蘇った。
「いけないいけない、練習しないと」
その時、まず始めに、サングラスに似た装置を目に付けた亜矢菜は、シミュレーション装置に備わっている、ある機能を思い出した。
シミュレーションする際の相手(基本設定は黒い人影)を、自分が希望する相手に、自由に設定する事が出来るのだ。
何故こう言う機能が備わっているかと言うと、親しい者が空気生物に乗っ取られる等、戦闘になり、最悪殺さねばならない時を想定して、多少の覚悟をつけさせる為だった。
生徒達の中には、相手を憧れの映画スターや、アニメキャラクターに設定している者もいた。
亜矢菜は黒い人影のままだったが…。
悪いな、と思いつつ、二人の装置に手がのび、設定を見てしまう。
「…今まで二人の間には、恋愛感情があると思ってたんだけれど…」
設定を確認した後、複雑な気持ちになった亜矢菜は肩をすくめた。
「実はドロドロなわけ?」
佐地と江菜の二人は、知ってか知らずか、何とお互いを設定していたのだ。