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幽霊に恋して  作者: 宙華
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第二章〔2〕 /…怪物資料

単純に怪物と呼ばれている、空気生物。

この世界に住んでいるほとんどの人が、この生物の存在を知っている。

新入生が連れて来られた場所は、教習所の一角にある、映画館のような建物だった。

樹子は、美由利と共に手近な椅子に腰を下ろして、まだ席についていない人が席についていく様子を見守った。

「怪物についてかぁ〜。不明な事が多いみたいだけどな」

と、美由利は指先で、大きなスクリーンの輪郭をなぞる。

「分かってることも少しはあるじゃない。もしかすると、テレビやラジオで放送されるもの以外の情報があるかも」

それぞれのチームを担当する教官が、巨大なスクリーンの前にずらりと並ぶまで、二人は何も話さなかった。

「大内神ぃ、あそこ、中央近くにいるのがラルイート先生だ、やっぱ目立つな」

最初に、言葉を発したのは美由利だった。

「本当。それにしても、こんなに教官がいたのね」

館内ブザーが鈍い音を立て、生徒達は静まり返った。

一人の教官が、口を開いた。

「私は情報処理を担当している横砕湘永おうさいしょうえいこれから君達が何を見るか、詳しい説明をしなかったが、特に…」

「質問してもよろしいですか?」

その教官は面白そうに銀髪の発言者の方を見た。

この生徒の事は教官の間で話題になっていたのだ。

「何かね?」

「これから見る内容は、僕達が見る価値のある、新しいものですか?」

「もう少し待てれば、その答を見られるだろう」

「あの人、よく質問なんか出来るわ。そうじゃない?」

美由利が聞いた。

「うん」

頷いた樹子は銀髪を見て、もしかしてと思った。

目を凝らした矢先、大きなスクリーンに、どこかの市街で、混乱している人々が映し出される。

『この町の人々は何も知りませんでした。噂は流れても、確信はないまま』

撮影者であろう人物の呟き。

『空気生物はこの後も、各町に度々出現するだろう』

突如、誰かに何かを必死に訴えている中年男性がズームされた。

『お願いですっ俺の心配はいいです、娘を…まだ中にいるんです!』

男性は、ショック状態で震えながら言っていた。

主に、人々が混乱する場面が次から次へと映し出されていった。

テレビなどで見た覚えがあるのもあれば、そうでないものもある。

二時間が経過し、映像の電源が切れた時、誰かが

「こんな事が…」

と、呟くのが聞こえた。

「最初の映像を撮影した人物は」

銀髪の発言者だ。

「憑依者収容所に。だが、手遅れで射殺された」

教官が質問をした。

「ビデオを見た、君の印象は?」

「人々のパニックも含め、二次被害が出る可能性が高い、と感じました」

教官の顔に、満足そうな表情が浮かぶ。

「そうだ。最大の問題は、怪物により汚染された空気だ」

「この生物の、もう一つの恐ろしい点は」

近くにいた女性教官が、付け加える。

「脳に入り込んで、本人に成り済ます事が、ごく稀にある点です」

実は、怪物に乗っとられた人間は、ある染色体を持っていた。

チミンがあるべき場所に、未知の遺伝子フォリープがあるのだ。

「ありがとう理根川りねがわ教官。では、これより、怪物が人間の体内に入り込んだらどうなるかを見てもらう」

最初の教官が、リモコンを掲げる。

体内に入り込んだ空気生物は、瞬時に臓器を食い尽くし、宿主の体内に大きな空洞を作ると、怪物の放つ特殊な空気、もとい汚染された空気でしか生きられないよう変化させる。

だがほとんどの人間は、体の変化に対応出来ず、急に震えが来たかと思うと顔が紫に変色し、脳と目が萎縮してあっと言う間に死んでしまう。

妊娠中の母親が感染すると、胎児にも影響が出る。

「怪物が現れた異変を、どう察知すればよろしいのでしょう…」

映像が終了した矢先、遠くの席の女生徒が質問した。

「狭い地区に、一度に十数人も酸欠で死んでいれば、異常と見るべきだな」

「もう一つよろしいでしょうか?」

「何だね」

「あれは…?先程の映像で少しの間映った、何かの作業をしていたあの人達は、何をしていたんです…?」

樹子の頭の中に、先程の映像の一部で、ガスマスクや火炎放射器等の重装備をした人間が過ぎった。

「除気作業者だ。怪物が汚染した空気を除去する、除気作業を行う。ちなみに」

教官は軽く咳をして続ける。

「わが国で、除気作業を指示、そして遂行出来るのは、約五年にわたる訓練を受けた、我が機関が誇る精鋭中の精鋭達だけだ。組織されてからこれまで、死者を二人しか出していない」

二人。

心当たりに、樹子の胸が苦しくなる。

「彼等は完璧と例えていい程鍛えられている。様々な装備を身につけ、視野も狭く息苦しく、また動作にも制限が出る筈なのに、正確に任務をこなす。尊敬されるに相応しい」

教官は会場全体を見回した。

「先程の国では、除気作業参加者のうち半分は数年後に死亡した。死亡しなかった者も、未だ汚染された空気に苦しんでいる。体内の汚染空気を浄化した後も、汚染空気に晒されていた心臓、胃、肺など随所に異常が現れるからだ。あの現場には、未だに汚染された跡が残っており、一般人は入り込めない。除気作業を行う際、危険地帯に生息していた動植物は、人間や他生物に接近して汚染を広める可能性がある為、排除された。危険はなおも消えずにある。だから我々も援助している」

汚染空気に蝕まれた人間の中には、三十歳未満なのに老人並の体力になる者もいる。

有効な治療法もなく、命を長らえてくれとひそかに神に祈るだけ。

教官が時計に目をやり、最後に、と締め括る。

「君達に言えるのは、戦闘部隊を望む望まないに関わらず、栄養不足で弱ると汚染を受けやすくなるから食事に気をつけること。それだけは、最低限守って貰いたい」

建物から出た所で、江菜と亜矢菜と合流した。

自己紹介と映像の話題で盛り上がった後、それぞれの部屋に戻る。

ドアが閉まり、樹子は目をつぶった。

『お疲れ』

椅子に座っている栄真が、微笑みかけてくる。

『あまり、いい映像ではなかったろう?』

「栄真さん、聞いていいですか?」

樹子は暗い顔で栄真に歩み寄る。

『どうした』

「ずっと気になっていました。あなたは、怪物にどのように殺されたのですか?レームナーダさんも」

樹子の脳裏に蘇る、昼間見た映像。

「横砕教官が言っていた二人って、あなたとレームナーダさんでしょう?あなたも、怪物に、あんな風に体を…?」

実は、樹子は栄真の遺体を見てはいなかった。

ラルイートより、戦闘で遺体は残らなかったと聞かされただけである。

『樹子…。ふぅ、横砕さんも余計な事を言ったな。だが、あの人に悪気は無いんだ』

「聞いてはいけない事でした?」

『いや…ただ、私を殺したのは、正確に言うと怪物ではない。君も、あの火炎放射器を見ただろう?あれで焼かれたからな。焼かれざるを得なかった』

樹子は思わず目を逸らした。栄真は声を落とす。

『これ以上詳しく語るのは君の、そして私の精神に触れる。だからこれ以上、聞かないで欲しい』

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